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まちの翼・・・・・SBCテレビ(ネットテレビ)出演のお知らせ [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

大変急なお知らせで失礼します。

7月2日日曜日SBC信越放送お昼11時24分から3分間のテレビ番組「まちの翼」で、雲切目薬と、ついでに私が取り上げられます。

地元放送ですが、「まちの翼」で検索して頂くと、そのうち今回分が見られるようになるようです。youtubeに載るのかな?


もしよかったら、ご覧下さい。(^-^)

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2017年年賀状 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

  悠也結婚式カサハラ家族.jpg
明けましておめでとうございます。
旧年は我が家にとって嬉しい年でした。
6月に三男Yが結婚しました。
豪州放浪の旅を続ける次男Sを訪ねて、8月は九子とN子が、11月にはM氏とM子が渡豪しました。この時を逃せばもう行く機会は無かろうと危惧したからです。
わずか数日の滞在でも、雄大な自然と優しい人々やコアラに癒された、散財に見合う有意義な旅でした。
今年は長女N子の結婚式が続きそうです。
遠方での挙式となり、金離ればかり良くて蓄財の才に乏しい両親は、新たな散財に頭を抱えております。
今年もよろしくお願いします。
平成二十九年 元旦

登場しなかった長男Rもお嫁さんと二人、穏やかに暮らしています。


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正月にふさわしい話題を探していたら、例によって文藝春秋のこんな記述にほうっと思った。
演出家鴨下信一氏の筆による。

斉唱は正しくは合唱と同じではない。合唱は声部がいくつかに分かれていて違うメロディーを唱うのだが、斉唱はたった一つの同じ旋律を唱う。

 
父も、九子自身も、子供たち全員も信州大学の附属小中学校に通ったので、入学式や卒業式の折の君が代斉唱は当たり前のことと思っていた。
何しろ国立大学の附属、つまりは国からお金を貰って運営されている学校だったからだ。

それが長男が県立高校に入学し、その入業式で国歌斉唱の段になった時、こんなアナウンスがはいったのには驚いた。
「思想信条の自由により、歌いたくない方は歌わなくて結構です。」
寄る年波で記憶が定かでないのだが、確かその後に「起立しないで着席していても構わない。」という一文も続いたような気がする。

そんなに多くは無かったと思うが、その通りにする人々が居たのも覚えている。
その時初めて、君が代を歌い、国旗を仰ぎ見ることに複雑な心情を覚える人がいるのだという事に思い至った次第だ。

鴨下氏の言葉に戻るが、

「君が代」がなかなか揃わないと怒りたくなる時があるが、本来前奏がないのだから意外と難しいのだ。
謡の地唄など、よく音高やリズムが合うと思って地頭に聞くと「途中で自然に合って来ます。」とのこと。
なるほど、そういうものか。
「齊」の字は、イネやムギ等の穀物の穂がいっせいに出揃うのがもとの意味だそうな、
気がつけばそろっているのがいいのだ。

穀物にしても人間にしても、育てる人には辛抱が必要だ。
「途中で自然に合って来ます。」とは、なんと経験を積んだ奥深い言葉だろうか。
こういう大らかな気持ちで子供たちを育てたかった。
5人子供を生んだくらいじゃあ、とんでもないけどおっつかない。

結婚は一応人生のひとつのゴールイン。
立派な芽をつけようが貧弱だろうが、葉っぱが緑だろうが黄色だろうが、花が大きかろうが小さかろうが、いちいち威張ったり、おろおろしたりしないで、でんと構えていたかった。
「途中で自然に合って来ます。」と微笑みながら・・・。



タグ:君が代 斉唱
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雲切目薬がミステリー小説に出ました! そして・・ [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

雲切目薬を初めて注文して下さった方には、たいていその理由を聞いている。店で買って下さったのか、どなたかのご紹介なのか、
何かの記事で読んだのか。大部分の方々がこのうちのどれかの理由である。

ところが!
そのメールに書かれていたことは驚きを通り越して卒倒しそうだった。

理由) 内藤 了著 「Zero 猟奇犯罪捜査班 藤堂比奈子」(角川ホラー文庫) の中に出て来たので使ってみようと思って。

その上この本、そんじょそこらの本ではなかった。今もフジテレビで番宣が入るが、7月12日(火)夜9時から(次週より10時)の、今をときめく波瑠さん主演の
「On 異常犯罪捜査官 藤堂比奈子」の原作というではないか!

えっ?ってことは、雲切目薬がテレビに出るの?

もちろん九子はすぐに原作本を買ってみた。薄くて読みやすい本だ。アマゾンレビューによると、この「Zero」は未発売の「One」の序章だそうで、
この2冊が揃って1冊扱いらしい。

ZERO  猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子 (角川ホラー文庫)

ZERO  猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 内藤 了
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/06/18
  • メディア: 文庫




つまり、雲切目薬がテレビに出るとしてもすでに撮り終えているだろう現シリーズ「on」じゃなくて、次のシリーズということになるのかな。

内藤氏はここ2、3年でめきめき力を付け、上記テレビドラマの原作となった藤堂比奈子シリーズ「on」で日本ホラー小説大賞の読者賞を取った。
えっ?そんな凄い人なのに、長野じゃ誰も知らないよ。だって、コンビ二なんかには置いても無いし。ああ、大きな書店に行けばあるのだろうか?


いつもならおどろおどろしいホラー小説など敬遠してしまう九子だが、雲切目薬が出ているとなったら話は別だ。

確かにテンポが早く、読みやすい。

その上、内藤了氏の郷土愛が本の隅々に満ちあふてている。
まず主人公藤堂比奈子の帰省先だが、もちろん長野市で、それも横沢町という善光寺の西隣。内藤氏が通い、九子も通った高校の通学路でもある。
新幹線が金沢まで延びて新しくなった長野駅で如是姫像が低くなったとか、善光寺の梵鐘が4時に鳴ることなど九子は長い間忘れて暮らしていた。

結局彼の溢れ出る郷土愛のおかげで、雲切目薬は取り上げられたのだ。
もっとも主人公比奈子が一番頼りにしてる小道具は、八幡屋礒五郎の七味唐辛子の小缶だ。上京する時、亡くなった母親が「進め!比奈子!」と書いてくれたその缶をいつもポケットにしのばせていて、気合を入れる時にはガムに振り掛けたり、そのまま舐めたりと言う風に使われる。

