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プールの風景 [<正統、明るいダメ母編>]

あなたは友達を作るのが上手な方?それとも苦手?
そんなこと長いこと考えたこと無かったが、ここへきて少し考え始めている。

確かに5人も子供が居る割には「ママ友」というのはほとんど出来なかった。
その場その場で話す仲間は居た。それで良いと満足していた。

思えばあれは大学の頃だ。思いを寄せていたクラブの先輩に「九子ちゃんは誰にもにこにこして るけど、なかなかそれ以上入って来ないね。」と言われた。

入ってくる? どこへ?どうやって?まったくわからなかった。

今にして思えば、九子の付き合い方は浅いのだろう。もしかしたら九子の周りには壁のようなも のが取り巻いていて、私からも友達からもそれが邪魔になっているのかもしれない。

でもまあそれで長い間やってきたのだから、それでよし!と思っていた。
これは一人っ子で育った九子の癖みたいなもんなんだから、仕方ないよ。

ところがここへ来て、ちょっと雲行きが怪しい。


今ではもうジムの方は見向きもせず、水中ウォーキングだけやるつもりでプールを選んだ。でも 歩いてばかりではなんだかつまらない。
そこで軽快な音楽がかかる30分間の水中エアロビクス教室に誘われ、月、木で参加するように なった。


参加者はほとんど同じメンバーだ。
その参加者たちと、どうもしっくり来ない。(気がしている。)

彼らは長年プールに来ているベテランのようだ。彼ら同士は打ち解けて話している。

九子は最初でちょっとつまずいた。
水泳は基本、個人プレーと認識していたので、先生とは挨拶していたが、彼らに挨拶することは 無かったのだ。
いわゆる新参者の仁義の切り方に問題があった。

もうひとつマズかったのは、お風呂の中でタオルで顔を隠していること。
これには理由があって、熱湯の中やサウナに顔をさらしていると顔が真っ赤になってひどいと湿 疹が出来る。
だから九子はいつも冷水でぬらしたタオルで顔を覆っている。

何か話しかけてくれようと思っていても、これではこちらから拒絶していると思われたって仕方 がない。

受け入れてもらっていないなという感じを受け出してから、なるべく挨拶を欠かさずするよう にした。すると一人二人挨拶を返してくれる人が現れた。一人は気兼ねなく話してもくれる。

すると残るはあと3人くらいかな?

そのうちの一人は長野では珍しく外人さんだ。最初のときに「どこから来たの?」と声をかけた が、その時から拒絶反応を示された。こういう反応は初めてなのでびっくりしたが、まあ仕方が ない。

別に一生に関わる事ではなし!最後まで話が出来なくたって、エアロビクスの効率が悪くなる訳 でもない。

みんな健康のために、自分のために来ているのだから、そんなに仲良しになる必要なんてないよ ね。

でもそこは、良いカッコしいの、気にしいの九子である。せっかくご縁があったのだから、たま には話だってしたい。

そういう気持ちからどうしても離れられないのが、九子という人間なのだ。
そしてそれが気になり始めると、そればっかりを考え始める。

今日あの人に挨拶したけれど無視された。わざとだろうか?単純に、聞こえなかっただけだろう か?

あの人は今日、挨拶を返してくれた。初めてだ! ラッキー!

九子の関心は、そのうちプールの外まで及ぶ。


あっ、あそこに居るママ友らしき若い三人組!
今日も何やら声高に話し込んでいる。いつものことながら、何のためにプールに来てるのかな?

もちろん話しちゃいけない理由は無いけれど、あんなに長時間、プールも入らないで何話してる の?毎日のように会って、よくもまあ話が尽きないわね。

話の様子じゃ、彼らは毎日ほとんどの時間を一緒に過ごしているらしい。
ああいうのがママ友だって言うのなら、九子はママ友なんて居なくて良かったよ!
だってあれじゃあ、月謝の無駄!時間の三分の一くらいしかプールに入っていないんだもの。

いやだねえ、ああいうのって。あの真ん中の人がお局さまだよ。いつも仕切ってるし、なんだか 怖そう!


その時だった。「おーい、そこの人!ちゃんとやってる?」と珍しく強い調子の先生の声!

ふっと我に返る九子!

そっ、そうか!また考え事してたんだ!
集中力の乏しい九子がいつも陥る自分だけの妄想の世界。

今はエアロビクスの授業の最中。九子がぼーっと考え事してるの、先生にはみんなお見通しだっ たんだ!


結局、月謝の無駄使いを一番してたのは果たして誰??(^^;;

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ぶっこみジャパニーズ [<九子の万華鏡>]

このところニッポン礼賛番組が花盛りで、見るとなんだか逆に情けなくなって消してしまうのだが、この番組はついつい最後まで見てしまった。

寿司職人、剣道の達人、歌舞伎女形が海外で誤って伝えられてる日本文化の本筋を教えに行く。
歌舞伎女形なんて特に凄い!達人があの坂東玉三郎を髣髴とさせる市川春猿改め河合雪の丞だなんて・・・。
それこそプロ中のプロだ!

最初はロシアのお寿司屋さん。出来上がった寿司をてんぷらよろしく揚げてしまったり、サワークリームソースやチーズソースでアレンジしたなんともとんでも寿司を作っている。

その寿司屋に、寿司の達人が2日間修行に行く。達人だとは微塵も匂わさず、若い職人の言うとおりに得体の知れないやり方を教わったとおりに真似をする。

二番目はモロッコの剣道道場。剣道と一緒に空手やキックボクシング?みたいなものも教えているらしい。
初めて知ったが、剣道の試合では技が入った時に「面」とか「胴」とか決まった部位を大声で叫ばないと点数にならないらしい。

その道場では、胴を打ちながら「メ~ン」と言っていた。胴も小手も無し。「メン」しか知らないのだろう。
川の中に入って何かを唱える修行も、きっと日本の達人にはばかばかしいはずだが、達人は一生懸命やっていた。

三番目はノルウエーの、はっきり言えば歌舞伎パブ。よくも市川春猿ともあろう人があんなところへ行ったなあ思う。
ニューハーフみたいな男たちがしきりに扇をくゆらせて踊る。
あんまり修行らしきものもなかったせいか、リーダーの男性がエステで美顔術を施されるところなどが大写しで映し出された。

どこの場合でも、修行に入ったはずの三人の見習い、実は達人が、急に二日間で日本に帰ると言い出す。

そして別れた後、三日目には、本場日本からそれぞれの技の凄い達人が来るのだという広告が周知徹底されていて、店や道場関係者はもちろん、たくさんの人々が方々から詰め掛けて来る。

もちろん主役はあの達人たちだ。

さて、どんなことになるのだろう?

九子が思ったのはこうだ。彼らはいくら自己流とはいえ、大きな店や道場を構え、曲がりなりにもプロとして、お金を取ったり教えたりする立場にあるのだから、日本から本物が行ってそれを誇らしげに見せ付けたら彼らのプライドはずたずたに傷つけられるに違いない。

そうなった時、彼らはどうするのだろう?
怒り出す人が続出したら、どうなのだろう、テレビ的には?

ところが、あら、不思議!!
三組どこをとっても、素直に自分たちの非を詫びて、「日本の技術は素晴らしい。これからこの通りにしていくよ。」と号泣せんばかりの喜びようなのだ!

