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彼女の訃報 [<番外 うつ病編>]

湿っぽい話題はウツに紛らわして7月中に書いてしまおうと思いながら、暑さに怠けているうちに、アップする頃はもう8月!という体たらくである。


ずっと気にかかっていることがあった。
でもきっと、九子が考えてることは事実ではない。
それでもついつい、こういう考え方をしてしまう。

これがうつ病の妄想ってやつなのだろうか。(ウツはとっくに治ったと思っているのだが・・。)

小学校の同級生が亡くなった。
同級生で3人目。初めての女性の訃報だった。

彼女は転校生。
たぶん4年生頃からの転入だったと思う。

裕福な家庭の三姉妹の長女だった彼女。二人の妹たちも揃っての転入だった。

九子はどこか彼女に親近感を覚えていた。

彼女も九子みたいにお母さんにみんなやってもらって育ったお嬢さんと言う感じがして、ちょっと不器用でとろそうな感じがするのも似ていると思った。

彼女は大変な読書家で、その上ピアノやエレクトーンが上手だった。
だから音楽会ではよく彼女が伴奏した。


彼女はだけど、二人の妹たちとは似ていなかった。

真ん中の妹も一番下の子も、クラスの男の子たちの噂になるほどの美形で、しかも明るくはつらつとしていた。スポーツも出来てどこにいても目立った。
彼女一人が違う顔立だった。
そのせいなのか、彼女の印象は地味でおとなしかった。

さてこうなってみると、九子は運がよかった。
小さい頃よく親に似ていないとは言われたが、一人っ子だから姉妹と比べられると言う事態は生じない。

九子がいじめられることも無く過ぎたのは、とりあえず九子が優等生だったのと、市会議員だった父親に皆遠慮したのだと思う。

彼女はいじめられていたのだろうか?

今となっては真相はわからない。
何しろ彼女も、いじめた側の彼も、二人とももはやこの世の人ではないのだから・・。


でも結局、みんなより体格が劣る子や、不器用な子や、おとなしい子がいじめの標的になることが多い。
そうだとすると・・・と、九子は考えてしまう。


「小学生って、残酷だよね。」
クラスで一番にいじめられていたTさんはそう言って、当時を振り返った。彼女の訃報を電話で伝えた時のことだ。彼女の訃報を伝えるべき人を、他に思いつかなかった。


彼女とは何度か会って食事をしたり、彼女の妹さんの、もはや趣味の範疇を越えたコンサートに一緒に行った仲だという。

Tさんはその後英語を勉強して、通訳としてバリバリ活躍している。
Tさんの顔には辛い過去を克服して逞しく生きている自信がみなぎる。


その後の彼女の事は、中学でも同じクラスではなかったし、もちろん高校、大学も別だったのでよくわからない。

わかっているのは、彼女が九子と同じく、どう考えても向いているとは思えない理系に進んで、家を継ぐために免許を取ったという事実だ。


結局親御さんの後を継いだのは、彼女ではなくて美人で仕事も出来る妹さんだった。彼女はずっと妹さんの下で働いていた。
しかし実際のところは妹さんに言わせると「姉はほとんど仕事に出てこないで、私が一人働いてるみたいなものなの。」ということだった。


九子は自分の事を考える。九子は薬剤師だから、物言わぬ薬が相手だ。
ただでさえ人の何倍も調剤に時間のかかる九子の事ゆえ、面倒な処方箋の時は「出来たら届けるから・・。」と言えば、出来るのが遅いと文句を言われないで済む。

笠原十兵衛薬局に処方箋を持ち込む人は、ほとんどがご近所さんのみだし、たぶん日本で一番くらいに処方箋の数は少ない。)


これが彼女のような仕事なら、人が相手だし、技術の優劣はすぐにわかるし、やっぱり器用じゃないとやっていられない。
その上、力量の勝る妹といつも較べられ続けて居たら、妹に全て任せて引きこもりたくなるのもよくわかる。