雲切目薬は少なくとも比奈子が自分用に買ったことになっている。用意していたお土産が不満な同僚に、自分の分の雲切目薬をあげることにする。
ところがここで出てくる雲切目薬は30年前の」「善光寺雲切目薬」。つまり、しみてしみて目も開けられない雲切目薬なのだ。

比奈子が止めるのも聞かず勢い良く点けてしまった同僚は、長いこと予想だにしなかったしみさ加減で目も開けられない。、おそるおそる目を開けてみるとぱっちり視界は開け、「なるほど!これぞ雲切だ。」という具合に出してもらっている。

内藤了氏はものすごく才能のある作家さんだ。わずか数年でここまで登り詰めたというのもそうだが、最初書いていたのはもっと古風な題材だったのに、応募する賞に従って書き方を変えて書いているような印象だ。本当に凄い作家さんがよくぞ長野市に生まれてくれたものだ。

この上はテレビに出してもらえるかどうだけど、八幡やさんみたいな大会社なら金銭面の相当量の貢献は期待できるだろうが、メリットの無い雲切目薬では難しい気がする。でも、ここまで来たのだから、最後まで期待してみていよう。( ^-^)

九子のこんなどうでもいい紹介を読んでいる暇に、どうぞ角川ホラー文庫を手にとって見て下さいね。
そして7月12日(火)夜10時、フジテレビも忘れずに。

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雲切目薬が信濃毎日新聞に取り上げられました。 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

本日はお知らせのみです。

平成28年3月8日付信濃毎日新聞朝刊の「老舗を訪ねて」コーナーで、笠原十兵衛薬局 と雲切目薬を書いて頂きました。

いつもウチが取り上げられる時はたいてい古い店の写真がアップされるので油断してどうでもいい格好をしておりましたら、まさかこんな写真が出てしまい、その上新聞社と言うのは年齢を言わないといけないというのでおずおずと言ってみたら、明日誕生日でもうイッコ上になる予定ではありませんね?とまで釘を刺され・・・・。

まあ九子がもそっと若ければそんなことどうってことなかったんですが・・。(ブログにアップするに当たり 、精一杯の努力で年齢だけは消してあります。(^^;;)

 記事そのものは本当に良く書いて頂きました。 祖母や母が雲切目薬を苦労して遺してくれたことが良くわかります。

この記事のお陰で、薬局を訪れて下さるお客様が増えています。

いつも思うのですが、テレビなどの映像媒体は直後にたくさんの方が来てくださるのですが、本や新聞の場合は当初はさどではなくても、その効果が割合長い間持続してくれるようです。

記事の最後を少しだけ訂正。娘の一人は私や母と同じ明治薬科大学卒なのですが、もう一人は神戸薬科大を出ています。どうでもいい事ながら、明治薬科大は卒業生の子弟だからと言って簡単に入れてくれる大学ではありません。

記者のTさん、ありがとうございました。本当に感謝しています。

私はただただこの家に生まれただけで何も苦労せず、持ち前の強運で新聞やテレビにまで出して頂き、あたかも私の力で店が復活したような印象で見て頂くのは本当に心苦しい限りです。

本当の雲切目薬の救世主はうちの母、17代笠原十兵衛夫人笠原恭子です。

もしも私に出来ることがあるとするならば、私の夢をかなえること。坐禅の本を出版して、30年前の私のように不安や不幸せだらけの毎日を送っている人々のお役に立つこと! もしもそれが少しなりとも我が家と雲切目薬に貢献出来ればこの上ない喜びです。

Tさん、こんどあなたにお目にかかるときは、本の出版が叶った時でありたいと願っています。 ではまた。

ついでに古い店はこちら。 

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シクラメンの話 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

お世話になった方からサプライズでシクラメンを頂いた。
長道中を耐え抜いて、花も葉っぱも堂々として自慢げだ。
そんなところが、ちょっと星の王子様のバラの花を思わせた。
行き届いた花屋さんから送られて来たのだろう。育て方の説明も丁寧で、何よりシクラメン救急便なる電話番号まで書かれてあった。

九子はご存知の通り怠け者である。
我が家に来た花と言ったら、こんな運命を辿るのがせいぜいだった。

皆さんは花を上手に育てる秘訣と言ったら何を思いつかれるだろう?

温かい温度と太陽の日差し、そして上手な水遣り。
九子もそれしか思いつかなかったが、今回もう一つ条件があることに思い至った。
それが、花の素性である。

産地はどこか?・・・などという事はこの際一切関係ない。
問題はその花がどんな経緯で九子の元へ届いたかである。

九子が自分で買う花は仏壇用くらい。
他に九子が貰って来るのは葬式の花くらいか・・(^^;;

今回のように九子が勝手に恩人と思ってるような人から頂くと、俄然大事にしなくちゃ!という気持になる。
要するにモチベーションが上がるのだ。
ふだんなるべくカタカナ言葉を多用しない主義の九子がモチベーションと言ったのには訳がある。
父が亡くなる2年くらい前のメモが最近出てきて、そこに「モチベーションが上がる」という一言が書いてあったのだ。
これを書いた時父は85歳くらいだったろう。その年まで彼にとっては耳慣れない言葉をメモしては学習していたかと思うと、怠け者の遺伝子は父譲りと思っていた九子は肩身が狭い。

そんな訳で九子の中でシクラメンは物凄く気になる存在になった。

九子は迷わずシクラメンを薬局の目立つところに置いた。
この場所の難点は太陽の日差しが差し込み難いというところで、代わりと言っちゃ代わりに蛍光灯とLEDの混合灯が当たっている。
その上冬の長野だから温度もかなり気になるところだ。
だけど人目を引く花だからやっぱり大勢の人に見てもらえるところに置きたいよねえ!
 