自分たちが間違っていた事を素直に認めてプロの技を評価する姿勢が本当にすがすがしい。九子は「なんていい人たちなの!」とその真摯な態度や謙虚さにいたく感激した。


「羞恥心」やら「恥」の文化とは、日本人を表す象徴のようになっている。
こういう時に「恥をかかされた」と思うのは、もしかしたら日本人だけ、あるいは日本人がとりわけ強いのかもしれない。

欧州の人々は今までの自分たちのやり方にそれなりの自信があったのだろう。だから「恥」とは決して思わず、自分たちのやり方で最善を尽くしていたと素直に思えるから、本物を受け入れる強さがあるのかもしれない。


日本人が言う「恥」とはなんなのだろう?
誰に対して恥ずべしと思うのだろう。
師あるいは、自分の行くべき「道」に対して、まだまだ未熟で恥ずかしいと思うのならよい。
ところが、こんな失敗をして他人にどう見られるか、
人様になんと言われるか、無様だ、情けない。
そんな人が大多数なのではないだろうか?

世界の中で長い間活躍していらっしゃる指揮者のmu-ranさんこと村中大祐氏がいつか、言い方は少し違っているかもしれないが「日本人には他人が常に介在している。」というようなことを書いておられた。いや、「他人が入り込みすぎる。」だったかな?

とにかく日本の中で生活しっぱなしの我々には、なかなか言えない言葉だろう。まさに言い得て妙だ。
この国で育ち、この国で生きている私たちが、他人の目を全く無視することは難しい。
だけどそれに振り回されず、自分の思い通りに生きていくことが特にこれからの時代大切なんじゃないかな?


市川春猿改め河合雪之丞、本当にきれいだった!
背骨をくぼませると肩が小さく見え、 男性より小柄に見える
なで肩に見せるようにあごを引いて首をもたげる。
女性よりも女性らしい艶姿だ。

一瞬で着物を着替える早着替えの技も見せてくれたが、それには二枚の着物を合わせているとじ糸を一瞬にして断ち切る裏方さんの存在が不可欠だそうだ。

彼らは、主役に影のように寄りそう他人だ。
己の存在を抹消して、自己主張は決してしない。
自分を100%殺し切ってる人たちだ。


自分と他人。日本人として生きる以上、どうやっても折り合いをつけなければならない二つの存在。
これからの時代、以前よりは自分中心に舵を切り、かと言って、周りへの配慮も怠らず・・・。


あ~あ、どうやってもニッポン人から抜け出せない九子である。

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区長のお仕事 [<九子の万華鏡>]

どうもこのところ愚痴っぽい話題が続いて申し訳ない。
が、やっぱりどっか変!と思う思いを綴ってみたい。

皆様は、自治会の役というのをなさっていらっしゃるだろうか?

都会はそんなの無いのかな?みんな忙しいのだから・・。

長野のような田舎だと大小さまざまな町に区長さんがいて、区長を補佐する役職がいろいろある。
区長と言っても東京の区長とは大違いで、ドン内田氏など居るはずがないし、選挙で選ばれる訳でもない。第一無給なのだ。

本来田舎町の区長は、当然市の職員がするべき用事を代わりにしているのだという声もある。

とにかく忙しくて無給だから、たいていは退職後の男性がなって、中には10年以上させられてる人もいる。

わが町は全部で14戸。住民の数にして30人を割っているという小さな町だ。(アパートを除いて)
若い人が少ないのだから子供の居る家族はたった1軒で、もうとっくに育成会は自然消滅した。

そこへ持ってきて町の役の数というのは大きい町でも小さい町でもあんまり変わらないから、この少ない人数で役を割り振るとほとんどの人が何らかの役を担うことになる。

九子は何年か前、名前も忘れたお役をひとつ区長さんから言い付かった。区長さんから言われたのは「何しろ名前だけ書かせて下さいよ。行かなくたっていいんだから。」だった。

だから九子はその通りにした。会合の連絡が入っても「私は名前だけと言われているので出席出来ません。」で1年だか2年だか通した。

だって、会合は昼間だよ。九子の薬局は九子ひとりっきりしかいないんだよ。店を閉めてまで行くような用事なの?

何度目かの会合の連絡の時に「夜の会合なら参加出来ます。それともこんなご時勢ですから、ネット会議ならいつでも参加します。」と言った覚えがある。

もともとが市の職員さんのお手伝いのために、長野市の経済活動を沈滞させるなんておかしいじゃない!!
頭脳明晰な人々が公務員さんになるのだから、ネット会議の一つや二つ、企画出来ないなんて変だよね。

とにかく何の用事だかわけわかんないもののために、仕事を放り出してまでする人の気が知れない。

と、常々思っていた九子であるが、その九子が理解不能の人がごくごく身近に居た。
M氏である。そしてM氏が4月から区長になった。

彼がビンボー神であることは周知の事実だ。自分で言ってる位だから自覚もある。
人がいい。人が良すぎる。こんな高いお金じゃかわいそうだというんで、近隣の歯科医院よりかなり安く治療する。

なぜ安くなるのか。それは、保険請求すべきところを保険請求しないからだ。やった仕事を申告しない。請求しない。
いつもは過剰請求をあばくのが仕事の保険指導員さんに「これもあれも請求できますよ。先生は金儲けが下手ですね。」と呆れられるほどだ。
その挙句、開業以来三十有余年、患者さんの数はかなり多いほうなのに、開業時の借金をまだ抱えている。

その彼が、町の役員の仕事に組み込まれた時、いつかはこういう日が来るだろうことは予想していた。

彼は何しろ真面目である。
言われたことはちゃんとやる。言われないことまで、自分で仕事を作って黙々とこなす。

彼は普通だったらもう定年の年だ。幸か不幸か歯医者に定年はないから、まああと10年は勤められる。
いや、あと10年勤めないと借金が返せない。

それなのに、仕事を休んでまで昼間の会合に出ようとする。
そのうちに、かつての九子みたいにずっと出ない人の代わりに会合に出るつもりとまで言い出した。
冗談じゃない!何日休んだら気が済むの?

「お願いだから昼間の会合は休んでね。区長のほかに、善光寺の役だってあるんだから、そんなに休んじゃ何年経ってもお金返せないよ。」と九子。

「まあ善光寺はともかく、町の仕事はなあ、九子、お父さんが市会議員の選挙で町にいろいろ手伝ってもらったお礼の意味もあると思っているんだよ。」とM氏。

どこまでも正攻法で攻めてくる。

そのパパが心配してたのは「Mさんは人が良すぎて金儲けがへたで困ったもんだ。」だったんだけど・・・。(^^;;

区長の仕事のほとんどがまだ始まっていない今この時から、結婚してから40年近く、ほとんど喧嘩もしないで仲良くやって来たM氏と九子にどことなく風が吹いている。すきま風とは言わないが、ちょっと見たことの無い方向から吹いてくる風だ。

まあでも心配御無用!
うん十年前に喧嘩した時は修復に一日かったのが、今ではもう瞬時だ。
これを時の流れと言うのかしらん。昔、ママとけんかした時とおんなじだ。


タイトルを見て、区長の仕事が羅列してあると思って読みに来て下さった方々、申し訳ありません。
試しにググって見たけど区長の仕事が何なのか、それでもさっぱりわかりませんでした。
九子に言わせると「何でこんな事するの?何の意味あるの?」と思うことばかりだけれど、M氏にとっては町を運営するために大切な仕事らしいです。

区長の仕事、自治体の役員の仕事、あなたの町ではどうですか?

