So-net無料ブログ作成
検索選択
<九子の万華鏡> ブログトップ
前の10件 | -

ぶっこみジャパニーズ [<九子の万華鏡>]

このところニッポン礼賛番組が花盛りで、見るとなんだか逆に情けなくなって消してしまうのだが、この番組はついつい最後まで見てしまった。

寿司職人、剣道の達人、歌舞伎女形が海外で誤って伝えられてる日本文化の本筋を教えに行く。
歌舞伎女形なんて特に凄い!達人があの坂東玉三郎を髣髴とさせる市川春猿改め河合雪の丞だなんて・・・。
それこそプロ中のプロだ!

最初はロシアのお寿司屋さん。出来上がった寿司をてんぷらよろしく揚げてしまったり、サワークリームソースやチーズソースでアレンジしたなんともとんでも寿司を作っている。

その寿司屋に、寿司の達人が2日間修行に行く。達人だとは微塵も匂わさず、若い職人の言うとおりに得体の知れないやり方を教わったとおりに真似をする。

二番目はモロッコの剣道道場。剣道と一緒に空手やキックボクシング?みたいなものも教えているらしい。
初めて知ったが、剣道の試合では技が入った時に「面」とか「胴」とか決まった部位を大声で叫ばないと点数にならないらしい。

その道場では、胴を打ちながら「メ~ン」と言っていた。胴も小手も無し。「メン」しか知らないのだろう。
川の中に入って何かを唱える修行も、きっと日本の達人にはばかばかしいはずだが、達人は一生懸命やっていた。

三番目はノルウエーの、はっきり言えば歌舞伎パブ。よくも市川春猿ともあろう人があんなところへ行ったなあ思う。
ニューハーフみたいな男たちがしきりに扇をくゆらせて踊る。
あんまり修行らしきものもなかったせいか、リーダーの男性がエステで美顔術を施されるところなどが大写しで映し出された。

どこの場合でも、修行に入ったはずの三人の見習い、実は達人が、急に二日間で日本に帰ると言い出す。

そして別れた後、三日目には、本場日本からそれぞれの技の凄い達人が来るのだという広告が周知徹底されていて、店や道場関係者はもちろん、たくさんの人々が方々から詰め掛けて来る。

もちろん主役はあの達人たちだ。

さて、どんなことになるのだろう?

九子が思ったのはこうだ。彼らはいくら自己流とはいえ、大きな店や道場を構え、曲がりなりにもプロとして、お金を取ったり教えたりする立場にあるのだから、日本から本物が行ってそれを誇らしげに見せ付けたら彼らのプライドはずたずたに傷つけられるに違いない。

そうなった時、彼らはどうするのだろう?
怒り出す人が続出したら、どうなのだろう、テレビ的には?

ところが、あら、不思議!!
三組どこをとっても、素直に自分たちの非を詫びて、「日本の技術は素晴らしい。これからこの通りにしていくよ。」と号泣せんばかりの喜びようなのだ!

自分たちが間違っていた事を素直に認めてプロの技を評価する姿勢が本当にすがすがしい。九子は「なんていい人たちなの!」とその真摯な態度や謙虚さにいたく感激した。


「羞恥心」やら「恥」の文化とは、日本人を表す象徴のようになっている。
こういう時に「恥をかかされた」と思うのは、もしかしたら日本人だけ、あるいは日本人がとりわけ強いのかもしれない。

欧州の人々は今までの自分たちのやり方にそれなりの自信があったのだろう。だから「恥」とは決して思わず、自分たちのやり方で最善を尽くしていたと素直に思えるから、本物を受け入れる強さがあるのかもしれない。


日本人が言う「恥」とはなんなのだろう?
誰に対して恥ずべしと思うのだろう。
師あるいは、自分の行くべき「道」に対して、まだまだ未熟で恥ずかしいと思うのならよい。
ところが、こんな失敗をして他人にどう見られるか、
人様になんと言われるか、無様だ、情けない。
そんな人が大多数なのではないだろうか?

世界の中で長い間活躍していらっしゃる指揮者のmu-ranさんこと村中大祐氏がいつか、言い方は少し違っているかもしれないが「日本人には他人が常に介在している。」というようなことを書いておられた。いや、「他人が入り込みすぎる。」だったかな?

とにかく日本の中で生活しっぱなしの我々には、なかなか言えない言葉だろう。まさに言い得て妙だ。
この国で育ち、この国で生きている私たちが、他人の目を全く無視することは難しい。
だけどそれに振り回されず、自分の思い通りに生きていくことが特にこれからの時代大切なんじゃないかな?


市川春猿改め河合雪之丞、本当にきれいだった!
背骨をくぼませると肩が小さく見え、 男性より小柄に見える
なで肩に見せるようにあごを引いて首をもたげる。
女性よりも女性らしい艶姿だ。

一瞬で着物を着替える早着替えの技も見せてくれたが、それには二枚の着物を合わせているとじ糸を一瞬にして断ち切る裏方さんの存在が不可欠だそうだ。

彼らは、主役に影のように寄りそう他人だ。
己の存在を抹消して、自己主張は決してしない。
自分を100%殺し切ってる人たちだ。


自分と他人。日本人として生きる以上、どうやっても折り合いをつけなければならない二つの存在。
これからの時代、以前よりは自分中心に舵を切り、かと言って、周りへの配慮も怠らず・・・。


あ~あ、どうやってもニッポン人から抜け出せない九子である。

nice!(15)  コメント(4) 
共通テーマ:テレビ

区長のお仕事 [<九子の万華鏡>]

どうもこのところ愚痴っぽい話題が続いて申し訳ない。
が、やっぱりどっか変!と思う思いを綴ってみたい。

皆様は、自治会の役というのをなさっていらっしゃるだろうか?

都会はそんなの無いのかな?みんな忙しいのだから・・。

長野のような田舎だと大小さまざまな町に区長さんがいて、区長を補佐する役職がいろいろある。
区長と言っても東京の区長とは大違いで、ドン内田氏など居るはずがないし、選挙で選ばれる訳でもない。第一無給なのだ。

本来田舎町の区長は、当然市の職員がするべき用事を代わりにしているのだという声もある。

とにかく忙しくて無給だから、たいていは退職後の男性がなって、中には10年以上させられてる人もいる。

わが町は全部で14戸。住民の数にして30人を割っているという小さな町だ。(アパートを除いて)
若い人が少ないのだから子供の居る家族はたった1軒で、もうとっくに育成会は自然消滅した。

そこへ持ってきて町の役の数というのは大きい町でも小さい町でもあんまり変わらないから、この少ない人数で役を割り振るとほとんどの人が何らかの役を担うことになる。

九子は何年か前、名前も忘れたお役をひとつ区長さんから言い付かった。区長さんから言われたのは「何しろ名前だけ書かせて下さいよ。行かなくたっていいんだから。」だった。

だから九子はその通りにした。会合の連絡が入っても「私は名前だけと言われているので出席出来ません。」で1年だか2年だか通した。

だって、会合は昼間だよ。九子の薬局は九子ひとりっきりしかいないんだよ。店を閉めてまで行くような用事なの?

何度目かの会合の連絡の時に「夜の会合なら参加出来ます。それともこんなご時勢ですから、ネット会議ならいつでも参加します。」と言った覚えがある。

もともとが市の職員さんのお手伝いのために、長野市の経済活動を沈滞させるなんておかしいじゃない!!
頭脳明晰な人々が公務員さんになるのだから、ネット会議の一つや二つ、企画出来ないなんて変だよね。

とにかく何の用事だかわけわかんないもののために、仕事を放り出してまでする人の気が知れない。

と、常々思っていた九子であるが、その九子が理解不能の人がごくごく身近に居た。
M氏である。そしてM氏が4月から区長になった。

彼がビンボー神であることは周知の事実だ。自分で言ってる位だから自覚もある。
人がいい。人が良すぎる。こんな高いお金じゃかわいそうだというんで、近隣の歯科医院よりかなり安く治療する。

なぜ安くなるのか。それは、保険請求すべきところを保険請求しないからだ。やった仕事を申告しない。請求しない。
いつもは過剰請求をあばくのが仕事の保険指導員さんに「これもあれも請求できますよ。先生は金儲けが下手ですね。」と呆れられるほどだ。
その挙句、開業以来三十有余年、患者さんの数はかなり多いほうなのに、開業時の借金をまだ抱えている。

その彼が、町の役員の仕事に組み込まれた時、いつかはこういう日が来るだろうことは予想していた。

彼は何しろ真面目である。
言われたことはちゃんとやる。言われないことまで、自分で仕事を作って黙々とこなす。

彼は普通だったらもう定年の年だ。幸か不幸か歯医者に定年はないから、まああと10年は勤められる。
いや、あと10年勤めないと借金が返せない。

それなのに、仕事を休んでまで昼間の会合に出ようとする。
そのうちに、かつての九子みたいにずっと出ない人の代わりに会合に出るつもりとまで言い出した。
冗談じゃない!何日休んだら気が済むの?