説明によるとシクラメンは17度くらいまでの温度で管理することが大事で、もちろん氷点下は論外だが、21度を超える温度にも弱いのだそうだ。
 
早速九子はいつもよりもずっと長いことストーブをつけておくことにした。
お客様がいついらっしゃるかわからないわが薬局では、一日中ストーブが焚かれない日も結構あった。
そしてお客様のお顔を見てからストーブをつける。(^^;;

古い石の床、しかもガラス戸一枚隔てれば氷点下だから、温度はふだんで5、6度くらいか。
だからガスストーブひとつで21度になることはまずあるまい。

おい、シクラメン君、聞いてるかい?
君は我が家ではお客様以上の結構な厚遇なんだよ。

ところが一週間ほど経ったある日、九子は卒倒するかと思った。
昨日まで元気だったはずのシクラメンの花が、突然しなっとと言うか、くたっとと言うか、全部の茎がしなだれて葉っぱの上に被さっている!!
葉っぱも心なしか柔らかい。説明書に「葉っぱが柔らかいと元気が無い。」と書いてあった意味がようやくわかった。

こういう時の救急ダイヤルだ!
と思ったが、なぜだか通じない。

ならば、この手しかない!「シクラメン ぐったり」でネット検索。

本当に今はいい世の中だ。
書かれていたとおり、水をたっぷりとあげて、花や茎を補強するようにA4用紙を縦半分に折ったものでぐるりとあてがってやり、花をその上にのっけるようにして30分!
見事花は嘘みたいに立ち上がり、柔らかだった葉っぱもパリッとした堅さに戻り始めた。
いやあ、花って凄いもんだねえ。見事だねえ。
でも本当によかった!復活して・・・。

結局「毎日の水遣りは根腐れを起こし失敗の元だから、水遣りは二週間に一度、その時は水をたっぷりと。」というのを信じる余り、我が家に届くまでに何日かかかっていたのを計算に入れずの大失敗だった。

帰って来たM氏にこの話をすると、「えっ、紙?そんな事しなくとも、水やっとけばちゃんと茎が立つぞ。」
こういう豆知識はあんまり有り難くない。せっかくの苦労に水を差された気がする。(^^;;

彼んとこは斜陽の西日の良く当たる天然の温室みたいな環境で、何をしなくとも花がとても長持ちするらしいのだ。
「シクラメンだって半年も咲いていて、中には5年連続のつわものもあるぞ!」

九子は意を決した。よ~し、九子だって花一つも枯らさないぞ〜。
考えてみると九子は不可能を可能にしようとしていたらしい。
どんな花だって枯れる時は枯れるのだ。そして次の蕾が早く開くように、枯れた花は潔くむしってやらなきゃいけなかったのだ。
それを九子は未練がましく、枯れたままにしておいた。

それがいけなかったのだろうか。またどんどん花に元気が無くなる。
花の先っぽのほうが黒くなってきたり、そういう花がくしゃくしゃになって早く枯れたり、つぼみのまま立ち枯れたり・・・。
 
いつの間にか花は全体の半分になっていた。
それと共にぎっしり詰まった葉っぱの中の方が痛んでる所も見つかった。
 
M氏の話を信じ込んで5カ月持たせる意欲満々だった九子は頭を抱えた。
シクラメンを抱えて、オロオロして毎日薬局と隣の古い店との間を行ったり来たりした。
古い店の方が確実に日差しは良く差し込む。ただ気温はストーブに遠い分だけ低いだろう。

とりあえず元気が無いのは病気かもしれないから、日光消毒を兼ねて古い店でガラス越しの太陽の光を当ててやろう。
もちろん一番日に当てるべき場所は、葉っぱが密集し過ぎて下の方が腐りかけちゃってる所だよね。

ってな訳で、通りすがりに古い店を見ている通行人の方は、「何だ? シクラメンの花じゃなくて葉っぱがこっち向いてるけど、葉っぱなんか見たくもないぞう!」
と思われてたことだろう。

その手当も目立った成果が上がらずに悶々としていた頃、思いがけず恩人の奥様から電話がかかった。
普通の人ならそんな状況でシクラメンの話などしないのだろうが、九子は違った。
と言うか、気がついた時には口に出てしまっていた。(^^;;
ところが彼女は思いがけない言葉を口にした。
「あら、うちのなんてもう花が一個もないわよ〜。つぼみだって開かないまま枯れちゃったみたい。やっぱり寒さのせいかしらねえ。」

何がホッとしたって、あんなにホッとした事はない!!
 
今回の教訓!
「花はいつか枯れるのだ!」

この言葉がデリケートだったお年頃などもうとっくに過ぎ去り、毎日これでもかこれでもかと言うほど年齢を身体で実感している九子のはずだったが、いつまでたっても無駄な努力を続けていたってことかしらねえ。
 
さ~て、本当に枯れる、いや悟れるのはいつでしょう。(^^;;

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猫の話 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

「犬の話」なら前に書いた。もともと我が家では数年間にわたり犬を飼っていた訳だから、まあ書けて当然かもしれないとは思った。

でも猫が書けるとは思わなかった。(と言いながら、前にも書いてました。(^^;;)

猫というもの、仁義を知らない。
あなたの周りで、犬が突然誰かの家に住み着いたという話を聞いたことがありますか?

犬はたいていペットショップで買ってきたり、誰かに譲り受けたり、せいぜい子供が拾ってきたり・・であって、野良犬であってもその辺はわきまえていて、用事も無いのにずかずかと人の家に上がり込むようなことはしないものだと思う。

ところが猫と言う輩(やから)は違うのだ。

我が家に最初に侵入して来たのは雌猫と思われる。

庭の一角に何十年も物置以外に使い道の無いコンクリートの建物があって、昔は味噌蔵みたいに使っていたようだが、今では年に数回扇風機のストックを取りに行く時くらいしか使わない。
(扇風機は父の選挙の時に選挙事務所用に何十台も買った。それがまだ二階の畳の部屋にずいぶん残っていた。)


実はここで猫を見つけて大騒ぎになった事が大昔にも一度あった。あれはまだ母が元気だった頃のことだ。
その時最初に猫を見つけたのは九子だった。目と目が合って、絶叫した!