でもよく考えてみると彼女は、10本の指を別々に動かすピアノが上手だったのだから、九子よりはずっと器用だったはずだ。

それでも妹さんには勝てなかったのだと思う。

いったい彼女はそんな日常を何年、何十年続けてきたのだろう。

一度だけ、彼女に手紙を書いたことがある。

「ひきこもっているなら(もちろんストレートにそう書いた訳ではない。)活禅寺で坐禅をしてみませんか?
私、坐禅で気持ちがとっても楽になったの。よかったら朝、車で迎えに行くよ。」

九子が彼女に何かしたのはそれ一度きりだった。

もちろん手紙に書いた事は本気でそう思っていたし、彼女を誘おうとしたのは金輪際うそではない。

だけど、車で彼女を迎えに行って活禅寺に一緒に行くってことは、いつか、またいつかと思ううち、何ヶ月が過ぎ、何年も、そしていつの間にか何十年もが過ぎてしまっていた。
いつも彼女から返事が来なかったことを言い訳にしていた。


一口に何十年と言うけれど、問題はその間彼女がどうやって毎日を過ごしていたかだ。
一日でも心躍る日々が多かったことを願う。

Tさんが言うには、少なくとも彼女がTさんに連絡してきて一緒に食事やコンサートに行った時は、とても明るく楽しそうだったと言う。美人の妹の腕前を誇らしげに語っていたとも聞く。

でもその一方で、彼女にとっては「晩年」(寂しい響きだ。)になるのだろうが、精神的に不安定になって、入退院を繰り返していたとも聞く。


彼女は、未明に亡くなっているのを発見された。
それは連絡が来た一週間も前のことだった。
告別式は近親者によってすでに執り行なわれたという話で、いつもならその後に続くお葬式の連絡はなかった。

しばらくしてから、彼女は仕事場で仕事着で倒れているのを発見されたという情報も入った。
なんだか嘘っぽいと九子は思ってしまった。(本当なのかもしれない。変だと思うのが九子の妄想なのだろう。)

何十年間も引きこもっていた(というのは言い過ぎなのかもしれないが)彼女が社会に接点を持つ機会はそんなに多くは無かっただろう。
それならば、せめてお葬式くらいは、普通に出してあげて欲しかった。

彼女に詫びたい事はたくさんあった。
弔いの場も無いのでは、彼女の写真を見ながら焼香して手を合わせるという行為の中に吐き出したかった胸の思いの行き場が無い。


50年も前、小学校の同じ教室で過ごした彼女と九子。
世間的に見たらずいぶん違ってしまった二人かもしれないが、あの頃はおんなじ悩みやおんなじ不安を共有していたはずだ。
親に言われて大学に行き、家のためと言われて適性もないのに資格も取った。

九子は運に恵まれ、人のいいお婿さんが来てくれて幸せになった。
でも彼女は、生涯独り身だった。


彼女の魂に幸多からんことを!


次回からはまた元気な日記を書きますね。( ^-^)

 ★ここで大事なご報告を!

九子はお盆に彼女のお参りに行き、ご家族とお会いして来ました。その結果、彼女は心筋梗塞による急死であったこと、趣味も、友達も 多く、人生をエンジョイされていたこと。グルメだった彼女が取り寄せていた食材が彼女の死後もたくさん届くと妹さんが笑顔でおっしゃっていました。

 つまり彼女は九子が思っていたイメージとは全く違う人だったのです。 ですから、上の文章は全くの九子の妄想です。でも妄想でよかった!!( ^-^) 

 

 


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藤圭子の花 [<番外 うつ病編>]

♪♪赤く咲くのはけしの花 白く咲くのは百合の花
どう咲きゃいいのさ、この私
夢は夜開く♪♪

 

日本人形のような美貌とかすれた声で一時代を築いた藤圭子が亡くなった。

九子はあまり演歌が好きではなかったが、あの美しい顔のお姉さんが、酒でつぶしたような声を喉から搾り出すようにして歌うギャップは凄いと思ったし、北海道の貧しい村で育ち、物乞いのように家々の門に立っては歌を歌う生活を幼い頃から続けていたと聞くと、痛々しい気もした。

自死だったという。
藤圭子は本当に自分の咲き方を忘れてしまったのだろうか?

