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民度一位の国、日本 [<九子の万華鏡>]

いつだったかBSチャンネルを回していてこの番組にめぐり合った。
 
近衛秀麿さん。 
近衛さん・・であるからして、お偉い方である。
当時の近衛文麿首相の弟さんだそうだ。

その弟さんが音楽の道に進み、ヨーロッパに移り住んだ。
そして戦争が始まり、ドイツによるユダヤ人の迫害がひどくなった時、数十人の音楽関係者を日本に逃がしたり、金品の援助をおこなったりして命を救ったというものだ。

皆さんもそうだろうが、九子も真っ先にあの人を思い出した。
そう。日本のシンドラー杉浦千畝氏だ。

杉浦が駐リトアニア大使だった時、日本に渡るビザを書いて数千人のユダヤ人の命を助けた話はつとに有名だ。

じゃあ一体、近衛秀麿と杉浦千畝はどっちが偉いんだろうか?
偉いって意味は、人間としてってことだ。

答えは直ぐに出る。
やっぱり杉浦千畝だろう。

もちろん助けた人数とか全然違う。
でも、それを除いても、杉浦千畝氏に断然軍配が上がると思う。

答えは、そうした時に自分に降りかかってくる危険の違いだ。

近衛秀麿氏は、なんと言っても首相の弟君だ。
言ってみれば内田康夫の人気シリーズで、警察庁刑事局長浅見陽一郎という兄貴を持つ浅見光彦みたいなものだ。
困ったら兄の名前を出せば、まわり中平身低頭で、掌を返したように扱いが良くなる。

当時のヨーロッパであっても、とりあえず日本の首相の弟であれば、何をしようとひどい扱いはされないだろう。
そんなことが表沙汰になれは国益に関わってくるからだ。

そうい う事がわかっていての人助けなら、彼の立場であればより簡単に出来るはずだ。
もちろんそれだからと言って、彼の勇気や行いの立派さを微塵も損ねるものではないのだが。

杉浦の場合は、国の命令に背いての単独行動だった。
あとになってどんな処分が下るかは全くわからないどころか、死刑になる可能性だって大有りだった。

自分が死ぬかもしれない時に、正しい行為が出来る。これぞまさしくリーダーの力量だと思う。

なんだかこの頃お隣の国が騒がしい。
大統領の一友人であるその人が、国の政(まつりごと)に口を出し、自社に利益誘導して多額の金を奪い取っていたという疑惑である。

ただでさえ、一握りの財閥企業に入れるのと入れないのとではその後の人生が天と地ほどに違うといわれ、そのわずかの可能性をかけて熾烈な競争が繰り返されるというお国柄だ。
庶民がそれだけの苦労をして勝ち取る特権を、労せずして手に入れる人間が居る。
しかもその人から、「能力ない親を恨め。金も実力のうち。」などと言われたとすれば・・。
大衆の怒りの程はわかる気がする。

韓国と言う国が大統領制を敷いてからまだ数十年であるというのを聞いて、なるほどと思った。

日本も確かに明治以来はたかだか百数十年だ。
ただその前に、長い平和な江戸時代があった。鎖国をし、諸外国に門を閉ざしてはいたが、天変地異や内乱はあったとしても、日本中が戦場になるようなことは無く、そういう平和の中で、文化も栄え、教育も浸透していった。

明治に入ってから日本に来航した西洋人が、どんな田舎の貧しい家の子供でも読み書きが出来るのにびっくりしたという話はよく聞く。

国が戦争の最中であったら、文化も教育も二の次になる。
日本の国がここまで栄えて先進諸国の仲間入りが出来たのも、何百年も続いた平和な時代があったからではないのか。

それでもこれでも、日本の津々浦々までとりあえずは働く場所があり、街中にコンビニは溢れ、人々は外食に行って貧乏人も金持ちも同じ物が食べられる。
イギリスの貴族が食べる物は庶民とはかけ離れているのだそうだ。

そういうことが当たり前ではない国の人から見れば、日本と言う国はどんなにか羨ましく映るだろう。

でも今の日本の繁栄は全て過去の遺産だ。これからも長い間平和な日々が続くかどうかは、われわれの努力次第だろう。

民度っていうよくわからない言葉があって30年も日本が一番という結果らしい。
金や権力で動かない。正しい道をこつこつと歩む。
国の成熟度ってあんがいそういうところにあるんじゃないのかな?

と、平和の大事さという結論で落ち着いたと思ったら、またまた痛ましい事件があった。
民度世界一の国の有名大学の優秀な学生が、南米コロンビアで撃ち殺された。

彼は将来世界で仕事をするのを夢見て、大学を一年間休学し、世界一周旅行の最中だったそうだ。
そのために居酒屋でアルバイトをして費用も自分で貯めた。
世界と言ってもニュースで取り上げられることの少ない貧しい国ばかりだったと聞く。

ケータイやパソコン、カメラなどを盗まれて、追いかけたところを銃撃された。
目的を果たすまであと3ヶ月。今まで撮り貯めた貴重な資料がどれだけ大切であったかは痛いほどわかる。
追いかけるな!と言っても無理な話だったかもしれない。
でも追いかけなかったら、命は取られずに済んだのではないか?

そういう時、平和な日本で生まれ育ったことが足かせになる。
身の危険が迫るなどと言うのは、この国では夢の中の話だ。

危険な状態で身を守る教育とか、対処の仕方などというのは実際特別な職業の人しか知らないのではないか?

自衛隊がいよいよ戦地に赴くのだそうだ。
彼らだって、平和な日本で育った若者だ。いざという時、本当に自分を守れるのだろうか?
稲田防衛大臣には母親の立場として是非とも言ってもらいたかった。
「あなたがたは決して死んではいけません。あらゆる武器を使って身を守り、何があろうとも日本に生きて帰ってきてください。」と。

オーストラリアで放浪の旅を続ける次男がいつも言う。「オレは好きでここに居る。事故に遭おうが野垂れ死にしようが、それはオレの人生だから、オレは満足だ。」

コロンビアで亡くなった一ツ橋大生のご両親も、こう思っていらっしゃるのだろうか?

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伊閣蝶

270年に及ぶ江戸時代。
これほどの間、大きな戦争や争いが起きなかったことはまさに奇跡的と言えますが、日本人の平和を大切にする感性はこういう環境の中で育まれたというお考えには大賛成です。
考えてみれば、火山の噴火や津波や台風など、多くの天災に見舞われる日本では、そうした中で皆が肩を寄せ合って助け合っていかなくてはならないという気風がもともとあるのでしょうね。
島国であったことは、その意味では幸いでした。

by 伊閣蝶 (2016-12-03 19:14) 

九子

確かに、海に囲まれていて回りから敵が攻めて来難いというのは偶然の事とはいえ大変幸運なことですよね。
この前も書いたけれど、オーストラリアの人々が穏やかで、まあこれは政府の政策もあるのでしょうが、どこの国の人々も受け入れて差別が少ないというのにもつながると思います。
確かに、頻繁に起こる天変地異を協力して助け合ったという側面もありますね。

ただ、その日本人の良さがだんだん失われつつあるのは、もしかしたら昔はおじいさん、おばあさんがいて倫理観みたいなものを子供たちに教えてくれたのが、それが無くなってしまったからでしょうか? 道徳の時間、いつの間にか無くなりましたが、また必要なのでしょうか?
by 九子 (2016-12-04 22:17) 

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