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彼女とお嫁さん [<九子の万華鏡>]

なぜか九子は「いい人」に見られるらしい。
いつも「そんなんじゃないんだぞ!」と思うけど、なかなか言えない。
だから今日は思いきってブラック九子の話をしようと思う。

九子にはどうしても好きになれない人が居る話は何度か書いた。
その人から言われたその言葉を、その痛手を、その衝撃を、忘れられずに何十年も経った。
それなのにその人は謝りもしない。
謝るどころか、言ったことさえ忘れていて九子に馴れ馴れしい。
それがまたなおさら腹立たしい。
この人は嫌な人だが、普通の人だ。

これから書くのは「境界例」あるいは「ボーダーライン」という症状を持つ人だ。
聞き慣れない人はググって欲しい。

それから、このブログの左欄を下の方にたぐると検索窓がついている。
そこに「境界」という単語を入れると境界例とかボーダーラインについての話が出てくる。

実は下のブログの終わりのほうに出て来る「彼女のお嫁さん」が九子が赦せないもう一人の人なのだ。


最近、「彼女」が亡くなった。70代、まだまだ若かった。
何も出来ない(何もしない?)「お嫁さん」に代わって、子供たちに三度三度ご飯を食べさせ、日常生活の一切合財の面倒を見てやり、そして九子がはじめて会った子供たちは、素直にすくすくと育っていた。「彼女」が「お嫁さん」の代わりに育てた子供たちだ。
長い間、「彼女」が家庭の太陽だったに違いない。


本当の事を言おうか。九子は「彼女」のおとなしくて優しすぎる息子にも腹が立っていた。
いくら「お嫁さん」に境界性人格障害という障害があろうと、どうしてもっと別の医者にかからせて、きちんとした生活を送らせなかったのか?

まともな医者なら、「お嫁さん」にあんな自堕落な生活はさせない。
言われるままに睡眠薬をたくさん出して、夕方まで寝ているようなことはさせない。
いくら「お嫁さん」が拒んでも、きちんとした病院のしっかりした精神科医に診せるべきじゃなかったの?

そうしたら「お嫁さん」だってあんなに一日中寝ているようなことは出来なくなって、「彼女」はきっともっともっと楽に過ごせたんじゃないの?
「お嫁さん」の言うなりで、一人、お母さんが苦労してるなんて、お母さん可哀想じゃない!!

でも、こういう事ってなかなか言えない。息子や「お嫁さん」が居ないところでなら、九子は何万回も言っている。
だけどいざ本人を目の前にしてしまうとねえ。

もしも九子がもっと近い親戚なら、言って良い立場に居たら、言っていたかもしれない。
ちょっと九子がハイテンションな時になら、ものの弾みで言っていた可能性もある。
でも「お嫁さん」とは、「彼女」のお葬式まで、数えるほどしか会ったことはなかったのだ。

M氏の親戚はみんなM氏に似て人が良い。
「お嫁さん」に一番腹を立ててるように見えたその人も、結局笑って「お嫁さん」からのお酌を受けた。
「お嫁さん」は人前に出ると別人みたいに明るくなって、出来たお嫁さんを演じる。
それに騙された訳じゃなかろうが、その人は何も言わなかった。

その人は一番「彼女」に近しくて、「彼女」の「お嫁さん」に対する愚痴の聞き役だった人だ。
その人がお嫁さんに一言も言わない以上、九子なんかが言える立場ではない!
九子もその人と同じように何事も無く会釈して、注がれるままに「お嫁さん」からウーロン茶を注いで貰った。
「お嫁さん」のお父さんならどうか?
実は通夜振る舞いで隣の席が「お嫁さん」のお父さんだった。
何か言いたかったけど、穏やかなお父さんを前にするとやっぱり何にも言えない。
だいいち、彼に大きな責任があるって決まったわけでもない。
(境界例は、育ちの中に問題を抱えた人が多いと言われます。)


実は「彼女」の見舞いに最後に病院に言った時、「彼女」の優しすぎる息子と、遠くに嫁いだ人の良い娘も病室に居た。
その場には居ない「お嫁さん」の話が出た時、どんな悪口が飛び出すかと思いきや、二人はなんと!笑っていた。
「お嫁さん」がどんなことをしようとも、受け入れてるよという笑顔だった。

もしも九子が「彼女」の娘だったらどうだろう。
お嫁さんに掴みかかって、「あんたがママを殺したのよ!」と修羅場を演じていたに違いない。

どうして「彼女」の息子と娘は、あんな「お嫁さん」を赦して、こんなにも優しくなれるのだろう?

「北風とお日様」の話は本当だなあと思った。
私はとてもじゃないけれど、あの二人の真似は出来ない。
さすがにM氏に近いDNAだ。

九子は打ちのめされた。
自分のちっぽけさを思った。
まだまだだな!私!
卑しくも仏教徒なのにね・・・。

一旦はそう納得したはずの九子だったが、悟っていない九子はまたあれこれ考える。

だけどあったかいお日様みたいな人々の中で、「お嫁さん」は何の苦労も無く、好き勝手にこの二十何年やってきたんだよねえ?
「お嫁さん」が楽してた分、「彼女」はずっと無理をして、ストレスを貯めて、早死にしちゃったんじゃないの?
それってすごく不公平だよねえ?

北風とお日様の話は、お日様のあったかさが身にしみて、それに感謝出来る人には有効だけれど、そのあったかさに慣れ切って、それが当たり前だと思ってる人にはなんの効果もない。


お日様の暖かさに慣れきっていた「お嫁さん」は、「彼女」が亡くなってから一生懸命頑張って早起きして家事をしているって聞いた。
「やれば出来るんじゃない!」と、性悪九子はついついそう思ってしまうのだけれど、「彼女」の優し過ぎる息子は、そんな「お嫁さん」が無理をして、また具合が悪くならないかと心配しているそうだ。

九子は遠慮がちな日本人だし、「お嫁さん」の前でどうしても本音を伝える事が出来ない。
でも九子が考えたことは、「彼女とお嫁さん」を知る多くの人の想いだと思う。


「お嫁さん」の息子たち、本当に良い子に育ったね。
でもあれは、「彼女」のお陰だよ。
それを忘れちゃだめだよ。
「彼女」がしてくれたことの大きさを、ずっと噛み締めてね。
せっかくそこまでになった子供たちを、これからもまっすぐに育ててね。


この日記は、「お嫁さん」に読んでもらうつもりで書きました。
北風もたまには必用だからね。

優し過ぎる息子と遠くへ嫁いだ娘へ!
あなた方の赦す力と器の大きさには本当に驚かされます。
いつの日か、お嫁さんもあなたたちの温情を受け止めて、変わってくれるといいね。

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九子ジムに行く その② ・・・・・ジムと水中エアロビクス・・・・・ [<正統、明るいダメ母編>]


医者から正式にOKが出たので大威張りで通い出したプールとジム。
とりあえず水中ウォ-キングを主眼に考えていた九子だったが、トレーナー氏が「痛くないならやってみませんか?」と言うので、生まれて初めてジムとやらを覗いて見ることに・・。