「お願いだから昼間の会合は休んでね。区長のほかに、善光寺の役だってあるんだから、そんなに休んじゃ何年経ってもお金返せないよ。」と九子。

「まあ善光寺はともかく、町の仕事はなあ、九子、お父さんが市会議員の選挙で町にいろいろ手伝ってもらったお礼の意味もあると思っているんだよ。」とM氏。

どこまでも正攻法で攻めてくる。

そのパパが心配してたのは「Mさんは人が良すぎて金儲けがへたで困ったもんだ。」だったんだけど・・・。(^^;;

区長の仕事のほとんどがまだ始まっていない今この時から、結婚してから40年近く、ほとんど喧嘩もしないで仲良くやって来たM氏と九子にどことなく風が吹いている。すきま風とは言わないが、ちょっと見たことの無い方向から吹いてくる風だ。

まあでも心配御無用!
うん十年前に喧嘩した時は修復に一日かったのが、今ではもう瞬時だ。
これを時の流れと言うのかしらん。昔、ママとけんかした時とおんなじだ。


タイトルを見て、区長の仕事が羅列してあると思って読みに来て下さった方々、申し訳ありません。
試しにググって見たけど区長の仕事が何なのか、それでもさっぱりわかりませんでした。
九子に言わせると「何でこんな事するの?何の意味あるの?」と思うことばかりだけれど、M氏にとっては町を運営するために大切な仕事らしいです。

区長の仕事、自治体の役員の仕事、あなたの町ではどうですか?

nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

彼女とお嫁さん [<九子の万華鏡>]

なぜか九子は「いい人」に見られるらしい。
いつも「そんなんじゃないんだぞ!」と思うけど、なかなか言えない。
だから今日は思いきってブラック九子の話をしようと思う。

九子にはどうしても好きになれない人が居る話は何度か書いた。
その人から言われたその言葉を、その痛手を、その衝撃を、忘れられずに何十年も経った。
それなのにその人は謝りもしない。
謝るどころか、言ったことさえ忘れていて九子に馴れ馴れしい。
それがまたなおさら腹立たしい。
この人は嫌な人だが、普通の人だ。

これから書くのは「境界例」あるいは「ボーダーライン」という症状を持つ人だ。
聞き慣れない人はググって欲しい。

それから、このブログの左欄を下の方にたぐると検索窓がついている。
そこに「境界」という単語を入れると境界例とかボーダーラインについての話が出てくる。

実は下のブログの終わりのほうに出て来る「彼女のお嫁さん」が九子が赦せないもう一人の人なのだ。


最近、「彼女」が亡くなった。70代、まだまだ若かった。
何も出来ない(何もしない?)「お嫁さん」に代わって、子供たちに三度三度ご飯を食べさせ、日常生活の一切合財の面倒を見てやり、そして九子がはじめて会った子供たちは、素直にすくすくと育っていた。「彼女」が「お嫁さん」の代わりに育てた子供たちだ。
長い間、「彼女」が家庭の太陽だったに違いない。


本当の事を言おうか。九子は「彼女」のおとなしくて優しすぎる息子にも腹が立っていた。
いくら「お嫁さん」に境界性人格障害という障害があろうと、どうしてもっと別の医者にかからせて、きちんとした生活を送らせなかったのか?

まともな医者なら、「お嫁さん」にあんな自堕落な生活はさせない。
言われるままに睡眠薬をたくさん出して、夕方まで寝ているようなことはさせない。
いくら「お嫁さん」が拒んでも、きちんとした病院のしっかりした精神科医に診せるべきじゃなかったの?

そうしたら「お嫁さん」だってあんなに一日中寝ているようなことは出来なくなって、「彼女」はきっともっともっと楽に過ごせたんじゃないの?
「お嫁さん」の言うなりで、一人、お母さんが苦労してるなんて、お母さん可哀想じゃない!!

でも、こういう事ってなかなか言えない。息子や「お嫁さん」が居ないところでなら、九子は何万回も言っている。
だけどいざ本人を目の前にしてしまうとねえ。

もしも九子がもっと近い親戚なら、言って良い立場に居たら、言っていたかもしれない。
ちょっと九子がハイテンションな時になら、ものの弾みで言っていた可能性もある。
でも「お嫁さん」とは、「彼女」のお葬式まで、数えるほどしか会ったことはなかったのだ。

M氏の親戚はみんなM氏に似て人が良い。
「お嫁さん」に一番腹を立ててるように見えたその人も、結局笑って「お嫁さん」からのお酌を受けた。
「お嫁さん」は人前に出ると別人みたいに明るくなって、出来たお嫁さんを演じる。
それに騙された訳じゃなかろうが、その人は何も言わなかった。

その人は一番「彼女」に近しくて、「彼女」の「お嫁さん」に対する愚痴の聞き役だった人だ。
その人がお嫁さんに一言も言わない以上、九子なんかが言える立場ではない!
九子もその人と同じように何事も無く会釈して、注がれるままに「お嫁さん」からウーロン茶を注いで貰った。
「お嫁さん」のお父さんならどうか?
実は通夜振る舞いで隣の席が「お嫁さん」のお父さんだった。
何か言いたかったけど、穏やかなお父さんを前にするとやっぱり何にも言えない。
だいいち、彼に大きな責任があるって決まったわけでもない。
(境界例は、育ちの中に問題を抱えた人が多いと言われます。)


実は「彼女」の見舞いに最後に病院に言った時、「彼女」の優しすぎる息子と、遠くに嫁いだ人の良い娘も病室に居た。
その場には居ない「お嫁さん」の話が出た時、どんな悪口が飛び出すかと思いきや、二人はなんと!笑っていた。
「お嫁さん」がどんなことをしようとも、受け入れてるよという笑顔だった。

もしも九子が「彼女」の娘だったらどうだろう。
お嫁さんに掴みかかって、「あんたがママを殺したのよ!」と修羅場を演じていたに違いない。

どうして「彼女」の息子と娘は、あんな「お嫁さん」を赦して、こんなにも優しくなれるのだろう?

「北風とお日様」の話は本当だなあと思った。
私はとてもじゃないけれど、あの二人の真似は出来ない。
さすがにM氏に近いDNAだ。

九子は打ちのめされた。
自分のちっぽけさを思った。
まだまだだな!私!
卑しくも仏教徒なのにね・・・。

一旦はそう納得したはずの九子だったが、悟っていない九子はまたあれこれ考える。

だけどあったかいお日様みたいな人々の中で、「お嫁さん」は何の苦労も無く、好き勝手にこの二十何年やってきたんだよねえ?
「お嫁さん」が楽してた分、「彼女」はずっと無理をして、ストレスを貯めて、早死にしちゃったんじゃないの?
それってすごく不公平だよねえ?

北風とお日様の話は、お日様のあったかさが身にしみて、それに感謝出来る人には有効だけれど、そのあったかさに慣れ切って、それが当たり前だと思ってる人にはなんの効果もない。


お日様の暖かさに慣れきっていた「お嫁さん」は、「彼女」が亡くなってから一生懸命頑張って早起きして家事をしているって聞いた。
「やれば出来るんじゃない!」と、性悪九子はついついそう思ってしまうのだけれど、「彼女」の優し過ぎる息子は、そんな「お嫁さん」が無理をして、また具合が悪くならないかと心配しているそうだ。

九子は遠慮がちな日本人だし、「お嫁さん」の前でどうしても本音を伝える事が出来ない。
でも九子が考えたことは、「彼女とお嫁さん」を知る多くの人の想いだと思う。


「お嫁さん」の息子たち、本当に良い子に育ったね。
でもあれは、「彼女」のお陰だよ。
それを忘れちゃだめだよ。
「彼女」がしてくれたことの大きさを、ずっと噛み締めてね。
せっかくそこまでになった子供たちを、これからもまっすぐに育ててね。


この日記は、「お嫁さん」に読んでもらうつもりで書きました。
北風もたまには必用だからね。

優し過ぎる息子と遠くへ嫁いだ娘へ!
あなた方の赦す力と器の大きさには本当に驚かされます。
いつの日か、お嫁さんもあなたたちの温情を受け止めて、変わってくれるといいね。

nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:健康

成宮寛貴は今どこに? [<九子の万華鏡>]

芸能界というところは、よほど魅力があるに違いない。
その頂点に立つために多くの人が競い合い、おおよそそのトップというのがテレビの視聴率などという得体の知れない化け物によって決められるものであったとしても、自分の顔が、名前が、能力が、不特定多数の人々に知れ渡ることに喜びを感じるあまたの人間たちがこの世から無くならない以上、きっとこれからもずっと存続し続けるのだろう。

テレビはいつまで続くのだろう。かつて昭和の時代に、家族がお茶の間でちゃぶ台を囲んで揃ってご飯を食べ、その隣にテレビがあったあの頃が、きっとテレビの黄金期だったのではないか。

お茶の間というのは、もはや死語に違いない。
家族団らんは疎遠となり、塾に、習い事に忙しく、丸いちゃぶ台など知らない世代の子供たちが、親兄弟ではなくゲーム機やスマホに向かって話しかけ、一人わびしく孤食をするこの時代に、テレビの役目とは一体何なのだろう?

