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「毒蛇」・・・・小林照幸 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

完本 毒蛇 (文春文庫) あの豪雨で、ハブはいったいどうしただろうか。
小林照幸氏の「毒蛇」を読まなかったら、そんなこと考えもしなかった。
奄美大島を襲った前代未聞の豪雨の事だ。

確かこんな記述があった。

奄美や沖縄に、ハブの生息している島と生息していない島があるのは、気温の違いではなく、太古の時代にこれらの地域に地盤沈下が起こり島に海水が氾濫した際、比較的高地に生息する習性があるハブは標高の高い島では生き残り、喜界島のように標高が百七十メートル以下の島では死滅した、ということである。

海水が氾濫してハブが死んだという歴史があるのであれば、今回の大洪水で低地のハブがもしも水にやられてくれていたならば、人々の庭や畑や、時によっては家の中にまで入り込んで被害を与えるというハブの数は激減するのではないか?

ハブなんていう言葉を聞いても、毒があるくらいのことは知っていても、マムシとどう違うのか、一体何人の人がどんな被害に遭うのかまでは想像だにしないのが本土に住む我々だと思う。

そんな認識が見事に覆されるのが小林照幸氏の「毒蛇」なのだ。
ハブというのはあのコブラに匹敵するほど、いやもしかしたらそれ以上の甚大な被害を与える人間の敵だった。
ハブの怖さは、命を落とすかもしれないという恐怖だけではない。咬まれた箇所の肉が腐って壊死してしまうという怖さだ。悶絶するほどの痛みに苛まれる怖さだ。壊死によって手足が切断され、五体満足で生きられなくなるかもしれないという恐怖だ。

「毒蛇」には傷が壊死して組織が腐り、悪臭を放つという描写が随所に出てくる。「壊死」という単語は字づらでは知っているつもりだったが、患部がパンパンに腫れ、黒ずんだ紫色になり、肉が腐って悪臭を放ち、最後には骨が露出するという事までの理解には到っていなかった。
もちろん患者は、筆舌に尽くしがたい程の痛みに襲われる。


主人公の東京大学附属伝染病研究所試験製造室主任である沢井芳男博士は、出来たてのハブ血清を持って奄美大島に渡る。

従来のハブの血清は液体であったため安定せず、亜熱帯の夏の気温で分解され、一年で効力を失ってしまっていた。低温保存が建前だったが、豊かでない島に冷蔵庫など無い時代の事だった。

この乾燥血清によって多くの島民をハブ咬症から救う事が出来ると意気揚々と奄美に向かうのだが、乾燥した血清がいざ注射をする段になったら溶液に溶けない事が判明し、なんとか別のもので急場しのぎをしてほうほうの体で東京に帰る。

幸いな事にこの問題の解決法はすぐに見つかった。
凍結乾燥前の血清の中にグリシン、あるいはグルタミン酸ソーダを添加しておくと乾燥後もすぐに溶解する事がわかったのだ。また、夏の暑さで血清の瓶のキャップに使われているゴムが変質し、湿気を含む事により、より溶解性が悪くなる事も判明した。
そのため、キャップにパラフィンとグリセリンを半々にして沸騰させたものでコーティングすれば良いこともわかった。
この方法は現在でもいろいろな薬品会社で使われている画期的な方法だそうだ。

沢井の努力により、その後血清の有効期間は5年間になり、現在(1990年当時)は10年間になっていると言う。使わずに捨てられる血清も無くなった。


沢井は次にハブ以外にも多種の蛇による咬症被害に悩む台湾に向かうが、台湾では蛇より大きな敵に遭遇する。
「中医」と呼ばれる漢方医の存在だ。

彼らは漢方薬を使った自分たちの治療に大きな自信を持っていて、現地の人たちも彼らを信用し、蛇に咬まれると、まず中医のところに患者を運び込む。そして数時間して容態が悪化してはじめて患者を西洋医に運び込み、血清を打たせるが時すでに遅く、患者は亡くなってしまう。

そういう時中医は、「西洋医なんかに診せるから患者は死んだのだ。」と嘯く(うそぶく)のだそうだ。

沢井は根気強く蛇に咬まれた時は出来るだけ早くまず西洋医に診せて血清を注射し、それも皮下注射ではなく静脈注射することの重要性を説いた。

また患者の状態が悪い時には状況に応じて、血圧が下がっていれば上げてやり、呼吸が苦しければ人工呼吸器などで楽にしてやり、心臓の動きが悪ければ強心剤を打つといった対症療法をエネルギッシュに施す必要がある事も示した。