「ママ~、ママ~、大変だよ~!猫が居る~!」
我が家では「ママ~」は魔法の呪文で、そう呼びさえすればママが来て、なんでも後始末してくれるのだった。(^^;;

その時もたぶん入り込んだ猫は、そこでお産をしていたらしい。
畳の上の、たまたま置いてあった籠の中をねぐらにしていた。

ママが来てくれてから後の事は、九子は何も知らない。
「あの猫どうしたの?」と聞くでもない。
わかっているのはあれからすぐ、猫はあとかたもなく九子の目の前から消えたというだけのことだ。

こういう九子の良く言えば物事に執着しなさ、悪く言えば、面倒な事には出来るだけ関わりたくない性格が、いざ、呼べど叫べどママがもう絶対に来てくれなくなってしまってからの人生に影を落とす。
その猫をどうやってどこへ追い払ったのか、どこかに捨てたのか、誰かに貰ってもらったのか、肝心のところをもっと良くママに聞いておくんだったと後悔しても、もう遅い。


考えてみると今回の猫は、昔の猫よりも礼儀をわきまえていた。
たぶん畳のある二階の部屋になど上がらない。
ただ脱獄囚の如く、壁の下の土の柔らかい所に上手に穴を掘っては家の中に忍び込み、気がついた時にはもう5匹の可愛らしい子猫といっしょだった。

物置のどこをネグラにしていたかって?
そんなことは九子は知らない。九子が見に行く訳がない。だって、なんか出てきたら怖いもん。(^^;;
でも確実に、彼らは日なたの猫だった。家の中にいるよりも外で過ごす時間の方がずっと長かった。

子猫は皆ブチで、生後数週間ほどだろうか。よくyoutubeに上がっているようなのが4匹と・・・・、おやまっ、もう一匹。ひときわ小さい生まれたてみたいなのが一匹。この子だけは色が真っ黒だった。

猫ってもんは不思議なもんで、どこにでも居る普通ののら猫の子供でも、どれもみんなネットに上げたいくらい可愛らしい。なぜかブス子ブス男が居ないのだ。


それから数日間というもの、猫派のM氏は目を細めた。
チュチュチュと舌打ちをしては猫たちの姿を追うのを仕事から帰ってきてからの何よりの楽しみにしていた。

もちろん餌付けをしてはいけないことはわかっているから何もやらないが、良くしたもので母猫がかいがいしく餌を届けているらしい。
一度は彼女がどこからかトカゲの小さいみたいなのを運んでいるのを目にした。

母は強し!とはよく言ったもので、母猫は九子の顔なんか見ても全然動じない。大きな目で却ってじっとこちらをにらみつける。
「トカゲを取って何が悪いの?子供たちの大事な食料なんだから!」と、彼女のびくともしない目が語りかける。
まあとにかく、母猫はそうやって子供たちを大きくするまでは一人木戸を乗り越えて辛抱強く餌を運び、子猫たちが成長したら、もしかしたらみんなであの木戸を超えて外に、広い世界に出て行こうとしていたのかもしれない・・・と、今になるとそう思う。

「犬の話」に書いたように、そして実は二十年も前に当時名の知れた芸人さんがロケに来て恐ろしそうに眺めているところがテレビ放映されたように、我が家の裏木戸の上にはギザギザの錆びた鉄製の泥棒よけが設置されていて、しかもそれを鉄条網で頑丈に幾重にも巻いてあるから、普通の人間ならまず入ろうとは思わないはずなのだ。

だけど猫にとっては、そんなもの朝飯前なのだろうか。
木戸の施錠も泥棒よけもまったくとんちゃくせずに、母猫は自由に木戸を出入りする。
あの肉球とやらがショックを和らげるのか、それとも彼らは錆びた釘を踏んでも破傷風にはならないのだろうか?


残念ながらそんな平穏な日々は長く続かなかった。
どこからか話を聞きつけてやってきたのは我が家の守護神、きたさんだ。

「猫ってもんは住みつかれちまうと困るんだぜ~。それにココのうちは普通のうちと違って薬売ってるうちだ。目薬に猫の毛でも付いていたなんて話が広がったら、それこそ信用問題だ。
悪いことはいわねえ。 オレが明日うまいこと捕まえてやるから、まあ見てな!」

次の日、きたさんは何か道具とプラスチックの大きな籠と紙袋みたいなものを持ってやってきた。

きたさんはいつの間にか居なくなり、また何時間かしてやってきた時も、いつものように九子は格段気に止めていなかった。
後から聞けばその日、子猫は5匹から3匹に減っていたそうなのだ。

またその次の日、きたさんが昨日と同じように風のように去って行ってから、ずいぶん大きな声で猫が鳴いていた。
泣き声は一日中続き、親猫も心なしか神経質そうな大声を出していた。

きたさんから「わな」と言う言葉を聞いたのはこの時だ。
どうやら一匹がわなに挟まって動けなくなってしまったらしい。

可哀想になあとは思うけれど、九子は何も出来ないでいた。
ところがM氏は違った。

帰るやいなや、暗くなりかけた庭に出て、泣き声のする方ににじり寄った。
「こんなに強く挟まれて、気の毒に!これじゃあ足が死んじまうぞ!九子!マイナスドライバーの大きいヤツ持って来て!」
九子はただ言われるままに動くしか出来ない。

猟師のきたさんが仕掛けたわなは、山でウサギや鳥を仕留めるためのものらしく、子猫を取るにはごっつい。小さい草履みたいな形をしていて、かかったのは例の一番ちっこい黒猫らしかった。
M氏はずいぶん時間をかけて猫の足をわなから抜いてやっていた。

次の朝早く、きたさんから電話がかかってきた。わなにかかった子猫を今から捕まえに行くと言っていた。
「きたさん、あのね、Mさんが猫をわなから放しちゃったんだよ。」といくら言っても、耳の遠くなったきたさんにはわかってもらえない。

結局来てくれたきたさんに事情を話した。
きたさんが気を悪くするのではと心配したが、割合淡白に「逃がすのはいいけれど、後になって困るぜ~。」と一言。
それから何事も無かったかのように、池の掃除などしてくれた。

居なくなった2匹がまだ元気で居ることはこの時きたさんから聞いた。

「うちのそばに気に食わねえばあさんが居てさあ、挨拶もしくさらないし、オレに文句ばっかり言いやがるんだ。面白くねえからな、わなで捕まえた2匹を、そのばあさんちの庭に放してやったんだよ。ばあさんの困る顔見るのが楽しみさあ。」

きたさんが殺生したわけではないことを知ってほっとした。
それにしてもきたさん、90歳になっても気持ちはいたずらっ子みたいだ!