「相棒」の甲斐亨役でおなじみの、そして九子が密かに見ていた不倫ドラマ「不機嫌な果実たち」でも色男を好演した成宮寛貴が、自らの意思で芸能界を去るのだという。

いや、「フライデー」の威力は大したものだ。今回はお得意の隠し撮りではなく、売り込んで来た人間が居るようだ。
確かにあの写真は本人によく似ていた。本人が逃れられないと思ったのもわかる。

それでもプロダクションとしてはそうではないと否定するだろう。金の力で、法の目をかいくぐって、成宮寛貴という商品を守る術はいくらでもあったはずだ。

ところが今回成宮くんは、あの年代にしては達筆な走り書きで、万感の思いを綴ったであろう書置き一枚を残し、誰にも言わずに何処へか姿を消してしまった。

後に残ったのは、この一件が無かったらきっと表沙汰にはならなかったであろう彼の性癖と、コカイン疑惑、そして母子家庭で育ち、14歳で母と死別した後、6才下の弟を大学に出すため、自分は中卒で身を粉にして働いたという思いがけない生い立ちだった。

この生い立ちには泣かされた。こんな豊かな時代に、しかも美しい顔立ちに生まれついた幸運な青年が、その美貌を生かして芸能界の頂点にたどり着いた俳優が、そんな不遇な青春時代を送り、自分の果たせなかった夢を弟に託して弟を大学に進ませるために脇目もふらずに働いていただなんて・・。

いじめも受けていたという彼。その彼をたまたま癒してくれたのが、ゲイが集まる新宿歌舞伎町だったと言う。
肉体労働に明け暮れる毎日に堪え切れず、ふっと魔が差したように都会へ出た時、住み込みで雇ってくれたのが新宿二丁目のお店だったそうだ。
美少年がいると評判になり、宮本亜門に紹介されて、それが彼の俳優としての出発点にもなった。

成宮くんは薬物疑惑に関してはほぼ何も答えていない。ただただ「絶対知られたくないセクシャりティーの部分」が暴露されてしまったから、もう堪えられそうにないと言うばかりだ。
「絶対知られたくないセクシャりティーの部分」とは、誰が考えても「同性愛」という答えに容易にたどりつく。
新宿2丁目で働いていた過去が影響したのかはわからない。だけどそれが、そこまでして隠したいものなのだろうか。

ただ、もしかしたらと思い当たる節が無いでもない。
テレビで見るゲイの人達の特殊さだ。

ゲイと言うより、オネエと言うのだろうか。
異常にテンションが高くて、見ているだけでこちらのエネルギーを吸い取られそうな気がする。
彼らは元々男性なのだから、生まれつき大きなエネルギーを持っている。そのエネルギーで一秒でも長く画面に映るように、しゃべりが視聴者に届くように、けたたましく騒ぎ立てる。
九子は彼らが嫌いと言ってる訳じゃない。言ってること面白いし、ついつい見てしまう。だけど違和感があるのだ。
なぜかオネエタレントと言われる人々は、判で押したようにこういうタイプの人たちだ。

九子が一番気になるのはその言葉づかい。
「ねえ、アンタさあ」が彼らの決まり文句だが、決して聞いていて心地よい言葉ではない。
そもそも「アンタ」って、女性が公で普通に使う?
「アンタ」を使うのは、相手を見下してる時だけじゃない?

新宿2丁目のゲイの人たちは、昔からみんなこんな言葉遣いだったのだろうか?
オネエタレントたちはそれを踏襲しているだけなのだろうか?

考えてみるとゲイという言葉は、英語のgay(陽気な)から来ているという。
そう思えば、彼らのハイテンションもわかる気もする。

とにかくゲイ=オネエという受け止められ方が出来てしまっているとしたら、彼らと一緒にされたくないという思いはわかる気がする。
佐藤かよさんだっけ?ああいう可愛らしい女の子がステレオタイプとして広く受け止められていたならば、もっと普通のゲイたちがゲイ代表としてテレビに出ていたら、もしかしたら成宮くんもそんなに秘密にして抱え込まなくてもよかったかもしれないのに・・・。

役者成宮寛貴に多大な影響を与えたとされる演出家蜷川幸雄氏が、成宮くんのことをこう評していると言う。

「毒と華は紙一重、それが同居している役者。」

また、『蜷川幸雄の稽古場から』(ポプラ社)に、蜷川から成宮への言葉も掲載されている。

『若いときに苦労してきた子だから、他の俳優にはないような、ある種のいかがわしい匂いをつけて出てきたんだよね。それを清算しようとして、ちょっとスクエアな俳優になろうとしているのかな。それがうまくいっている作品もあるんだけど、ほかにはいない、異色の俳優のままでいいじゃないってぼくは思うわけ。「成宮、軌道修正しなくていいよ」って。(中略)「たとえばアラン・ドロンみたいに、複雑な影のある役者になればいいじゃないか。あるいは歌舞伎の色悪のような。せっかくのその匂いを、成宮、消さなくてもいいんじゃないの」って、俺は思うわけ。それは成宮に対する最大の助言だね。この国の芸能界で長生きするには、必要なことなのかもしれないけど、「成宮、お前、せっかく持っているものなのにもったいないな」ってね』


成宮くん、今どこにいるの?
あれだけの艱難辛苦をくぐり抜けてきた人なのだから、よもや命を粗末にするなんてはずは無いと思うけど・・・。
ゆっくり休んで、じっくり考えて、いつかまた日本の芸能界に戻って来てください!



nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:芸能

韓国がノーベル賞を取れない理由?? [<九子の万華鏡>]

そろそろノーベル賞の授賞式が始まるらしい。
今年も大隅教授が受賞されて、このところ

日本人は鼻高々だ。

毎年ノーベル賞の時期になるとお隣韓国ではこんな話題で盛り上がり、ブログが炎上したりもするのだそうだ。
日本はこんなにたくさんのノーベル賞を取ったのに、なぜ韓国は取れないのか?という書き込みである。
常に日本のノーベル賞受賞を意識し自国が取れないことに悩む韓国人の症状をノーベル症」と呼ぶこともあるのだとか

人の事なんてどうでもいいでしょ?!!と思いながらついついメルマガのタイトルをクリックしてしまう九子。(^^;;
書いているのは黄文雄氏。台湾生まれで日本に帰化された方だ。

 


私の持論...と但し書きをつけて書かれていることはつまり、こういう事だった。


日本語は中国から入った漢字だけではなく、自らひらがな・カタカナを創出した。表意文字である漢字と表音文字である仮名を組み合わせることで、複雑な思考や感情をきわめて的確に表現することができるようになった。外来語についてもカタカナでその音をそのまま表記できる。



表音文字と表意文字をあわせて使用するということは、きわめて複雑な言語体系である。
そのような複雑な言語を通してでしか、海外、とくに欧米の最新科学や哲学を理解し、さらにそれを和製漢語として翻訳することはできなかったのだ。

日本に留学した魯迅は、日本語による読み下し文によって、それまで漢文では理解できなかった四書五経の内容をようやく理解できたそうだ。
明治維新後、欧米の科学や哲学を学んだ日本は、その概念をうまく日本語に翻訳し和製漢語を作り出した科学、哲学、文化、物理、化学、原子、臣下、改革、進歩、共産主義……などは日本人が作り出した言葉だ。現在の中国語における熟語の7割はこうした和製漢語であり、これがないと中国語は成り立たないとも言われている。「中華人民共和国」という国名自体、「人民」も「共和国」も和製漢語だ。