 とはいえ、長い年月の末に編み出された現地での治療方法は、ひとつの文化でもある。
毒蛇に咬まれ後遺症に悩まされるのも、痛みの中で死亡するのも、ひとつの運命として甘受されてきたのである。そうした運命を持つ人々が育んできた文化に、新たな挑戦を強いる所には、必ず抵抗と衝突があった。避けられない衝突に打ち勝つためには、自分自身に対す確固たる信念が必要だった。
いま、東南アジアという異文化への挑戦に、沢井は新たな一歩を確実に踏み出したのである。
 それが、沢井芳男流の国際貢献であった。


「毒蛇」の最後はこんな文章で終わっている。

ちなみに澤地久枝氏がノンフィクション分野に彼のような新しい血液が入る事が好ましいという解説を書いている。



九子はひょんな事から小林照幸氏にお会いした。
九子の母校、M薬科大と書いてきたが、明治薬科大学の同窓会の席でだ。

小林照幸氏は明治薬科大学に2年半在籍し、在学中に書かれた「毒蛇」のオリジナル「ある咬症伝」で開高健賞の最優秀賞を受賞されて作家の道に転身された。

以降「朱鷺の遺言」で最年少で大宅壮一賞を受賞されるなどめざましい活躍をされている新進気鋭の作家さんだが、実は現在でも明治薬科大学の非常勤講師として、マラリアの講義などをされている。

長野市の長野高校出身で、小さい頃から生き物に興味があり、特に蛇には大きな関心があったそうだ。
親友が喘息で亡くなられたのがきっかけで医者を目指して国立大学医学部を受験したが、2浪中にやはり蛇への関心捨てがたく、「蛇毒の研究には医学部よりも薬学部のほうがいい。」と聞いて、「毒蛇」の主人公沢井芳男博士がかつて2年間奉職された明冶薬科大学に入学されたのだ。

ところが明治薬科大学にはもちろん沢井芳男博士はいらっしゃらず、研究室や博士を知る人も残っていないという有様で、きっと大いに失望されたと思う。

幸運な事に沢井博士は当時、群馬県にある日本蛇族学術研究所(ジャパンスネークセンター)の所長として健在でいらっしゃった。

そこで博士の元に通いつめ、さまざまな記録を読み、現地にも何度も足を運び、明薬生としての授業や試験や実習のかたわら書かれた本が「ある咬症伝」だった。

原稿用紙450枚にも及ぶこの物語が、すべて事実に基づき、念入りな取材を重ねた結果としてわずか二十歳やそこらの若者が、薬科大学に通いながら書いものであるという事実に驚きを禁じえない。


小林照幸氏のお陰で、蛇毒研究者である沢井芳男博士の研究は日の目を見た。

小林氏の前に次々と現れる魅力ある取材対象者はみんな高齢者だった。
「時間が無い!」と焦る小林氏は、大学を辞めて作家に専念する道を選んだ。

こちらの書評も是非ご覧下さい。
劇画にもなってるそうです。
☆小林照幸氏の本一覧はこれ


小林氏は処女作以来一貫して偉大な業績を残しながら世の中に埋もれた市井の人を取り上げ、その人生を読者に問いかけて来る。その著作はすでに40冊にもなんなんとする。20年にも満たない彼の作家人生に比したらかなりの量だ。

「フィラリア」、「死の貝」、「検疫官」、「パンデミック」「害虫殲滅(せんめつ)工場」などのいかにも薬大出というタイトルのほか、「朱鷺の遺言」、「神を描いた男」、「全盲の弁護士」、「大相撲支度部屋」「海人」「政治家やめます。」「闘牛の島」「恋愛熟年講座」「ドリームボックス 殺されてゆくペットたち」など、彼が圧倒的に広い視野を持っていることがわかる。

そのどれもがAmazonレビューで星4つか5つだ。つまりどの本を取っても当たりはずれが無い。
これって凄いことだと思う。

その一冊一冊が、事実に忠実な科学者(化学者)の目で書かれている。参考文献の量だけでも膨大な量に違いない。
ちなみに彼が明薬大を辞めてからしばらくして信州大学経済学部に入学し直したのは、「恋愛熟年講座」を書く際に老人福祉法を勉強したかったからだそうだ。

作者は次から次へと読者に事実のみを突きつける。それも圧倒的な量をだ。
そして、「どうだ。あなたたちはどう考える?」と矢継ぎ早に判断を委ねて来る。

そうか。ノンフィクション小説と言うものは本来こういうものなんだ。
九子が考えていたように、作者が一方的に答えを出すものではないんだ!