騒動があってから丸二日、九子は裏の木戸を開け放しておいた。
親猫はずっと庭で鳴き続けていた。居なくなった2匹が帰ってくるのを待っていたんだろうか?
その声が三日目にぴたっと止んだ。

猫たちはどうやらわなに懲りて、引っ越して行ったようだ。

静かになった庭を眺めながら九子は考える。
ハリーポッターが力量ある魔法使いである証拠は、ヘビ語が使えることだったっけ。
ヘビ語なんぞはどうでもいいけど、猫語なら使ってみたかった。

ねえ、こないだの母親猫や、ちっちゃい黒い子のわなにはさまった足は大丈夫かい?
どっかへ行っちゃった2匹の子猫の行方を教えてあげようか。
なんなら家族みんなでそっちへ引っ越すってのはどうだい?
嫌なばあさんちの庭に、きたさんはもう二度とわななど仕掛けるはずが無いし、たぶん一生みんなで平和に暮らせるはずだから・・。

そして子供たちには良く言い含めるんだよ。
もう二度と決して、九子んちの庭なんかに来るんじゃないって。


ついに我が家にも猫が!と対面を楽しみにしていたM子がどんなに心底がっかりしていようとも・・・。(^^;;


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6月3日(水)BS-TBS夜8時から! [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

皆様、ご無沙汰致しました。

善光寺ご開帳もあと十日を残すのみとなり、普段よりは多いお客さまにだいぶ疲れてはおりますが、元気でやっております。

その間ほとんどブログの更新もせず、よほど忙しいのだろうかとご心配して頂いた方には申し訳ないのですが、これを機会にちょっと九子にとって大切な仕事をしておりまして、そちらの方もどうやら目処が立って参りました。 

ところで、ご開帳明けの6月3日(水)BS-TBS夜8時からの「美しい日本に出会う旅」よかったらご覧下さい。

8時から8時54分までの約一時間で、新潟県、富山県、長野県の3県を回る旅番組の中で、雲切目薬を紹介して頂けることになりました。 

4人のクルーが半日かけて丁寧に撮影して下さいました。

どんな出来栄えなのか、ドキドキですが、一応ご紹介させて頂きます。

本日はご報告のみ。

申し訳ありませんが、日記は6月に入ったらまた始めさせていただく予定です。

ではまた。

有難うございました。 


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九子家の年賀状2015・・調剤事故、調剤過誤 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

    ・・・・・迎春・・・・・

最後の娘の学費を払い終わりやれやれと思ったところへ地震が来ました。屋根や壁などの修理には、娘が二人、一緒に留年したほどかかりそうです。お金には縁のない我が家ですが、幸いなことに耐震工事をして貰った直後で、家が潰れずに済んだ幸運を噛み締めています。
3月の国試が無事済めばいよいよ5人とも社会人。社会人という看板のせいで、今まで親の権威を振りかざして好き勝手言っていたのに沈黙せざるを得ず、ストレスばかりが溜まります。
賢明な皆様は、きっと麗しいお正月をお迎えのことと存じます。今年もどうぞよろしく。(笑)
       
       平成27年 元旦


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今年はちょっとお正月に似つかわしくない話題となりますがお許しください。
事の発端は帰省した長女が何気なく発した「調剤過誤」という言葉。

おおみそかに帰省した彼女は、なんと!四国から15時間かけてバスでの帰省と相成りました。
なんでも飛行機の予約を早めに申し込んだら「一ヶ月前にならないと予約は出来ぬ。」と言われ、それを信じ込んで1ヶ月前に行ったらもう売り切れていたのだそうです。

ならば新幹線!と考えるのが普通の人。節約家の彼女は迷わずバスを選び、結局新幹線とあまり変わらぬ金額を支払った上、疲れ切って帰って参りました。それがN子という娘です。要するに要領が悪いのです。いや、彼女の辞書に効率と言う文字はないみたいです。九子と違ってひたすら努力し、報われないとわかっていても最後まで頑張れる愛すべき娘なのです。

彼女は新卒の薬剤師の卵。確か10月頃から夜勤が始まり、もうそろそろ10回ほど任されているらしいのですが、その度に上司の先生が心配そうに見回りに来るという、まあ言ってみれば何やらやらかしそうな、そこだけは九子に似てしまったのか、気の毒な生まれであります。

そして長野に帰る直近の夜勤で、彼女は「調剤過誤」を実際にやらかしてしまったそうなのです。

「えっ?何やったの?一体何と何を間違えたのよ?」と畳み込む九子に、彼女が言った一言は、たぶん九子のようなダメ薬剤師でなくとも、普通の薬剤師さんがたですら「・・・?????」とクエスチョンマークがいくつも付く品目でした。

「葛根湯だよ。」

「えっ?葛根湯??」

そう。漢方薬の誰もが知ってる風邪薬。 「えっ?モノが葛根湯で、それをどうやったら調剤過誤が起きるわけ?」という反応の方がむしろ大正解。(^^;;


調剤過誤と言うのは、Aという薬品と間違えてBという薬品を渡してしまったというのが一般的ですが、彼女の場合は葛根湯の1袋=大人量を12歳の子供さんにお渡ししてしまったということで、もちろんこういうのも調剤過誤に含まれます。

まあ彼女の肩を持つ訳ではないけれど、実は漢方薬製剤の量というのは新薬と違ってかなりあいまいで、薬剤師さんたちもたぶん新薬の風邪薬に比べたら、あまり厳格に考えない人が多いと思います。
その上漢方薬のエキス剤は、本来の漢方煎じ薬の半分もしくは三分の一くらいしか効かないとも言われ、そんなこともあって「調剤過誤」という範疇からは遠いところにあると思われることが多いのです。

その患児さんのお父さんはパンチパーマの怖げな人で、N子はそのお父さんからも怒鳴りつけられた挙句、上司の先生にもしこたまお説教をもらったらしいです。そして彼女は怖さと申し訳なさと切なさで心臓が踊り出しそうだったと言っていました。

九子ならたぶんしくしく泣きじゃくりながらママに電話して慰めてもらっていたでしょうが(自分をよ~く知っていた九子は当然、病院などへは勤めませんでしたし、調剤薬局もそういう状況に至る手前でさっさと辞めてしまいましたが。(^^;;)、彼女は親に弱みを見せないタイプです。
N子の場合そこに至る前もいろいろあったらしいのですが、九子に電話して来ることはありませんでした。
頼っても仕方の無い親だと諦めているのでしょう・・。(^^;;