中国語・漢語だけでは、近代を理解するための概念を説明、表現することができなかったわけだ。

日韓合邦時代、日本は朝鮮半島にハングルを広めた。それまで朝鮮の両班(貴族階級)たちは宗主国の文字である漢字を尊び、ハングルは愚民が使うものだとして侮蔑していたため、ハングルはほとんど使われなくなっていたが、日本は国民教育の観点からハングル(諺文)の普及を目指し、漢文との併用を推奨した。ハングルは基本的に表音文字だから、いわば日本のように漢字と仮名を組み合わせるようなものだった
ところが戦後、韓国では民族意識の高まりから、漢字を追放し、ハングルだけを使用する動きが強まった。1948年にはハングル専用法が制定されて公文書はハングルのみに限定され、朴正熙政権では学校教育から漢字が追放されるようになった。


韓国が日本統治時代に日本が行った漢字導入を嫌い、いわばひらがなだけのハングル文字のみ採用した結果、表現が単純になってしまった。

やはり言語的な影響が強いのだと思います。(要約)




へえ~、中国で使われる熟語の7割が日本人が作った和製漢語だなんて、ビックリだ!
当たり前に使っている日本語がそんなに複雑な言語であることも、ましてやノーベル賞を取るだけの学力を維持するために必要であったとも思えないのだけれど、まあ、直接の原因かどうかはさておき、間接的には影響があったのかもしれないと思わせる。

でも反面、欠点もある。思い出したのは、日本人が英語が出来ない訳。
アジア諸国では自国の言葉ではどうしても表現出来ない言葉があまりにも多いがために、英語のテキストを導入し、小さい頃から学校で英語に馴染むが故に、英語が出来るようになるという。

日本語でなんでも表現できるせいで、英語を導入する必要が無く、結果日本人の英語は何年やっても上達しない。

必要とされないことは廃れていくという良い例が、日本の着物文化だろう。
日本女性は着物を着なくなり、「始末する」という言葉も日常から遠くなり、その結果、器用さも、握力も、家事力もすべてなくしたのではないか?

実は九子が密かに尊敬する女性が居る。
80歳になろうとするご年齢でありながら、いつもきちんとおしゃれをされ、家事全般をすべてこなされ、長い間ずっと一人で家を完璧に守っていらっしゃった。
その女性が手を差し出されて握手してくださるというので握手してみて驚いた。病後でいらっしゃるというのに、なんという強い握力!!

完璧に九子の負けだった。

彼女は和服を着られる。それだ!と思った。
毎日の家事もさることながら、昔の女性は良く手足を使った。
着付け教室で習ってもうまく出来ない着物の着付けを、女性たちは毎日のくり返しでいつの間にか覚え、楽々と着物を着こなしていた。
絹で厚く織られた帯を締めるのに強い力が必要なのは、着付けをしてくれる美容師さんが息を切らし、額に汗を浮かべて締めているのでもよくわかる。

昔の女性が誰でも当たり前に出来ていたあれやこれやを、私たちは機械にまかせ、人にまかせ、ややこしいことは忌み嫌い、楽に流れた。
特に毎日の家事をおろそかにしている九子の握力は、毎日をきちんと生きて来られた美しい目上のご婦人にあっさりと負けてしまった。

ところでみなさまは着物を畳んだことがおありだろうか?
九子もさすがに着るのは出来ないが、畳むだけならなんとか出来る。

着物をたたみながら、これはまさに日本文化だと思った。
西洋人なら、ひたすら左右対称に畳むのだと思う。
だが着物は違う。

西洋人の畳み方は、まさに温泉の寝巻きのゆかたのたたみ方なんじゃないかな?
内側から袖に腕を通してぱたんと身体の前で合わせ、そのまま腕を抜いて袖を同じ方向にたたみ、上から三回くらい折る。
子供でも出来る一番簡単な着物の畳み方だ。
これだと着物を畳に置くことなくすらすらと畳める。

ところが本式の畳み方は違う。
 

必ず着物を畳の上に置く。

ここで言われているところの2番目と3番目がひどく不思議な気がする。
2番は襟と襟とを合わせていて、しかもそれは真ん中に来ない。

三番はもっと不思議で、半分に折るという常識を覆して、合わさっていないものを無理やり合わせている感じがする。
だけど最後はきれいな縫い目どおりの畳み方になる。

もちろんこれは、着物を裁って、縫った昔の日本人が考えたしまい方なのだろうが、さぞかし賢い人だったのだろうと思う。
幾何学なんてものを超越して、頭の中で空間を理解していたのかもしれない。

着物は織るのも、染めるのも、それから帯を結うのも、物凄い技術の塊だ。
着物に限らず袴だって、それはそれは凄い。

M氏は善光寺の用事や祭のために、一年に一二度袴をつける。
器用なM氏は何でも自分でやってしまい、九子の出番は帯の後ろに三味線のバチみたいな形をしたヘラを差し込むだけだが、
帯の細い紐がM氏のいい頃加減につき出たお腹の上できれいに十文字を描くように結ばれるのを見ると、いつもああ、いいなあと思う。
(M氏じゃなくて、袴が・・・。(^^;;)

着物文化をこのまま廃れるままにしてしまうのは本当に切ない。
歩くたびに伝わる絹磨れの音。紐を縛る時、帯を結う時の緊張感。そして、絹の匂いとナフタリンの匂いが混ざり合ったような懐かしい香り。
着物とはほとんど無縁に過ごして来た九子だって、いや、だからこそ、娘の時代にも母が残してくれた手を通したことも無い着物たちが、立派に生き延びてくれることを願っている。


必要としないものは廃れる。
ノーベル賞の話も、着物の話も、そんなことを持ち出さなくたって、九子はちゃんと知っていた。

出来すぎ母に何でもやってもらって育った一人っ子の九子の手、そして足。
母が全部してくれるから、自分では何もしなくていい。する必要が無い。

友達も居ず、外遊びも大嫌いだったから、疲れるほど歩きまわったり、汗が出るほど走ったりの経験はごくわずか。
そうして物心付く頃には、友達よりも動かすのが遅く、不器用で、思い通りに動かない手と、すぐに疲れる足になっていた事を・・。

あああ、この際、日本の着物文化をどうこうするなんて壮大なことはどうでもいいから、九子のこの怠け切った手足と、疲れきった頭を一瞬のうちになんとかして欲しい!!!

えっ?それが出来たらノーベル賞ものだって?
おあとがよろしいようで・・。(^^;;

nice!(7)  コメント(4) 
共通テーマ:学問

民度一位の国、日本 [<九子の万華鏡>]

いつだったかBSチャンネルを回していてこの番組にめぐり合った。
 
近衛秀麿さん。 
近衛さん・・であるからして、お偉い方である。
当時の近衛文麿首相の弟さんだそうだ。

その弟さんが音楽の道に進み、ヨーロッパに移り住んだ。
そして戦争が始まり、ドイツによるユダヤ人の迫害がひどくなった時、数十人の音楽関係者を日本に逃がしたり、金品の援助をおこなったりして命を救ったというものだ。

皆さんもそうだろうが、九子も真っ先にあの人を思い出した。
そう。日本のシンドラー杉浦千畝氏だ。

杉浦が駐リトアニア大使だった時、日本に渡るビザを書いて数千人のユダヤ人の命を助けた話はつとに有名だ。

じゃあ一体、近衛秀麿と杉浦千畝はどっちが偉いんだろうか?
偉いって意味は、人間としてってことだ。

答えは直ぐに出る。
やっぱり杉浦千畝だろう。

もちろん助けた人数とか全然違う。
でも、それを除いても、杉浦千畝氏に断然軍配が上がると思う。

答えは、そうした時に自分に降りかかってくる危険の違いだ。

近衛秀麿氏は、なんと言っても首相の弟君だ。
言ってみれば内田康夫の人気シリーズで、警察庁刑事局長浅見陽一郎という兄貴を持つ浅見光彦みたいなものだ。
困ったら兄の名前を出せば、まわり中平身低頭で、掌を返したように扱いが良くなる。

当時のヨーロッパであっても、とりあえず日本の首相の弟であれば、何をしようとひどい扱いはされないだろう。
そんなことが表沙汰になれは国益に関わってくるからだ。

そうい う事がわかっていての人助けなら、彼の立場であればより簡単に出来るはずだ。
もちろんそれだからと言って、彼の勇気や行いの立派さを微塵も損ねるものではないのだが。

杉浦の場合は、国の命令に背いての単独行動だった。
あとになってどんな処分が下るかは全くわからないどころか、死刑になる可能性だって大有りだった。

自分が死ぬかもしれない時に、正しい行為が出来る。これぞまさしくリーダーの力量だと思う。

なんだかこの頃お隣の国が騒がしい。
大統領の一友人であるその人が、国の政(まつりごと)に口を出し、自社に利益誘導して多額の金を奪い取っていたという疑惑である。

ただでさえ、一握りの財閥企業に入れるのと入れないのとではその後の人生が天と地ほどに違うといわれ、そのわずかの可能性をかけて熾烈な競争が繰り返されるというお国柄だ。
庶民がそれだけの苦労をして勝ち取る特権を、労せずして手に入れる人間が居る。
しかもその人から、「能力ない親を恨め。金も実力のうち。」などと言われたとすれば・・。
大衆の怒りの程はわかる気がする。

