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民度一位の国、日本 [<九子の万華鏡>]

いつだったかBSチャンネルを回していてこの番組にめぐり合った。
 
近衛秀麿さん。 
近衛さん・・であるからして、お偉い方である。
当時の近衛文麿首相の弟さんだそうだ。

その弟さんが音楽の道に進み、ヨーロッパに移り住んだ。
そして戦争が始まり、ドイツによるユダヤ人の迫害がひどくなった時、数十人の音楽関係者を日本に逃がしたり、金品の援助をおこなったりして命を救ったというものだ。

皆さんもそうだろうが、九子も真っ先にあの人を思い出した。
そう。日本のシンドラー杉浦千畝氏だ。

杉浦が駐リトアニア大使だった時、日本に渡るビザを書いて数千人のユダヤ人の命を助けた話はつとに有名だ。

じゃあ一体、近衛秀麿と杉浦千畝はどっちが偉いんだろうか?
偉いって意味は、人間としてってことだ。

答えは直ぐに出る。
やっぱり杉浦千畝だろう。

もちろん助けた人数とか全然違う。
でも、それを除いても、杉浦千畝氏に断然軍配が上がると思う。

答えは、そうした時に自分に降りかかってくる危険の違いだ。

近衛秀麿氏は、なんと言っても首相の弟君だ。
言ってみれば内田康夫の人気シリーズで、警察庁刑事局長浅見陽一郎という兄貴を持つ浅見光彦みたいなものだ。
困ったら兄の名前を出せば、まわり中平身低頭で、掌を返したように扱いが良くなる。

当時のヨーロッパであっても、とりあえず日本の首相の弟であれば、何をしようとひどい扱いはされないだろう。
そんなことが表沙汰になれは国益に関わってくるからだ。

そうい う事がわかっていての人助けなら、彼の立場であればより簡単に出来るはずだ。
もちろんそれだからと言って、彼の勇気や行いの立派さを微塵も損ねるものではないのだが。

杉浦の場合は、国の命令に背いての単独行動だった。
あとになってどんな処分が下るかは全くわからないどころか、死刑になる可能性だって大有りだった。

自分が死ぬかもしれない時に、正しい行為が出来る。これぞまさしくリーダーの力量だと思う。

なんだかこの頃お隣の国が騒がしい。
大統領の一友人であるその人が、国の政(まつりごと)に口を出し、自社に利益誘導して多額の金を奪い取っていたという疑惑である。

ただでさえ、一握りの財閥企業に入れるのと入れないのとではその後の人生が天と地ほどに違うといわれ、そのわずかの可能性をかけて熾烈な競争が繰り返されるというお国柄だ。
庶民がそれだけの苦労をして勝ち取る特権を、労せずして手に入れる人間が居る。
しかもその人から、「能力ない親を恨め。金も実力のうち。」などと言われたとすれば・・。
大衆の怒りの程はわかる気がする。

韓国と言う国が大統領制を敷いてからまだ数十年であるというのを聞いて、なるほどと思った。

日本も確かに明治以来はたかだか百数十年だ。
ただその前に、長い平和な江戸時代があった。鎖国をし、諸外国に門を閉ざしてはいたが、天変地異や内乱はあったとしても、日本中が戦場になるようなことは無く、そういう平和の中で、文化も栄え、教育も浸透していった。

明治に入ってから日本に来航した西洋人が、どんな田舎の貧しい家の子供でも読み書きが出来るのにびっくりしたという話はよく聞く。

国が戦争の最中であったら、文化も教育も二の次になる。
日本の国がここまで栄えて先進諸国の仲間入りが出来たのも、何百年も続いた平和な時代があったからではないのか。

それでもこれでも、日本の津々浦々までとりあえずは働く場所があり、街中にコンビニは溢れ、人々は外食に行って貧乏人も金持ちも同じ物が食べられる。
イギリスの貴族が食べる物は庶民とはかけ離れているのだそうだ。

そういうことが当たり前ではない国の人から見れば、日本と言う国はどんなにか羨ましく映るだろう。

でも今の日本の繁栄は全て過去の遺産だ。これからも長い間平和な日々が続くかどうかは、われわれの努力次第だろう。

民度っていうよくわからない言葉があって30年も日本が一番という結果らしい。
金や権力で動かない。正しい道をこつこつと歩む。
国の成熟度ってあんがいそういうところにあるんじゃないのかな?

と、平和の大事さという結論で落ち着いたと思ったら、またまた痛ましい事件があった。
民度世界一の国の有名大学の優秀な学生が、南米コロンビアで撃ち殺された。

彼は将来世界で仕事をするのを夢見て、大学を一年間休学し、世界一周旅行の最中だったそうだ。
そのために居酒屋でアルバイトをして費用も自分で貯めた。
世界と言ってもニュースで取り上げられることの少ない貧しい国ばかりだったと聞く。

ケータイやパソコン、カメラなどを盗まれて、追いかけたところを銃撃された。
目的を果たすまであと3ヶ月。今まで撮り貯めた貴重な資料がどれだけ大切であったかは痛いほどわかる。
追いかけるな!と言っても無理な話だったかもしれない。
でも追いかけなかったら、命は取られずに済んだのではないか?

そういう時、平和な日本で生まれ育ったことが足かせになる。
身の危険が迫るなどと言うのは、この国では夢の中の話だ。

危険な状態で身を守る教育とか、対処の仕方などというのは実際特別な職業の人しか知らないのではないか?

自衛隊がいよいよ戦地に赴くのだそうだ。
彼らだって、平和な日本で育った若者だ。いざという時、本当に自分を守れるのだろうか?
稲田防衛大臣には母親の立場として是非とも言ってもらいたかった。
「あなたがたは決して死んではいけません。あらゆる武器を使って身を守り、何があろうとも日本に生きて帰ってきてください。」と。

オーストラリアで放浪の旅を続ける次男がいつも言う。「オレは好きでここに居る。事故に遭おうが野垂れ死にしようが、それはオレの人生だから、オレは満足だ。」

コロンビアで亡くなった一ツ橋大生のご両親も、こう思っていらっしゃるのだろうか?

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Gotogateがキャンセルに応じてくれた! [<正統、明るいダメ母編>]

今頃M氏は、オーストラリアの海辺で念願のポケモンGOをやっているんだろうか?
オーストラリアでしか取れないやつを、思いのままGet出来るといいね!( ^-^)

ああ、ここへたどり着くまで、苦難の道だった。

お盆休みに長女と二人で行った次男が放浪しているオーストラリアに、どうしても次女が行きたいと言い始め、ならば今度一緒に行くのは海外などここ30年以上行っていないM氏だろうという事になり、嫌がるM氏を説き伏せ、10年パスポートを取らせてその気にさせるまでがまあ、一騒動。

ところが飛行機のチケットを取る段になって、それ以上の騒動が待ち構えていた。

九子の事ゆえ、取ろうとするのは格安チケット。

skyscannerという世界の旅行会社の大部分を網羅しているように思われる大手代理店のサイトから、日付、目的地、ルート、人数を入れてやると、これでもかと言うくらい飛行機のチケットがわんさと出てくる。
安さ重視の九子でも、さすがに行きに30時間、帰りに20時間飛行機に乗ることになるバンコク、カナダ、アメリカ乗り継ぎ切符(つまりそれぞれの地でお客さんを乗せて目的地まで行く)などと言うのは、即、却下して・・・。

でも最初に出てくる安い券はみんなそんなのが多い。
乗り継いだとしてもオーストラリア国内で、乗ってる時間はせいぜい12時間くらいまで。その上、真夜中やとんでもない早朝出発を除いて、現地で有効に時間が過ごせるものと考えると、ハードルは結構高い。

気がついたのだが、一人30万40万する切符でも、長時間飛行機に缶詰にされるものもある。
飛行機の値段っていったいどうなっているんだろう?

安いチケットでは、格安航空会社JETSTARが幅を利かせている。
この間長女と乗ったQantas航空は、安くは取れたが、格安航空会社ではないのだそうだ。
そういえば荷物でお金を取られることも無かったし、しっかりした機内食も出た。
JETSTARの機内食?ののどの乾きそうなパンとケーキの写真を見て、その違いを思い知った。

そして良く出てくるのがeDreamsという旅行会社の名前だった。
このチケットを選ぶなら、eDreamsが扱っていますから、そこから買ってくださいということだ。

eDreamsの評判の悪さは、ネットで見てよくわかっていたつもりだった。
でもまあ、安く行くなら、どこの会社が扱っていても切符は切符でしょ?

ああ、それが悲劇の始まりだった!

この会社のチケットを、最初はパソコンから取ろうとした。
ところがなぜか、受け付けてくれないのだ。最終局面に行く前になぜか表示がグレーになって動かない!!