おおみそかその話題で持ちきりだった我が家が正月を迎えた早々、元旦の新聞の片隅に本当に深刻な調剤過誤、というより調剤事故の記事が載りました。

大阪の病院、25歳の女性薬剤師といえば、もしかしたらN子の同級生の可能性だって充分あります。
その上次女M子も4月から、市は違うけれど大阪府の病院に就職が決まっています。
とても他人事とは思えませんでした。

その薬剤師さんが癌で入院中の60代の男性に、指示された抗生物質の注射薬と間違えて隣の棚にあった筋弛緩薬の注射薬を投薬袋に入れ、その投薬袋に書いてあった抗生物質の名前だけを見て看護師さんが抗生物質と思い込んで患者さんに点滴投与し、患者さんが亡くなってしまったという悲しい事故でした。

若い薬剤師さんが間違いに気づいたのは、2時間後同じ抗生物質注射薬が次に出た時だったそうですが、その時にはもう患者さんは心肺停止状態だったそうです。

このあたりも悲劇です。
2時間後に気がついて申告したのだから、もしもそんな筋弛緩剤などという恐ろしい薬ではなく普通の薬であったなら、そこまでの大事に至らないうちに対処できたはずなのです。

薬局で彼女は一人だったのでしょうか?年末で忙しかったのでしょうか?
本来なら少なくとももう一人の薬剤師が監査しなければならないはず・・。

そこは救急病院でした。救急病院などに就職しようとする薬剤師さんはきっと優秀な薬剤師さんです。
頭がいいだけではありません。ガッツがあって、使命感に燃えて、肉体的にも強靭な理想家肌の頑張りやさんのはずです。調剤監査(出来上がった調剤に間違いが無いか二人以上でチェックする)がどんな形で行われていたのかはわかりませんが、もしかして一人で任されていたのだとしたら(暮れも押し詰まった29日です。)、彼女は日頃の実績を評価されて、新人ながらその重責についていたのだと思います。

これが九子や、九子よりは大部マシでもN子みたいな薬剤師であったなら、よほどしっかりとした監査係の薬剤師さんをつけとかないと危なっかしくてやっていられませんから。 (^^;;)

誰にでもある単純な「渡し間違え」という行為が人の命を左右してしまう。そういう現場にいるのが病院薬剤師です。

薬剤師のうちでも新卒薬剤師が総合病院に就職したがるのは、もちろん全ての科の薬を扱い薬の知識が増えるという理由の他に、今回のような注射剤の処方箋も含めて多様な処方に触れられるので、要するにどこに行っても使ってもらえる薬剤師になれるというメリットがあるからだと思います。

新卒の、N子と同じ3月に希望に燃えて卒業したはずの若い女性薬剤師さん。
あなたは本当によく頑張って来られたと思います。

九子が同じ立場なら、いや、万が一九子にあなたと同じ能力があったと仮定しても、あなたと同じことはきっと出来なかったでしょう。

たった9ヶ月で全ての薬を覚え、その薬が棚のどこにあるのかを把握し、年末の混雑の中を忙しく一人で調剤をこなし、二時間後にさっきと同じ抗菌剤の注射の処方箋を受け取り、その棚から注射剤の瓶を取り出した瞬間に、自分が2時間前に抗菌剤と思って取り出した薬が、実は別の棚にあった、しかも絶対に間違ってはいけなかった筋弛緩剤だったと気がつくなんて!!

それだけあなたは大変にしっかりとしていらっしゃいました。きっと緊張の糸を張り詰めていらっしゃったんだと思います。
九子だったら自分がいつ、どこから、何を取り出したかなんて、正直覚えていられません。ついさっきの事でも忘れてしまいます。(だから薬剤師には不向きなのですが・・。)

普通だったら、たった二時間のうちに薬一つでそれほど深刻な変化が身体に現れるはずはありませんでした。いくら60代の癌患者さんであったとしても・・。
それがたまたまあなたが手を伸ばした先にあった薬は、筋弛緩剤という殺人鬼も用いる毒薬だったのです。

この当たり、病院には猛省を望みたいところです。毒薬は厳重に、まったく別の貯蔵所に保管する。日頃の利便性は多少失われても、今回のようなひどい調剤過誤が起きるよりはましではありませんか?
それから、忙しいからと言って新卒の薬剤師一人に調剤を任せる・・というのはいくらなんでも酷ではありませんか?

メーカーさんには毒薬の注射剤のボトルは黒色なりの色つきプラスチックボトルにして頂く。そうすれば万が一薬剤師が間違えても、現場の看護師さんが容易に気がついて下さるのではありませんか?

25歳の新卒薬剤師さん、あなたはまだまだ将来のある身です。
もちろんあなたの心に今回の事故が与えた打撃は計り知れないでしょう。

患者さんに何事も起きなかったN子ですら、ぶるぶる震えるほど怖かったというのだから、あなたが今もただ中にある恐怖や衝撃や自責の念の大きさはいかばかりでしょう。 本当に心が痛みます。

でもあなたに敢えて申し上げたいと思います。

後生だから生きてください。精一杯生きてください。

あなたが死んで罪を償おうと考えるのは、今の時点では正しいように思えるかもしれませんが、あなたを一生懸命に育てられたお父様お母様に、それはそれは罪深いことです。

あなたが死んでも誰も救われません。それによって亡くなった方が還ってくる訳でもなければ、ご家族やご友人や、死んだあなた自身の行く末も含めて、不幸が大きくなるばかりです。

だから何があっても死んではいけません。 

あなたは自分で選ばれて救急病院の薬剤部に就職されました。薬剤師の中のエリート中のエリートです。

それだけの志を持って、夢を持って、希望に燃えて就職し、そして誰よりも早く一人前に調剤が出来るようになって、病院にも認められて一人で任されて、あなたも、あなたのご家族もきっと誇りに思い、喜ばれていたはずです。


そんな立派な薬剤師さんには、夢を捨てて欲しくありません。あなたの能力を活かしきって生き抜いて頂きたいと思います。

考える時間はまだまだたくさんあります。しばらくはご家族の中でゆっくりと休まれるのがいいかもしれません。
一年でも二年でも三年でもいい。
ゆっくりと休まれて、また調剤がやりたくなったら、出来るところから始めてください。薬剤師は一生の資格です。