韓国と言う国が大統領制を敷いてからまだ数十年であるというのを聞いて、なるほどと思った。

日本も確かに明治以来はたかだか百数十年だ。
ただその前に、長い平和な江戸時代があった。鎖国をし、諸外国に門を閉ざしてはいたが、天変地異や内乱はあったとしても、日本中が戦場になるようなことは無く、そういう平和の中で、文化も栄え、教育も浸透していった。

明治に入ってから日本に来航した西洋人が、どんな田舎の貧しい家の子供でも読み書きが出来るのにびっくりしたという話はよく聞く。

国が戦争の最中であったら、文化も教育も二の次になる。
日本の国がここまで栄えて先進諸国の仲間入りが出来たのも、何百年も続いた平和な時代があったからではないのか。

それでもこれでも、日本の津々浦々までとりあえずは働く場所があり、街中にコンビニは溢れ、人々は外食に行って貧乏人も金持ちも同じ物が食べられる。
イギリスの貴族が食べる物は庶民とはかけ離れているのだそうだ。

そういうことが当たり前ではない国の人から見れば、日本と言う国はどんなにか羨ましく映るだろう。

でも今の日本の繁栄は全て過去の遺産だ。これからも長い間平和な日々が続くかどうかは、われわれの努力次第だろう。

民度っていうよくわからない言葉があって30年も日本が一番という結果らしい。
金や権力で動かない。正しい道をこつこつと歩む。
国の成熟度ってあんがいそういうところにあるんじゃないのかな?

と、平和の大事さという結論で落ち着いたと思ったら、またまた痛ましい事件があった。
民度世界一の国の有名大学の優秀な学生が、南米コロンビアで撃ち殺された。

彼は将来世界で仕事をするのを夢見て、大学を一年間休学し、世界一周旅行の最中だったそうだ。
そのために居酒屋でアルバイトをして費用も自分で貯めた。
世界と言ってもニュースで取り上げられることの少ない貧しい国ばかりだったと聞く。

ケータイやパソコン、カメラなどを盗まれて、追いかけたところを銃撃された。
目的を果たすまであと3ヶ月。今まで撮り貯めた貴重な資料がどれだけ大切であったかは痛いほどわかる。
追いかけるな!と言っても無理な話だったかもしれない。
でも追いかけなかったら、命は取られずに済んだのではないか?

そういう時、平和な日本で生まれ育ったことが足かせになる。
身の危険が迫るなどと言うのは、この国では夢の中の話だ。

危険な状態で身を守る教育とか、対処の仕方などというのは実際特別な職業の人しか知らないのではないか?

自衛隊がいよいよ戦地に赴くのだそうだ。
彼らだって、平和な日本で育った若者だ。いざという時、本当に自分を守れるのだろうか?
稲田防衛大臣には母親の立場として是非とも言ってもらいたかった。
「あなたがたは決して死んではいけません。あらゆる武器を使って身を守り、何があろうとも日本に生きて帰ってきてください。」と。

オーストラリアで放浪の旅を続ける次男がいつも言う。「オレは好きでここに居る。事故に遭おうが野垂れ死にしようが、それはオレの人生だから、オレは満足だ。」

コロンビアで亡くなった一ツ橋大生のご両親も、こう思っていらっしゃるのだろうか?

nice!(5)  コメント(2) 
共通テーマ:旅行

人をだますということ [<九子の万華鏡>]

ショーンというちょっと品の良い響きのある名前を持つ人は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子のショーンレノンくらいしか思い浮かばなかった。
それがこの頃この人の事が連日マスコミに取り上げられている。ショーンさん。いや川上氏と呼ぼうか。

ショーン・マクアードル・川上氏。まあ男前の、声はとってもセクシーな男性で、その上問われたことに対して的確に答えることが出来る。
あんまり見た目ぱっとしない評論家さんに出てもらうよりもお茶の間受けするということで、彼の出場回数は増えて行ったのだと思う。

そもそもこういう事が問題になるのは、テレビに出てる有名人に限られる。
九子が、実は東大卒なのよなどと言ってみても、誰も信じないし、間違って信じてくれる人が居ても世の中にはなんの影響も無い。
たぶん大多数の人は、権威ある人の言葉の方をより信じる。
たとえばテレビで芸人さんが言う意見よりも、大学教授が言った意見のほうが真実に近いとほとんどの人が思うだろう。
川上氏がしてしまった学歴のウソで(英語では’academic fraud’と言うそうだ。)彼の責任を追及したい人たちが一番怒っているのはそこだと思う。

アメリカの大学を出て、ハーフのイケメンで、たくさん勉強して物事を良く知ってると思ったから彼のいう事を信じて聞いていたのよ。
大学も中退で一般人と同じレベルの人なら、全然説得力無いじゃない!

こうしてみると学歴というのは案外いろいろなことを左右するようだ。
学歴の高い人の言葉を信用する風潮は、学歴の高い人そのものを崇め、無批判に賞賛することにも通じているのかもしれない。

上でショーンさんと書いたが、日本語は良く出来ていて、さんづけするという事は、九子の中で川上氏の印象がさほど悪くないという事を示している。

じつはこれには理由があった。
騒動の最初の頃は九子も「えっ?そんなことしたの?」と川上氏のことをさげすむように眺めていた。

ところがある日、この人が登場したのだ。脳生理学者の茂木健一郎先生だ。
茂木教授は「僕は学歴なんかにこだわらない。」と言い、川上氏の事を尊敬を込めて
「お仕事でご一緒した時、その素敵なお人柄に魅せられましたし、そのさまざまな問題についての見識も、素晴らしいと思いました.」と評価した。
この一言で、九子はすっかり茂木教授が大好きになってしまった。
「人は偉くなればなるほど自分の現在の地位に固執して事なかれ主義に陥っていくのに、矢面に立たされている川上氏を擁護するなんて、なんて男らしい人だろう!」
人と同じ意見に安住したがる日本人の中で、人と違う意見を言う。それも、叩かれてる人の肩を持つなんて。

茂木教授は自分の目の確かさに自信があるのだろう。
その反面自分の目に、つまり自分の判断に自信の無い日本人があまりにも多い。
だから右といわれれば右へ、左といわれれば左に流されてしまう。
茂木教授の友人になれたらどんなに幸せだろう。
一旦彼の信用を勝ち得たなら、彼はどこまでもあなたを信じてくれる。
そしてあなたが苦境に立った時、きっとあなたに手を差し伸べてくれる。

茂木先生が信じてる人なら、九子も信じる!
(大多数の日本人と同様に、唯々諾々と権威にひれ伏す九子。(^^;;)

川上氏が長年やってたラジオ番組を降板する時に、こんな時にも自分を励ましてくれる多くの友人たちに感謝の言葉を涙ながらに語ったというのも九子の琴線に触れた。

 
そもそもウソって何だろう。良くないことは知っている。だけど世の中からウソが無くなることはない。
だって仏さまだって「嘘も方便」って言っているんだから。
結局は性質(たち)の良いウソか、悪いウソか、もっと言えば許せるウソか許せないウソかという事になる。
許せる、許せないは結局のところ、ウソをついたのは誰なのかという事にも大いに関係する。
友だちだから許せるのか、友だちだからこそ許せないのか。

 
最近、こんな事があった。
facebookで名前占いを紹介された。
九子も早速やってみた。

結果はと言うと。
えっ?マジで?
なんだか凄いことになっている。

結果そのものよりも欄外にあったこの言葉が九子を有頂天にさせた。
「あなたは高度に発達した素晴らしい人格を持っています。こんなに多くのポジティブな要素があるのはめずらしいことです。最もダメな要素さえもあなたをとても魅力的に見せ、格別で勇ましい人生を生きているように見受けられます。あなたを模範にしている人は多いので、今のままでましょう。結果をすぐにシェアして、みんなも自分の長所と短所のナンバーワンはどれか分かるようにしましょう!(原文のまま)」

ね?これだけ見れば、九子がいかに特別な人間なのか、九子が天にも昇る気になったってのもわかるでしょう?
ところがここにウソがあった!
九子はM氏をはじめ、家族全員の名前を次々と入れてみた。
枠の中の性格は、それぞれそれらしいものが出て来たけれど、九子が喜んだ枠外の言葉は、全員同じだった。
つまり九子は「高度に発達した素晴らしい人格を持っていて、こんなに多くのポジティブな要素があるのはめずらしい」という言葉で、自分は特別な人間だと言われたと思った。
ところが誰がやってもその言葉が必ず出てくるのであれば、それはもう特別でもなんでもない。 九子は騙されたのだ。
だけどこの事実を知らない限り、この占いは人を傷つけるものでもなく、むしろ人に勇気を与え、幸せな気持にさせるものだ。