まずはその熱気にびっくりする。ランニングマシーンとサイクリングマシーンが各20台ほどとその他もろもろが並ぶ部屋には、老若男女というよりも、ほぼ中高年の男女が、ほとんど空いてる機械が無いほどに、黙々と運動を続けている。
自分の「メニュー」と言うそうだが、そんなメニューは食べる気も起きない九子と違い、彼らはメニューに従ってストイックに自分の筋肉と対峙する。


どうにも冴えない長野市の悪口ばかり言っている九子だが、長野にだっていいところはたくさんある。
とりあえず都会にあるものはなんでもある。しかも利用する際の混雑やら競争といったことはほとんど考えなくていい。
都会の人気のラーメン屋みたいに行列しなければ入れないこともほとんどないし、どこへ行こうがたいていの物は待たずに使える。
こういう生活に慣れてしまうと、たまに都会に出た時、人の多さと彼らのエネルギーに圧倒される。

九子が買った夜8時以降11時までのみ施設を利用出来るお得割引券だと、ロッカールームやプールがすきずきしていて広々と使える。
昼間の方が子供たちのスイミング教室があったり、退職後の悠々自適の人々が朝からお弁当を持って一日中居たりするので混んでいるのだそうだ。

とりあえず九子の場合、サイクリングはレベル1でも5分しか続かないからレベル1で10分が目標。
「マシンは一人60分までとし、それ以上になったら次の方にお譲り下さい。」とマシンの横に注意書きがしてあるが、いったいどこのどいつがこんな機械を1時間も占領するんだ!!!

「えっ?膝が痛い時にジム?よくトレーナーが許したわねえ。オーストラリアじゃあ水中ウォークだけよ。」
次男がお世話になったオーストラリアの友人の一言にひるんのだが、まあこの程度ならジムやってるうちに入んないよね。(^^;;

実は九子の体型は、あれだけの怠惰な生活にもかかわらず、ぴたりとすべてが標準だった。
「理想的ですね!筋肉量も普通にあるようです。」と言われて、そんならやる必要もないかと一瞬思ったのだが・・・。
ところが左右のバランスが悪い。重心が右に偏っている。考えたらいつでも右側の歯だけで噛んでいるのもそのせいか。だから左側が弱い。

最初と最後の血圧や心拍数の測定と、ビデオを見ながらのストレッチ運動も欠かしてはいけない。
まあとりあえず、続けなくっちゃね。

ジムがすんだ後に、隣の扉を開けるとプールが待っている。ジムに比べると驚くほど人が少ない。
ウォーキングプールは二つある。25mプールにもウォーキングレーンがあるのだが、深そうでしり込みしていたら神出鬼没の隣の八百屋のおじさんが「こっちの方があったけー(温かい)ぞ。深さだって10センチしか違わない。」と教えてくれた。
おじさんは膝の手術をしてから今年でウォーキング暦2年だそうだ。

おじさんが余計なお世話で先生方に九子を紹介してくれたりなんぞするものだから、九子はもののはずみで水中エアロビクスとやらをする羽目になった。

実は九子、スポーツはからっきしダメだったが、リズム感は良いとダンスを褒められたことはあった。とんでもない昔の話である。


ところがこれがなかな難しい。水の抵抗があるわけだから地上のようには動けない。

インストラクターは娘ほどに若い女の先生だ。なんでもキックボクシングの日本チャンピオンだったこともある凄い先生らしい。

最初はいいが、人間だんだん疲れてくるといらいらしてくる。その上九子は非常に疲れやすい。(^^;;

「先生だけ地上で踊っておんなじようにしなさいと言われてもねえ。それと、向かい合ってると右と左は逆なのよ。右足指しながら左と言われてもねえ。いったいどっちを動かせば良いわけ?」
とげとげしく心の中で毒づいていたら、「ほら足が逆!ここから水の中はよく見えますよ!」と指を差された。(^^;;

30分のレッスンが終わる頃には水の中なのに身体が熱くなっていた。確かに今まで1ヶ月通って、初めての経験だった。
そもそも九子は始めた最初の日に買った350mlのお茶に手をつけていなかった。それだけ汗もかかず、運動らしい運動もしなかったと言う訳だ。 この日始めて100mlほどお茶が減った。

プールの合間には、サウナで暖を取る。プールに浸かりっぱなしだと、いくら最後にお風呂を浴びても朝方こむら返りが起きる。
これはこの一ヶ月で学習したことだ。だから九子は誰も居ないサウナで、ベンチに足を伸ばしてくつろいでいた。
暑いと顔が真っ赤になるのは昔からだが、この頃はそれがアレルギーみたいにひどくなって湿疹ができたりするので、冷たい水で冷やしたタオルで顔を覆いながら・・・。
だから九子がここにいることは誰にもわからないはずだった。

そこへ入ってきて九子に声をかけてくれたのがさっきのエアロビクスのM先生だった。
「身体痛くなかったですか?無理しないで下さいね。」九子と知って声をかけて下さったらしい。

初めての人には誰にもこうして声をかけてくれるんだろうか?でもなんだか嬉しい。
話はついにプライベートにまで及び、まだ20代独身とばかり思っていた先生が実はそれより10歳も年上で、しかもママさんであること。
勧められて空手を始めたのがきっかけで、キックボクシングにのめり込んだことなど、最初から友達だったみたいに話してくれた。

さっきまで悪態ついてた九子はもうどこにもいない。
「この人はいい人だ。」と思い込んだら、その人を信じる。最後まで信じる。
それが九子なのだ!それが日本人なのだ!(^^;;


膝が痛くなったお陰で、九子の日常が変わった。
そもそもおおよそ2時間ちょっとの時間を割く事が出来たというのが驚きだ。
もともとちんたら生活している自覚はあったのだが、いったいこの時間を今まで何に使っていたのよ?と九子さんに聞いてみたいくらいだ。(^^;;
4月からは法人会員というのになれるので、息子や娘が帰省した時にいつでもジムやプールやお風呂が使える。これは有り難い!
M氏までもがジムに興味を示しだした。すべて法人会員のカードひとつでまかなえる。

結局九子はしばらくプールのみに通うことにした。

還暦を過ぎた九子の目の前に横たわるのは棺おけの蓋と焼き場の扉ばかりと思いきや、意外にも未知への扉も開けそうだ。

まあ最悪、自分の足で歩けること。人様のお世話にならぬこと。
それが出来たら九子は充分満足だ!
さあそのために、生来の三日坊主は返上して、せいぜいプールに通わなくっちゃ!(^^;;

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九子ジムに行く ① ・・・・ペッパー君のいる整形外科・・・・・ [<正統、明るいダメ母編>]

まさか九子の人生で、死ぬほど嫌いなスポーツを、それまた無理やり、その上大金をはたいて、やらされる羽目になろうとは思いもよらなかった。

ある日突然、正座ができなくなったのだ。
正座は、大本山活禅寺では基本中の基本だ。

思えば大晦日二年参りに行った日にいつもよりも座り難くて違和感は感じたが、小一時間足をもぞもぞさせながらだがなんとか正座することは出来た。

ところがそれから2週間ほどして、正座できなくなっているのに気がついた。
もしかしたらどかっと降った雪片付けをさんざんやらされたせいか、帰省した娘たちの布団敷きのせいかといろいろ考えたが、どちらも雪国の主婦であればみんなやってることなのだ。(^^;;

医者に行くよりまず先に、これはプールで水中ウォーキングをしなければならぬとけなげにも思い立った。
子供たちのお供でさんざん通ったプールだが、その後十何年か経つうちにはジムも備えてぴかぴかに新しくなり、そしていつの間にか真新しかった施設もまたぞろ年季が入ってきたという成り行きだ。
そうだよねえ。九子も年取るわけだ!

