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雪かきあれこれ [<正統、明るいダメ母編>]

堰を切ったように雪が降った。
50センチも積もったように感じたが、8年ぶりだかの30センチだそうだ。
それでも30センチと言えば長靴の丈だ。並みの量ではない。

この位の量が降ると長野市では早朝に除雪車が来て車道の部分の雪だけかいて行く。それは有り難いのだが、それぞれのうちの前に車道の雪が高く積まれる。とりあえずそれを片付けるのが現代の雪かきである。

雪国ならではの雪かきという行事は煩わしい反面、少々楽しくもある。

我が町はまだ50、60代の世帯主が幅を効かせ、雪かたづけも行き届いている。
一番いいのは道路の裏にちょろちょろと川が流れていて、雪の捨て場がある事だ。

九子んちの駐車場を通って町の人たちが皆雪を川に捨てに来る。
礼儀正しい町の人たちはみんな「すみませんねえ、ここを通らせてもらって大助かり!」と言ってくれるが、九子にすれば町の人たちが大きな雪ダンプを引っ張って何往復もしてくれるおかげで、駐車場の雪かきが省けてこちらこそ大助かりなのだ。「こちらこそ。雪かきしなくて済んじゃうから有り難いです。」

こういう時九子は「日本人に生まれて良かった!」と思う。中国人じゃあこんなやりとりは出来るまい。
(どんだけ中国嫌いなんだ、(^^;;)

はとこのFさんとKOさん夫妻が例によって仲良く雪かきしている。
なんでも二人は昨日お客さんの接待で志賀高原のホテルに宿泊していたのだそうだ。

「二人で接待なんてずいぶん重要なお客様なのねえ。」
「ほら、例の中国の大金持ちよ。」

KOさんは実は長野電鉄の社長さんだ。
Fさんと二人で社用を兼ねて中国へ行った時、会社を20個も持っていると言うその中国の資産家に引きあわされて接待を受けたのだそうだ。だから今度はそのお返し・・という事らしい。

Fさんが言うには、中国のお金持ちというのはスケールが違うのだそうだ。その資産家御夫妻は裸一貫で20年位前に事業を起こし、身を粉にして働いて今の地位を築いたのだそうだ。

「ふ~ん。それでやっぱりいわゆる『中国人』って感じじゃないの?」
「ぜ~んぜん、ぜんぜん。だってとにかく凄いんだもの。」

何が凄いか気になったがそれ以上踏み込んで聞く時間も無くて、九子は雪をそりに乗せる。

お金持ちになると中国人もおおらかになるのかなあ。
まあいいや。KOさんとこは社長さん夫妻だから中国のお金持ちに会う機会もあるだろうけど、赤貧洗うが如くの(^^;;M氏と九子じゃあそんな人に会えるはずも無いし・・。( まあ会いたくも無いけど・・・。(^^;;)

KOさんは生まれながらの社交家だ。そこに居る誰にでも気楽に声をかける。社長になってもああいう風にされたら、敵はいないだろうなあと思わされる。

九子なんかは顔を合わせてない人には、つまり背中を向けてる人には挨拶なんかしないで通りすぎる事がほとんどだが、KOさんは背中ごしにでも挨拶してくれる。

挨拶をする意義というのを余り意識しなかった九子だが、この頃その大事さを再認識した。
それはニュースで言っていたある情報だ。

タクシー強盗がタクシーに乗った時、運転手さんに話しかけられると強盗をあきらめる確率が高いというのだ。

去年の酷暑の夏に、親に育児放棄された幼い姉弟がマンションの一室で餓死するという痛ましい事件が起きたが、マンションではその後住民たちが自主的に自治組織を作ったそうだ。
隣の人の顔も知らないからこういう事件が起こった。子供の顔も見覚えがあれば、もっと踏み込んだ対応が出来たかもしれないという住民達の善意の一歩だった。

挨拶しなさいというのは、両親からも祖父からも良く言われていたがどうして?と聞いたことはなかった。

挨拶というのはむしろ西欧諸国の方が重要なのかもしれない。
それはやはり、「私には敵意はありません。大丈夫ですよ、安心な人間です。」という狩猟民族ながらの意志表示なのかもしれないが、それをきっかけに会話が始まる良い種になる。

するとそこへ八戸工業と書いたウエアを来た一団が通りかかる。KOさんはすかさず話しかけて何か尋ねている。
KOさんと彼らとの短い会話はさっそくひとつの情報をもたらした。
彼らはエムウエーブで開かれているスケートの高校全国大会に出場するために長野へ来たのだそうだ。

九子ならわざわざ話しかけてまで聞いたりしない。でもそれでは何の情報も得られないって事だ。
KOさんの人生と九子の人生では、情報の量でなんと膨大な差があることだろう。

活禅寺で坐禅を習い立ての頃だったら、ひとつ奮起してKOさんみたいに誰でも気さくに話しかけてみようなどと思って実践していたかもしれない。だけど今の九子は頑張らない。頑張ってもいい事無いとわかったからだ。(^^;;

人にさらっと気楽に話しかけられる人なら話しかければいい。だけど九子は気持ち後引きタイプ。
あの時こう言えば良かった、いや、あんなこと言わなければ良かった、あれはこういう言い方すべきだった、ああ、あの人怒ってないかな?と、絶えず自分が言った事が気になっちゃうから、誰彼構わず話しかけていたら身が持たない。
いや、実際問題として、反省する時間が邪魔をしてそんなに話しかけられるわけが無いのだ。

そもそも九子がそんなにまでして人と話して情報集めたとしたって、その情報を処理するコンピュータの能力が低いんだから仕方ない。
早い話が九子は社長になるべき器ではない!(^^;;


小一時間もすると店の前の雪はあらかた片付く。
日頃身体を動かす事の少ない九子も、いい具合に身体がぽかぽかして心まで爽快だ。( ^-^)


雪国の人はわかるだろうけど、雪かきはこれで終わりじゃないんだなあ。

午後になって車が通って道路脇に積まれた汚れた雪をかたづける仕事が待っている。

これが同じ雪?と思うほど対照的な白と黒、ふんわりさっくりな砂糖菓子を思わせる朝の雪と泥水を含んでカチカチに凍りついた夕方の雪。凍りつかないまでも水を含むと倍ほどにも重くなって扱い難い。
だけどこれをやっとかないと、また夜の間に雪が降って除雪車が出て雪を積み上げていく。

雪かきは九子にとって恰好のエクササイスであることをお判り頂けただろうか。一日でいつもの3倍、いや5倍は身体を動かす。
(えっ?いつもは一体?(^^;;)


ところがもうひとつ、頭のエクササイズがあったのを忘れてた。
大屋根から落ちる雪をどうするかだ。

きたさん曰く、大屋根の瓦はその昔だいぶ高いお金を出して作られたもので、頑丈に(たぶん重く)出来ているらしい。九子のうちの屋根は南を向いているので、雪はみな太陽に溶かされて落ちてくるのであって、瓦ごと落ちるなんて心配はしなくていいと思うのだが、とにかく大屋根から雪が道路になだれ落ちる様子は、知らない人は地震かと思うだろう。

実は今回、九子はその瞬間初めてすぐ下の調剤室に居て、腰が抜けそうにびっくりした。(何十年も生きてきたのに初めてですか?(^^;;)
雪であることはすぐにわかって、表に飛び出した。

誰か、下敷きになっていないか!
誰も居ないようだ!ふ~っ、良かった!

この高さから雪が落ちたら、しかも圧雪だ!頭に当たりでもすればそれこそ死んでしまうかもしれない。
万が一そうなったらどうすればいい? いや、そうならないようにするにはどうする?

一応薬局が入ってる薬剤師保険がカバーはしてくれるはず。でも頭上注意の表示をどうやってどこに出すか?
一つの答えはのぼり旗。これが一番目立つ。

何しろ雲切目薬ののぼり旗をM氏の提案で出すようになってから(M氏もたまにはいい事を言う。(^^;;)わかりにくい薬局や駐車場の場所が少しはわかりやすくなった。

問題はのぼり旗を立てるコンクリートの重石だ。あれをただでさえ狭い道路に並べるのはいかがなものか・・。

隣の八百屋のおじさんは九子の思案を知ってか知らずか「ダイジョー、ダイジョー(大丈夫、大丈夫)、そんなもん無くたって何十年も誰も怪我してねえんだから。」と涼しい顔。

そう言われると尚更心配になる。今まで事故が無かったのはまったくの幸運なのだ。これからも大丈夫と言い切れるはずが無い。
う~ん、難問だ。


薬局の駐車場ももちろん雪かきの守備範囲なのだが、今年は幸運にもやらずに済んだ。
駐車場の西半分の所有者であるイチローおじさんが駐車場の管理会社に雪かきを頼んでくれたと見え、雪かき部隊が除雪車一台と人足3人でやってきた。
「ついでだからお隣もやっておきますよ。」と言ってくれたので雲切目薬を3個差し上げたら、我が家の分の方がきれいに見えるほど隅々までやってくれた。
恐るべし!雲切目薬の威力!(違うか。(^^;;)

そして後に残ったのが見事な雪の山である。車を止めるのに邪魔にならぬよう、川の近くに雪山は出来ていた。

九子なんかはそのうち融けるのを待てばいいつもりだったのだが、ここでM氏が動いた。
毎日毎日30分くらいずつをかけて、雪の山を川に投げ入れて小さくしている。

ビンボー神のM氏は性格もビンボー性と見え、なんか動いていないと落ち着かないらしい。(^^;;
雪の山も3日ほどで半分ほどになった。

あ~あ、なんだか雪の山が小さくなってく様子は、ビンボー神にどぶ川に投げ捨てられてる我が家の資産みたいだよ。
あんまり頑張るんじゃないよ、ビンボー神!(^^;;    