ウソの怖さがここにある。

川上氏の学歴詐称騒動はそろそろ下火だろうと思う。
次のターゲットの乙武洋匡氏が躍り出て来たからだ。
サンキュー、センテンススプリング! 
川上伸一郎氏の再出発を祈る。

nice!(18)  コメント(8) 
共通テーマ:テレビ

レッテルを貼るということ [<九子の万華鏡>]

あなたは太宰治は好きですか?
割合好き嫌いが分かれる作家さんだと思うが、最近で言えば芥川賞を受賞したピース又吉こと又吉直樹が一番感銘を受けた作家として名を上げている。

このあいだテレビに石原良純が出てきて、父親石原慎太郎を語った。
その中で慎太郎本人の出演ビデオもあって、自分は太宰治が大嫌いだと公言して憚らなかった。

更に話の中で三島由紀夫が太宰を語っていた言葉だとして紹介されたのが、「あんな悩みは、ラジオ体操ひとつすれば治ってしまう話じゃないか。」と言ったそうで、思わず笑ってしまった。

確かに太宰治がもがいている世界は、とっくの昔にそういうのを卒業してしまった人たちからすれば、時として滑稽にも見えるのだろう。
一応九子も悩んでいた時期は通り過ぎたので、ラジオ体操というのは言い得て妙に思えてずいぶん笑った。

だけど、悩みのど真ん中にいる人たちから見ると、それはかなり切実な問題なのだ。

尾崎豊の「アイラブユー」の本人が出演するビデオを見ると、尾崎がいかに自分の姿ばかりを見つめているのかがよくわかる。
もがき苦しみながらも、自分に酔いしれているような表情が見て取れる。

歌も詞も、ビデオにおいても、彼の表現力は本当に凄いと思う。
ただし彼がいつも見ているのは鏡に映る、あるいはカメラのレンズに映る自分自身の姿なのだというのは明白だ。

九子がこう言い切れるのは、かつて自分が同じ世界に住んでいたからだ。
劣等感があって自分が大嫌いな人間に、とても周りの人々を見つめる余裕など無い。
ジェットコースターのように上がり下がりする自分の気持を眺めているだけで精一杯なのだ。

彼らはきっと気がついている。自分が見ている世界が、自分という範疇を一歩も越えられていない事を・・・。
自分が回りの人々を自分の事のように思い遣れないことも大きな劣等感のひとつになり、彼らは余計内向きになる。

ボーダーライン、境界例と言われる人々。九子も何度もブログで取り上げたことがあるが、愛の薄い幼少期を育ち、親の愛情を充分に信じられずに育つ事の多い気の毒な人々だ。

太宰治も、尾崎豊も、ダイアナ妃も、特に幼少期の親との絆の薄さからいつも愛情に飢えており、自分が見捨てられることを極端に怖れていた。

彼らに共通するのは、気分の不安定さだ。
さっきまで信用し信頼していた上司を、友人を、家族を、次の瞬間には誹謗中傷し攻撃する。
自傷行為も、自殺癖も、そうせざるを得ないところまで気分が落ち込んでしまうのだろう。
彼らは充分本気なのだろうけれど、自分一人だけの時はしないで、周囲の注目を集めようとするように必ず人前で決行するのを見ていると、甘ったれてるのかなと勘ぐってしまう。

九子もボーダーラインの人々と同じように、ある時期まで人一倍劣等感が強く、自分が世界一の不幸のかたまりだと思って生きてきた。
だから彼らの気持ちが、自分の事のようにわかる部分がある。

まわりからは「一人っ子で両親に何でもやってもらい、何の苦労も無く、優しいお婿さんをもらってあんなに幸せな人は居ない!」と言われ続けていたのにも関わらずだ。 そういう意味で九子には、ボーダーラインの彼ら以上に、人々に理解してもらえない要素があった。
 
「何でも出来る母親が愛情一杯に手をかけ過ぎてくれたせいで何もまともに出来ない人間に育ってしまった劣等感が九子の不幸せの原因」などと言ってみても、一笑に付されるだけだ。

となりの八百屋のおじさんは、九子が明るく変わったのは優しいお婿さんをもらったからだと今でも信じている。
まあ、それも間違いではないが、結局は九子が坐禅に出会って、自分の気分を明るく幸せに変える事が出来たからなのだ。

それはさて置き、九子の時代は「レッテルを貼る」という言葉があった。今の時代はもしかしたら「タグを貼る」とか「ラベルを貼る」とか言うのだろうか・・。
そういう事って本当に怖いと思う。

ボーダーラインという、不良少年という、前科者というレッテルを貼られた人々。

九子が振り込め詐欺にひっかかりかけた時も、何より怖かったのは「11時の裁判が始まるまでにお金を振り込まないと息子が前科者になってしまう。」という恐怖だった。海に囲まれた逃げ場の無いこの国で、それは絶望的な宣告なのだ。

汚名、英語ではstigmaというのだろうか。一度そういう名前が付いてしまうと、人々はいつまでもその名前を葬り去ることは出来無い。
「あの人は前科者だ。」というのは、その後の一生どんなに立派な事をしようとも、死ぬまで付いて回るのだ。

前科者というのははっきりと認定された事実であるから仕方が無い部分もあろうが、ボーダーラインはどうだろう?
精神科の見立てというのは、ご承知の通り科学的な血液検査やCTスキャンなどで結果が出るわけではなく、あくまでも医者の力量で診断されるものだ。

その上典型的な症例の他にも紛らわしい例が多々あるはずで、それらを一括りにして「ボーダーライン」という病名というか障害名が付いた途端に、彼らの一生は
「ボーダーライン即ち、太宰治やダイアナ妃や尾崎豊といった人々に代表される頻繁に騒ぎを起こす困った人たち」という風に括られ、彼ら一人一人の個性や、変わろうとする努力などとはまったく無関係に、イメージだけが一人歩きしていく。
そして一旦浸透した悪いイメージは人々のなかで容易に変わることが無い。

レッテルを貼られた人々の人生はどんなにか苦難に満ちていることだろう。

レッテルというはっきりとした形を取らなくても、人はいつでも、誰かを決めつけ、その人の事をわずか1%も知らないのにざっくりとした固定概念で見てしまう。

そしてそれを、別の誰かにもったいぶって話したりする。
たいていそういうのが広がる1番の理由は、九子も大好きな噂話だ。(^^;;

そうしたらこの前、ガンで倒れられた三笠宮寛仁親王の弟宮、生涯独身を貫かれた桂宮さまの話が出た。
彼もまた悲劇の親王だった。若い頃に脳出血で倒れられ車椅子の生活を余儀なくされた。

それより何よりお気の毒だったのは、学習院大学に通っていられた時、「お前たちは俺たちの税金で暮らしている。」という心無い言葉を殿下に浴びせかけた学生がいて、いたく傷つかれ、自分のように苦しむ人間をもう誰も見たくないと思われて、生涯独身を通されたという。

言葉の持つトゲの威力がわかる。一人の皇族の人生を変えてしまった一言だ。

言葉のトゲならばその人の心に潜んで、その人が言わない限り周知の事実にはならないはずだが、貼られたレッテルは表に出て、皆に知れ渡る事となる。

そもそもレッテルやらラベルやらタグっていうのは、何かを分類するためにある。
だからいつでも誰もが見やすい所に貼られる事になる。

レッテルやタグの魔法に打ち勝つのは、もしかしたら日本人の私たちには難しいのかもしれない。だって私たちは言われたことを基本的に鵜呑みにする人の良い民族だからだ。

そんな信じやすい民族が、いや、だからこそ、レッテルを外す事、ないしはレッテルに誤りがあると考える事に関しては著しく懐疑的だ。

最初に入って来た情報を信じ込み、その情報を信じ続けるのが私達日本人なんだろうか。

話題になった従軍慰安婦問題の最終決着の時、不可逆的と言う言葉が出てきてびっくりした。
あれは劣等生の九子でもわかる化学用語で、九子たちはたしか非可逆的と言っていた。
反応が進んで決して元の状態に戻らないことを言う。
水が氷になるのは可逆的だけれど、鉄が錆びるのは非可逆的だ。

レッテルの内容は実は可逆的なのに、非可逆的と堅く信じて疑わない私たち。
レッテルの内容はともかく、まず柔らかくしておかなければいけないのは、私たちの固いあ・た・ま !