仕方なく会社が勧めるアプリをダウンロードして、スマホから取る事にした。
九子は最近スマホデビューしたのだ。( ^-^)
このアプリを使って、こんどはeDreamsが扱うツアーだけを表示させる。

ところがここでも似たようなことが起こった。
クレジットカードの番号まで、やっとの思いで書き込んだのに、数分待たされて、「申し訳ありませんがお客様の要請にお答えできません」みたいなメッセージが出る。
この日は朝から、暇な時間はずっとこの作業をくり返していた。朝10時頃から夕方まで。
何百回は大げさだが、何十回はくり返した。

最後の最後でこの要請不可メッセージを受け取ることにもういい加減飽きてきて、夕方に近い頃にはメッセージを確認することなく次々に切符を見つけては要請ボタンを押していたのかもしれない。

そうでなければ、こんなことが起こるはずは無かった!!

そうこうしているうちに気がついた。なんだか夕方になってから、急に全体的に価格が上がったのだ。
えっ?さっきよりみんな5万くらい高くなってるよね?
この値段じゃあ、2都市めぐりの計画は無理だ!
残念けど1都市のみのプランに変えよう!


九子はまたskyscannerに戻って、パソコンから切符を探し始めた。
一都市にしたおかげで5万くらいは安くなった。
しかも取れたのは格安航空のJETSTARじゃなくて、JAL!おお、わが最愛の日本のJALの切符だった。

正確に言うとJALとQANTSASの切符だ。日本からオーストラリアの往復がJALで、オーストラリア国内乗継が往復にそれぞれ一箇所ずつあり、それがQANTASだ。
とちらにしても格安航空ではないから、機内食も期待できるし、荷物に余計なお金はかからない。
その切符を取り扱ってるのが、Gotogateという会社だった。

実はこの会社も、評価の星の数ではそんなに良くは無かったのだが、何しろ数少ないJALが嬉しくて、ここに決めた。

2都市めぐりもよかったけど、予算オーバーじゃあ仕方ない。じっくり1都市見た方がいいよね。
出資元としても助かるし。(^^;;

九子はウキウキしながら、Gotogateからの予約確定メールを確認した。

事件は次の日起こった!

夜お決まりのポケモン探しから戻ってきたM氏が「本当に切符取れてるんだろうなあ?」といぶかしがるので確認した。Gotogateからのメールの下の方に、eDreamsの文字と、JETSTAR、Bookingの文字の付いた3通のメールが来ていたではないか!!!

開いてみておったまげた!
あんなに朝から晩までクリックし続けて取れなかったはずのeDreamsの切符が、どこのクリックでヒットしたのかもさっぱり見当もつかない2都市めぐりの切符が、取れていたというのだ。

目の前真っ暗だった。
要するにダブルブッキング。それも別々の会社でだ。


万事休す!と思った。でも、少しは頭が働いていたのだろう。
即座に、キャンセルの申告をするのはGotogateにしようと思った。
悪名高きeDreamsが、キャンセルに応じてくれる訳がない!!

もちろん悪いのはeDreamsだ!こんなダブルブッキングして下さいとばかりのシステムを作っておいて、忌々しいにも程がある!!!

(知恵袋にも同じような質問してる人が居る。)
時は夜の11時。Gotogateのメールは英語しか受け付けないから、必死になって事の次第を書き込む。
こういう時、あっ!英語だ!と思って怖気づいたらダメです。絶対にお金は返ってこない!
下手な英語でも書けば戻る可能性があるのだから、勇気を出して必死で書きましょう。

そして送信ボタンを押した後の自動入力の言葉が優しかった。
「あなたからのキャンセル要請は承りました。ただ、このメールが即、あなたのキャンセルを約束するものではありません。改めてこちらからメールが届くのをお確かめください。」

なんだかこの会社ならキャンセルに応じてくれそうな気がした。

Gotogateという会社は、ヨーロッパでは評判がいい会社であるとネットのどこかで読んだ。

数日後、九子は自ら、その評判の良さを身にしみて知ることになる。


キャンセルは受理されたのだ!!!
ただし、キャンセル料は日本円で5万5千円。二人分で11万だ。それに加えてなんとか税も取られるから、実際に戻ってくるのは全体の4割くらいか・・。

このキャンセル料の5万5000円だが、多分JALのキャンセル料が4万円(というのが相場らしい。)で、残りが乗り継ぎのQANTASの分と思えば納得が行く。

考えてみたら九子が取った切符が、格安航空会社ではないJALとQANTASの組み合わせだったというのが幸運だったのだと思う。

高い勉強料だったが、何の落ち度も無いGotogateという会社がキャンセルに応じてくれたのは本当に有り難かった。

後からわかったのだが、格安航空会社JETSTARは原則的にいかなるチケットも払い戻し不可と謳っているが、JETSTAR同士のダブルブッキングならばお金の返却に応じているそうだ。
もしかして旅行会社にキャンセル断わられた場合でも、飛行機会社に直接頼むとよい場合もあるかもしれない。

この情報は九子がJETSTARのサポートの日本語サイトでチャットして、そこに出て来た電話番号に電話かけて、言語で日本語を選び、日本人のサポート係に聞いてわかった情報だから間違いない!
ただ、キャンセル料は当然取られるはずだ。

今度九子が海外旅行に行くのはいつかは知らないが(今回余計なことでお金使ったので、まだまだ先だと思うが)
skyscannerに出てきても、eDreamsは絶対使わないぞ!

みなさん、ダブルブッキングにはお気をつけあそばせ!

注:eDreamsの悪口ばかり書いたけど、実際九子はeDreamsに対して何もしていない。キャンセルの申し立てをしたら応じてくれたのかどうかはわからない。

そういえばこのところ九子はお恥ずかしい事件を立て続けに起こしている。

先日、お葬式に行ってお斎(とき)に着いた。お手洗いに行ったら、トイレのドアを開けた途端にスマホが鳴った。
そうたびたびあることでない事が起こった時に、パニックになって自分でやった事を忘れてしまうのが九子という人間だ。

トイレから戻ってきた時、九子はスマホしか持って居なかった。バッグはてっきり待合室に置いてきたとばかり思っていた。

それが見あたらなかったのだ!

こういう時、九子はついつい疑心暗鬼になる。さっきまで仲良く話していた親戚がひょっとしたらどこかに隠し持っているのではないか?
ありえない!と思いながらも、100%はその人を信じられないような気持ちになる。
会場の人に打ち明けて、その人もいろいろ探して下さったが出てこない。

「お手洗いに行ったのですが・・。」と申告し、係りの人ももう一度見に行ってくれたのだが、結局見つけられなかった。

こんなに探しても無いなんて、誰か泥棒が入り込んで持って行っちゃったのよね。
ママと一緒に買った思い出のバッグだったし、何より禅の師匠からの大切なお数珠がはいっていたのに・・・。

二日後、あきらめかけた頃式場から電話が入った。

「あっ、鞄ありました!!お手洗いのドアにかかっていたのをお客様が見つけてくださいました!」
えっ?そんなところに鞄掛けたっけ???
そこにあったのだから、あなたしか掛ける人は居ないでしょう。(^^;;

その日のうちに九子はM氏に連れてってもらって式場に駆けつけた。
お礼は例によって雲切目薬だ。(かっこいい新サイトです!)( ^-^)


どちらも、慎重な人だったら決してしない失敗だろう。
九子のおっちょこちょいが災いしているのはよくわかる。

だけどなんだか、二つあわせると帳尻が合う気がする。
キャンセル料で損したお金と、鞄と中身が戻ってこなかったとしたら失っていたであろうお金はとたいてい同じくらいだ。
つまり、損した分はちゃんと補ってもらっているのだ。

なんだか計算がおかしくない?と考える目先の利く頭のいい人たちよりも、九子のようないい加減な人間の方が、もしかしたら幸せなのかもしれない。( ^-^)



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福田君を殺して何になる [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

 
福田君を殺して何になる

福田君を殺して何になる

  • 作者: 増田 美智子
  • 出版社/メーカー: インシデンツ
  • 発売日: 2009/10/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


福田君って誰?と思って手に取った。すぐにわかった。 ---光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)---と副題があった。

一瞬迷った。
どうせどこにもあるこの手の本よ。少年は更生しているから死刑にしてはいけないっていうんでしょ?

じゃあ、買わなきゃ良かったじゃない!
それなのに、なんとなく、買ってしまった。

口にしていた。何が書いてあろうと、だまされるもんか!あれだけの重罪を犯したのに、少年だから軽い罪なんて赦されない!