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無償の愛 [<正統、明るいダメ母編>]


無償の愛と言う言葉は、例によって薬大の哲学の講義で詳しく習った。



本来この言葉は「アガペー」というキリスト教における神の愛と同意語で、神が私達を平等に愛し給うように、分け隔ての無い、何物も見返りを求めない尽きる事の無い愛であるという。



たとえば幼い我が子が車に轢かれようとしている時、後先考えずに母親が身を投げ出して子供を救おうとする行為がそうなのだという。つまり、自分の身の危険など省みずに居ても立ってもたまらずに夢中でしてしまう行為の事なのである。



去年の今頃、大学に入学間も無い末娘のM子から「男子バレー部のマネージャーになった。」という電話がかかってきた時、九子が取った行動はまさしく無償の愛だと思った。

もとより身の危険などはさらさらないが、居ても立ってもたまらずに夢中でしてしまう行為には違いなかった。



九子は鷹揚な母親がそうするように、何事も無かったように娘の電話を聞いた。そして受話器をがちゃりと置いた途端、(我が家では九子がケータイを携帯する習慣がいまいちついていないので、子供達は薬局の電話にかけてくることが多い。)九子はあわてて調剤室に走り、それを探し回った。



いつも整理整頓の行き届かぬ調剤室だが(^^;;、そんなに備蓄薬品が多いわけではないので在り処はすぐにわかった。うちの前にアメリカ人のSさんが住んでいた頃、彼女が医者から処方されていたホルモン剤、低用量ピル、つまりは避妊用のピルである。



あれからもう4年以上になる。ピルの期限はもうとっくに過ぎていた。

それでもいい。どうしても送りたかった。そうでもしないと気がすまなかった。



だから早速、速達で送った。



送ってみたら、どうにも妹にだけそんなものを送って、N子に送らないのはN子に対して失礼ではないかという思いがしてきた。それでN子に電話することにした。


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金のなる木の話 [<正統、明るいダメ母編>]


笠原十兵衛薬局に去年の11月初め頃「金のなる木」がやってきた。

まあ、寒くなる前に避寒にやってきたというところだろうか。



もともとどこにあったものかと言えば、出所はいかにも凍えそうなM氏のところである。(^^;;

なんでも女の子たちが手入れするのが煩わしくなったとかいう口実だったが、実のところは金のなる木の力をもってしてもまったく金がならないビンボー神歯科医院に嫌気がさして、というか正直力負けして、すごすごと、まだましだと思われる薬局のほうへ逃げてきたと言う方が正しいのかもしれない。



見た目が一番立派なでん!としたのが一本と、薬局のショーウインドウの上にも充分置けるサイズのが三本。

まあ古いゲン担ぎ的に言えば、つごう四本というのも数が悪かったよね。



でん!としたのは図体ばかりは大きいが、下のほうの葉っぱが赤くなっていて、まあその赤くなった葉っぱの上で気丈にも今にも花を咲かそうとしているつぼみまである。

さすがM氏のところから来ただけあって、体力が落ちているのに出費ばかりがかさむ事をしようとするのは主を真似ているとしか言いようが無い。(^^;;



「金のなる木に花が咲くというのは珍しいんだよ。」とM氏が言う。

(言外に花が咲くまで大事にしてくれよって意味!)



「えっ?ってことは、花が咲いたらこれ死んじゃうの?」

「いや、それは竹の花の事だろう?これはそんなこと無いはずだぞ。」



M氏は知らない事をさもよく知っているように断言するので定評があるので(^^;;、ネットでよく調べてみた。

(あっ、M氏の専門については大丈夫。この限りではありません。( ^-^))



結局ネットでは事の詳細はあまりよくはわからなかったのだが、金のなる木は花が咲いたからといって枯れるというものではないようだ。

もともと生命力は強い木で、落ちたはっぱから直接根が出ていつのまにか大きな木になっているという話である。



ネットの山形の小学校だよりにこんな話が出ていた。「7.8月の暑い時期に一週間に一度それもちょっぴりしか水をやらないようにします。すると金のなる木は水ももらえず死にそうになったに違いない。そこで金のなる木は考えた。このままでは自分は死んでしまう。せめて自分の子孫だけは残したい。そう思って金のなる木は残っているありったけの力を使って花を咲かせ、実をならせて、種をつくろうとするのではないか。そうすれば自分の子供が出来るはずだ。」



「そう思って金のなる木が花を咲かせ始めた頃、校長先生が毎日水をかけ始めたことになります。すると、金のなる木は、きれいな花を咲かせた上に、死ぬどころか、このように毎日元気に育っているのです。

金のなる木は教えてくれています。死ぬ気でやれば、本気でやれば、なんでもできる。きれいな花を咲かせることができる、ということを。また、人間頑張る時期があって、その時に頑張らないと花が咲かないと言う事も。」



う~ん、校長先生のお話というのはみんなきっとこんな感じなのだろうが、久しぶりで接してみると紋切り型と言おうか、ちょっと無理やりっていう雰囲気だよね。



そのうち子供はみんな気づくんだよ。頑張ってもできないことがあるって事に。そしてその時頑張らなくても、頑張る時はいつかまた来るってことに。

でもそれは小学校の時代にはまだまだ知らなくてもいいことなのかもね。( ^-^)



おっと、またまたお得意の脱線ですみません。(^^;;



とにかくそうやって今まで、四本の金のなる木は一応笠原十兵衛薬局の一番日当たりの良さそうな古い店の前で余生?を過ごしていたのだ。



実は一ヶ月ほどたった頃に九子は気づいていた。

なんか葉っぱが余計赤くなってない?



赤い葉っぱ=元気の無い弱い葉っぱという公式が成り立つのかどうかすら定かではない九子だが、赤い葉っぱの下の地面には何枚か落ちてしまった落第組のはっぱも見える。



う~ん。日が当たるとは言え、ガラス戸一枚で暖房も無い。冬の長野は寒いからなあ。寒さに負けたのだとしたら、気の毒だなあ。でもまっ、いいか。この家にやって来たのが運の尽き。

それっきり九子は金のなる木の事などすっかり忘れて、何をやってやるでもなく何日かを過ごしていた。(^^;;



哀れ、金のなる木よ。何の因果で九子のところなんかへ来たもんだか・・。いくらビンボー神がのさばっているからとは言え、世話してくれるおねえさんの数の多い元の棲家でおとなしくしていた方が幸せだったのに・・。



ところが奇跡というものは起きるものである。

九子が買い物に行った時、それは起こった。



とあるホームセンターでの買い物帰り、入り口に近いところで九子の目が釘付けになった。

九子が見ていたのは3段重ねの緑色のパイプ棚。厚手の透明のビニールがすっぽりと覆っている。ビニールにはファスナーが付いていて簡単に開け閉め出来る工夫がされている。

そう。それは小さなビニールハウスだった。その上値段は2000円ほど!九子好みの値段。( ^-^)



これを買えばあったかくなって、金のなる木も元気になるに違いない!

九子はるんるん気分だった。

ああ、いい事するって気持いいねえ!



ここで間違ってはいけない。九子は単に自分の優しさに酔ってただけだ。

金のなる木の幸福を心から祈っていたわけでは無い。(^^;;





ホームセンターで安い棚買って喜んだ時はいつでもそうだが、家に帰ると組み立てっていう難事業が待っている。

でもまあ九子の場合、この手順は無いに等しい。「Mさん、お願い!」の一言でおしまい。( ^-^)



器用なM氏は瞬くうちに作ってくれるのだが、今回はちと様子が違った。安物ゆえキツく作られているせいか、「あっ」だの「うっ」だの「はっ」だの、うめき声にも似た低い声がいつにも増してはさまれる。



それでも30分ほどの間に綺麗に仕上がった。



「ああ、ちょうどいいねえ。」

「だめなんだよ、それが。ほら、真ん中に渡ってる棒があるせいで、一番大きいやつの頭が当たるんだ。」

「じゃあ、この棒をはずせばいいじゃん。はずれるんでしょ?」



M氏は渋い顔をした。訳はすぐにわかった。その棒をはずすためには、また最初からやり直しだったからだ。(^^;;





九子が次に呼ばれた時、気の利くM氏は棚の中に四本の金のなる木と、そこら辺にあったいつ花が咲いたのかも知らないシクラメンの鉢なんかも一緒くたにして、上手に並べてくれていた。



「わあっ、いいじゃん、いいじゃん!安くてサイズもぴったりの棚だったね。」( ^-^)

  (もちろんM氏の工賃などはタダ!(^^;;)





金のなる木はそれ以来、少々窮屈そうではあるがとりあえず温かい新しい住まいを得た。

あと一番の問題は、水が与えられるかどうかだけである。





山形の小学校の君達の仲間は、本気でやれば死ぬ気でやれば、なんでも出来ることを学習したそうだ。



ところが何の因果か長野のビンボー神歯科医院に来てしまった君達は、頑張っても頑張ってもビンボー神に邪魔されて金がならないという現実に直面し、世の中には頑張ってもどうしようもないことがあることを学習したはずだ。



頑張ってもどうしようもない事があるってことに絶望しただけなら、それに甘んじておとなしくビンボー神んとこにいるべきだった。それならば命の危険はとりあえず避けられたのだ。