そして噂話もつつしみなさいね、九子さん!(^^;;












nice!(26)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

有名になるという事 [<九子の万華鏡>]

田舎町の長野から、都会へ出る度に考える。

圧倒的な量の人、人、人の群れ。
この人たちはみんな九子にとっては無名の人々に過ぎない。

その中から友人の顔をひとつ探し出す。
その友人がただ一人、群衆の中で名前を持っている。
九子はその友人を、顔と名前で何千何万という人々から識別する。

友人はもちろん九子と同じ一般人だ。
名前が有るというだけで、別段有名な訳ではない。

その人の名前を誰もがみんな知っていて、おおよそどういう人なのかという事を共通認識として理解している・・・という段階に至ってはじめて、その人は有名人という事になる。

もしかしたらその群衆の中には、無知な九子にとっては全くの知らぬ顔のもの凄い有名人が混じっているのかもしれない。

たとえそうだったとしても、気づかない限り、知らない限り、九子にとってその人は無名の人と何ら変わらない。


人はみな多かれ少なかれ有名になりたいという欲望をもっているらしい。

とりあえず目立ちたい。人と違うと思われたい。
目立つというのが一番手っ取り早い有名になる手段のようだ。

中には有名人になりたい病が高じて、どうしても一年のうちに有名になる方法を教えて欲しいなどとネットに書き込む人も居て、案の定「犯罪を犯して新聞沙汰になればいい。」等、辛口な答えをもらっていたりする。

たいていの人は目立つためにあれこれ努力する。

すごくお洒落をする。見るからに高価な品々で身を飾る。奇抜な格好をする。
人の注目を集めるような行動を取る.... などなど。


中にはたぐいまれな美貌に生まれついた幸運な人もいて、そう言う人々は何の苦労もなく人々の視線を集め続けることが出来る。

ああ、本当にそうだった!
大きなマスクをかけて目しか見えなかったのに、なんて凄い美人なんだろう!
と九子をびっくりさせた林家三平さんの奥さん、国分佐智子さんなんてその典型だ。
もちろん女優オーラが彼女を包んでいたのも間違いない。


顔が知られていること。名前が知られていること。
顔と名前のどちらが大切なのだろう。

たぶん顔だけが有名と言う人はあんまり居ない。
最初の時点ではそうであったとしても、その顔を持ったその人の名前は、遅かれ早かれ知れ渡るようになる。
だってその人の事を話す時、いつまでも「ほら、あの化粧品のコマーシャルに出てるあの人」じゃあ困るからだ。

顔は知らない場合もあるが、名前は誰もが知っている。
それが即ち字のごとく「有名」ということなのだと思う。

ちょっと調べてみたら面白い事がわかった。
中国語でも韓国語でも「有名」はこの文字で、この意味のままで通じるらしい。

famous(有名)、infamous(悪名高い)という西洋人の言葉には、fameという単語が入り、fameか否かが問題になるようだ。
fameはすなわち評判であり、「名前」ではない。

「名」や「家」を重んじるのは東洋人共通と言うわけなのだろうか?

ちなみに北朝鮮の金正恩主席は、自分と同じ名前の人間を絶対に認めず、すべて改名させるのだそうだ。


有名人に会う、話す、サインをもらう。
きっと誰もがドキドキして舞い上がる。

でも一体なぜなのだろう?

非日常的な、特異的な体験だから?
これも煎じ詰めれば、有名人は特別!って言ってるのとおんなじだ。

意識しているにせよ、無意識にせよ、それによって有名人と何らかのつながりが出来たと考えるから?
うん。これはあり得る!

有名人とは即ち成功者であるからして、自分の人脈の中にたとえほんのわずかであっても有名人と接点があったなら箔が付く!みたいなことはみんな考えるのだろう。

まあちょっとうがった見方の人ならば、テレビで見ているあの人も、所詮自分と同じ一人の人間なのだと確認出来るからか?
同じ人間なんだから、自分にもいつか有名になるチャンスは巡って来ると考えたいからか?


「テレビの顔」の誰もが・・かどうかは知らないけれど、多趣味で器用な人が多いと思う。
本業の他に、絵を描く。楽器を弾く。書をしたためる。陶芸をやる。そういう趣味の分野でも超一流だったりする。

そういうのを見ていると、さすがだなあと思う。
やっぱり有名になるには有名になるだけの素養があったのだ。
人より抜きん出る要素がたくさんあったという事なのだと思う。


だけど一番すごいのは、その道一筋で、コンクールに優勝したとか、展覧会の一等を取ったとか、スポーツならば大きな大会で大活躍したとか、そういう有名になり方をした人だと思う。

そういう評価はゆるがない。日本で何位、世界で何位、紛れも無くプロの目が評価した結果だからだ。

「頂点に立つ」という言い方があるが、底辺には1.2億の日本人が、70億の世界中の人々が居る訳で、そうなるためには才能と努力と運と、すべてにおいて超人的でなければならない。


そしてこういう人達は、別に有名になりたくてなった訳ではない。
100%を目指して精進した結果がたまたま順位に表れ、大きく報道されて有名になったというだけなのだ。

そもそも人々はどうしてそんなに有名になりたがるのだろう?

すぐに思いつくのはマスコミに取り上げられてお金儲けが出来るということだろうが、そんなのは枝葉末節で、もっと色々なメリットが有るらしい。

まずは有名人になると、人脈が出来る。
その実績に見合う更なる師匠が見つかったり、下世話な話をすればマスコミ関係者と仲良くなり、露出が増えればますます引っ張りだこになる。

「名前」を利用して講演会をする、本を出す、品物を売り出すなどなどが容易に出来る様になる。
つまり更なるお金儲けが出来る。

実は「有名人が書いた原稿じゃないと本にしない。」と公言してはばからない編集者を知っている。
逆に言えば、有名人が書いたものなら、どんな原稿でも本にしてもらえることになる。

誰もが持っている何のへんてつもない名前だけれど、人々に名前が知られているということは、それだけでもう特別であり、特権でもあるのだ。


だけど有名になりたいという欲求の一番深いところにあるのは、この悠久の歴史の中に、自分が生きた証をほんの少しでも残したいということなのだと思う。
その思いはよくわかるし、身につまされもする。

もちろん教科書に名前が載るような業績を残せたら一番だけれど、そんな人はほんの一握りなのだから、取り敢えずは誰にも名前の知られている存在になりたい。 

教科書は無理だけど、wikipediaとかなら何とかなるんじゃないの?

かくして人々の有名になるための競争が始まる。
男性の出世欲なんて大部分がそうなのかもしれない。


都会の雑踏に紛れ、電車の中から高層マンションを眺めながら、田舎者の九子は考える。
これだけの人々と競争しながら、闘いながら、名前を知られる存在になるって事は、なんと凄まじく大変な事だろう。
九子にゃあ絶対無理だな!

と、そこである考えが天恵のように閃いた!
そうか!その手があった!

有名になる方法、その2。
棚ぼた式に有名になる!

考えてみたら雲切目薬なんて正にそうだった。

と言うわけで九子は、またしても性懲りもなくその路線を狙っている。(^^;;(^^;;


nice!(22)  コメント(2) 

贅沢貧乏・・・森茉莉と「生まれ」 [<九子の万華鏡>]

九子が生まれた頃、我が家は今よりずっと裕福で、店を手伝ってくれてた人達も4、5人はいた。

そういう人達の筆頭がきたさんであり、その他の人々も、雲切目薬が復活し、そこそこ有名になって地元のテレビで取り上げられたりしたことがご縁で、またお行き会い出来るようになった。

中には有名な魚沼コシヒカリと同じ水源で作られた美味しいお米を30キロの大入り袋一杯に詰めて毎年送って下さる方も居て、M氏との二人暮らしではそれでほとんど1年間米を買わずにすんでしまうほどだ。

せめてもの恩返しに、お正月くらい美味しいものを食べて欲しいと、九子はネットで海産物を選ぶ。
(あっ、ネットサーフィンし過ぎの目にも雲切目薬ね。(^^;;)

彼は結婚後すぐに奥さんと別れ、以来何十年も母親と二人暮らし。百歳近い病んだ母親を昨年看取るまで、ずっと長い間ひとりで介護し続けた。
 
長野弁で「コツ」と言う。誰でも知ってる「こつ」と違って「コ」にアクセントがある。無骨(ぶこつ)のコツと言えば一番わかって頂けるだろうか。不器用で、意地っ張りで、人の言うことを聞かないという意味。
「あいつはコツだからなあ。」という風に使う。彼もそんな人だ。


イクラを送ればイクラは嫌いだと言われ、カニを送れば調理の仕方がわからないと言う。凍ってるのを外に出して、そっちは寒いだろうから2日も待てばそのまま食べられるよと言ったのに、「焼いて食べました。」と言う返事。
でも、美味しかったと言ってもらえた。