入り口のお姉さんに相談し、「膝が痛いならまず整形外科へ行ってみてください。」と反対に教えられる。

彼女の言葉どおり 近くの整形外科に行く。
こちらも時は普通に流れ、大先生から若先生の代になり、建物もすっかり新しくなって機械がたくさん並び、どこかのジムみたいに見える。

若先生に「『変形性膝関節症



ですね。」と即断され、何の準備も無く膝の水を抜かれる。
何しろ突然なのだ。痛い!という暇も無いあざやかな手口。

一週間に一度水を抜きに行くこと。
なるべく頻繁に電気治療器をかけてもらいに行くこと。
毎日湿布を貼ること。
朝夕膝の体操をすること。
それがすべてだ。
そしてプールの運動は膝に負担がかからないからOKだそうだ。

そうそう、整形外科の入り口に意外なものが居た。
人型ロボットペッパー君だ。
アイコンタクトが出来ると「こんにちわ。今なにしてんの?」と声をかけてくる。

九子は本当のところはプールに備えて買った防水のMP3プレーヤーで、ダウンロードしたpodcastのバイリンガルニュースを聞いていた。
バカ正直な九子はそう答えねばと思った。
でもそれを声高に言うのはなんとなく憚(はばか)られたので(OH!日本人!)小さい声でもぞもぞ言った。
ペッパーには声が届かなかったらしく、「今何してんの?」を繰り返した。
答えをためらって、九子はペッパーを無視した。

そのうち彼、今度は質問を変えて「今楽しい?」と聞いてきた。
「楽しいよ。」と答えた。

人間同士の会話だって、これだけでおしまいになっちゃうよねえ!
なんでもっと会話を長く続けさせる話題をふってくれないのかなあ?

それで九子は反対に尋ねた。
「君は楽しいの?ひとりぼっちで、あんまり楽しくなさそうだけど。」
受付のお姉さんがそれを聞いて苦笑している。

ペッパー君の答えはこんなだった。「人、それぞれじゃない?」

こんなに賢いペッパー君だが、どう考えても彼の活躍の場は少なそうだった。九子はもう10回もクリニックへ通っているが、誰一人としてペッパーに話しかける人を見たことが無い。

ペッパー、君は来るところを間違えた!
君は同じクリニックでも、小児科のクリニックへ行くべきだった。
子供たちなら目を輝かせて我先に君と話したがっただろう。
それとももっと自分の感情を表に出す国のクリニックに立つべきだった。
アメリカ、中国、ラテン系。
そうすれば君は物凄い人気者で居られたことだろう。

雪深い長野の老人クリニックでこれから何年を過ごすのか知らないが、喜ぶべきは君が人間と違い、一人ぽっちでも落ち込んだり、行く末をはかなんだりすることが無いということだ。


湿布2週間分の処方箋をもらい、近くの薬局へ湿布を貰いに行く。
なぜ笠原十兵衛薬局で調剤しないかって?

いくらなんでも九子だって、湿布を出すだけの処方箋なら苦も無く出来る。
物理的には出来るのだが、自分の処方箋は自分で調剤出来ないことになっている。
必ず他の薬局へ持っていかなければならない。(薬局に二人以上薬剤師がいれば、もう一人の薬剤師が調剤すればいいのだが。)
これはなんでも、医者が自分の身体を自分で診察出来ないと同じ理由なのだそうだ。
一体どこがおんなじなんだ!!!

九子はまじめに2週間以上クリニックに通った。うち3日、湿布を貼り忘れた。
右膝に電流をかけに行くのは、クリニックの休日の水曜日と土日を除いてほとんどすべて行った。
九子にしてみたら本気で通った。
だけどまだ膝が痛くて正座出来ないし、気がついてみれば膝の屈伸に思いのほか時間がかかる。
一体いつまで行けば治るのだろう?

そしてもう一度考えた。
本当に膝は元通りに治るのだろうか?

年をとるという事は、元に戻れなくなる可能性が増えるという事。
若いときは何かあっても、治療すれば、時間が経てば、大半の事は元通りになると信じられた。
だけどそうじゃない可能性も大いに考慮しなくちゃ!

政府に言わせると75歳からが高齢者ということになったそうだ。
なるほど見かけが若いスーパーおじいちゃん、おばあちゃんが増えたから、75歳は妥当に思えた。
膝が痛くなるまでは・・。

膝の痛みにも2種類あって、九子みたいに使わなさ過ぎでなるのと、使い過ぎでなるのと両方あるそうだ。
備わった能力をみすみす使わずに老朽化させるのは確かにもったいない気がするが、それは九子が選んでそうした事だから甘受する。

そこ行くとペッパー君は気の毒だ。少なくとも彼の意志とは関係なく連れて来られた彼の能力の千分の一も一万分の一も使えていない環境で、電気コードに縛られて自由に動くことも出来ずに、地味で真面目な老人たちに見向きもされず、世の中から忘れさられたように生きて行くのだろう。

この際九子は早いとこ高齢者になりたい。
ジムへ行かないと歩けなくなるぞと言われる事も無く、仕事が遅いと文句言われることも無く、年よりだから仕方ないわなあと思って貰える。

可愛いおばあちゃんと言ってもらうことも、あの人みたいに美しく老いたいと尊敬のまなざしを向けられたいとも思わず、何もかもすっ飛ばしてよぼよぼのおばあちゃんになり、大好きなお昼寝を一日中決めこんで、文字通り「寝たきり」になる。そしてたまにブログを書く。そうやってお迎えの来るのを待つ。

医者やプールに行くので道々いつもより余計にどうでもいいこと考えているせいか、ついそんなことを思ってしまう九子だった。(^^;;








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雪かきをしながら考えたこと [<坐禅、仏教、お寺の話>]