九子の薬局に来てしまった君達は、水ひとつ満足にもらえない過酷な環境でサバイバルゲームを強いられている。

君達は知らないだろう、かつて 九子が枯らした花のことを。(^^;;



それでもけなげにつぼみをつけてる金のなる木よ。

春まで生き延びたなら、そして花が咲いたなら、みんなでお祝いしようぜー。( ^-^)


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ビンボー神その3 [<正統、明るいダメ母編>]


あれは忘れもしないN子の中学生最初の家庭訪問の時のことだった。

穏やかそうな表情のN先生は、なんと!、初対面の九子に向かって深々と最敬礼をなさり、「いやあ、先生には大変お世話になりまして・・。」とおっしゃったのだ。



実は子供達の担任の先生に最敬礼されたことはこの時ばかりではなかった。末娘M子が小学校6年生の時にもこんな事があったのだが・・。(^^;;



あっけにとられている九子にN先生は更に言葉を続けた。

「私、いつも先生に歯を治して頂いてましてね。最初は前歯を入れて頂いたんですよ。他の歯科医院を当たったら、どこもみんな保険が効かないから一本十何万だと言うんですよ。ところが先生のところで伺ってみたら、なんと!2万円でやってくださるって言うじゃないですか!もうそれ以来、家族もみんな、先生んとこばっかりです。」



ああ、そういう事だったのかと九子は合点した。合点したのはもちろんN先生の最敬礼の意味もさることながら、あれだけM氏が朝から晩まで真面目に稼いでいて、M氏の人柄もあって他の診療所よりも患者さんの数だけは多いと聞いているのに、なぜいつも「お~い九子、悪いんだけどまた銀行から金借りるから保証人のハンコ押してくれ~。すぐ返すからさあ。」という依頼が引きも切らずにあるのか・・。



名探偵コナンじゃないけど、その瞬間、全ての謎が解けたのであった。( ^-^)



M氏の診療所は価格設定が低すぎるのだ。原材料費プラスアルファ技術料人件費その他もろもろが価格として現れて来るっていうのが常識だと思うが、彼のところは原材料費の数割アップくらいで価格を決めてるようなふしがある。

しかも入れ歯でも何でも、技工所さんへお金払って作ってもらっているのにだ。



例えば彼は漢方薬を歯科治療に使っている数少ない歯科医師の一人だと思うのだけれど、これなんかももちろん保険 適応ではないから患者さんから自費を頂いている。



彼はこの漢方の勉強のためにかなりの年月とお金を費やしているのだ。



もともとは九子が通い始めた勉強会だった。

九子の場合はもっと悲惨で、もしかしたら全部で何十万円では済まない金額の講義を受け続け、お客さんはちっとも 来ず(^^;;、そのうち九子自身にうつ病があることがわかり、薬選びにストレスがかかるので今ではぱったりやめて しまった。



それを見ていて興味を示したのがM氏だった。どうしても抗生物質や痛み止めが効き難い患者さんを何とかする手段はないかと案じていたM氏だったからすぐに飛びついた。



何度か講義を聞き、実際にその通り薬を使ったら、痛い痛いと言ってた患者さんの痛みが治り、歯槽膿漏なんかも綺麗に治ったんだそうだ。



そうなると、目の前に常に患者さんが居るM氏は強い。(何しろ九子の場合は、腕をふるいたくてもお客さんなど来なかった訳だから・・。えっ?その方が良かったって?(^^;;)



これは!とピンと来た患者さんで、患者さんが漢方をやってみたいという場合は、漢方薬を出す。これがなんとも不思議に効くんだそうだ。



九子や彼が習っていた漢方薬は煎じ薬を最良とする日本の古典的な学派だったが、彼が使うのはもっぱら○ムラの顆粒剤だ。



彼が凄いのは、その量の少なさだ。

少ないときは1日分、最大限で3日から5日分で、痛みや腫れが止まってしまうのだそうだ。



これは薬局の基準から言うと、ひどく短い。お客さんの方だって漢方薬というと月単位で飲むイメージをお持ちなのではあるまいか。こんなことを言うのは憚られるのだが、あんまり早く治ってしまうと薬局の実入りが薄いという事にもなる。M氏のところなんか、日数だけから考えても実入りが薄い事この上ない。



「すごいんだねえ、そんなにぴしゃりと治っちゃうなんて。ところで一日分、いったいいくらもらってんの?」と九子。

「一律150円。」と、こともなげにM氏。



「ええっ~?それじゃあ、原価にもなんないじゃん!」



○ムラの漢方薬は一回分が大抵2.5グラムの分包で、一日3回分の7.5グラム。薬の種類によって値段はまちまちだが、例えば葛根湯の1グラム15円ほどから、サイコケイシトウの1グラム30円ほど、一番高いのは1グラム60円弱くらいまであるから、一日150円もらったってほとんどが採算割れなのだ。



「あのさあ、もう少し高くしないと、他の薬局にも迷惑だよ。大体の漢方薬局はどんなに安くても一日分300円はもらってるはずだから、そんなに安くあげちゃったら薬局の商売上がったりだよ。東京の有名な先生のとこなんか一 日千円なんてとこもあるんだから!」



と、一応九子は言ってはみる。だけどM氏は変なところで猛烈に頑固な人なのだ。彼が九子の意見を聞き入れるはずがないのである。



もともとM氏は九子と結婚しなかったら僻地診療に生涯を捧げるつもりだった人だ。身体を悪くしてその夢も破れたが、赤ひげ歯医者の気骨と精神はそのままなのである。



まあ、だからビンボー神なのか?と言われればそれまでだが、ここで口を酸っぱくして言っておきたいのは、ビンボー神などという有り難くも無いあだなをM氏に付けたのは決して九子ではないってことだ。もちろん出来すぎ母でも父でもない。M氏自らが率先して言い出したことなのである。



思えば彼の人生はビンボーの連続だった。ビンボーじゃなかったためしが無いそうだ。

(そりゃあそうだろう。何しろビンボー神なんだから。(^^;;)



確かにM氏の実家のN家は、M氏が生まれた頃は先代の作った銀行の倒産騒ぎで大変苦しい時代だったそうな。それがM氏をお婿に出した頃からは以前と同じ、いや以前以上の資産家に戻り、羽振りがいい。

そしてそこそこのお金はあったはずの我が家は、今ではひゅうひゅう懐に木枯らしが吹き込んでいる。



酒も飲まずタバコも吸わず、競馬も女も縁の無いM氏のただ一つの趣味がパチンコである。



つい最近までどこから名簿を仕入れてくるか知らないが、梁山○とやら言う会社から立て続けにメールが届き、彼の方も立て続けにナケナシのお金をつぎ込んでいた時期があった。なんでもパチンコの攻略法というのがもらえるというのだ。



何通めかの攻略法が届いた後、さっそくそれを試して来た彼は有頂天になってご帰還遊ばされた。

「おい九子、大変だ!この方法は凄い!怖いくらいに当たる!これでもう負け無しだ。」



「そんなに凄いなら、Sにも教えてあげれば?」

次男Sも父親に似てパチンカーだ。いや、遊びならなんでもござれの遊び人か。(^^;;



「いや、まてまて。もう少し試してみて、確実だとわかったら教えるよ。」



これってちょっと毎年良いキノコが出る場所を誰にも教えないで死んでいくという田舎のジイサマと同じじゃないの?とも思ったのだが、結局彼が攻略法をSに教えることは無かった。次に行った時M氏は、ものの見事に負けて帰って来たのである。



結局「攻略法なんてデタラメダ!」という至極簡単な結論に到達するまでに、彼が費やしたお金と時間がいかばかりだったか九子は知らない。

でもまあ世の中には知らない方がいい事だってたくさんある。( ^-^)



最近になって攻略法を売る会社が集団訴訟を起こされたというのがヤフーニュースに載った。彼が信用していた会社では無いことを祈るばかりだ。





と言う訳で唯一の趣味のパチンコも、追い詰められて(いや、九子に精神的に、ではなくて、経済的に。(^^;;)行き難くなってしまったM氏は、手持ち無沙汰に雲切目薬のパンフレット折りやら、ハンコ押しやらをやってくれる。



たとえばパンフレットを折る時は、九子などは5枚10枚一度に折ってきつく折り目をつけ、一枚一枚中から抜いてはずして行くという方法を取る。その方がずっと効率がいい。



ところがM氏は違う。一枚一枚きちんきちんと折ってくれるのだ。やたら時間がかかる!

だけど九子は何も言わない。自分がやらずに人に頼んだ事に文句をつける筋合いは無いからだ。



それにしてもいかにもやり方がビンボー臭い!