現代語にすれば、やられちゃった感!満載の本だ。本を読み進めていくうちに、しだいに募っていく少年に対する同情心。


この本は、福田少年と著者の増田美智子さんとの最初の手紙のやり取りから始まる。

最初の手紙を書き出してみる。

増田美智子様
孝行です。1982年(筆者注・1981年が正しい)3月16日生 魚座 とり年
つまりペンギン(小さなペンギンのイラスト)←こんな感じかな☆
なわけないか(笑) ぼく27さいだよ。こんなのでもいいのかなー。
心配してくれてありがと。外でデートとかしたかったね♡ なんて言ってみてもいい?
けっこうこわいです。くじけそう。ふるえる日もあるよ。抱かれてねむりたいもん。
 それはそーと、面会たのしみにしてるよ。あけとくから。でもお金かかるじゃん。どうしようか。美智子さん 広島に知人、友人居る? いなかったら、ぼくの方でがんばってみるよ。とまる所とか。
 今は事件のことはふれることはできないけど(ごめんね)。これ以上他の人の心をキズつけたくないもの。でも、ぼくのこれまでの歩み、個人的なことならはなせるかもです。それでもいいかな?(いっぱいエピソードあるんだよ☆☆)
 ぼくも美智子さん(みっちゃん)のこと知りたいなー。今日はお手紙のお礼までに。
ありがとね。美智子さん。今日はゆっくりねむれそうです。次も書くね

                       孝行
                あなたが幸せになりますように。

してやられた!と思った。いや、だが、こんなことでだまされるな!とも思った。


27歳になったというのに、福田少年の幼いくらいに純朴な、無防備に初対面の女性に甘える手紙の内容にびっくりさせられる。

ちなみに著者はフリーライターだ。

ジャーナリストの綿井健陽さんが、マスメディアが流す報道をいったん疑って、自らの目と耳でこの事件を再検証すると言うのに影響されたのだそうだ。綿井氏は、イラク戦争取材などを通して、 マスメディアが流す情報と取材現場との間に、大きなズレがあることに気づいていたからだ。


「予断を排除して、まずは現場に飛び込むのが自分の仕事…」


若い増田美智子氏は、綿井氏のこの言葉をさっそく実行にうつした。
彼女は広島拘置所に収監されていた福田孝行死刑囚に会いたいと手紙を書いたのだ。
奇しくも彼女は福田死刑囚と同じ27歳だった。

最初の手紙は誰が見ても他人との距離感がまるでわかっていない幼い手紙だが、その後届いた手紙はこんな風に綴られる。

 肉体的な死を目前にひかえたぼくは、ともすれば社会的に精神的にさいさんにわたって他のきかんに殺されてきました。
 よくなろうと想って誰かをキズつけてゆく。それが人間なのですとあなたはむねをはれますか?

ぼくも、そしてあなたも、そしてあなたにとってぼくにとって不都合な方も愛されたいと想う気持ちは持っていますよね?
 大切なことですから、それだけでもねんとうにおきたいとぼくは想ってます。
 ぼくは悪人だけどこれ以上悪人になりたくはない。ましてや人の幸せをこれ以上奪ってまで生きたいとは想えません。
 その意思をかくにんすることをあなた(のまわりにいる方)はおこたっていませんでしたか?
 おてほんとなるべき本来のやくわりをになうそのてのきかんが、おてほんをしめせていない昨今、あなたはどうこれらに向きあい、自らをしめすことができるのでしょうね・・。
 
よくなればねたまれ、わるくなればそらみたこととされるのでしたら、何もしない方がいいと、今日も一般の人は悪人を見すてて、見ようともせずほうちするのでしょうか。
 
不安な気持ちはいったいどこからやってきましたか?それはほおっておかれ、ぽつんと自分がとりのこされることからおこったりもしませんか?
 
ぼくは拘置所にいますよ。
 ここはとてもさびしい住人がいっぱいやってきます。一輪のやさしさが彼ないし彼女たちにあたえられたら、みんなもうさびしい想いをしなくてもいいのに・・・。ぼくはとても無力ですね。
                2008.7.8    孝行
表現にてきせつなものがなかった際はおわびいたします。大変に申し訳ないです。


最初の手紙のあまりな稚拙さと比べ、死と向き合い、すべてを達観しているように思えるこの手紙。

彼の手紙ではもうひとつ。帯にもなっている印象的なものがある。

拘置所のなかで、よくしてくれる刑務官の先生もいるんだよ。それによって僕はここまで来られた面もあって、そういう先生がいなかったら僕はダメだったと思う。そんな親しくなった先生たちに(死刑を)執行させるというのは、先生たちの負担を考えるとよくないと思う。だから、僕はここ(広島拘置所)じゃなくて、大阪(拘置所)か福岡(同)で執行されたいと思う。

そして、衝撃の第三弾が彼の中学の卒業写真と思える写真だ。
詰襟を着た丸顔の、いかにも人懐っこそうな少年が目をへの字にして八重歯を出して笑っている。天真爛漫と言う言葉が何よりぴったりする彼の笑い顔のどこにも、これから数年たってあのおぞましい事件を引き起こす予兆など微塵も感じられない。

同じ少年Aとは言え、1年ほど前に本を出版し、自らの裸身も納めたホームページを公開して注目されたが、1ミリの悔悛の情も持ち合わせていないように見える神戸の少年Aとは確実に違う種類の少年のような気がする。

人間は変わる。変われる。良い風にも悪い風にも・・。
神戸の少年Aは良い方に変わった事を司法にことさら印象付けて少年院での矯正教育をくぐり抜けて世に放たれた。

それに比して、誰もが記憶する唐突なドラえもん発言。あの発言と、弁護団が突然法廷を欠席してしまった事への世論の批判は、彼の死刑を決定付ける方向に事態を動かす分岐点だったと思う。

とっぴな話だと誰もが呆れるあの発言は、弁護士の口から話されるといかにも荒唐無稽だけれど、この本に書かれている手紙をつなげて読んでみれば、福田君の一連の行動と齟齬はないような気がしてくる。

福田君はもしかしたら発達障害を疑うくらい幼かったためか、父親に受けたひどい体罰の影響か、わが身を守る術があまりにも未熟だったのではないか。

彼の同級生が皆、面白いヤツ、と評していた中学校時代。いつも笑顔を浮かべることで、父から受ける虐待体験の辛さを表に出すまいと必死にピエロを演じていた彼。

自分の言葉が投げかける影響の大きさに無頓着だったと思われる彼が、ドラえもんという言葉を選んで使った時、「何をふざけた事を」と応じた九子も含めた世論の大多数が彼を死刑にしてしまったのではないか?

「福田君を殺してなんになる。」
筆者からの問いかけは九子にはよく届いた。
とは言え彼は死刑が決定し、拘置所で死刑を待つ身の上だ。

裁判の結果とは、事実に厳粛なものではなくて、世論とか、検事や弁護士の能力によって大きく変わってしまうもののようだ。それがもうひとつ、読後によくわかったことだった。

罪を裁くのは何も裁判官や裁判員だけじゃない。世論というものが大きく影響する以上、私たち一人一人が真実を見極める目を養うことは非常に大切だ。
くれぐれもメディアにはセンセーショナルではない公平な報道を求む。

福田孝行君が社会に戻る道はもう閉ざされてしまったが、少なくとも世に放たれた少年Aたちがこれ以上の罪を犯さないように、観察の目を緩めないことは必要なのではないか?

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カゲロウのカゲ [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

思えばこの本は数奇な運命を辿った。
「第五回ポプラ社小説大賞」などと銘打たずに俳優水嶋ヒロが書いた本とだけ言えば、その目新しさだけで同じような部数はやすやすと売れていただろうと思う。

KAGEROU

KAGEROU

  • 作者: 齋藤 智裕
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2010/12/15
  • メディア: 単行本
この本の大騒ぎがあってからもう5年も経つのか.
つくづく月日が流れるのは早い。

古本屋の下の棚に並んでいる背表紙の行列の中で、その本は目立たずに埋もれていた。
白い表紙に小さく細いKAGEROUの文字。一番上でちょうど小池百合子氏が選挙の時に巻いていた鉢巻の色とおんなじ正十字がひっそりと光っていた。 九子の目に止まったのはまさにそれだった。

アマゾンでこれでもかと酷評されているのは知っていた。
この本を選ぶ時、「いったいどのくらい酷い本なのか確かめたい。」という面白半分があったことも認める。
それでもこれでも文学賞の大賞を取った本なのだから、何が共感されて、どこが批評されているのか、それを知りたいと思った。


読み出してみてあれ?と思った。
「なんでこんなに酷いこと言われてるの?悪くないよ。悪くないどころか、面白いよ。」

アマゾン評から羅列してみる。
>文章力や語彙力は新人という点を考慮しても、商業作品として出版するに値しない。

>アマチュアらしさがそこかしこに表れていて、この本は自費出版だったのかと思わず錯誤してしまう。

>ただしこれを文学として見ているのであれば、三流以下。

>質より量という言葉があるが、文章量が少なく、質も低い。

個性がなく、読み終わって充実感がない。

最初の方はほとんどがこんな感じ。
これでは著者としてもさぞや辛かろう。
ようやくしばらくすると、「割りによかった。」コメントも出てくるようになる。

九子は最後まで面白く読んだ。

文章力も、語彙力も、水準以上だと思った。
もっとも「誰かの手が入ってここまで。」と言い切る人も居るには居たが、それは確かめようが無い。

タレントの本という事でピース又吉の「火花」と比べるコメントも多かった。

もちろん「火花」とは違う。ジャンルが全然別だと思う。

「火花」の作者又吉直樹は、もともと心の声に耳を傾けるタイプの人。情念の人。つまりは根っからの文学者なのだ。
ところが斉藤智裕は、そこのところが抜け落ちている。
彼が幼少時代を海外で過ごした影響か、サッカー選手だったからか、じめじめと自分の心と葛藤するような習慣はほとんど持ち合わせていないと思われる。
だから、KAGEROUに心理描写を期待しても無理だし、その分あっさりとしたSF小説のような色彩の物語が出来たのだと思う。