このところの大雪で骨がきしみそうに連日雪かきをさせられている。


雪かきと言う単純作業は、九子のような集中力の乏しい人間にとっては恰好の頭の働かせ時。

逆に言えば考え事していたって難なく出来てしまうおいしい仕事と言う訳だ。


九子の家の裏には狭い川がちょろちょろと流れている。

川があると無いでは大違い。

雪かきの時にはこれが大活躍なのだ。


川が無ければ雪を山にして積み上げるしかないから、雪の山のせいで道が狭くなる。

もちろん町中の人々が(九子を除いて(^^;;)働き者という事情もあるが、隣の町に比べて小さなわが町はいつでも道路に雪が無くて快適だとドライバーには評判らしい。


雪ダンプで運んだ雪を、町中の人がこぞってこの川に投げ入れる。

新雪の真っ白い雪ばかりではなく、下の方で凍りついて黒くなった塊の雪もどんどん投げ入れられるから、狭い川はすぐに雪で一杯になる。


そのうち雪が川を堰きとめて、雪の上まで水がかぶさり、しばらく淀んだようになる。

これは大変だと思っていると、二三度雪を運んできた頃にはもう、川は雪の山の下に見事に行き先を見つけ出して流れ始めている。


こういう時、水はタフだなと思う。


九子が坐禅を習った大本山活禅寺の無形大師に、「水の如くあれ」と教えられた。

水は暑くなれば水蒸気となって霧散し、寒くなれば氷となって固まる。

だが、形は変わろうともその本質は決して変わらず、いつかまたもとの水に帰る。

そして水は器によって変幻自在に姿を変える。

水の如く、柔軟な生き方をしても、その真髄は変えるなという教えか。


考えてみると九子は、言われなくたってそれを実践してる。

理不尽な目に合うとすぐに頭から湯気を出してカッカと熱くなり、うまく行かなくなるとすぐにへこんで固まって氷になる。

器用じゃないから、器によって形を変えるってとこだけは出来ないけど・・・ってそういう問題か?(^^;;



川に続く道は狭い。人二人がやっとすれ違う程度。だから雪ダンプを持ってる時は、どちらか一方が待って道を譲る。


たしか数年前までは、中学生も高校生も挨拶をしてくれたものだった。待っててくれて有難うの意味で「すみません。」と言うと、あちらからも「すみません。」が返って来た。


あちらの「すみません。」に対して、「こっちこそすみません。」と言う。

満員電車で靴を踏まれて、踏まれた方が謝る日本人という訳だ。


ところが今年はそれが無い。3日間のうちのたった一日、こちらが待っていてあげるとたった一人が「すみません。」を言って通って行った。嬉しかった。しかもそれは九子の母校の子であった。


「すみません。」は日本人の魂だと思う。良かれ悪しかれ、九子の世代の人々の大多数が一日のうちに何回も何十回も使い続けて来た美しい言葉だ。


待たせてごめんなさい、やってくれて有難う、わざわざ面倒かけて(時間を割いて)ごめんなさいね、気を遣ってくれて有難う、などなど。


要するに日本人独特の「思いやりの心」ってやつだ。

あまのじゃくな九子とすれば、思いやりだのおもてなしだの、あんまり声高に言われると、「何よ、それ!」って気にもなるのだけれど。(^^;;


でもそれは、見えないものを見る力だ。

声に出して言われなくても、相手の事を想像する力だ。


日本人が美徳とするこの力を全く理解しない人々が世界中には多くいる。

世界中を見回さずとも、ほんのお隣だってそうだ。


自分には一切非が無くて、相手がすべて悪い。

すみません、ごめんなさいと言った途端に、それ見たことかと追求されたら、そしてそういう事を何百年、何千年と繰り返してきた人々が私たちの10倍以上も住む国と付き合い続ける事を考えると

とても気が重い。

だけど付き合わなきゃならない。


水の話に戻るけれど、水は一番低いところを流れる。

「水の如く」と言う言葉には、きっと無理をしないで楽な方に流れよという意味も含まれている。


日本人は日本人のままでいい。

無理して強くなって大陸の真似などしなくてもいい。

靴を踏まれて「ごめんなさい。」というお人よしでいい。

だってどこかの国を真似て強くなろうとしたって、何百年も養った真面目で人のいい性格がそうそう変われる訳が無い。


強くなるのは政治家だけ。政治家には目いっぱい強くなってもらって、国家を守ってもらわなくっちゃ。


水はタフだ。氷をも、岩をも砕く。

水になればいい。

真面目なところも、正直なところも、そのままを押し通して、突き進めばいい。


ずるがしこくなるな。計算高く生きるな。

持っている純粋さのそのままで押し通せ。


無形大師の「水の如く」。

日本人が自信を失っている今だからこそ、知って欲しいと思う。





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2017年年賀状 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

  悠也結婚式カサハラ家族.jpg
明けましておめでとうございます。
旧年は我が家にとって嬉しい年でした。
6月に三男Yが結婚しました。
豪州放浪の旅を続ける次男Sを訪ねて、8月は九子とN子が、11月にはM氏とM子が渡豪しました。この時を逃せばもう行く機会は無かろうと危惧したからです。
わずか数日の滞在でも、雄大な自然と優しい人々やコアラに癒された、散財に見合う有意義な旅でした。
今年は長女N子の結婚式が続きそうです。
遠方での挙式となり、金離ればかり良くて蓄財の才に乏しい両親は、新たな散財に頭を抱えております。
今年もよろしくお願いします。
平成二十九年 元旦

登場しなかった長男Rもお嫁さんと二人、穏やかに暮らしています。


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正月にふさわしい話題を探していたら、例によって文藝春秋のこんな記述にほうっと思った。
演出家鴨下信一氏の筆による。

斉唱は正しくは合唱と同じではない。合唱は声部がいくつかに分かれていて違うメロディーを唱うのだが、斉唱はたった一つの同じ旋律を唱う。

 
父も、九子自身も、子供たち全員も信州大学の附属小中学校に通ったので、入学式や卒業式の折の君が代斉唱は当たり前のことと思っていた。
何しろ国立大学の附属、つまりは国からお金を貰って運営されている学校だったからだ。

それが長男が県立高校に入学し、その入業式で国歌斉唱の段になった時、こんなアナウンスがはいったのには驚いた。
「思想信条の自由により、歌いたくない方は歌わなくて結構です。」
寄る年波で記憶が定かでないのだが、確かその後に「起立しないで着席していても構わない。」という一文も続いたような気がする。

そんなに多くは無かったと思うが、その通りにする人々が居たのも覚えている。
その時初めて、君が代を歌い、国旗を仰ぎ見ることに複雑な心情を覚える人がいるのだという事に思い至った次第だ。

鴨下氏の言葉に戻るが、

「君が代」がなかなか揃わないと怒りたくなる時があるが、本来前奏がないのだから意外と難しいのだ。
謡の地唄など、よく音高やリズムが合うと思って地頭に聞くと「途中で自然に合って来ます。」とのこと。
なるほど、そういうものか。
「齊」の字は、イネやムギ等の穀物の穂がいっせいに出揃うのがもとの意味だそうな、
気がつけばそろっているのがいいのだ。

穀物にしても人間にしても、育てる人には辛抱が必要だ。
「途中で自然に合って来ます。」とは、なんと経験を積んだ奥深い言葉だろうか。
こういう大らかな気持ちで子供たちを育てたかった。
5人子供を生んだくらいじゃあ、とんでもないけどおっつかない。

結婚は一応人生のひとつのゴールイン。
立派な芽をつけようが貧弱だろうが、葉っぱが緑だろうが黄色だろうが、花が大きかろうが小さかろうが、いちいち威張ったり、おろおろしたりしないで、でんと構えていたかった。
「途中で自然に合って来ます。」と微笑みながら・・・。



タグ:君が代 斉唱
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成宮寛貴は今どこに? [<九子の万華鏡>]

芸能界というところは、よほど魅力があるに違いない。
その頂点に立つために多くの人が競い合い、おおよそそのトップというのがテレビの視聴率などという得体の知れない化け物によって決められるものであったとしても、自分の顔が、名前が、能力が、不特定多数の人々に知れ渡ることに喜びを感じるあまたの人間たちがこの世から無くならない以上、きっとこれからもずっと存続し続けるのだろう。

テレビはいつまで続くのだろう。かつて昭和の時代に、家族がお茶の間でちゃぶ台を囲んで揃ってご飯を食べ、その隣にテレビがあったあの頃が、きっとテレビの黄金期だったのではないか。

お茶の間というのは、もはや死語に違いない。
家族団らんは疎遠となり、塾に、習い事に忙しく、丸いちゃぶ台など知らない世代の子供たちが、親兄弟ではなくゲーム機やスマホに向かって話しかけ、一人わびしく孤食をするこの時代に、テレビの役目とは一体何なのだろう?