あっ、仕方ないか!ビンボー神だもんね。(^^;;

そんな訳であなたが買って下さった雲切目薬の資料や袋には、M氏の汗や努力がしみこんでいるかも・・。( ^-^)





両親が相次いで亡くなって、相続したわずかばかりの株券を分けてくれたのはM氏だった。一応九子と等分になるように分けてくれたものらしい。



ところが配当をもらうようになってから、その額がだいぶ違っている事に気が付いた。彼の方は何百円という配当がほとんどで、九子のは万に手が届くのもあるのだ。( ^-^)



M氏のしょっぱい顔を眺めながら、九子は高笑いをする。

「まあこのお金でお正月に美味しい物でも食べようよ。だって九子が株を分けたんじゃないんだよ。(^^;;」



考えてみるとビンボー神のM氏が我が家に来てくれた時から、というかそのずっと前から、九子は自分がひどく運が良い生まれつきである事に気が付いていた。



「運がいいとか悪いとか人は時々口にするけど そう言う事って確かにあるとあなたを見ててそう思う。」という歌がさだまさしにあった。(無縁坂

とても悲しげなメロディーで歌われているその歌の意味とは正反対の意味で、九子はそれを確信する。



「大変だあ!」という事件や事故は数々あった。だけど本当に困る事態に陥る事なしに、全ては過ぎて行った。

あまりにもそう言う事が多すぎたので、いまや九子は自分の幸運が死ぬまで続くであろう事を信じ込み始めている。

そう口に出して言うのは憚られるので「仏様に守って頂いている。」などという言葉まで持ち出してきて・・。



そんなら九子は福の神か?という訳だが、残念ながらそれは違うと思う。福の神と言うのは他人を幸せにする神様のことだが、九子は自分が幸せになるだけである。人を幸せにする力なんてどこにもない。



M氏はビンボー神であるが、家族や他人の誰をも幸せにさせる福の神でもある。とにかく人に尽くすのが何より好きで、その上ビンボー神にあるまじく、「超」がつくほどのお気楽なのだ。





M氏からは一日何回も電話がかかる。大抵は「今日、何か買って帰るものあるか?」っていうのがほとんどだが、年齢と共に忘れやすくなった頭では頼んだ物が一度に覚えきれずに、最低でも二、三度はかかる。(^^;;



診療時間中にかかってきた意味不明な電話もあった。

「あれっ?どうしたの、こんな時間に・・。」

「この間ニュースでやってた閉店したハンバーガー屋なんて名前だっけ?」

「ウエンディーズ?」

「あっ、そうか!」

(あっ、そうか!ここんとこずっと患者さん少ないからこんな時間にもう患者さん居ないんだ!(^^;;)



一番良かったのは、夕方かかってきたこんな電話だった。

「おい、九子、空見てみろよ。きれいな夕焼け空だぞ~。」( ^-^)





一度M氏に聞いたことがある。M氏は九子と結婚して幸せだったのだろうかと。

すると彼は神妙な顔をしてこう言った。

「う~ん、そうだなあ。別の人と結婚した事無いからわかんないよなあ。」



まあそりゃあね、その通り、真実ですよ。

やっぱりお腹の中ではビンボーくじ引いたと思ってるんでしょ。



そりゃあまあ仕方ないよ、なにしろビンボー神ですから。(^^;;(^^;;



ビンボー神(その1)はこちら


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お弁当事件 [<正統、明るいダメ母編>]


あれっ、この話とっくに書いてたと思ってたけどまだだったんだ!

一応タイトルに「事件」がついてるのは、面白いかどうかはさておき、ドジが際立ってるものなのですよ。( ^-^)



おっちょこちょいの九子が、子供達のお弁当を作った時の失敗談など数知れず。お箸を入れ忘れる位は日常茶飯事。でもまあこの辺りは他の達人お母様方でもたまにはある失敗のよう。



今まであった中で、これはちょっと誰もやってないんじゃないかと自信があるのが、次男Sと三男Yを捲き込んだ二段重ねお弁当箱事件。



当時高三と高一だったSとYはそろって二段重ねの、それもぴったり同じサイズの弁当箱を持っていた。

今考えると、それが悲劇のはじまりであった。(^^;;



その上、おしゃれなSは、ご飯は少な目、伸び盛りのYは、ご飯大好きと言う訳で、Sの二段重ねの浅い方にはいつもご飯が、Yの二段重ねの浅い方にはいつもおかずが入っていた訳だ。



ここまで話せば勘の良い方は「はは~ん!」と思われると思う。



その日九子は、だんだん形の変わってきたプラスティック製の弁当箱を上手に重ねる事だけで頭がいっぱいだった。この日に限って、脇目もふらずに弁当箱をただただ重ねていたのだ。





お昼頃、毎月4万円近いバスの定期代をかけて中条村の中条高校まで通っていたYから電話があった。



「だめよ。忘れ物なんて言っても、お店あるんだから届けてなんかあげないよ。」

何回か忘れ物を届けさせられた経験の有る九子は、剣もほろろにこう言いかけた。



「そうじゃないよ!なんだよ、この弁当!上の段も下の段も両方メシばっかりだよ。」



ふと、九子の頭をよぎる、朝の風景。

そう言えば、中身良く見てなかったなあ。



そして次男Sに渡ったもうひとつの弁当箱の中身は、さしずめ・・。

上もおかず、下もおかず・・。(^^;;



九子の中で、なぜか安堵の気持ちが湧きあがった。

上も下もご飯の弁当が、おしゃれなSのとこへ行ってたら今頃・・・。



Yがご飯の方を持ってってくれたのはまあ、不幸中の幸い。(^^;;



案の定不機嫌に家に帰り付いたSだが、「Yの方メシばっかりだったんだろう。俺んとこへそんなの来てたらぶっとばす!」という仮定形おどし文句の一言ですんだ。ほっ!



当時高校生で何を話していいか気を遣いながらこわごわ話していた次男Sも、大学生になって家を離れた途端、普通に話が出来るようになった。



それにしてもあの一件はやはり「事件」というにふさわしい一件で、以降さすがの九子もよくよく学習し、その手の失敗は皆無である。( ^-^)



つい最近になって、あの事件ほどではないが、破滅的な結果を招く可能性のあった事件が持ちあがった。



今回の被害者は、M子であった。

今回も二段重ねの弁当箱で起こった。



考えてみると九子が二段重ねばかり買うのは、おかずが少なくても見栄えがするからである。(^^;;



今回はどうしたか。

おかずは、おかず入れに、ご飯はご飯入れにちゃんと詰めたし、お箸も入れた。



では、何を忘れたか?



二段を束ねるゴムをかけ忘れ、なおかつお弁当袋に入れ忘れたのである。



なぜかしらんが、いつもたいしたお弁当作ってる訳ではないのに、出来あがりが娘の出かけるぎりぎりになってしまう。



特にその日は「もう今日は完全に遅刻する~。」と娘はカリカリしていた。



慌てた九子は重ねたままの、というか重ねただけの弁当をいつもお弁当袋ごと入れる手下げバックに入れて「ほらほら、お弁当出来たから、早くしなさいよ。」と娘を急き立てた。



急いでた娘は、手下げバックのふたの上から箸箱があることだけを確認して慌てて家を飛び出した。





それに気が付いたのは、少し遅く出ていくN子のためにゆっくりと弁当箱を重ねた直後だった。



あれっ?ゴムと袋が二組もある!もしかして!



そうですよ。そのもしかして!でしたよ。(^^;;



九子の頭の中で最悪の光景が展開する。

急ぐM子の自転車かごの中で、跳ねあがり、揺れ動き、飛び散る弁当の中身。



そして激怒するM子の顔。

ぞ~~っ。(^^;;



M子の怒涛の第一声を想像して一日中生きた心地がしなかったのだが・・・。



なんと!幸運は再び三度九子に味方し・・。

弁当は手下げ袋の中で微塵も動かず、M子は普段どおりの弁当を食べる事が出来たのである!



今考えてみると中身がこぼれなかったのも不思議だが、毎日規則的に二段重ねの弁当にゴムをかけ、袋に入れるという半ば習慣化された一連の動作が、なぜその日に限ってなされなかったか。そして、その動作がなされない事に対して、なぜ疑問が生じなかったのか・・が腑に落ちないところである。



まあそんなに難しく考える事も無い。

九子さんがやることだから、そんなもんでしょう。(^^;;



と、いつも受けとめてくれているM氏と家族ののおかげで、九子は幸せに生きております。( ^-^)





気がつけばネット中毒!? [<正統、明るいダメ母編>]


皆様、遅まきながら明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申しあげます。m(_ _)m



品格の話の続きのはずが、題名の如く今年もとんでもない話で始まる予感であります。

ねずみ年のこの年に猫をかぶると言う事が出来ない性格上、この話をしておかないと次に進めない事情をどうぞお汲み取り下さい。



次回は必ず品格の話に戻ります。

(・・・って、こんな話のあと読んでくれる人いるのかいな?(^^;;)





九子は昔から「熱くなる」という経験を余りした事が無い。

と言えばいかにも冷静沈着な人間のようだが、そうでないのは言うまでもない。(^^;;



スポーツ音痴の、友達居ない人間なので(^^;;、友人と何かの試合を観に行って感激したとか、ましてや自分の所属するチームが勝ったの負けたの・・とか言う状況はうん十年の人生の中で皆無だったし、まあ自分でも冷めてる方なんじゃないかとずっと思って居た。



誰かに夢中になるにしても自分は薬局の一人娘だから長野へ帰って家を継ぐというのはいつでも頭の中に有り、UTADAHIKARUのADDICTED TO YOU



みたいになれない自分を感じていた。


もちろん身体が受け付けないので煙草やお酒におぼれる事も無いし、根がケチなのでギャンブルなどしようとも思わない。



とにかく熱くならない性格なんだと信じて疑わなかった。



ところが!この正月、神話は一気に崩れ去った。

九子はネット中毒に陥っていたのだ。



「陥っていた」と過去形で書いた。

本当に過去形で有って欲しいと祈るばかりだ。(^^;;



たぶん今までの流れでもうお分かりと思うが、九子はネットショッピングに嵌っていたのだ。

しかも「嵌っていた」=中毒という自覚が出来たのはほんの昨日今日のことである。



昨年はいつになく年賀状も早く書きあげ、暮れの掃除やおせち作りもまあまともにやった。

(もっとも子供達には「貧相なおせち料理!」と言われたが・・・。(^^;;)