KAGEROUは、こんな風にはじまる。

 
 何十万という人間がひしめき合って暮らすこの街で、誰もいない暗くて静かな”寂しい場所”を見つけるのは至難の業だ。しかしヤスオが見つけたこの場所は、奇跡的にその条件をほぼ完璧に満たしていた。 
 そこは三年ほどまえに倒産して廃墟と化した古いデパートの屋上遊園地だった。
ところどころに剥がされてコンクリートの地肌がむき出しになった人工芝の上で、引き取り手もないまま野ざらし状態で放置された遊具や、動物をかたちどった電動式の乗り物が夜露に濡れて薄ぼんやりと光っている。
 その様子はまるで、かつてこの場所で遊んでいた子供たちの墓標のようだ。
 周囲に張り巡らされた転落防止フェンスの向こうの闇空に、ヤスリで削ったような細い三日月が張り付いている。風はほとんど吹いていない。
 死ぬにはまさにおあつらえむきのシチュエーションだ。

文学賞を取った小説として、違和感無く読める冒頭だと思う。


この場所から身を投じようとしていたヤスオが、謎の男キョーヤに助けられる。キョーヤはある組織に属する人物で、死にたがっている人間にとりあえず自殺を思い留まらせ、それでもまだ死にたい人間には、その人間の臓器を必要としている人間に移植し、遺族に報酬が支払われる契約を結ばせる仕事をしている。

最後まで、物語としての齟齬は無かった。
違和感があるとすれば、帯のこの文章だ。

第五回ポプラ社小説大賞受賞作

著者・斉藤智裕が、人生を賭してまで
伝えたかったメッセージとは何か?
そのすべてがこの一冊に凝縮されている。
小説の新たな領域に挑む話題作、ついに刊行! ポプラ社

裏帯となるとさらに凄い。
哀切かつ峻烈な「命」の物語。

まったく内容と合致しない。この物語にそこまでの重みは無い。
そもそも著者がそこまで考えて書いたのか。

この帯を信じて読み始めた読者が、次々と落第点をつけているのだとしたら頷ける。
売らんかな!が昂じてこの帯を付けたとしたら、非はポプラ社にある。
帯を読んで本を買う人に対する冒涜だ。

水嶋ヒロにも落ち度がある。
少なくとも小説家になる!と豪語して芸能界を去ろうとした以上、何作も書けるだけの才能は当然求められる。
それもSF小説に近い形であるならば、構想が次々と湧いてくるようでなければ小説家をかたる資格は無い。

ブログ友達のりんさんは、それこそ毎日のようにSF風ショートショートを綴っておられる。その努力が実って、大賞も何度も受賞され、大御所と言われる作家さんに
激励されたりもしている。
そこまでの努力があって初めて、作家と呼ばれる資格が出来るのに・・・。


「カゲロウ」を仕掛けたのはポプラ社側だったか、水嶋ヒロ側なのか。
明らかな事は、「ポプラ小説大賞」はもうこの世から消えうせ、水嶋ヒロもテレビで見る回数が極端に減ってしまったという事実だ。
カゲロウのカゲの部分は暴かれて消えた。仕掛けた側も仕掛けにおめおめと乗った側も、信用と言う大切なものを失って、今まさにその痛みに耐えていることだろう。


物語にそぐわないからと批判の多かったおやじギャグ。帰国子女の彼には、どこかつぼにはまる面白さがあったのかもしれない。




だからそれっぽく言ってみよう。



カゲロウからカゲが消えてロウだけ残った。
作家として労(ロウ)を厭わず書き続けるも良し、役者として老(ロウ)練な演技をするも良し、はたまた朗(ロウ)ろうと歌ってみるのも良し。



カゲロウは4日しか生きられないが、あなたの人生はまだまだ長い。


掛け違ったボタンの事など服ごと忘れて、綾香さんと才能を競い合うくらい、これからも活躍して欲しいと思います。









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コアラだったら・・・。 [<九子の旅日記>]

旅というものは唐突に始まる。
次男Sが会社を辞めてオーストラリア放浪中なので、いつか彼が居るうちに会いに行きたいとは思っていた。
同じ事を長女N子も考えていて「いつか一緒に行こうよ。」と彼女からメールが来たのは4月ごろ。まあ、行きたいけどね。いつになるかしらねえ。
でもまさかそれがこんなに早い時期に実現するとは思わなかった。

ドイツには次女を連れて行ったから、今度は長女を、長女の苗字が変わらないうちに、一緒の思い出を作ってやりたかった。
「例のオーストラリア旅行の話、まだ生きてる?」という問いは、偶然8月の初めに九子が発した。
それに対してすぐにN子から勇んで返事が来た。
「12日から17日まで、休み取れるよ。」

半年先くらいを想定していたのに、彼女が休めるのは8月の12日からの6日間だけで、次の正月休みは難しいという。
え~っ、だってそんな急に。どう考えたって無理じゃない?あと10日も無いんだよ。

ところが世の中は変わっていた。パソコン上の旅行サイトでは、飛行機もホテルも、3、4日前ほどまで予約が可能だった!
長女も九子もパスポートは既に持っている。無理と言って断わる理由は無かった。

一泊は、例によって父が何十年か前にシンガポールで”where are you from?"のたった一言で写真を撮り、住所を交換したCさんのところに決めていた。
大変フレンドリーで(この言葉にきっちり合う日本語がまだ見出せないでいる。)、心優しく、心遣いの行き届いたご夫婦だ。
芸術家の奥さんから、世界でたったひとつ、彼女がすべてのページを描いた絵本を頂いている。
これからお世話になるだろう次男Sと顔つなぎも済ましておきたかった。

6日間あると言っても、成田からN子の居るところまでその日のうちに帰る事は難しく、成田で一泊しなければならない。つまりは3泊5日の旅というわけだ。

N子がどうしてもコアラを抱きたいと言うので、今現在コアラがたくさん居るサンシャインコーストのAustralia Zooが候補にあがる。しかもここは、次男が住むバックパッカー宿から車で1時間ほどだった!(次男は動物園の存在に全く気付かずに居た。その上たった一週間前に、おあつらえ向きに車を買っていた!)

これで行程は決まった。
成田→ブリスベン→アデレードのC家1泊→アデレード散策→ブリスベン1泊→動物園→ブリスベン1泊→成田へ

ところが!切符とホテルが取れて気が緩み、コアラを抱くのにチケットが要ることに気付かなかった。気付いたときにはもうsold out!
N子の悲しげな顔が目に浮かぶ。

なんとかならないかと思って、動物園にメールしてみた。そうしたら!!
コアラを長く抱ける切符はもう売り切れたが、ほんの少し抱くだけなら、一人25ドルで少し並べば抱けるとのこと。 やった~!

行ってみてわかった。そこはフジフィルムがやっているフォトスタジオで、25ドルはコアラを抱いた写真を撮ってくれる料金だった。
N子と次男S,九子の3人分だから、3枚で59ドルの割安を選んだ。
それにしてもフジフィルム、化粧品やったり、こんなところに目をつけたり、フィルムが下火になってからも頑張ってるんだねえ。

Cさんには「コアラはたまにおしっこするわよ。気をつけてね。」と言われたが、その場に居た誰も、被害にあった人は居なかった。
よく躾けられているのか、睡眠薬でも飲まされているのか???そう思いたくなるほど、コアラはおとなしく、眠そうだった。
koara.jpg
Australia Zooは、言うまでも無く上野動物園とはえらい違いだ!
すべての動物を極力自然のままで、即ちほとんどが放し飼いの状態で育てている。
九子など脚が痛くて卒倒する一歩手前くらいたくさん歩かされたが、広大な敷地の中で自然のままの生活が出来る動物たちは本当に幸せだ。
切符を買えば動物に餌付けも出来る。カンガルーのえさなどは切符など無くてもすぐに買えて、掌に載せればカンガルーが擦り寄ってきて食べている。日本で言えばそんじょそこらのウサギやハムスターと同じ感覚。

オーストラリア、オーストラリア。九子の中で長い間、この国はずっと異国だった。
外国と言えばアメリカかヨーロッパしか頭に浮かばなかった。ペンパルが住んでいるとは言え、コアラとカンガルー以外思いつかない遠い遠い国だった。

ところが今回実際に訪ねてみて、本当に良いところだった。
次男がかの地を選んだ訳がわかった。
彼は大学時代一月だけホームステイを経験した。その時彼は帰ってくるなり、「一ヶ月じゃ短かすぎた。最低一年は住みたい。」と言った。
それが6年越しの今回の放浪につながったわけだ。