「相棒」の甲斐亨役でおなじみの、そして九子が密かに見ていた不倫ドラマ「不機嫌な果実たち」でも色男を好演した成宮寛貴が、自らの意思で芸能界を去るのだという。

いや、「フライデー」の威力は大したものだ。今回はお得意の隠し撮りではなく、売り込んで来た人間が居るようだ。
確かにあの写真は本人によく似ていた。本人が逃れられないと思ったのもわかる。

それでもプロダクションとしてはそうではないと否定するだろう。金の力で、法の目をかいくぐって、成宮寛貴という商品を守る術はいくらでもあったはずだ。

ところが今回成宮くんは、あの年代にしては達筆な走り書きで、万感の思いを綴ったであろう書置き一枚を残し、誰にも言わずに何処へか姿を消してしまった。

後に残ったのは、この一件が無かったらきっと表沙汰にはならなかったであろう彼の性癖と、コカイン疑惑、そして母子家庭で育ち、14歳で母と死別した後、6才下の弟を大学に出すため、自分は中卒で身を粉にして働いたという思いがけない生い立ちだった。

この生い立ちには泣かされた。こんな豊かな時代に、しかも美しい顔立ちに生まれついた幸運な青年が、その美貌を生かして芸能界の頂点にたどり着いた俳優が、そんな不遇な青春時代を送り、自分の果たせなかった夢を弟に託して弟を大学に進ませるために脇目もふらずに働いていただなんて・・。

いじめも受けていたという彼。その彼をたまたま癒してくれたのが、ゲイが集まる新宿歌舞伎町だったと言う。
肉体労働に明け暮れる毎日に堪え切れず、ふっと魔が差したように都会へ出た時、住み込みで雇ってくれたのが新宿二丁目のお店だったそうだ。
美少年がいると評判になり、宮本亜門に紹介されて、それが彼の俳優としての出発点にもなった。

成宮くんは薬物疑惑に関してはほぼ何も答えていない。ただただ「絶対知られたくないセクシャりティーの部分」が暴露されてしまったから、もう堪えられそうにないと言うばかりだ。
「絶対知られたくないセクシャりティーの部分」とは、誰が考えても「同性愛」という答えに容易にたどりつく。
新宿2丁目で働いていた過去が影響したのかはわからない。だけどそれが、そこまでして隠したいものなのだろうか。

ただ、もしかしたらと思い当たる節が無いでもない。
テレビで見るゲイの人達の特殊さだ。

ゲイと言うより、オネエと言うのだろうか。
異常にテンションが高くて、見ているだけでこちらのエネルギーを吸い取られそうな気がする。
彼らは元々男性なのだから、生まれつき大きなエネルギーを持っている。そのエネルギーで一秒でも長く画面に映るように、しゃべりが視聴者に届くように、けたたましく騒ぎ立てる。
九子は彼らが嫌いと言ってる訳じゃない。言ってること面白いし、ついつい見てしまう。だけど違和感があるのだ。
なぜかオネエタレントと言われる人々は、判で押したようにこういうタイプの人たちだ。

九子が一番気になるのはその言葉づかい。
「ねえ、アンタさあ」が彼らの決まり文句だが、決して聞いていて心地よい言葉ではない。
そもそも「アンタ」って、女性が公で普通に使う?
「アンタ」を使うのは、相手を見下してる時だけじゃない?

新宿2丁目のゲイの人たちは、昔からみんなこんな言葉遣いだったのだろうか?
オネエタレントたちはそれを踏襲しているだけなのだろうか?

考えてみるとゲイという言葉は、英語のgay(陽気な)から来ているという。
そう思えば、彼らのハイテンションもわかる気もする。

とにかくゲイ=オネエという受け止められ方が出来てしまっているとしたら、彼らと一緒にされたくないという思いはわかる気がする。
佐藤かよさんだっけ?ああいう可愛らしい女の子がステレオタイプとして広く受け止められていたならば、もっと普通のゲイたちがゲイ代表としてテレビに出ていたら、もしかしたら成宮くんもそんなに秘密にして抱え込まなくてもよかったかもしれないのに・・・。

役者成宮寛貴に多大な影響を与えたとされる演出家蜷川幸雄氏が、成宮くんのことをこう評していると言う。

「毒と華は紙一重、それが同居している役者。」

また、『蜷川幸雄の稽古場から』(ポプラ社)に、蜷川から成宮への言葉も掲載されている。

『若いときに苦労してきた子だから、他の俳優にはないような、ある種のいかがわしい匂いをつけて出てきたんだよね。それを清算しようとして、ちょっとスクエアな俳優になろうとしているのかな。それがうまくいっている作品もあるんだけど、ほかにはいない、異色の俳優のままでいいじゃないってぼくは思うわけ。「成宮、軌道修正しなくていいよ」って。(中略)「たとえばアラン・ドロンみたいに、複雑な影のある役者になればいいじゃないか。あるいは歌舞伎の色悪のような。せっかくのその匂いを、成宮、消さなくてもいいんじゃないの」って、俺は思うわけ。それは成宮に対する最大の助言だね。この国の芸能界で長生きするには、必要なことなのかもしれないけど、「成宮、お前、せっかく持っているものなのにもったいないな」ってね』


成宮くん、今どこにいるの?
あれだけの艱難辛苦をくぐり抜けてきた人なのだから、よもや命を粗末にするなんてはずは無いと思うけど・・・。
ゆっくり休んで、じっくり考えて、いつかまた日本の芸能界に戻って来てください!



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韓国がノーベル賞を取れない理由?? [<九子の万華鏡>]

そろそろノーベル賞の授賞式が始まるらしい。
今年も大隅教授が受賞されて、このところ

日本人は鼻高々だ。

毎年ノーベル賞の時期になるとお隣韓国ではこんな話題で盛り上がり、ブログが炎上したりもするのだそうだ。
日本はこんなにたくさんのノーベル賞を取ったのに、なぜ韓国は取れないのか?という書き込みである。
常に日本のノーベル賞受賞を意識し自国が取れないことに悩む韓国人の症状をノーベル症」と呼ぶこともあるのだとか

人の事なんてどうでもいいでしょ?!!と思いながらついついメルマガのタイトルをクリックしてしまう九子。(^^;;
書いているのは黄文雄氏。台湾生まれで日本に帰化された方だ。

 


私の持論...と但し書きをつけて書かれていることはつまり、こういう事だった。


日本語は中国から入った漢字だけではなく、自らひらがな・カタカナを創出した。表意文字である漢字と表音文字である仮名を組み合わせることで、複雑な思考や感情をきわめて的確に表現することができるようになった。外来語についてもカタカナでその音をそのまま表記できる。