元旦にM氏の実家に家族そろってお呼ばれした。(お義姉さん、いつもの事ながらご苦労さまでした。)



・・・・そして、その後三日間の記憶がどうも乏しい。



もちろん息子達も帰って来たし、人数が増える分だけ洗濯やら料理やら余計な仕事が増える。

得意のお昼寝の時間もそんなには取れ無かった。



だからと言って、いつも楽しみにしている年賀状もろくすっぽ読まず、ブログを読み歩いたり、読書もぜずにいた理由にはならない。



実は、空いた時間のすべてをネットショッピングに継ぎ込んでいたのである。(^^;;



そもそものはじまりは、暮れに観たSMAPと今年の美女(?)20名が出てきた「今年一番嫌だった女」についてのトーク番組で、神田うのちゃんがしていたゆれるイヤリングだった。



彼女は御主人のパチンコ会社を意識してか、婚約発表の時のパチンコ玉ジュエリーをはじめ、ボール形状のジュエリーを上手に身につけている。



その時彼女がしていたのは、たぶんグレーの変形パールの長さが異なるのをいくつか重ねた長さ6センチ以上はあろうかというロングイヤリングで、彼女が話をするたびに耳元で音がしそうに可愛らしく揺れていた。



ああいうの、欲しい!

九子は年がいもなくそう思った。(^^;;



思えば活動的だった母はいつもショートカットだったから、彼女のイヤリングはほとんどすべてが耳の上にのるだけのデザインのものだ。



九子はと言うと、長い間なぜかイヤリングには興味が無かった。



自分がおっちょこちょいなのを自覚しているので、すぐに落としてしまいそうなイヤリングなど買うつもりもなかった。もちろん、ピアス穴もあけていない。



それがその時、うのちゃんの耳元で揺れたロングイヤリングが九子の心に火をつけたのだ。



いつものネットショッピング会社のは、なんだか物足りない気がした。



そもそもロングタイプというのは割に数が少ない。

その上、いつ落とすかもしれないイヤリングに何万円もかけるのはばかばかしい。

だけど、若い娘じゃあるまいし、おもちゃみたいな偽物はつけたくない。

ちょっと隣近所に出かける時につけても嫌みにならない目立たない普段使いのものはないだろうか。

出来たらゴールド系とシルバー系の両方を・・・。



と、これだけとってもなかなか厳しい条件である。(^^;;



最初に見たのは外国サイトだったのだが、海外ではイヤリングというのはほとんど見当たらない事がわかった。ほとんどすべてがピアスなのだ!

たまにあっても、驚くほど高価だ。

(ここで海外サイトが外れたのは、九子にとっては幸いであった。)



そこで「イヤリング ロング」と検索を入れてみたら、なんと!今まで見た事も無かった楽天市場の膨大なジュエリーサイトが引っ掛かった。



気に入ったものがあると、それぞれの店サイトまで出向いてさらに探し出す。

探せども探せども、デザインの良いものは値段も高いし、すでに売り切れていたりする。



この売り切れというのが問題で、今なら買えるものでも次に見た時はもう買えなくなっているかもしれないという不安をあおる。



しかし、まだまだよその店を見ればもっと良いのがあるかも知れぬと、田舎町長野市の狭い通りの店を漁るのとは到底規模の違うネットショッピングの底無し沼にはまっていく訳だ。



もうこうなると、あらゆるものは無意識の彼方。



お正月だから料理も仕事もしないでいい分、朝から夜まで気がつけばパソコンの前でイヤリングを探し続ける毎日。



もちろん罪悪感が無い訳ではないから、誰かに覗かれるとあわてて別のサイトを見ているふりをした。



中毒という根拠は、「それをしないではいられない不安感」と「それをしている時のみ感じられる満足感」そして、「他の事をする間も惜しんでし続ける時間の長さ」であったのだが、そんな事はネットに没頭してる最中は気がつかない。



わずかに頭をもたげた「このままではやばいなあ。」が、「この状態、どうにかして卒業させなくちゃ。」に変わったのは、けなげな受験生N子が、予備校へ行く前に山のような資源ゴミ(雑誌や新聞)の束を一人で運んでくれた事実に気がついた時。



受験生にそこまでさせて、それでも母親?!



しかしいったん陥った中毒状態は生半可な事では治らない。



そこで九子が取った手段は・・・。

恥ずかしながら、とりあえず買ってしまうという方法。(^^;;



欲望が満たされないから陥っている現在の状態であるならば、少しばかり高くても医者に行ったと思って買ってしまえばいい。それで欲望は満たされて、とりあえず現在のネット依存からは立ち直れるはず!





この作戦は見事効を奏し、おかげさまで本来の生活に戻る事が出来た。

ケチな性格と我が家の経済状況が導き出したおあつらえむきイヤリングは、医者に数回通えばもとが取れるくらいの金額だった。めでたしめでたしである。( ^-^)





パソコンのデスクトップからとりあえずネットショッピングのアイコンは消えた。

しかし24時間やってるテレビショッピングチャンネルを消すのは不可能だ。

しかも、何も面白い番組がないと、ついついテレショップチャンネルを覗いてしまう九子である。(^^;;



いつ何時再びあの狂乱の世界に足を掬われるかもしれない不安と共に、ドラッグやら麻薬やら、精神的依存のみならず、身体的依存( 禁断症状を伴う )も生じてしまうものに嵌る恐ろしさを今更のように感じた次第であった。



そんな訳で、年賀状やメールをもし御無沙汰しておりましたら大変申し訳有りません。この後すぐに書きますので何卒御容赦を・・。m(_ _)m



物欲の師走 [<正統、明るいダメ母編>]

前回の宝石話を書いた時、まさか続編を書く羽目になろうとは思いもしなかった。
思えば「物欲」スレッドだ。今更ながらこのスレッドを立てた人の先見の明に頭がさがる。


ミステリアスセッティングに心奪われて、実は買おうと思ってた色じゃないのを買ってしまった九子は(^^;;、本来買うべき色の石で、予算の残りで変える価格(つまり途方も無いお買い得価格!)のをまだうじうじと探し続けていた。


QVCアメリカには日本からの注文を断られてしまったため、きっぱりとサイトを見るのをあきらめて、日本からの注文を受け付けてくれる別の海外サイトを探しては未練がましく日がな一日パソコンをたたく。(きっぱりが聞いて呆れる。(^^;;)


目をしばたたせては雲切目薬をつけ直し、飽きるほどジュエリーを見続けてわかった事が有る。


日本で売られている価格は、やはり高いのだ。
特にテレビショッピング系ではアメリカのサイトでは半値ほどだったものまである。
逆に言えば、だからあちらの兄弟サイトでは日本からの注文を受け付けていないのかと納得する訳だ。


いくら安くても日本から買えないのでは仕方が無い。
そこであきらめてあっさり日本のサイトに戻るほど九子はヤワではない。(^^;;
手を変え品を変え検索キーワードを絞っては、日本からの注文を受け付けてくれる激安サイトを血眼になって探す。


そして、あった!
石だけでもジュエリーでも、文句無い品揃え。!しかもすべてがいつでも定価の三分の一、四分の一、中には9割引まであるそうだ!
その上、9K10Kなんかではなく、14K以上が中心である。


石の優劣ばかりではなく全体のジュエリーとしてのお薦め度が☆で表されていて、安心して買える。


mountなる単語にもお初にお目にかかった。指輪の取り付け具の事だった。
つまりこの店ではお気に入りの石とお気に入りのmountを買って、世界でただ一つのあなただけのジュエリーも作ってくれるらしい。


すごいでしょう。教えて欲しいって?
教えてあ~げない。(^^;;
(でもどうしても教えて!と言う人は、九子にメール下さいね。それだけの努力に免じて教えてしんぜましょう。( ^-^))


もともとは予算の余りで買うはずだったのが、二日三日と見続けるうちに、
「20ドルの送料払って(この送料もリーズナブルreasonable。送料だけで50ドルなんてとこもあった!)関税も払って、100ドル200ドルのもの買ってどうする!その上今はドル安のお買い得時期であるぞ!」と、神の声ならぬ物欲の声が九子の耳にこだまする。(^^;;


そこで路線を180度変更し、「まあ来年は何も買わずに我慢することにして・・・・。」と、実現の可能性皆無の口実をしつらえて予算額を大幅アップ。


と、ここで日頃ビンボーを嘆いている九子のこの太っ腹ぶりに驚いた皆様へ若干の弁解を。


こんな九子の笠原十兵衛薬局でもまがりなりにも商売やってる訳だから(^^;;、お金って回って来るもんなのよねえ。


早い話が仕入れ先。母がしっかり長年の信頼関係を構築してくれてあったため、未払いの金額が山のようにあっても、決して催促する事無く気長に待ってくれるのだ。


言ってみれば無利子の融資先みたいなもんで、心の底から有り難い!
(公私混同はいけませんぞ、九子さん。(^^;;)


そんなこんなで新たに設定した予算額の枠内で買える☆☆☆☆☆のお薦め品を探す事さらに半日。
なんだかさすがに目がくらくらして、疲れた頭に更に聞こえる声が・・・。


「別に何も今買わなくってもいいじゃん!いつでもこの値段で買えちゃうんだから・・・。それに、確かに上質でお買い得なジュエリーばかりだけれど面白味に欠けるのよね。デザインの繊細さから言ったらやっぱり笠原真寿美さんよねえ。」