3年前のインタビューに答える彼女がテレビに映し出されたが、「藤圭子」と呼ばれて「あの頃のことはもういいです。人が作った歌をただただ歌わされていただけですから・・。」と言っていたのが忘れられない。

まるで人が作った歌をただ歌っていただけなのだから、自分なんか歌手でもなんでもないのだと言わんばかりに聞こえた。

だから宇多田ヒカルが育ちあがったのか?
母親のコンプレックスが、日本語と英語の作詞、作曲が出来、その上母譲りのかすれた声で「自分の歌」が歌える天才歌手を育てたというのだろうか?

昨今よく言われることだが、たとえ現地で生まれ、現地で育った子供だとしても、よほどの親の努力がないとバイリンガルには育たないのだという。必ずどちらか一方の言語が、時には両言語とも標準レベル以下の子供が出来上がってしまうのだそうだ。

詳しいことは知らないけれど、とりあえず宇多田ヒカルは凄い!
彼女のような日本語の詞は、日本で生まれ育った誰であったとしてもとても書けそうにない。その上、英語だ!その上、曲だ!


「人が作った歌をただただ歌わされていただけ」だった母親が生んだ一人娘は、母親の後を継いで歌手の道に進み、作詞、作曲もこなす a singer/song-writerとして、押しも押されもしない存在になった。
母親にとってこれ以上の喜びはなかったはずだった。

事実藤圭子は、宇多田ヒカルの成功を何よりも喜び、「うちの娘は天才なのよ。」と周囲に吹聴していたという。

それならばなぜ?という疑問は、さらに深まる。

娘が稼ぎ出すお金は何百億円にも膨れ上がり、当然宇多田事務所の役員であろう母親の藤のところにも億単位で入って来たはずだ。

そのお金で藤圭子はギャンブルにのめり込んで行く。何千万円という札束をスーツケースに詰めて、世界中の賭博場を渡り歩く。

後から宇多田ヒカルのコメントが発表され、母親の長年にわたる精神疾患に触れられた時、九子は瞬間的に「ああ、躁鬱病だったのか・・。」と思った。
九子がそう思っただけで、真偽のほどは定かではない。

ただ、想像を超えた多額のギャンブルだとか、死の直前まで一緒だった30歳の男性の存在だとか、感情の起伏の激しさだとか、元気な時と落ち込んでいる時の落差とか、投身自殺だとか言うキーワードをつなげてみると、躁鬱病が一番ぴったりするような気がした。

その後もいろいろな情報が小出しに出されて、一緒にいた男性は恋人ではなくて、元夫が世話をした彼女の身の回りの事をするための男性であったことが判明する。

ここでひとつ、躁鬱病独特の、「多情多感で恋愛に溺れる」と言うキーワードは外れた。だが、やっぱり躁鬱病の疑いは拭えない。


宇多田ヒカルのコメントだけではわからなかったことを、元夫の宇多田照實氏が補う。

それによると、藤圭子は、再三の家族の薦めも聞かず、頑として治療を拒み続けたこと、その結果として、病状は悪化の一途をたどってしまったこと。

ある時期から藤は人間不信に陥り、家族さえも遠ざけて生きていたこと。
ギャンブルにのめり込む生活は、それと時を同じくするようにして始まったこと。
これに関しては、まったく反対のことを言う人もいる。曰く、藤圭子はヒカルと一緒に暮らしたがったが、ヒカルのほうが拒絶した・・と。


こういう話を聞くたびに、九子は大本山活禅寺の無形大師の言葉を思い出す。
曰く、「信は万法の母(しんはばんぽうのはは)」。

すなわち、すべては信じることから生まれるという事。だから、何より大切なことは「信じる」ことで、信じることが出来なければ何も始まらないのだと。

もちろん禅寺の老師の言葉であるからして、「仏教を信じること」が前提にはなるが、この言葉はありとあらゆることに通じると思う。

もしもあなたが大病になり、適切な医療を受けて完治したとしよう。あなたは薬や、名医や、医療スタッフのおかげと心の底から感謝する。

でもあなたは、すべての根底にあるもの、つまりあなたが、その薬を、その医者を、その病院を信じて、その医療に身をゆだねようとしなければ、その結果は得られなかったということを忘れてはいないだろうか?