今回のトラウマが大きくて、病院や調剤薬局で調剤なんて真っ平!と思われても、薬剤師はつぶしの効く資格でもあります。
保健所に勤める、薬問屋に勤める、漢方薬局へ勤める、製薬会社の研究所へ勤める、いくらでも選択の余地はあります。

あなたが6年間かかって薬科大学で学ばれた知識の全てを社会に還元してください。

決して嫌がらせに屈しないで下さい。日本人はこういう時、思いもかけない闇の顔を、集団の力を借りて見せ付けることがあるようです。

あなたに起こった事は、うちの娘たちにも、その級友たちにも、いや、全ての薬剤師に起こり得ることなのです。

あなたが手にしたのがN子の時のように葛根湯みたいな薬だったらどんなに良かったでしょう。

たいていの薬剤師さんは生涯で何回も調剤事故にならない程度の間違いを繰り返しています。「ヒヤリ、ハット事例」と言うそうです。その度に上司に注意され、バツの悪い思いをして、次は気をつけようと思い、明日につなげているのでしょう。 

かく言う九子だって、いったい何度やらかして処方医の先生に謝りに行ったことか。(^^;; 

処方箋枚数、わずか1ヶ月に一桁、二桁!のわが薬局にして、この体たらく!!  九子が処方箋調剤を極力避けている理由をご理解頂けるでしょうか?

誰にでもある「取り違え」という単純な行為が、人間の命を左右してしまう。人を助けるはずの薬を渡したはずだったのに、間違って人の命を危険にさらしてしまう。
薬剤師と言う仕事は、特に病院の薬局というところは、まかり間違うとそういう怖い場所にもなり得るということを、今回の事件で娘たちの心にも深く刻み込まれたようです。

これ以降、さまざまな不備が改善され、何より日本中の病院でシステムが見直され、もう二度とこんな悲しい調剤事故が起きないよう切に祈ります。

今回の事故は病院のシステムが原因の事故です。

薬剤師さん一人の問題ではありません。

亡くなられた患者さんとそのご家族には本当にお気の毒でした。重ねてお悔やみ申し上げます。


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ご報告! 古い店に柴田理恵さんが見えました! [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

このたび北陸新幹線の金沢延伸を記した石川、富山、長野合同の番組作りのため、柴田理恵さんが笠原十兵衛薬局の古い店に足を伸ばして下さいました。地元長野市出身の「WAHAHA本舗座長」大久保ノブオさんもご一緒です。
ご紹介くださったのはSBC信越放送局。長野で一番古い民放です。

いつぞや林家三平さんがいらっしゃった時も、信越放送のテレビ取材でした。

「長野と言ったら、やはり雲切目薬は外せないでしょう。」と言って下さる信越放送さんには心の底から感謝です。


雲切目薬を有名にして下さったのは、何と言ってもマスコミの方々です。要するに取材と言う形で、こちらからお金は一切支払わず、広いエリアに伝えて頂きました。

その反対に九子がなけ無しのお金を注ぎ込んで出した広告類は、ほとんどが限りなく効果無しでした。
その筆頭がご開帳の公式ガイドブック。

なんと!あの有名な栗菓子の老舗の向こうを張って、清水の舞台から飛び降りるつもりでうん十万、それも数十万ではなくうん十万という大金を出しましたがさっぱりでした。(^^;;


この間ある薬問屋さんが来て「私はとっても運がいいの!」という話をしたら、「いや、それは、雲切目薬が持っている幸運なんじゃないでしょうか?」と言われました。目から鱗(うろこ)でした。

そんな訳で今回も雲切目薬が幸運を呼び寄せてくれ、たった10分間ほどの来訪、たぶん2,3分間の放映でしょうが、柴田理恵さんとともに九子がテレビに出ます。
(信越放送9月8日(月)夜7時~7時45分  BS-TBS 9月20日(土)昼12時~12時45分 MRO北陸放送 9月23日(火)14:50~  TUTチューリップテレビ 9月28日(日)16時~)

柴田理恵さんは、テレビのまんまの明るい印象の方でした。

ただひとつ、九子が驚いたのは、常にスタイリストさんが付いて、本番前にはわずかな髪の乱れもスタイリストさんが直していらしたこと!
ああ、この人はやっぱり女優さんなんだ!と思いました。

柴田理恵さんはよほど元祖雲切目薬の材料の鉱物臭のする白い粉と、目がつぶれるほどしみたという元祖雲切目薬の話に驚かれたのか、現在の雲切目薬αを手にされても「これ、本当に点けても大丈夫?」と言われる始末!(^^;;
この言葉、テレビ的にはどういう風にお料理されるのか、楽しみです。( ^-^)

それからどこやらの駐車場を借りてお弁当を食べ、すぐに軽井沢に向かわれるという強行スケジュールの中、長野市を代表するおみやげとして雲切目薬が組み入れられたのは本当に嬉しいことでした。

そう言えば、林家三平さんがお出でになった時のこともなかなか書けない事情がありました。

実は収録があったのは、あの東日本大震災が起こってからちょうど1週間目の3月18日でした。テレビと言えば例のAC公共広告機構の耳たこコマーシャルのみが流れる中、国中揃って自粛ムードの中、浮いた話は書けませんでした。
まだまだ各地で余震が続いていた頃のことです。

実は収録が終わる頃、一人の女性が顔を出されました。

「えっ!なんて美人なの!!!」

その女性は大きなマスクをつけていて、大きな目以外顔は隠れていたのですが、九子にはその人の美しさがすぐにわかりました。
九子だけじゃなく、きっと誰にでもわかったでしょう。

その人は古い店に入って行かれ、九子はご案内したかったのですがテレビ局の方とお話していて、結局彼女はすぐにまたどこかへ行ってしまわれました。

後からテレビ局の人に聞きました。それが後に三平さんの奥さんになる国分佐智子さんだったと・・。

実は当時巷では、三平さんと国分さんはもう別れてしまったというのがもっぱらの噂でした。

でも実際のところは、余震の続く東京に彼女を一人置いておけないと、三平さんがマネージャー代わりに彼女をロケに連れてきたのです。彼女は取材が終わるまで、車の中でじっと待っていらしたそうです。