海産物はもういらないと言うので、デパートで手頃な値段の都会のチョコレート菓子を送ったら、はじめて嬉しそうに笑った。

そんな彼らは今も田畑に縛られ、土地に縛られて、遊びになど出かける事のない地味な暮らしを十年一日のごとく続けている。インターネットだって、携帯電話すら無用の生活だ。

こんなに地味で冴えない長野の町へ出てくるのさえ、彼らは一張羅を着こんで、まるで上京する時のような出で立ちなのだ。

いつか畑が忙しくない頃に皆で会いましょうと言いながら、なかなか果たせずにいる。


実はМ氏も子供たちも、彼らとの接し方がわからないという。
九子の接し方はぞんざいだという。

ぞんざいと言われれば、九子も、父母が彼らに対してひどくぞんざいだと感じていた。
何かを差し上げる時も、いつも新しいものでは無かった。開封されていたり、期限が切れていたり・・。
それでも彼らは有り難そうに受け取っていた。

要するに対等ではなかったのだ。主人と使用人という主従の関係。
そういう身分関係が、少なくとも昭和40年頃くらいまでは日本中のあちこちにあった。

父母が、九子が感じていたぞんざいさを自分たちではわからなかったように、九子も、子供たちが感じる九子の中のぞんざいさに気がつかない。そういう環境の中にどっぷりと浸かって生きて来た年月が長かったからだろうと思う。

そりゃあ上を見れば切りがないかもしれないが、少なくとも日本はとても平和で平等な国になった。使用人と呼ばれる人は激減し、どこに生まれても平等に教育を受ける権利に恵まれ、親の職業に関係なく努力すれば東大に誰もが入れる世の中だ。

もちろん現代の我が家では、お客さまに差し上げるものも、かつてうちを手伝ってくれていた人々に差し上げるものも同じである。

そうであっても九子の所作をぞんざいと受け止める家族がいるのだとしたら、それはやはり良くも悪くも九子の「生まれ」のせいに違いない。

 

贅沢貧乏という本を読んで以来、森茉莉さんのファンになった。


贅沢貧乏 (講談社文芸文庫)

贅沢貧乏 (講談社文芸文庫)

  • 作者: 森 茉莉
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1992/07/03
  • メディア: 文庫


森茉莉さんとは、言わずと知れた森鴎外の長女だ。鴎外に溺愛され、自分の事も自分で出来ないお嬢さまだったと言う。
ほら!どこかの誰かとそっくりでしょ?(^^;;
だから九子は茉莉さんに親近感を覚えたんだと思う。

だけど森茉莉さんは想像を越えていた。
彼女はお嫁に行くまで、やかんでお湯ひとつ沸かしたことがなかったそうだ。
誰ですか!私のほうがマシと安堵してる人は・・。(^^;;

それから彼女は19歳の時、長い長い新婚旅行と言えるものの最中に最愛の父親を亡くす。彼女と夫はパリ滞在中だった。
今と違って親が亡くなったからと言っておいそれとは帰れない時代だ。

彼女にとって「パッパ」と呼んだ父は恋人であり、力強い味方であり、全てを赦してくれる万能の神ですらあったかもしれない。そこは九子とはだいぶ違う。(^^;;

結局彼女は2度の結婚に破れ、以降独身を通した。
理由は、要するに彼女に生活能力も、子育て能力も欠如していたためだ。

wikipediaによると、二度目の夫は東北大学の教授だったそうだが、「仙台には銀座も三越も無いから面白くない。」とグチる茉莉さんに、「それなら実家へ帰って芝居でもじっくり見ておいで。」と優しく言い、それがすなわち三行半(みくだりはん)というやつだったそうだ。


森茉莉さんの作家デビューは50代になってからだ。それまでは父鴎外の印税で食べていけたそうだが、いよいよそのお金も入ってこなくなった。
彼女は一時(いっとき)食うや食わずのずいぶん酷い生活をしていたそうだが、室生犀星や「暮らしの手帖」の花森安治氏がよく面倒を見てくれた。

茉莉さんの生活能力が無いのは有名で、室生犀星など彼女の部屋が散らかり放題なのを見て、夜も眠れないほど心配していたそうだ。
犀星先生っていい人!九子の部屋を見ても心配してくれるかしら・・。(^^;;

それにしてもそうやって素人同然でデビューしても、これだけの力量とは、さすが文豪の娘!

九子が凄いと思ったのは、明治の、特に父森鴎外の高貴な格調を引継ぎ、しかも様々な技巧で飾りつくされた森茉莉の華麗な文体だった。
ウイスキーを「ウヰスキー」と書かれるだけでぞくぞくする!まあそんな単純な読み方だったが、彼女の文章には華やかさと独特な香りと、品格があった。

同じように日本語が美しいと言われる川端康成や、いくら万人が評価しても九子が大嫌いな谷崎潤一郎とは明らかに一線を画していた。

だが彼女が住む家は、まるでゴミ屋敷。

ゴミ屋敷・・と聞くと九子はほっとする。まあ、九子んとこはそこまで酷くはない・・つもり。(^^;; 

茉莉さんが育った環境、要するに「生まれ」では、どんな女性も家事上手になる可能性は少ないと思う。
ついでに言わせて貰えば、出来すぎ母が全てやってくれた九子の育ちでも同様だ。

お嬢様さまお嬢さまとかしずかれ、自分は何もしないですべて誰かがやってくれる。そうやって20才近くまで毎日暮らしていたら、それが当たり前だと思い、疑問も抱かずにいても不思議は無い。
そうしたら突然父親が亡くなり、財産も減ったからと言って社会に放り出されてしまう。生きて行く寄る辺が無くなる。

本当はそうならないように、親は子供に生活力をつけさせたいと思うものだろうが、森鴎外という人は違った。ただただ自分の愛情のまま、娘たちを猫可愛がりした。
きっと自分の力で一生お金の苦労をさせないで済むような良い夫に嫁がせるつもりだったのだろう。

茉莉さんは毒舌家でも有名だった。週刊誌に舌鋒鋭く、テレビタレントの批評を書いて、それが人気を博した。
彼女独特の美意識を貫いたこともさることながら、森家に出入りするたくさんの人間たちを小さい頃から観察して、観察眼を養っていたに違いない。

彼女の「生まれ」は変えられない。だからそれによって彼女の身についた価値観が社会一般の常識と照らしてどうやら違うようだと気づいた時、人間は学習して社会に合せようとするか、自分独特の価値観をずっと貫くのか、生き方が分かれるところだと思う。

彼女はもちろん自分を曲げるような人ではない。彼女はありのままの自分をずっと死ぬまで貫いた。

最初のうちはゴミ屋敷に住む変人と彼女を見ていた人たちも、彼女がぶれないので度肝を抜かれた。
「ドッキリチャンネル」(テレビ番組ではなく雑誌の連載)で人気が出たと言うのがその証拠だ。社会の方が彼女にすり寄って来たのだ。
ここまで来れば本物だ。森鴎外のDNAを受け継ぐ者としての面目躍如である。

お嬢さまという立場に生まれると人間弱くなると九子は思っているのだけれど、森茉莉さんは強い!
そう言えばお隣の韓国にナッツ姫とやらがいたけれど、彼女は強いのではなくわがままで物の道理がわかっていなかっただけだ。


19歳で父親を亡くす。それも今まで全てを与えてくれていた理想の恋人であった「パッパ」が突然居なくなる。
そして自分は父の愛した欧羅巴(ヨーロッパ)にいて、死に目にも会えなかった。
彼女が以来、父親を神格化し、理想化して行ったとしても無理はない。

本当に気の毒な身の上ではあったが、彼女の才能はお陰で花開いた。
これが森鴎外が長生きして、潤沢な印税で食べていかれる身分であったなら、森茉莉さんみたいな人が物書きを職業にしようとは考えられない。
若い頃からの美食で肥やした舌で、それだけは得意だったと言う大好きな卵料理でもたくさんこさえて、何もせずに優雅に生きて行く方がもしかしたら茉莉さんらしかったのかもしれない。


さて、森茉莉さんのは贅沢貧乏。我が家のは子沢山貧乏の上に、なんと言ってもビンボー神さん(M氏とも言う)のご光臨による多大な影響。(^^;;

森茉莉さんには比べるべくも無いけれど、日頃娘たちに「ママはお嬢さまだから・・」と言われてる九子も、8年前に父母を亡くしてからもなんとか独り立ちして薬局やっておりますので、世の中のお嬢さま方、あなたも大丈夫です!どうぞご心配なく! ( ^-^)


nice!(21)  コメント(12) 
前の10件 | - <九子の万華鏡> ブログトップ