ここで九子はひとつの学習をした。
実は以前、隣の八百屋のおじさんが言ってた言葉だ。


「九子ちゃん、大好きなものを嫌いにさせるやりかた知ってるか?毎日そればっかり食わせるんだよ。
うちの娘ども苺が大好きだったんだけどなあ、売れ残りがたくさん出たんで毎日毎日食わしてるうちに一週間位でもう見るのもいやだって言い出した。ほんとだよ。」


我が家は5人の子供達に毎日飽きるまで苺を食べさせるほど裕福ではなかったので試すには至らなかったが、確かに毎日毎日同じサイトのジュエリーばかりを見続けていると、だんだんもうどうでも良くなって来た。


・・・・・と、言ってるそばからその後もぽちぽちQVCだけは見続けて、ミステリアスセッティングの商品が突然現れては二日程で消えていくのを確認していた九子。(^^;;


その日も機械的にデスクトップ上のQVCアイコンに手が伸びて、手慣れた様子で商品一覧を開いたところ・・・・・。


あった!今日はあるよ!しかも、売り切れてたはずのまで、ほとんどの商品が・・・。
どうやら突然テレビで特集が組まれたらしくて、それに合わせてネット上でも今年最後の特別大売り出しと言う事になったらしい。


テレビの方ももちろん見た。
ああ、やっぱり。この緻密な無駄の無いデザインは真寿美さんならではよねえ。
どんな高価な石を使うよりも洗練された魅力があるわよねえ。


ナビゲーターが叫んでいる。
「みなさん、お急ぎ下さい。これだけのデザインを作るには質の良い原石が必要になるのですが、原石の確保というのが現在非常に難しい状態です。来年になったら、もしかしたらこのお値段で皆様にお届け出来るかどうか・・・・!そもそもこのデザインでお作りする事が出来るかどうか・・・!」



九子はここで大事な商売の法則を学んだ。
良いものは高くても売れる。
しかも「いつでも買える。」はダメ。今しか買えないかもしれないと消費者に思わせることこそが、商売の秘訣なんである。


そして消費者の誰かさんは、まんまとその手に引っ掛かった。(^^;;



あ~あ、出来れば2007年の締めくくりを物欲なんかで終わらせたくなかったなあ。
なんとかもう一回、格調高いやつが書けたらなあ・・・。( ^-^)


笠原真寿美 ミステリアスセッティング ミステリアスセット
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宝石の話 [<正統、明るいダメ母編>]

駆け足でウツが良くなって、現在少々ハイなのかはわからないが、最近ネットショッピングに嵌っている九子である。それもジュエリーなのである。( ^-^)


そもそも二十代、三十代の若い頃、宝石なんぞ買う人の気が知れなかった。
「宝石なんて一生いらない!」と思っていた。


それが若さが薄れ行くと共に(^^;;、薄れる事の無い永遠の輝きが貴重に思えてきた。


洋服はユニ○ロで誰かとかぶっていたとしても(^^;;、そこに光るアクセサリーがあれば、自己主張が出来る。
洋服はどんな高価な服でも古びてくると価値が落ちるが、宝石ならそこそこ価値は落ちないどころか、限り有る資源であれば逆に高くなる可能性だってある。
何より、娘に譲って代々身に付けて家宝にする・・・ほど高価なのには手が出ないにしても、形見に遺して使ってもらうくらいは出来る。


去年亡くなった九子の母が持っていた宝石は極端だった。
高いのは百万の上!
安いのは何千円!
肝心のその間の価格帯のがほとんど無いので、普段にはまったく使えない。(^^;;


そもそも母にとって宝石とは、身に付けて楽しむというよりむしろ、株と同じ投機の対象だったのかも。


それに昔はデザインそのものを楽しむという事よりも、どれだけ大きい高そうな石の宝石を身に付けているかがステータスだった時代だったのだから仕方ないか。


それにしても娘が二人いるんだからして、九子は絶対、ふだん娘達にも使える宝石を遺してやるぞ!
そんなこんなでネットショッピングのジュエラーに手を出したのは3年前位だったろうか。


当時から石に趣味があった(と言っても宝石ではなく鉱石だが(^^;;)M氏が見ていたのが、タイジェムというサイトだった。名前の通りタイにある宝石屋である。


ここは今では石そのものだけを売る店になっていて、ジュエリーの方は品数もびっくりするほど目減りして、「本当にこれで商売する気あるの?」という笠原十兵衛薬局状態になってしまっているが(^^;;、以前は指輪やらネックレスやらもそれはそれはすごい品揃えだった。


一時は単なる売買ではなくてオークションスタイルを取っていて、品物の値段が刻々と変わって行くのでサイトからなかなか目を離せず、世界中に競争相手が居る訳だから油断しているうちに買われてしまうため、薬局そっちのけで(^^;;嵌っていたこともあった。


まあいくら嵌っていたとは言え、先立つ物の量が量ゆえ、大盤振る舞いという訳にはいかない。
とにかくそのサイトばかりを見続けては目を疲れさせ、客に売るべき雲切目薬を自分で自家消費していたという訳だ。(^^;;


いつの頃からかタイジェムから指輪やら首輪やらが少なくなり、だんだん面白味が失せて来た頃に見つけたのがTODAYGEMだ。


こっちもどうやらタイの会社らしく、こちらは今でも豊富な量の宝飾品を扱っていて、九子も数点買ってみた。


確かに安い気はするが、日本のしかるべき宝石屋と比べると作りが雑なのは否めない。
それにこれでもかと石を強調するデザインで、要するに洗練されていない気がする。
そしてゴールドはせめて14Kくらいなら許せるのに、9K10Kが主流だったりする。


その上輸入品だから関税がかかる。
クレジットカードで支払いが済んだと思っていると、品物が届いた後に請求されるので損した気分になる。


それでもこれでも、輸入品の、たぶんそんじょそこらの人が持っていない品物となれば、いくら安物でも愛着は湧く。


到着したばかりの時、9Kの白っぽい輝きにみすぼらしささえ感じてしまった九子もそのうちすっかり慣れて、ふだんのホントどうでもいい服が少しでもマシに見えるように、善光寺郵便局なんかへ行く時には努めてはめて行くようにしている。


それも左の中指と薬指の二本の指にお決まりのようにはめていく。
(安物だからひとつだと貧相なのだ。(^^;;)


そのTODAYGEMもそろそろ見飽きた頃、QVCジャ○ンテレビショッピングで見た美しいその人と、その人がデザインするミステリアスセッティングなる爪止めのない特別な加工方法によりひときわ光り輝く指輪やペンダントに九子の胸は高鳴った。
爪が全く見えないので、2ミリ角の宝石のタイルが敷き詰められているように見える。


その人の名前は笠原真寿美さん。何やらどこかで聞いた事の有るような名字だが(^^;;、彼女はドイツ在住の世界中で活躍するジュエリーデザイナーなんだそうだ。


モデルさんもびっくりの透き通る白い肌と美貌に、自身のデザインによる品の良いジュエリーが美しく映える。
九子が早速ネットでサイトを探した事は言うまでもない。


時あたかもクリスマス目前のかき入れ時と見えて、ふだんなら庶民の手にも届く値段帯のがたくさんあるのに、20万はおろか30万、40万なんてため息ものもかなりあって、さすがにそれだけお金をかければこれだけゴージャスなのが手に入るんだわあと思いながら、気分はハイとは言え幸いにも自分を見失うことのない九子は、とりあえず分相応の値段のものだけを目で追って行く。


番組では「さあ、残り少なくなっております。今すぐお電話を。」とナビゲーターが叫んでいるが、「まあいいわ。慌てなくても。いざとなればネットで・・・。」と優雅に構えて最後まで番組を見続け、お眼鏡に叶ったヤツをクリックしてみたら、何と!


「この商品はインターネットでは買えません。必ずお電話で御注文下さい。」だって!!


時間はと言えば、草木も眠る丑三つ時。
ままよと0120で始まる電話番号に電話してみたら、夜中も働いている女性オペレーターさん。
無情にも「あっ、お客様、申し訳ありません。その品物はたった今ソールドアウトになってしまいました!」


人間何が悔しいかと言って、タッチの差で欲しかったものが手に入らなかった時ほど悔しい事はない。
仕方が無い。丑三つ時故、粛々とベッドに潜り込んでみたが、なかなか寝付けない。


あきらめ切れない九子は、次の日もテレビショッピングを見続けては、あのペンダントにまさるとも劣らず、しかもお買い得のはないだろうかと目を凝らす。テレビが見えない場所に居る時は、同時進行のパソコン画面を穴のあくほど見つめる。


この姿はM子やM氏にも目撃され、心優しいM氏は「そりゃあウツが治った証拠だな。12月だし、結婚記念日もすぐだから、そのくらいいいんじゃないか。」
(結婚記念日のことなんか、これっぽっちも頭になかったよ。(^^;;)


M氏のお墨付きももらった九子は更に一日テレビとパソコン三昧を続けた結果、なあんと!
最初にタッチの差で品切れて「sold out」と表示されてたあのペンダントが「残りわずか」表示に変わっているではないか!