世界で住み易い都市10のうちの4つがオーストラリアの都市なのだそうだ。
人々は皆フレンドリーで明るく、一度も人種差別の絡んだ嫌な思いをしなかった。
都市機能は充実しており、ホテルや家々の構造も、アングロサクソン系の大男大女がゆったりとくつろげる大きさと快適さを備えている。

アデレードに限って言えば冬とはいえど最低気温は5度ほどで、雪が降ることはない。
温暖な気候の故か、人々は皆気持ちがゆったりとしているようだ。

日本は島、オーストラリアは大陸の違いはあるとは言え、外敵の侵入を海と言う自然の防護壁が守ってくれるせいか、内なる平和のみを追求して来れた幸福な二つの国には、人々の優しさと言う共通点がある。

まずは他人を信じられること。同じイギリスを旅立って新大陸を目指した人々だが、残念ながら他人を信用できずに銃を持つに至ったアメリカと、オーストラリアの差は歴然としている。
オーストラリアには人を襲うような獰猛な動物が少なかったからだろうか。ワニは居ても彼らは人間のテリトリーを犯したりしない。

他人を信用して暮らせる国は、そしてそこに住む人々は幸福だ。人々が無防備であるというのは、その国の幸福を測る尺度かもしれない。


このところ女優の高畑淳子さんの売り出し中の息子が大変な罪を犯して話題になっている。
母親である高畑さんの記者会見を見て、いろいろな想いが胸をよぎった。
彼をたった一人で育ててきた母親の思いがほとばしるような会見で、まぶたが熱くなった。

彼女は息子に言い聞かせてきた事をこう語った。嘘をつかないこと。人様にご迷惑がかからないようにすること。人様に感謝すること。
日本人なら誰もが思い当たる、簡単なようで難しい、日本人として生きるための術だ。
日本人のたぶん9割が、この中の最低どれか一つは戒めとしていると思う。

高畑さんの息子は、ちょっとおかしな人と言われていたそうだ。空気読めない言動から、発達障害を疑われても居るらしい。
現在では「自閉症スペクトラム」と呼ばれるような人々は、みんな多かれ少なかれ人と違う得意なこだわりを持つ。そのこだわりの内容が人に危害を及ぼすものであれば、なるべく早いうちに矯正しておかねばならない。

生まれついたわが子が普通に育って、悪いこともせずただただ穏やかに眠っているだけのコアラのような子供だったとしたら、母親の子育てはどんなにか楽だろう。 だけど実際は、コアラじゃなくてカンガルーだったり、熊だったり、ライオンだったりする。そしてそういう本性は、母親の前では隠したがるもののようだ。

手塩にかけて育てたつもりのわが子がとんでもない罪を犯す。人様の身体や心にとてつもない傷をつける。そして、罰せられる。
親としてこれほど切ないことはないし、自分の子育てのどこかに誤りがあったという事実を突きつけられる。

忙しい合間を縫って弁当を作り、息子の遅刻が多く、成績が悪いのを案じる母の姿。そして、こんなに家族に迷惑をかけてしまった息子であっても、最後は自分の元へ戻っておいでと涙する高畑さんに共感を覚える人も多かろう。

女優さんだから、計算ズクで、心とは裏腹どんなことでも言えると考える人は、きっと誰かにに傷つけられたことのある人だろう。
平和ボケの日本で育ったうぶな九子は、とてもそんな風には思えない。物事をまっすぐにしか見られない。


高畑淳子さん、40歳近くなってからの遅い息子を良く一人で頑張って育てられましたね。
あなたがコアラだと思って育てた息子は、どうやらライオンだったようです。
最初からライオンとして育てられればよかったけれど、それを見抜くのは至難の業です。
見抜けなかったことは母親の罪なのでしょうか?

うちにも息子が3人居りますが、とりあえず3人ともコアラのような息子たちでした。もしもその中にライオンが1匹でも混じっていたら、今頃自分は安穏として暮らしていられたかどうか、甚だ疑問です。

コアラに見えてもいつ猛獣に変身してしまうかわからない危うさは、すべての人間が持っています。抱えています。

九子が若い頃、同じような事件に巻き込まれた大女優さんが居ました。荒木道子さん。きっとご存知でしょう。
息子がヒット曲を出して売れていた最中、女性に対する同様の罪で逮捕され、以来彼女は九子の知る限り、表舞台に登場することはありませんでした。

そういう時代だったのです。母親は何も語ることなく芸能界を去って行きました。着物の似合う真面目なおかあさん役が良く似合う名優でした。

あなたがああしてテレビカメラの前に自らをさらし、釈明されたのはいい意味でも悪い意味でも今の時代 を表していると思いました。
釈明の機会を与えられ、贖罪のために仕事を続けたいと訴えられた。
あなたには与えられた機会が、荒木道子さんにはたぶん与えられなかったのでしょう。
昔の人たちは本当に可哀想でした。

あなたの姿は、もしかしたら何日後、何ヵ月後、何年後の私かもしれません。
人事ではなく、頭に刻み付けておきたいと思います。


Australia Zooのコアラの感触をもうだんだんと忘れてしまいがちな九子である。
ただ、とても温かかったことだけは妙に記憶にある。
子供たちを抱いたとき、考えてみればいつもとても温かかった。夏などは熱くて汗が出るほどで、出来たら抱きたくなかった。

温もりは生きている証だったと父が亡くなった時に気がついて、はっとした。
血の通った生き物は、みんな温かいのだ。そして死んだ途端に冷たくなる。

 
「生かされている。その事ひとつに感謝して暮らせ。」とよく禅寺でも言われるが、なかなかどうして難しい。





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電話にご用心! [<正統、明るいダメ母編>]

九子んとこは一応商売やってるせいか、迷惑電話がしょっちゅうかかってくる。
たいていがマンションやらゴルフ場やらの売買に関するもので、そういうのはたいてい「要りません。」の一言で片付ける。
大体汗水たらさずに、電話一本で商売しようって言う根性がせこい!
一度本当にそう言いかけたが、考えてみればこっちだって汗水たらしてるわけじゃあなし・・。 結局言えずじまいだった。(^^;;

中でも特にゴルフ場の勧誘がしつこい!何度も何度も断わってるのに、性懲りも無くかけて来る。
「うちは売る気も買う気もありませんから、リストから外してください!」と言ったが、それでもまだダメだ。
末端の情報が上に届かずに同じ間違いを何度もしてくるなんて、お先真っ暗な会社だよね!
(九子に言われたくはないだろうが・・。(^^;;)

先日、そんな類の電話がまた一本かかってきた。これもあまた来る電話サービスの乗り換え電話だった。
ところが、こういうのを「魔が差した」というのに違いないのだが、「一ヶ月に千円以上お得になりますよ。今のサービスそのままですよ。」というのに、主婦魂がむくむく頭を持ち上げた。「お得」な話に何より弱い九子である。

気がついた時にはセールスマンが来て(びっくりした事に相手は大阪の会社で、関西弁丸出しだが、あんまり押しの強くなさそうな若い社員だった。)、「今と何ひとつ変わりませんからご安心ください。」と言い、二日後にはN社からS社に乗り換える工事をするという。
「大丈夫です。工事の費用もすべてこちら持ちですから。」

彼は帰り際にプチプチに包んだ箱のようなものを置いて行った。「これを工事の人に渡してください。」

やって来た工事の人はいかにも職人さんという風だった。そしてずいぶん時間をかけて、N社の光電話の装置を外した。ネットも同時に出来る装置だったので、外したらネットが出来なくならないか心配だったが、テーブルテレビ会社の別のアダプターがしっかり接続されていたのを確認して安心した。

ところがその人がこう言ったのだ。「あれ?このもらった機械、電源ランプが付かないよ。おかしいよ、これ。だって振るとからから音がするんだもの。故障品ですね。」
えっ?最初から故障してるなんて、あり得るの?

プチプチに包まれてて全然わからなかったその機械は、ひどく使い古した感のある中古品だった。これじゃあ壊れてるって聞いても全然びっくりしない。

その上、それはISDNの機械だった。「えっ?いつの間にISDNになったの?そんな事一言も言われて無いのに・・。」

S社に電話した。「ひかりをISDNにするなんて、何の説明もありませんでしたよ!その上頂いた機械、壊れてるって工事の人が言うので至急別のと取り変えて下さい。」

S社というのは、聞いてみると結構トラブルの多い会社らしかった。実は工事の人が開口一番「えっ?またS社ですか?」と言ったのだ。

うちの場合は機械そのものが壊れていたのだが、本来工事の人は付け替えのみの担当で、S社は「あとは電話が通じるまでお客様の努力で」というスタンスだった。そのため、機械に弱いお年寄りとかが、困りきって工事の人に頼み込む。工事の人はもともと親方日の丸N社の人だから「電話が通じない」と言われるのに一番弱いので、サービスで個々の設定をやってあげることが続いていたらしい。

一応別の機械が送られることになり、それにしても届くまでどうしようと頭を抱えていたら(もうこの時点でN社の機械は外されたのみならず、契約も打ち切られてしまっていた!)、工事の人がやおら車の中から自前の機械を持ってきて、「お店やっていられるんじゃお困りでしょう。届くまで使っててください。」と言ってくれる。

もう、こんなにN社が有り難いと思ったことは無い!たかが月額千円や二千円の違いで切り替えるんじゃなかったと後悔してももう遅い。

二日後、S社から機械と共に、文書が届いた。何かあった時の相談窓口は、S社よりも先に、機械の製造メーカーのサポート窓口と、NTTの故障係が書いてある!!