表音文字と表意文字をあわせて使用するということは、きわめて複雑な言語体系である。
そのような複雑な言語を通してでしか、海外、とくに欧米の最新科学や哲学を理解し、さらにそれを和製漢語として翻訳することはできなかったのだ。

日本に留学した魯迅は、日本語による読み下し文によって、それまで漢文では理解できなかった四書五経の内容をようやく理解できたそうだ。
明治維新後、欧米の科学や哲学を学んだ日本は、その概念をうまく日本語に翻訳し和製漢語を作り出した科学、哲学、文化、物理、化学、原子、臣下、改革、進歩、共産主義……などは日本人が作り出した言葉だ。現在の中国語における熟語の7割はこうした和製漢語であり、これがないと中国語は成り立たないとも言われている。「中華人民共和国」という国名自体、「人民」も「共和国」も和製漢語だ。

中国語・漢語だけでは、近代を理解するための概念を説明、表現することができなかったわけだ。

日韓合邦時代、日本は朝鮮半島にハングルを広めた。それまで朝鮮の両班(貴族階級)たちは宗主国の文字である漢字を尊び、ハングルは愚民が使うものだとして侮蔑していたため、ハングルはほとんど使われなくなっていたが、日本は国民教育の観点からハングル(諺文)の普及を目指し、漢文との併用を推奨した。ハングルは基本的に表音文字だから、いわば日本のように漢字と仮名を組み合わせるようなものだった
ところが戦後、韓国では民族意識の高まりから、漢字を追放し、ハングルだけを使用する動きが強まった。1948年にはハングル専用法が制定されて公文書はハングルのみに限定され、朴正熙政権では学校教育から漢字が追放されるようになった。


韓国が日本統治時代に日本が行った漢字導入を嫌い、いわばひらがなだけのハングル文字のみ採用した結果、表現が単純になってしまった。

やはり言語的な影響が強いのだと思います。(要約)




へえ~、中国で使われる熟語の7割が日本人が作った和製漢語だなんて、ビックリだ!
当たり前に使っている日本語がそんなに複雑な言語であることも、ましてやノーベル賞を取るだけの学力を維持するために必要であったとも思えないのだけれど、まあ、直接の原因かどうかはさておき、間接的には影響があったのかもしれないと思わせる。

でも反面、欠点もある。思い出したのは、日本人が英語が出来ない訳。
アジア諸国では自国の言葉ではどうしても表現出来ない言葉があまりにも多いがために、英語のテキストを導入し、小さい頃から学校で英語に馴染むが故に、英語が出来るようになるという。

日本語でなんでも表現できるせいで、英語を導入する必要が無く、結果日本人の英語は何年やっても上達しない。

必要とされないことは廃れていくという良い例が、日本の着物文化だろう。
日本女性は着物を着なくなり、「始末する」という言葉も日常から遠くなり、その結果、器用さも、握力も、家事力もすべてなくしたのではないか?

実は九子が密かに尊敬する女性が居る。
80歳になろうとするご年齢でありながら、いつもきちんとおしゃれをされ、家事全般をすべてこなされ、長い間ずっと一人で家を完璧に守っていらっしゃった。
その女性が手を差し出されて握手してくださるというので握手してみて驚いた。病後でいらっしゃるというのに、なんという強い握力!!

完璧に九子の負けだった。

彼女は和服を着られる。それだ!と思った。
毎日の家事もさることながら、昔の女性は良く手足を使った。
着付け教室で習ってもうまく出来ない着物の着付けを、女性たちは毎日のくり返しでいつの間にか覚え、楽々と着物を着こなしていた。
絹で厚く織られた帯を締めるのに強い力が必要なのは、着付けをしてくれる美容師さんが息を切らし、額に汗を浮かべて締めているのでもよくわかる。

昔の女性が誰でも当たり前に出来ていたあれやこれやを、私たちは機械にまかせ、人にまかせ、ややこしいことは忌み嫌い、楽に流れた。
特に毎日の家事をおろそかにしている九子の握力は、毎日をきちんと生きて来られた美しい目上のご婦人にあっさりと負けてしまった。

ところでみなさまは着物を畳んだことがおありだろうか?
九子もさすがに着るのは出来ないが、畳むだけならなんとか出来る。

着物をたたみながら、これはまさに日本文化だと思った。
西洋人なら、ひたすら左右対称に畳むのだと思う。
だが着物は違う。

西洋人の畳み方は、まさに温泉の寝巻きのゆかたのたたみ方なんじゃないかな?
内側から袖に腕を通してぱたんと身体の前で合わせ、そのまま腕を抜いて袖を同じ方向にたたみ、上から三回くらい折る。
子供でも出来る一番簡単な着物の畳み方だ。
これだと着物を畳に置くことなくすらすらと畳める。

ところが本式の畳み方は違う。
 

必ず着物を畳の上に置く。

ここで言われているところの2番目と3番目がひどく不思議な気がする。
2番は襟と襟とを合わせていて、しかもそれは真ん中に来ない。

三番はもっと不思議で、半分に折るという常識を覆して、合わさっていないものを無理やり合わせている感じがする。
だけど最後はきれいな縫い目どおりの畳み方になる。

もちろんこれは、着物を裁って、縫った昔の日本人が考えたしまい方なのだろうが、さぞかし賢い人だったのだろうと思う。
幾何学なんてものを超越して、頭の中で空間を理解していたのかもしれない。

着物は織るのも、染めるのも、それから帯を結うのも、物凄い技術の塊だ。
着物に限らず袴だって、それはそれは凄い。

M氏は善光寺の用事や祭のために、一年に一二度袴をつける。
器用なM氏は何でも自分でやってしまい、九子の出番は帯の後ろに三味線のバチみたいな形をしたヘラを差し込むだけだが、
帯の細い紐がM氏のいい頃加減につき出たお腹の上できれいに十文字を描くように結ばれるのを見ると、いつもああ、いいなあと思う。
(M氏じゃなくて、袴が・・・。(^^;;)

着物文化をこのまま廃れるままにしてしまうのは本当に切ない。
歩くたびに伝わる絹磨れの音。紐を縛る時、帯を結う時の緊張感。そして、絹の匂いとナフタリンの匂いが混ざり合ったような懐かしい香り。
着物とはほとんど無縁に過ごして来た九子だって、いや、だからこそ、娘の時代にも母が残してくれた手を通したことも無い着物たちが、立派に生き延びてくれることを願っている。


必要としないものは廃れる。
ノーベル賞の話も、着物の話も、そんなことを持ち出さなくたって、九子はちゃんと知っていた。

出来すぎ母に何でもやってもらって育った一人っ子の九子の手、そして足。
母が全部してくれるから、自分では何もしなくていい。する必要が無い。

友達も居ず、外遊びも大嫌いだったから、疲れるほど歩きまわったり、汗が出るほど走ったりの経験はごくわずか。
そうして物心付く頃には、友達よりも動かすのが遅く、不器用で、思い通りに動かない手と、すぐに疲れる足になっていた事を・・。

あああ、この際、日本の着物文化をどうこうするなんて壮大なことはどうでもいいから、九子のこの怠け切った手足と、疲れきった頭を一瞬のうちになんとかして欲しい!!!

えっ?それが出来たらノーベル賞ものだって?
おあとがよろしいようで・・。(^^;;

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