即座にダイヤルして、めでたく会心の笑みを浮かべる九子。
サイトをずっと見続けてて良かったわあ。テレビ見てるだけじゃわかんないもんね。( ^-^)
(まあ、それだけ薬局が暇だから出来ることなんだけど・・。(^^;;)


それにしてもキャンセルは受け付けないはずだったのに、誰かがまとまってキャンセルしたのかしら。
キャンセルが出た丁度その時パソコン見てたなんて、超が付くくらいラッキー!( ^-^)
(丁度その時だけではなく、四六時中見てたと思うけど・・。(^^;;)


その後も買えた品物を確かめたくてサイトを見続けていた九子。
すると半日くらいたった後、突然真寿美さんデザインのジュエリーのみが忽然と画面から消えていた!


そうか!注文が一杯になったから、もうこれ以上の注文を受け付けないんだ!


これから注文しようと思ってた人、残念だったわね。
にんまりと微笑む九子。(^^;;


あとは2月に品物が届くまで舌なめずりしながら待っているだけ。(^^;;


よく見たらQVCは世界中にあった。QVCアメリカ、 QVCイギリスとQVCドイツ。九子のパソコンのお気に入りには、早速それらのサイトが付け加えられた。( ^-^)

☆残念ながらQVCの国外サイトへは日本から発注する事は出来ないようです。


それにしても九子さんって、お昼寝して、パソコンして、テレビショッピングもして・・・。
一体いつ仕事するのかしら・・・。(影の声)


(^^;;(^^;;

QVC 笠原真寿美
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電話から始まる話 [<正統、明るいダメ母編>]

皆さんは、美味しいものは先に食べちゃう方?それとも、最後に残す方?


九子の場合は断然最初だ!
だって少食だから、(えっ?(^^;;)最後だと食べられなくなるかも・・・・。


こういう身の処し方、つまり美味しいものを最初に食べる方が、精神的には健全らしい。


以前は美味しいものを最後に残していたかどうかはさておき、坐禅を知る前の九子は確かに、自分の気持ちに素直になることよりも、周りの目を気にしてひどくびくびくしていた。


坐禅を知ってからというもの、より主体的に行動しているように思う。
言葉を変えれば、より大人になったのかな?( ^-^)


安倍首相の突然の引退で、政界は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
ブログ仲間でもやや手厳しい暮石さんやら、かばうような調子の要さんやら城太郎さんやら賛否両論が渦まいている。


自分でも心の病を抱える九子は、少なくとも彼の引退会見の時の発言を捕えてどうのこうの言うべきではないと思う。


もう多分だいぶ前から、首相は善悪の判断が付かないくらい精神的に追いつめられていたはずだ。
そういう状態の時人間が言う言葉はさまざまな憶測を呼ぶものだが、それ自体に意味はないのだ。
彼本来の気持ちに余裕が無くなって、聞かれたままに思い付いたことを口走ってしまう。それだけなのだ。


確かに最低のタイミングでの辞任表明だったかもしれない。
でも安倍さんにはすでにタイミングを図るだけの気力も残されていなかったのだろう。


彼の言葉に、いつでも嘘はなかった。
出来ると思って始めた事が出来なくなってしまっただけだ。
確かに読みは甘かったかもしれないが、誠実であり続けた人だと思う。



安倍さんは、九子が思うに、だんぜん美味しいものを最後に残すタイプのようだ。
まず育ちがいいから、そんなにがつがつして最初にあわてて食べなくても、誰にも取られることがない。


最初に言ったように、より精神的に健全なのは美味しいものを先に食べる人間なのだ。
安倍さんはだから、少々健全ではない、つまり弱さがあるという事になる。
(また、強引な結論付け・・。(^^;;)


これは、安倍さんが選んだ昭恵夫人を見れば一目瞭然だ。
若干の性格的な弱さを持った人間は、パートナーには陽気で楽観的で、細かい事を気にしないタイプを選ぶと言う。


早い話が、坐禅に出会う前の未熟人間だった九子が結婚した相手が、気楽のかたまりと言われたM氏であった訳だ。(^^;;


昭恵夫人が訪米した時は、女学生みたいな的外れな事ばかり言ってる昭恵夫人に正直高い点数はつけられないと思ったものだが、現在苦境にいる首相を全力で支え、救えるのは昭恵夫人の他に無い。


まだまだお若いのだからしっかり休養されて、自民党の重鎮として長い間活躍して頂く事を望む。


例によって前置きが長くなった。
先を急ごう。


たまたま電話から始まる話が二つ続いた。


美味しいものを先に食べる九子は、嫌いなものも先に食べる。
だからまず、嫌な方の話から始めようと思う。
(って、言ってる事が支離滅裂じゃあ・・・。(^^;;)


それは突然の電話だった。
九子の方が全面的に悪い。
客商売の身では、してはいけない事。
でも、仕方が無かったんじゃないかな・・?と、その時は思った。



朝から笠原十兵衛薬局はいつものように暇だった。(^^;;


九子は洗濯が終わると、メールをチェックし、雨で客も来そうに無いので(まるで晴れてたらさも売れる・・・みたいな言い方。(^^;;)ゴロンと寝転んで本を読んでいた。


そのうち心地好い眠りに誘われうとうとしかかったところへ、一本の電話。


出てみると50代か60代の中年女性の声だった。
「こんにちわ。お忙しいところすんません。だんなさんいてはります?」
(とにかく、そんな感じの関西弁だった。)


この「お忙しいところすんません。」と「だんなさん」が問題だった。


過去に何度も九子はこういう電話を受けていた。
全部と言っていいくらい、ゴルフ場やマンションの勧誘電話だった。


最近では呉服屋や着付け教室からの電話も有った。
たいていが中年の女の人だった。


「お忙しいところすみません。」と思う位なら、電話しなきゃいいじゃん!
「だんなさん」でなくて、悪かったわね。!


九子はぷんぷんしながら電話をがちゃり!と切った。


直後にまた電話が鳴った。
さっきの女の人の怒声が響いた。


「どうしたんですか、いったい!こっちが何にも言わないうちにがちゃんと電話切って・・。感じ悪い!
せっかく注文しようと思ったけどやめましたわ。」


ヤバイ!注文電話だった!


「あっ、大変失礼致しました。よく勧誘の電話がかかりますので、それと間違えて・・・。」
「そんなら、なんの御用ですか位聞いてくれはってもいいん違う?いきなりがちゃりはないでしょう。!!」
それだけ言うと、電話は切れた。


薬局の名誉のために言うけれど、こういう事は薬局始まって以来始めての事だった。


考えてみると九子は見かけに寄らず大変短気なのだが(^^;;、その気の短さを相手と面と向かっては決して表に現さないタイプだ。


ところが電話、相手の見えない特に勧誘やセールスの電話となると、本性をもろに現して(^^;;、怒りをこめて中途で受話器を置く癖がある。


今まで何百回となく同じように対処して来た。そしてなんの間違いも無かった。
・・・・・・・・・と信じていた。


今回、はじめて間違った。彼女の言い分が100%正しいのだ。


ここで機転の利く人ならば、もしかしたら「すみません。今受話器を落としてしまって。」とかなんとか、言い訳もできたかもしれない。


ナンバーディスプレー表示でもしてあれば、かけ直して重々お詫びする事も出来たのだが・・。
(NTTに聞いたところ、一般電話なら毎月400円で出来るが、事務所用だと毎月2000円近くかかると言われ、即断った。)


「風の歌を聴け」に書いた最低の気分の原因が、実はこの一件だった。


こういう時こそ、坐禅をするべきなのである。
確かに坐禅の呼吸によって、ああでもないこうでもないとろくでもない事を考えてしまっていた頭の中が、霧がはれるようにすっきりとするはずなのだ。


集中出来さえすれば・・。(^^;;


まあでも集中できなかろうと坐禅の姿勢で背中をまっすぐにしてすわっていると、気持ちもだんだん静まってこれからの方向性なんかも見えてくる。
(本来座禅中はものなど考えず、数息観と言って、数を数えることに集中していないといけないのですが・・。)


今日の電話を教訓に、これからはたとえ勧誘電話であっても、もう少しやんわりとお断りしよう。
きっと九子の今までを反省させるための仏様からの電話だったと考えよう。
(いつまで続くかわかんないけど・・・。(^^;;)



さて続いてはお待ちかね、嬉しい方の話であるが、こちらはまあ結果的に考えてみると嬉しい成り行きになるはずだった淋しい話と言い変えるべきかもしれない。


雲切目薬が全国区になるきっかけとなったのは、4年半前の善光寺御開帳の直前に出た日刊ゲンダイ「妙薬探訪」というコラムだった。


ある日かかってきた一本の電話で、当時元気だった17代笠原十兵衛と娘の九子がS記者のインタビューを受けたところから始まる。


どうせタダで載せてくれる記事なのだからと父母はほとんど当てにしていなかったが、上京した折日刊ゲンダイの実物にお目にかかり、多くのサラリーマンが帰宅途中に電車でよみふけっていたのを知っていた九子は、わずかながら期待はしていた。


結果はなんと、予想を大幅に上回る反響があり、笠原十兵衛薬局の電話はそれから数日間鳴りやむことはなかった。


後でS記者に聞いたところ、善光寺ご開帳の影響もあって、何年間かの連載中、雲切目薬は今まで一番の売上を記録したんだそうだ。


妙薬探訪―からだにやさしい生薬百選 (徳間文庫)の画像こんな本まで出た。(よく見ると真ん中辺りに雲切目薬が・・)
それがたった4年前。
夏草や、つわものどもが夢の跡・・・・・。(^^;;


でもお陰様で、会計士さんに毎年「薬局閉じちゃった方が得ですねえ。」と言われ続けた毎日よりはましになったことは事実である。( ^-^)