何!これ!電話売っておきながら、自分とこじゃ責任取れないってこと?いや、責任取らない主義?

届いた方の機械で、とりあえず回線は復活した・・ように思えた。

あれ? 異変に気がついた。
電話が鳴るとファックスも必ず鳴って、数秒以内に電話に出なければ自動的にファックス受信になってしまう。

その上、ナンバーディスプレイが表示されない!!

ナンバーディスプレイについても事後通告で話があった。セールスマンは「今までと変わらない。ナンバーディスプレイは無料で表示されます。」と言ったのに、表示されるのは携帯電話からの通話のみ。固定電話からの番号も表示するとなれば、月々1800円だと??

ぶち切れた! もう契約解除だ!N社に戻るぞ!

書かれてあったNTTの故障係が丁寧に対応してくれた。別番号へかけ直して相談したところ、もう契約は解除された後なので新契約扱いになり、24000円かかるそうだ!

ナンバーディスプレイ、使ってみるとこれほど有り難い機能は無い。店にお客様が見えたとき、電話が鳴ったら無視は九子のポリシー。それがナンバーディスプレイのおかげで、こちらからかけ直す事が出来るのだから。

う~ん。月々1800円か、今の24000円か。 どっちにしてもうかつにS社にしたのが心底l悔やまれる。

 
ところが九子はやっぱり強運だ!
電話とファックスの混線の相談で電話していたNECの(有り難かったから企業名を書く)サポートの人が、混線の回避の仕方と同様に、ナンバーディスプレイの表示の仕方も教えてくれたのだ!
なるほど!電話会社に頼まなくても、ターミナルアダプタにその機能が付いている機種があったんだ!

S社は本当になんにもしてくれなかったが、数ある中古のISDNのアダプタのうち、その機能つきのアダプタを偶然(これは事実。)送ってくれたことだけは褒めて取らす。

それにしてもSさん 、いろんな人に聞いたけどS社、評判悪いよ。大きくなりすぎて末端まで意向が伝わらないの?
イギリスの電話会社なんか買収してるお金があるのなら、社員教育ちゃんとして、説明責任果たさなくちゃ。
電話会社名乗る以上は、N社と電話機器メーカーにおんぶに抱っこはあんまりじゃないの?

皆様もどうぞお気をつけて。(^^;;




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ONE OK ROCK とTaka [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

確かあれは三男の結婚式の日。軽井沢のホテルに向う車の中でのことだ。子供たちが一堂に会すのは、もうこんな機会だけかもしれない。

次男が持って来たポテトチップスの筒型スピーカーで、次女が一心不乱に音楽を聴いている。ポテトチップスを10缶買うともらえたらしい。
おもちゃみたいなスピーカーの性能にも興味が湧いて、ちょっと聴かせてもらった。

 
流れて来たのは美しい英語。中性的な声の主がのびやかに歌っていた。ああ、綺麗な声。あれ?そのうち日本語。えっ、この子いったい何者?
「これ、誰?」と娘に聞くと、「one ok rock のtakaだよ。ほら、森...なんだっけ? ママたちの頃の有名な歌手の子供。」

ははーん。ピンと来た。
森進一と森昌子の息子だ。昔確かジャニーズに居たけど、勉強を優先するとかで辞めた子だね。
ネット画像で見るtakaは、父親の口元と母親の目元をそのまま映しこんだような顔立ちだった。

次女の感性はなかなか鋭い。彼女がファンになるのは、決って実力があってビッグになるグループばかりだ。

いや、one ok rockはもう十分過ぎるほどビッグだった
。アメリカ、ヨーロッパのツアーで、一年の半分は日本に居ないらしいし、ワーナーブラザーズという大看板がアメリカのスポンサーだそうだ。

takaの英語は専門家も絶賛しているらしく、100%ネイティヴの発音と言われている。

ヴォーカルの英語力に関してはその巧拙が海外進出を左右するようで、かのX-Japanが日本だけで留まった理由もその辺のところらしい。

takaは所謂帰国子女でも、インターナショナルスクール出身でもない。
幼い頃から父親の歌ばかりを聴かされ続けて育った環境と、プロの演歌歌手二人のDNAを受け継いだ結果、耳が非常に良いのだろうと思う。

 
美空ひばりが、意味などわからなくても、完璧な英語で歌えたのと同じ理屈だ。
もちろん彼は英語で作詞もする訳で、英語を習得する努力も厭わないのだろう。

森進一は、九子よりも少し年上の戦後の混乱期真っ只中の生まれだ。

 九子はもちろん戦争は知らないが、九子の小さい頃、街にはまだ傷痍軍人(しょういぐんじん)と呼ばれる軍人(の格好をした人)が、よれよれの軍服や厚手の着物を着て軍帽をかぶり、筵の上で短くなった手足をさらして物乞いをするのを何度も見かけた。


あの時代、軍隊の悪しき風習だろう体罰は、今よりもずっとずっと当たり前だった。
九子の小学校の先生もすぐに平手打ちが飛んでくる厳しい先生だったが、母親たちの尊敬を集めていた。

そういう時代に、聞けば、貧しい家庭で苦労して育った森進一は、血のにじむような努力をして日本一の演歌歌手にまで登り詰めた。
そうして頂点を極めてリッチになった彼が、今の贅沢な生活に甘んじることなく、苦労も厭わないように子供たちを厳しく躾けて、時には体罰も辞さなかったというのは、なぜか当然の事のように納得してしまう九子が居る。

いつの時代もそうだろう。厳しく躾けて伸びる子と、厳しくされると萎縮してしまう子がいる。厳しくされて結果を出す子は、もともと強い子だけだと思う。
長男長女は厳しく叱って育てたけれど、下になるにつれていい加減になっちゃったわという方、多いんじゃないかしら?

そして、手を抜いて育てた下の子のほうが、結構逞しいのよね・・という事も。

takaは強靭な意志と反骨精神を持った強い子供だった。
厳しく躾けられても、それに反発し、抵抗する強さを持っていた。
親の敷いたレールどおりには歩まなかった。
彼が歩んだ道が順風満帆ではなかったことがそれを示している。

one ok rockというバンド名は、結成当時午前一時頃からバンドの練習を開始していたからだそうだ。
ジャニーズを辞めて、精神的に辛い何年かを経て、新参者のヴォーカルとして入ってきたtakaだが、彼は若い頃から「オレがお前らをきっと世界に連れて行く!」と豪語していたそうだ。その夢が、もはや現実となった。
まだ15や16で、「オレはオマエラを世界に連れて行く!」と宣言出来る自信は、いったいどこから来たものなのだろう?

昭和の時代、作詞家は作詞だけを、作曲家は作曲だけを、そして歌手は歌い手と言われて歌うだけだった。
ところが現在は作詞も作曲も自分でこなすアーティストばかりになった。
相変わらずの分業が残っているのは、takaの両親が今でも属している演歌の世界ばかりのようだ。

演歌というとどうしても「私を見捨てないで!」という女々しさが鼻につく。それが九子があんまり演歌を好きではない理由の一つだ。
「私を見捨てないで!」を英語にすれば、ちょっと強引だが、”Don't go!"だ。
そこでtakaが作った曲のなかで、”Don't go!"を探してみた。あるのか、ないのか?
  