ノンフィクションという手法のなんたるかを若き天才小林照幸氏に教えられた気がした。


先日久しぶりで上京しM子に会った時、たまたま読んでいた「毒蛇」を彼女に見せた。
思いがけずM子は素早く反応した。
「もしかしてこの人、明薬の先生?」
「あら、良く知ってるじゃない!」

「だって私、去年この人の授業受けたよ。一年に一度だけ授業があるみたいでさあ。そういえば作家って言ってたけど、自分の本を紹介するわけでもなくて・・。まあ面白いっちゃあ面白い授業だったかなあ。そうそう!授業終わって出て行く時にさあ『明薬生よ、恋をしなさい!』って一言言って出てっちゃったんだよネエ。それが印象に残ってる!」

なんでも小林先生の授業が試験の中で5問分だけ割り当てられていたそうだ。娘はそれをすっかり忘れてしまって全く勉強せずにいて、試験の最中に焦ったそうだ!
彼女は果たして、どうしたか?

マラリアと言ったら「キナ」という植物の皮から取れた「キナ皮」が特効薬という事くらいは、まあ薬剤師にとっては常識なのだが・・・。

彼女は空いている5つの括弧をすべて「キナ」「キナ」「キナ」「キナ」「キナ」と埋めたんだそうだ。(^^;;

後から小林氏に「そういう生徒覚えていますか?」と聞いたら、彼は直接採点には関わらなかったらしい。

う~ん。小林照幸氏が書くノンフィクション小説には、決してM子みたいなキャラクターの主人公は登場しないだろうなあと、九子は確信を込めて頷いた。(^^;;(^^;;


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風紋

「☆こちらの書評も是非ご覧下さい。」
 のこちらの書き手、風紋です。リンク、ありがとうございます。こちらも、トラックバックさせていただきました。
 この著者、今の日本でもっとも期待できるノンフィクション・ライターだと思っています。

♪信州大学経済学部に入学し直したのは、「恋愛熟年講座」を書く際に老人福祉法を勉強したかったからだそうだ。

 これって、韜晦ではないのでしょうか?
 経済学部で老人福祉法を学ぶのは、いささか迂遠な気配がします。

♪明薬生よ、恋をしなさい!
 これはいいですね。
 恋は、創造力を発揮するエネルギーに充ちています。

 本ではわからない複雑多面的な方のようです。
by 風紋 (2010-11-04 00:31) 

九子

風紋さん、こんにちわ。
トラックバックを頂いたばかりか、ご丁寧なコメントまで頂戴し、誠に有難うございます。m(_ _)m

> この著者、今の日本でもっとも期待できるノンフィクション・ライターだと思っています。
 風紋さんのような立派な書評をかかれる方にそんな風に評していただいて小林氏はきっと喜んでいるはずですし、私も自分の事みたいに嬉しく思います。( ^-^)

>これって、韜晦ではないのでしょうか?
わあっ、さすが!韜晦ですか?
私、今まで聞いたことない言葉でした。(^^;;
「身を隠す事」・・ですか?

そう思われるのもわかる気がするのですが、もしかしたらお役に立つ情報がひとつ。信州大学は総合大学ですが、残念ながら法学部がないのです。
もしかしたら小林氏が経済学部を選ばれたのは、そんなことが影響しているかもしれませんね。

>♪明薬生よ、恋をしなさい!
ああ!若い小林氏だから言える言葉ですよね。(^^;;

> 本ではわからない複雑多面的な方のようです。
たぶんそうなんでしょう。
でも彼は本当に真面目な青年という印象でした。

だけど複雑多面的・・なんですよね。( ^-^)
by 九子 (2010-11-04 15:14) 

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