今回の久しぶりの電話は、なんと九州からだった。


日刊ゲンダイも、さすがに九州までは威力が及んでいないらしく、今まで九州からの注文はほとんどなかった。


その九州地方を一手にになう西日本新聞社の広告会社からの電話だった。


「今回白内障の特集なんですが、期日も迫っておりますし、8万円のところ半値の4万円でいかがでしょうか?」


九子の弱いもの、もう御存じですね。
そう!「安い!」「お得!」という言葉。(^^;;


考えてみると、最初がタダの新聞広告から売れ出した雲切目薬は、今までお金を払って新聞広告というのに載せてもらったことがなかった。


つまりお金の有り難味を知らないわけである。
この大きさの記事でその金額というのも、実は安いのか高いのかわかりようもなかった。


わかったのはただひとつ。
父が死んだ時の死亡広告は、あんな小さな記事ですごく高かった!
それに比べれば安い!
その上、さらに半額にしてくれるんだって!お得だよ~!(^^;;


若者らしい記者氏は、「雲切目薬は白内障に効くという言い方は出来ないのですが・・」というこちらの言葉を的確にとらえて、ホームページを引用しながら正確に伝えてくれた。
小さいけれど、良い広告だった。
たったひとつNHK(テレビ)が、HNKとなっていた事を除いては・・。(^^;;
(校正も受け取ったはずなのに、気付かなかったこちらも迂闊なのだが・・。)


北九州市版というのに載った。10万部?とかになるのだという。
朝から手ぐすね引いて待っていたが一本も電話はかからなかった。


実は以来現在まで、一本の注文電話も来ていない。(^^;;


注文電話は一本も来ていないのに、その後じゃんじゃんかかってきた電話があった。


それはいろんな会社からの「西日本新聞の広告を見ました。ぜひ我が社にも広告を・・」というものだった。


同じ西日本新聞の各地域が多かった。大分、熊本、長崎、福岡・・・。


そして最後にこの一言が必ずついた。
「いやあ実は今回締め切りが迫ってまして、もう赤字覚悟でこのお値段で結構ですから・・・・・。」


何に弱いって、「安い!」の一言にめっぽう弱い九子である。
しかも最初に来た北九州市版よりも、どの会社も更に安かった。


でも考えてみると、一社当たりは安くても、二社、三社となれば結構な金額だ。
「それでも雲切目薬が九州の人の目に止まれば・・・。」
九子は清水の舞台から飛び下りるつもりで、いや乗りかかった舟、いや毒食えば皿まで・・・・。次々と誘いに乗った。
今から考えれば、あの時九子の目は血走っていたかもしれない。(^^;;


実はまだまだ新聞広告の話は続く。最後は今月27日の日刊スポーツ「通販のすすめ」の小さな広告に至るまで・・。


結果に関しては・・・・・・。


多くを語るまい。
少なくとも雲切目薬が広告業界の人々の目にとまった事だけは確かである。
それで良しとしておこう。



二番目の電話は結局、美味しい見せかけに騙されて、食べてみたらば心淋しい、いや、懐淋しい結果に終わったわけである。


つまり電話から始まる話は、何の利益も生み出さなかったという事になる。


いやまあ、そうでもない。
こう考える事も出来る。


あのままの電話の対応をずっと続けていたならば、きっとどこかで誰かに反感を買う事になった。何より我が家の財産は信用だ。
マンションやゴルフ場を売りつける方だって、仕事上必死で電話かけてるんだろうから。
自らを反省する機会が出来た事を心から喜ぼう。


雲切目薬だって、注文電話はかからないけれど、みんな広告切り抜いて迷っているだけのかもしれない。(^^;;
これからに期待しよう。



坐禅を知って美味しいものから先に食べるようになった九子は、今やM氏の上を行くお気楽人間である。( ^-^)


安倍首相
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カンガルーのハッチの話 [<正統、明るいダメ母編>]

九子は割かしどこかへ行きたい欲求の少ない人間である。



それならば日常生活の中に楽しみを見つける事の上手な人間か・・・・・・などと言うつもりはさらさらない。(^^;;



それどころか、庭先に何の花が咲こうが、どんな鳥が来ようが、はたまた草が伸び放題であろうが、そういう事で目に見えない季節を感ずるとか、そう言った類の感性はからっきし持ち合わせておらず、いっそのこと昼間っから年代物のカーテンで覆っておいた方が、母が世話をしなくなって以来荒れ放題の庭が見えなくていいわよね、などと考えている無粋極まりない人間である。



そういう九子が、珍しく行きたくてたまらない場所があった。



須坂市の臥竜公園の中にある動物園である。

カンガルーの「ハッチ」のいる動物園という方が通りがいいかもしれない。



子供達の小さい頃、臥竜公園は一日を過すのに絶好の場所だった。

長野市内からほんの車で30分くらい。



ハッチで有名になる以前、「動物園」は実は添え物で、養蚕業で有名だった土地の豪商が、たぶん京都の雅(みやび)に似せて作ったであろう庭園と、四季それぞれに彩りを変えるこれもたぶんに人工的にさえ見えるおあつらえ向きの高さの小山と、竜の棲むと伝えられた池とが、嫌らしくない華やかさで調和のとれている臥竜公園そのものの方が、むしろ人々に愛されていた。



公園の中には一年中、おでんや団子が食べられる花見小屋みたいなのが何軒か軒を連ねている。

その上にちょっとした遊園地や水族館まであったから、子供達は一日中飽きずに過したものだった。





アカカンガルーのハッチ。

ぐうたら寝てる仕草やら、ぽりぽり股のあたりを掻く仕草で「おやじカンガルーのハッチ」としてつとに有名になり、また、サンドバックを抱き抱える愛嬌者でもある。



少なくとも子供達が小さかった十年前には居なかったか、そんなに有名ではなかったはずだ。



それがここへ来て、志村けんの番組かなんかで嵐のメンバーや青木さやかが世話をして以来、全国区の人気者になった。



お年頃になって神戸の動物園から色白の可愛らしいお嫁さんカンガルーの「クララ」をもらってみたら、そのお嫁さんがすでに他人の子持ちであり、そのなさぬ仲の子を自分の子でないと知ってか知らずか愛しげに見やっているハッチにまたまた同情が集まり・・・・・・・。



そんなこんなで、廃園に追い込まれる寸前だった動物園の救世主として、ハッチは今や地元の名士なのである。



夏休みの頃から行きたい思いを募らせていた九子であったが、ようやくここへ来て出来すぎ母が入院してくれた関係で、日曜の昼間時間が取れてM氏の車で見に来ることが出来たという寸法だ。



今はちょうど季節柄、臥竜公園では菊花展も開催されていたが、久しく来ない間に動物園は様代わりしていた。



以前はたぶん青年で、優雅に我が世の春を謳歌していたに違いない十数羽の孔雀の見事な青緑色の羽が、見るもみすぼらしい茶色に代わり、それでも胸の辺りには、かつての面影を髣髴とさせる錦色がかろうじて残っている。



孔雀に限らず、あの頃はどの動物ももっと若くて活気があったような気がする。



そう感じるのも、感じ取る側もまた同じく年を重ねたせいなのか、などとついつい勘ぐって苦笑する。





ハッチのおりの前だけは、そこだけ時間が止まったように、子供達の歓声や笑い声でさざめいていた。



クララの赤ちゃんが今月中にもおなかの袋から出て来る予定だそうで、時折袋から顔をのぞかせる赤ちゃん人気も手伝って、おりの前は前の人に重なるようにして、わずかの隙間を見つけては首だけ伸ばしたりねじるようにしたりして見ている観客でいっぱいだ。



その人々の群れの中に、九子とM氏もいた。



始めて見るハッチは、テレビの画面で見るそれと寸分違わず、足を広げて寝そべってぐうたらしていた。



クララの方は、小柄で色白の美人カンガルーであり、寝そべるハッチと対象的に、ちょこまか動いて働き者と言った風だった。



しばらく見ていると、ハッチの別の面が見えてくる。



ぐうたらハッチとばかり思っていたが、やおら起きあがって今までと別の場所へ移動してそこでまたぐうたらする。



そしてまたしばらくすると、また違う場所へ移動する。



まるで、どのお客さんからも自分が見えるように気を遣ってでもいるようだ。



見ていた二十分位の間に、何度もそうして移動をし、その上有名になったサンドバックにしがみつく芸もやって見せ、そうしてクララの袋の中の子供にすりよって、いかにも愛しそうに頬ずりなどしている。



「役者だよ、ハッチは!」



そう思って見ると、すべてのぐうたらは計算し尽くされた演技のように思えて来る。



その上、時折見せる遠い目!



ハッチは、ぐうたら足を投げ出しながら、遠い故郷を思うように、また「クララの子供が僕の子で無いことくらい、ちゃんと知ってるよ。」とでも言いたげに、長いまつげの横顔で、じっと考え込むように一点を見つめる。



まるで深遠な哲学者でもあるように・・・・・・。



「そうか、ハッチよ。お前もか・・・。」





九子がどうしてもこの動物園に来たかった訳。

ハッチにどうしても会いたかった、見てみたかった訳、それは・・・・。



ぐうたらなハッチを見て、自分よりもぐうたらな対象物を見て、自分を慰めたかったのよ。

「ほら、九子さん、安心しなさい。あなたよりずっとぐうたらしてるハッチがいるじゃない!」





「負・け・た・!」(^^;;(^^;;(^^;;



カンガルーの話なら、こちらも覗いてね。( ^-^)
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