その時に三平さんに差し上げた雲切目薬と百草丸がご縁で、林家のおかみさんこと海老名香葉子さんとも知り合わせて頂きました。

たまに頂くお手紙やらお電話やらから、おかみさんの凄さ、おかみさんに躾けられた三平さん他、林家一門の方々の人と人との縁を大切にされる姿勢を垣間見ることが出来ました。
そしてもの凄く忙しい生活の中で、まめに手足を動かしては主婦としてのお仕事も大事にしていらっしゃるお姿に心の底から感激しましたが、九子はそれを真似しようなどとは決して思いません。

と言うか、そもそも真似なんて出来るわけないし、無理しても続かないことわかっているからです。(^^;;


とりあえず先祖が残してくれた雲切目薬のおかげで、何のとりえも無い九子がこうしてマスコミに出させて頂き、この人は凄い!と思う人々の姿を少しだけ覗き見ることが出来ました。

世の中には本当に凄い!と思う方々がたくさんいらっしゃること。その方々は、もちろん持って生まれた才能もさることながら、絶えず地道な努力を重ねていらっしゃること。
それはもう確実にわかりました。


昔九子が大好きだった「巨人の星」というマンガで、主人公の星飛雄馬のライバルだった花形満が言っていました。
「白鳥はあの華麗な姿の下で、見えない足で必死に水を掻いている。」

必死に水を掻くことなしに、いつも努力することなしに、綺麗な姿を保つことは出来ないのです。

必死に水を掻き続ける努力が出来ない人間は、だんだん沈んでいくのです。九子のように・・・。(^^;;

でももしかしたら、外からは見えない濁り水の中に、おいしい魚が住んでいるかもしれない。
外の景色にとらわれるより、藻や水草がゆらいでいる水中の景色だって、捨てたもんじゃないかもしれない。
老いぼれていく自分の姿だってぼんやりしか見えないから、いっそ幸せかもしれない。
水底の泥はあったかくて、お昼寝にはもってこいの心地よさなのかもしれない。

頑張って水を掻き続けられない人生にも、きっと怠け者なりの満ち足りた人生があるのだと、今なら花形満君に言ってやれそうな気がします。
だってもう九子は花形君の母親くらいの年になりましたもん。( ^-^)


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お知らせ  雲切目薬が7/16日(水)発売の「アンアン」に載ります! [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]


「からだにいいもの」という特集です。たぶん最後の方だと思います。1ページ分、ドンと載せて頂けるようです。

またしても九子の強運です。
編集者さんのお友達がたまたま雲切目薬を使っていらして、「これいいよ!」と言って下さったそうで、記事にする旨ファックスとメールを頂きました。


女性週刊誌「アンアン」は九子が学生の頃に創刊された雑誌です。
こんな何十年も経った今でも、まだ現役の女学生に受け入れられ、コンビニには必ず並べられているという事実に、とてもびっくりしました。

特に三男Yにとっては「アンアン」と言う雑誌は女の子が読む雑誌として強く認識されているらしく、大変な妄想を膨らましては「俺さあ、渋谷なんか歩いてて、隣の女の子が雲切目薬点してたりしたら、恥ずかしくてどんな顔したらいいかわかんねえよ。」などと、取らぬ狸の皮の心配をしております。(^^;;

言うまでも無く、まずそれはあり得ません。
「アンアン」を買い求める女の子たちは、ファッション記事を読むついでに、雲切目薬の記事を読むだけでしょうから・・・・。

売れる、売れないの問題ではなく、まずは天下の「アンアン」に取り上げて貰ったという事実が有難いのです。


校正を見せて頂きましたが、若い女性ならではの感性で「なるほど!こういう使い方があったか!」と驚きました。

もしよかったら、書店で手にとって頂けましたら幸いです。

 

7月だというのに、と言うか、7月に始めて、体調崩しました。7月のはじめですから、鬼門の6月の終わり・・という言い方のほうがいいのかもしれません。
ウツなどと言ったら恥ずかしいくらいのごくごく軽い不調です。

今回のウツの始まりは、いかにも怠け者の九子らしいものでした。

きたさんが、裏の梅を取ってくれました。
M氏がその半分くらいを職場に持ていってくれましたが、家に残された梅は日一日と黄色味を帯びてきます。
九子が一日延ばしにしているうちに、砂糖漬けにするには黄色になりすぎた梅が増えてきます。

さすがの九子も意を決して、とりあえず、完熟の全体が黄色っぽくなってしまった梅と、半熟のものとを分けようと決めました。

しゃがみこんで数十分、分別していただけです。 梅そのものには何の手も加えておりません。

その直後です。「あの嫌な感じ」がしました。
どうしようもない疲労感で、例によって夕方のお昼寝です。(^^;;

こういう時にM氏のような何も言わない旦那さまは天国です。
「あっ、お弁当買ってきて!」で終わりです。(^^;;

九子によってなんら手を加えられていなかったことが幸いして、梅の引き取り手も見つかりました。

以来九子は、「7月にはじめてきた今までで一番軽い不調」と信じ込み、だらだら過ごしております。

人に会うのも平気です。人と話していて辛いこともありません。もちろん薬局の仕事も、電話に出るのも普通です。
なんと!ネットショッピングまでやっています。

ただ、身体のだるさとか、何かをするのが億劫な感じが、うつ病と何十年も付き合ってきた九子に普通でない感じを訴えます。

すみませんが、日記を書くのも少々お休みで、皆様のブログを読みにも伺えません。
もうしばらくのことと、お許し下さい。

例によってメールは問題なく出来ます。
プロフィールにメルアドを大きく書いていた事を思い出しました。
なにかございましたら御連絡下さい。

雲切目薬が「アンアン」に掲載されるなどという嬉しいことがあっても、よくならないのがうつ病の不思議さです。
普通の落ち込みなら、いいことがあれば気持ちが弾んでよくなりそうな気がしますが、うつ病の時は宝くじが当たっても嬉しくありません。
そもそも欲しいものなど何も思いつかず、お金など、あっても困るだけのものになるからです。
(だから、ネットショッピングが出来るなどというのは、うつ病の風上にも置けない状態なのです。)

つくづく九子は黙っているということが出来ない人間です。男に生まれていたら、ちゃちい、つまんない男になっていたことでしょう。
責められても、責められても、何の言い訳もせずに、自分が為すべき事だけを黙ってやり通し、その背中だけで自分の真実を物語るような人間は素敵だなあと思いながら、今日もまたウツの言い訳をしている九子です。

では、また。


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