あった!"Mighty long fall"に。


 
ところがこの"Don't go" は、全然女々しくなんかなかった。
「そっちへ行ったらドン詰まりだぞ!行ったらダメだ!」という警告として発せられていた。

 
takaの詞には決意がある。「失恋して寂しいよ~、心が痛いよ~という弱気な歌詞はあっても、決して「オレんとこへ戻って来い。」は無い。
ましてや「オレを一人にして行かないでくれ!」は絶対にあり得ない。
すべての歌詞が「オレは前だけを見続ける。希望はある!夢を持て!後ろは絶対に振り向かないからな!」という気概にあふれている。
もしかしたらこれがtakaの、親の音楽に対する反発であり、命がけで表現したかった彼のロック魂なのかもしれない。

X-Japanも才能あるロックバンドだったと思うが、彼らの描くものはどちらかと言うと「血まみれの狂気の世界」だった。
だからどこか、浮世離れした病的な感じを受けた。
ところがtakaが描く世界は、現実であり、ごく普通の男女の出会いであり、別れだ。
そして、絶対に後戻りをしないで、前だけを見つめて歩き続ける強い覚悟がある。

takaの強さの理由だが、もしかしたら父親の体罰と無縁ではないかもしれない。
体罰というのは究極の自己否定だ。それを乗り越えて確たる自己を確立するのは、よほど強い意志が無ければ出来ないはずだ。
そしてそう出来る強さを、takaは幸運にも生まれつき持っていたのだと思う。


takaは若干30に手が届くか届かないかの若さながら、そういう生き方を10年、20年続けてきた。
それに比べたら政治家が昨日今日思いついて口にするスローガンなんて薄っぺらに思える。

ONE OK ROCKは、数年を経ないうちに世界屈指のロックバンドになるだろう。
そして、今私たちが英語交じりの歌詞をかっこいいと憧れるように、世界の人たちがtakaの使う日本語に惹かれる日がくるのかもしれない。

その時も、会場でtakaが叫び続ける言葉は同じ。
「前を見ろ!希望はオマエラの目の前にある。後ろを振り返っちゃダメだ!」

ロッカーはファンにとってはいつでもまぶしいカリスマだけれど、takaの変わらない言葉は日本人すべてをも突き動かす力がある。

ポテチの缶の不思議なご縁だ。
ONE  OK ROCKを聴き続けよう。( ^-^)

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雲切目薬がミステリー小説に出ました! そして・・ [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

雲切目薬を初めて注文して下さった方には、たいていその理由を聞いている。店で買って下さったのか、どなたかのご紹介なのか、
何かの記事で読んだのか。大部分の方々がこのうちのどれかの理由である。

ところが!
そのメールに書かれていたことは驚きを通り越して卒倒しそうだった。

理由) 内藤 了著 「Zero 猟奇犯罪捜査班 藤堂比奈子」(角川ホラー文庫) の中に出て来たので使ってみようと思って。

その上この本、そんじょそこらの本ではなかった。今もフジテレビで番宣が入るが、7月12日(火)夜9時から(次週より10時)の、今をときめく波瑠さん主演の
「On 異常犯罪捜査官 藤堂比奈子」の原作というではないか!

えっ?ってことは、雲切目薬がテレビに出るの?

もちろん九子はすぐに原作本を買ってみた。薄くて読みやすい本だ。アマゾンレビューによると、この「Zero」は未発売の「One」の序章だそうで、
この2冊が揃って1冊扱いらしい。

ZERO  猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子 (角川ホラー文庫)

ZERO  猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 内藤 了
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/06/18
  • メディア: 文庫




つまり、雲切目薬がテレビに出るとしてもすでに撮り終えているだろう現シリーズ「on」じゃなくて、次のシリーズということになるのかな。

内藤氏はここ2、3年でめきめき力を付け、上記テレビドラマの原作となった藤堂比奈子シリーズ「on」で日本ホラー小説大賞の読者賞を取った。
えっ?そんな凄い人なのに、長野じゃ誰も知らないよ。だって、コンビ二なんかには置いても無いし。ああ、大きな書店に行けばあるのだろうか?


いつもならおどろおどろしいホラー小説など敬遠してしまう九子だが、雲切目薬が出ているとなったら話は別だ。

確かにテンポが早く、読みやすい。

その上、内藤了氏の郷土愛が本の隅々に満ちあふてている。
まず主人公藤堂比奈子の帰省先だが、もちろん長野市で、それも横沢町という善光寺の西隣。内藤氏が通い、九子も通った高校の通学路でもある。
新幹線が金沢まで延びて新しくなった長野駅で如是姫像が低くなったとか、善光寺の梵鐘が4時に鳴ることなど九子は長い間忘れて暮らしていた。

結局彼の溢れ出る郷土愛のおかげで、雲切目薬は取り上げられたのだ。
もっとも主人公比奈子が一番頼りにしてる小道具は、八幡屋礒五郎の七味唐辛子の小缶だ。上京する時、亡くなった母親が「進め!比奈子!」と書いてくれたその缶をいつもポケットにしのばせていて、気合を入れる時にはガムに振り掛けたり、そのまま舐めたりと言う風に使われる。

雲切目薬は少なくとも比奈子が自分用に買ったことになっている。用意していたお土産が不満な同僚に、自分の分の雲切目薬をあげることにする。
ところがここで出てくる雲切目薬は30年前の」「善光寺雲切目薬」。つまり、しみてしみて目も開けられない雲切目薬なのだ。

比奈子が止めるのも聞かず勢い良く点けてしまった同僚は、長いこと予想だにしなかったしみさ加減で目も開けられない。、おそるおそる目を開けてみるとぱっちり視界は開け、「なるほど!これぞ雲切だ。」という具合に出してもらっている。

内藤了氏はものすごく才能のある作家さんだ。わずか数年でここまで登り詰めたというのもそうだが、最初書いていたのはもっと古風な題材だったのに、応募する賞に従って書き方を変えて書いているような印象だ。本当に凄い作家さんがよくぞ長野市に生まれてくれたものだ。

この上はテレビに出してもらえるかどうだけど、八幡やさんみたいな大会社なら金銭面の相当量の貢献は期待できるだろうが、メリットの無い雲切目薬では難しい気がする。でも、ここまで来たのだから、最後まで期待してみていよう。( ^-^)

九子のこんなどうでもいい紹介を読んでいる暇に、どうぞ角川ホラー文庫を手にとって見て下さいね。
そして7月12日(火)夜10時、フジテレビも忘れずに。

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出会いの不思議 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

人は皆、毎日必ずと言っていいほど誰かに会っている。
人だらけの都会に住めば特に、誰かとすれ違わずに一日を送ることは不可能に近いだろう。
でもそうやってすれ違うことを、「出会い」とは言わない。

「袖摺りあうも多生の縁」という言葉がありながら、袖が摺りあっただけでは縁は生まれないのだと思う。
満員電車で袖すりあっても誰も何も言わないだろうが、ごめんなさい、すみませんと会釈するのか、なじって荒々しい言葉を投げつけるのか、そういう次の一手があって初めて、「ご縁」が始まる。

考えてみるとネットで行き交う何億人の人々の中で交流が始まるということも現代の袖の摺りあいではなかろうか。

結婚するなどと思いもよらなかった息子が、縁によって結ばれた。
彼と彼女が出会った不思議さを考えると、確かに「ご縁」というのはあるのかな?と思う。

一年以上前の文藝春秋に(週刊文春じゃありません。(^^;;)、高倉健さん追悼の記事が載っていた。書いたのは沢木耕太郎氏。ノンフィクションライターとして著名な方である。

沢木氏は当時モハメット・アリの試合をつぶさに見ていて、アリの引退試合になるだろう今回の試合は、若く勢いのある相手に初めてのノックアウトを浴びるかもしれない、そんなアリを見たくないという気持ちがあって、ラスベガスで行われる試合のチケットを取るのをためらっていたそうだ。

そのうちにやはり見ておきたくなってアメリカ在住の知人に頼んだところ、チケットは3万枚のうち29997枚が売れてしまい、とてもじゃないが手に入る状況ではないという。
モハメッド・アリ氏の訃報が最近届いたばかりだが、彼が当時いかに人気のあるボクサーだったかがこれでわかる。

それでもなんとかと更に知人に頼み込むと、すでにチケットを手に入れていたある人が「そういう事情なら自分が見るよりもその人が見たほうが役に立つと思う。」と快く譲ってくれたのだそうだ。

その「ある人」こそが誰あろう高倉健さんだった。

沢木氏はせっかくの試合をみられなくなってしまった健さんのために、結局はアリがテクニカルノックアウトで敗れた試合の一部始終を夜中から明け方までかかって、健さんに長い長い手紙でしたためた。

それが高倉健と沢木耕太郎との出会いだった。
健さんはその手紙を読んで、沢木氏からの仕事の依頼ならどんなことでもするから、いつでもあけるから絶対に断わらずに受けるようにと事務所に伝えた。

ある時はラジオ出演の依頼にも快く応じ、テレビ局ならいざ知らずラジオ局では自分のギャラはとても出せないだろうからタダで良いと金を受け取らなかった。

沢木氏の娘さんがまだ小さい頃アパートに突然健さんが立ち寄り、手作りらしい鞄を手渡すと、風のように去って行ったこともあるという。
沢木氏の鞄が古ぼけて破れかけていたのを前にあった時に見ていたのかもしれない。

その後ごくたまに、ホテルの喫茶室で、酒が飲めず甘党の健さんにあわせてアップルパイとコーヒーで、たわいの無い話をするようになった。

ある時仕事の話になり、実は今ロバート・キャパの伝記を訳していると言う沢木氏に健さんは「キャパっていうのは、どういう人なんですか?」と尋ねて来た。

それに対し沢木氏はこんな風に語った。

<原文のまま>

スペイン戦争が終わり、しばらくアメリカへ行っていたが、第二次世界大戦が勃発し、キャパはヨーロッパに渡り連合軍に従軍して写真を撮るようになる。その時ロンドンで美しい女性と恋に落ちる。
アメリカ戦線から戻り彼女と再会すると、キャパはホテルに高価なシャンパンを用意して楽しい夜を過ごそうとする。ところが、戦線の状況が急変するや、美しい恋人と飛び切りのシャンパンを残したまま戦場に向かってしまう・・・。