もしもこの世の中の誰をも信じられない人間が居たら、どんな名医だって激しい拒絶にあって、指一本触れられないのだ。

ご存知のごとく偽薬(プラセボー、プラシーボ)という物がある。薬の成分は皆無であっても、薬だと信じ込んで飲めば、心理的効果である程度は効く。
これが機械ではない生身の人間の不思議さだ。
つまりこれが、信じることの魔力である。

家族の間に、あるいは藤圭子とその周りの環境に何があったかは知らない。
ただ、誰も信じられなくなってしまった人間に、誰であろうと何かを薦めたり、提案したりするのは容易なことではなかったろうという推測は出来る。

藤圭子は、ギャンブルの対象として株でも競馬でもパチンコでも無く、賭博場を選んだ。これもなんだか象徴的だ。

当時まだネットで株をする人はいなかっただろう。株好きな出来すぎ母のところにはちょくちょく”株やさん”と呼ばれる証券会社の営業マンが出入りしていたが、当時はまだそういう時代だった。

競馬でも競輪でもパチンコでも、見渡せばまわり中人間の群れだ。
人間嫌いの彼女にとってはそういうことが煩わしかったのではないか?

賭博場は、それに反して、スロットマシンにしろルーレットにしろ、カードにしろ、相手は物言わぬ道具だ。
外国の言葉は多少飛び交っても、日本語ほど生々しくはない。
それに、なんてったって、元芸能人のプライドをくすぐるほどお洒落な世界だ。

この世の中で誰一人信じるに足る人間が居ない人生は本当に不幸だ。だが、そういう人間と付き合うのは、周りにとってもどんなにか骨が折れる事だろう。

だから、家族が藤圭子を無理やりでも医者に診せなかったことをなじるつもりは無い。

それでももう少し、何とかならなかったものかと無念極まりない。

精神の病が死因になることは無い。うつ病だからと言って、勝手に心臓は止まらない。怖いのは自殺ただ一つだから、それをコントロール出来さえすればよかった。でもそれは、言うほど楽ではない。

再び。藤圭子は自分の咲き方を忘れてしまったのだろうか?

あれからもう40年近い年月が流れて、世の中もずいぶん変わった。
花の世界だって、赤い花でも白い花でもなく、「大きな花に小さな花 一人一人違う種を持つ ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」という世界がやって来たんである。

SMAPのこの歌が流行った頃、彼女はもう病気のために自分の殻を硬く硬く閉ざしてしまっていたのだろうか?自分の花は、自分らしく咲かせれば、赤かろうと白かろうとそれでいいのだと、彼女は気づくことさえ出来なかったのだろうか?

藤圭子の命を懸けた投身が、たかだか一週間か十日の、物見高い人々の饒舌で終わりになってしまうのはあまりにも悲しい。

 


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梅雨に咲く花 [<番外 うつ病編>]

つゆ草が咲いている。ムラサキ色のつゆ草だ。ことさらに「ムラサキツユクサ」という名前がついているところを見ると、もちろん普通の「ツユクサ」もある。こちらはもっと青みが強い。

九子の記憶の中では、花の色の範疇としては珍しい部類に入る青い花々が、一際色鮮やかに咲いている。
春を告げるオオイヌノフグリもそう。野の花ではないが、アジサイの儚げな花もそう。

真夏の陽の光を存分に浴びたヒマワリの黄色や、深紅の薔薇の優雅な姿は、残念ながら九子の想い出の中には咲かない。

想い出の中のそれらの青い花々は、いつもいつもウツの記憶と共にある。

これはどういうことだろう。

一度もウツが来たことが無い元気な盛りの時期に咲くビタミンカラーのヒマワリの花など、もっと記憶に残ってもよさそうなものなのに・・。
そしてウツの時期など、いつも花を見る余裕も無く過ぎて行っていたはずなのに・・・。