 私がそこまで話すと、その説明を黙って聞いていた高倉さんがつぶやくように言った。
「どうしてなんでしょうね。」
私は意味がうまく取れなくて訊き返した。
「えっ?」
「どうして行っちゃうんでしょうね。」
「・・・・・・・・・」
「気持ちのいいべッドがあって、いい女がいて、うまいシャンパンがあって・・・。どうして男は行ってしまうんでしょうね」
 私がどうとも反応できなくて黙っていると、高倉さんが独り言のようにつぶやいた。
「でも、行っちゃうんですよね。」
 そこには複雑な響きが籠もっているように思えた。そして、私は思ったものだった。高倉さんも、どういうかたちかは正確にはわからないが、かつて「行ってしまった」ことがあったのだな、と。


沢木耕太郎氏、恐るべし!
健さんの一言で、そこまで読み取る?
あっ、そうか。
健さんが、あの映画の朴訥とした独特の語り口で肩なんぞ丸めながらこのセリフを言えば、自然に伝わっちゃうものなのかもしれない。

そして沢木氏は昭和22年生まれ。きっと高倉健と江利チエミの結婚と離婚の顛末を熟知していたのだろう。

江利チエミと言う人を九子は良く知らない。美空ひばり、雪村いづみと三人娘と言われていたことは承知しているが、どちらかと言うと三人ともそんなに好きではなかった。ファンの方には大変申し訳ないが、三人とも勝気で、あけすけで、品がない気がした。九子がその頃、勝気な人が苦手であったためかもしれない。

高倉健があまた出会ったであろう共演相手の美貌の女優を差し置いて、愛嬌はあるが美人とは言いがたい江利チエミを妻に選んだということ。
それはまさに、健さんの感性だったに違いない。
健さんは何よりも感性を重んじる人で、感性を常に高めておくための努力を惜しまなかったということだ。

離婚は望まなかった健さんだが、家族の金銭問題が高倉健にまで影響するのを怖れた江利チエミが離婚を強く言い張った。
彼女ならそうするかもしれない・・というくらいは想像がつく。

それが健さんの「行ってしまった」負い目だったのかどうかはわからない。でも高倉健は、彼女亡き後、途切れることなく命日に墓参りを続けていた。


出会いの話をしているつもりが、いつのまにか別れの話になってしまった。
出会いと別れは裏表。出会いが「ご縁」であるならば、別れもまた「ご縁」なのだろう。

「ご縁」つまりは仏様の、神様の、キリスト様のお導きと思えれば、相手に対する恨みつらみも薄まって、お互いの幸福を祈って穏やかに別れる事が出来るのかな?

結局夫婦どちらかが人間的に出来ていて、その出来てる人の努力で結婚生活という危ういものは成り立っているような気がする。
「結婚は毎日の辛抱だ。」とM氏が言う。 「こんな楽チンな毎日は無い。」と九子が言う。
我が家ではM氏と九子いったいどちらが出来た人なのか?
もうお分かりですね。(^^;;


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人をだますということ [<九子の万華鏡>]

ショーンというちょっと品の良い響きのある名前を持つ人は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子のショーンレノンくらいしか思い浮かばなかった。
それがこの頃この人の事が連日マスコミに取り上げられている。ショーンさん。いや川上氏と呼ぼうか。

ショーン・マクアードル・川上氏。まあ男前の、声はとってもセクシーな男性で、その上問われたことに対して的確に答えることが出来る。
あんまり見た目ぱっとしない評論家さんに出てもらうよりもお茶の間受けするということで、彼の出場回数は増えて行ったのだと思う。

そもそもこういう事が問題になるのは、テレビに出てる有名人に限られる。
九子が、実は東大卒なのよなどと言ってみても、誰も信じないし、間違って信じてくれる人が居ても世の中にはなんの影響も無い。
たぶん大多数の人は、権威ある人の言葉の方をより信じる。
たとえばテレビで芸人さんが言う意見よりも、大学教授が言った意見のほうが真実に近いとほとんどの人が思うだろう。
川上氏がしてしまった学歴のウソで(英語では’academic fraud’と言うそうだ。)彼の責任を追及したい人たちが一番怒っているのはそこだと思う。

アメリカの大学を出て、ハーフのイケメンで、たくさん勉強して物事を良く知ってると思ったから彼のいう事を信じて聞いていたのよ。
大学も中退で一般人と同じレベルの人なら、全然説得力無いじゃない!

こうしてみると学歴というのは案外いろいろなことを左右するようだ。
学歴の高い人の言葉を信用する風潮は、学歴の高い人そのものを崇め、無批判に賞賛することにも通じているのかもしれない。

上でショーンさんと書いたが、日本語は良く出来ていて、さんづけするという事は、九子の中で川上氏の印象がさほど悪くないという事を示している。

じつはこれには理由があった。
騒動の最初の頃は九子も「えっ?そんなことしたの?」と川上氏のことをさげすむように眺めていた。

ところがある日、この人が登場したのだ。脳生理学者の茂木健一郎先生だ。
茂木教授は「僕は学歴なんかにこだわらない。」と言い、川上氏の事を尊敬を込めて
「お仕事でご一緒した時、その素敵なお人柄に魅せられましたし、そのさまざまな問題についての見識も、素晴らしいと思いました.」と評価した。
この一言で、九子はすっかり茂木教授が大好きになってしまった。
「人は偉くなればなるほど自分の現在の地位に固執して事なかれ主義に陥っていくのに、矢面に立たされている川上氏を擁護するなんて、なんて男らしい人だろう!」
人と同じ意見に安住したがる日本人の中で、人と違う意見を言う。それも、叩かれてる人の肩を持つなんて。

茂木教授は自分の目の確かさに自信があるのだろう。
その反面自分の目に、つまり自分の判断に自信の無い日本人があまりにも多い。
だから右といわれれば右へ、左といわれれば左に流されてしまう。
茂木教授の友人になれたらどんなに幸せだろう。
一旦彼の信用を勝ち得たなら、彼はどこまでもあなたを信じてくれる。
そしてあなたが苦境に立った時、きっとあなたに手を差し伸べてくれる。

茂木先生が信じてる人なら、九子も信じる!
(大多数の日本人と同様に、唯々諾々と権威にひれ伏す九子。(^^;;)

川上氏が長年やってたラジオ番組を降板する時に、こんな時にも自分を励ましてくれる多くの友人たちに感謝の言葉を涙ながらに語ったというのも九子の琴線に触れた。

 
そもそもウソって何だろう。良くないことは知っている。だけど世の中からウソが無くなることはない。
だって仏さまだって「嘘も方便」って言っているんだから。
結局は性質(たち)の良いウソか、悪いウソか、もっと言えば許せるウソか許せないウソかという事になる。
許せる、許せないは結局のところ、ウソをついたのは誰なのかという事にも大いに関係する。
友だちだから許せるのか、友だちだからこそ許せないのか。

 
最近、こんな事があった。
facebookで名前占いを紹介された。
九子も早速やってみた。

結果はと言うと。
えっ?マジで?
なんだか凄いことになっている。

結果そのものよりも欄外にあったこの言葉が九子を有頂天にさせた。
「あなたは高度に発達した素晴らしい人格を持っています。こんなに多くのポジティブな要素があるのはめずらしいことです。最もダメな要素さえもあなたをとても魅力的に見せ、格別で勇ましい人生を生きているように見受けられます。あなたを模範にしている人は多いので、今のままでましょう。結果をすぐにシェアして、みんなも自分の長所と短所のナンバーワンはどれか分かるようにしましょう!(原文のまま)」

ね?これだけ見れば、九子がいかに特別な人間なのか、九子が天にも昇る気になったってのもわかるでしょう?
ところがここにウソがあった!
九子はM氏をはじめ、家族全員の名前を次々と入れてみた。
枠の中の性格は、それぞれそれらしいものが出て来たけれど、九子が喜んだ枠外の言葉は、全員同じだった。
つまり九子は「高度に発達した素晴らしい人格を持っていて、こんなに多くのポジティブな要素があるのはめずらしい」という言葉で、自分は特別な人間だと言われたと思った。
ところが誰がやってもその言葉が必ず出てくるのであれば、それはもう特別でもなんでもない。 九子は騙されたのだ。
だけどこの事実を知らない限り、この占いは人を傷つけるものでもなく、むしろ人に勇気を与え、幸せな気持にさせるものだ。

ウソの怖さがここにある。

川上氏の学歴詐称騒動はそろそろ下火だろうと思う。
次のターゲットの乙武洋匡氏が躍り出て来たからだ。
サンキュー、センテンススプリング! 
川上伸一郎氏の再出発を祈る。

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