3月の生暖かい風と土の匂いの中でお日様を独り占めして咲いているオオイヌノフグリを見かけるたびに、ああ、また憂鬱な季節の到来かと苦々しく思ったり、九子のウツ最多発時期の6月に咲いているツユクサやアジサイの花を見ると、自分だけがまたうつ病かと小石を蹴飛ばしたくなるほど鬱陶しく思ってみたりするというのに・・。

そう思いながら、心は知らず知らずその可憐な花たちの鮮やかさに目を奪われている・・という事なのか。

約半年前にひき続き、またも前触れもなくウツがやってきた。
今回は何も無理を重ねた記憶は無い。そういう時期になったからまた性懲りも無くウツが来た・・という感じだ。

今回は、なんとか回避出来たのでは・・と思った。
違和感を感じてから3日目くらいに、抗ウツ薬を最大限飲んだら、次の日一日は普通に過ごせた。

違和感と言うのは自分にしかわからない。朝方不安な夢で目が覚めたり、家族との会話であっても妙に感情が逆立ったり、坐禅がうまく組めなかったり・・・みたいな些細なことだ。

でもまあ、それで黙って立ち去ってくれるほど、ウツはヤワじゃない。

今回有難いのは、いつもほど人嫌いがひどくないことだ。だから割合楽に過ごせる。
人前に出る抵抗感が少ない。でもやっぱり、人前に出ると疲れる。

やっぱりウツだと思うのは、身体が疲れて寝てばかりいることと、あんなこと言うんじゃなかった、するんじゃなかったというふだんなら軽い後悔が、棘みたいに心をえぐる事・・・くらいか。


今回は音楽も聴ける。普通に笑える。

だから皆様、どうぞご心配なく。

店にも相変わらず出ていますし、注文の電話にも出て、応対出来ますから大丈夫です。
九子に会って下さった方々は、九子がウツとは全然わからないと思います。

何かお約束していることありましたら、予定通りということでご心配なく。
昼間はともかく、夜になると至って普通に過ごしています。
至極普通に出来ますから、普通どおりに接してやって下さい。

お見舞いのコメントもメールも、ましてやお気遣いも要りません。

毎年のようにウツが来るからと言って、決して九子は不幸ではありません。
むしろ幸運すぎるのを、ウツがバランスを取ってくれてる感じかな?
調子が良すぎて舞い上がりそうなのを、ウツが重りになってくれてる気もします。

15,6才の頃から九子の中には春、夏、秋、冬のほかに、ウツという季節があります。
あんまり毎年の事過ぎて、そう考えるようになりました。
ちょうど梅雨という季節と言えない季節が歴然とあるように・・。

薬を飲みだす前は、一回来ると4,5ヶ月長引いたのに、今は1,2ヶ月で軽くすみ、大変有難いです。
そしてウツは、ちょうど梅雨と重なっています。

梅雨は必ず一年に一度ですが、ウツは一年に二度だったり、まったく無かったり、気紛れなところが違っています。

日記だけは、またしばらくお休みさせて下さい。
読みに伺うのも今回は出来そうな気もしていますが、お約束は出来ません。
元気になったら、必ずまた再開致します。
nice!やコメントいただきっぱなしの方々、ごめんなさい。もうしばらくお待ちください。


では皆様、ごきげんよう。

★うつ病と戦っていらっしゃる方々は、応援歌のつもりで書いた「うつ病病みの歯ぎしり」もお読みください。
(九子のウツはごく軽症の躁鬱病のウツなので、こんなに頻繁にやって来るし、治りも早いです。躁病の無い幸運なタイプです。ですから、ふつうのうつ病とは少々色合いが違うかもしれません。)


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うつ病病みの歯ぎしり [<番外 うつ病編>]

 ☆井形慶子さんの「イギリス流と日本流 こだわり工房からの贈り物」の本からこのブログを探しておいでくださった方々へ。

ウツの話などでびっくりさせてすみません。

このブログは10日に一度くらい更新しておりますが、現在持病のウツが出て更新が少々滞っております。私のウツは毎年のように来ますが一ヶ月ちょっとで短くすみます。元気になりましたら井形さんの御本のうちあけ話などからまた書いていきたいと思っております。

せっかくおいで頂きましたので、本日の日記を下線のリンクもたどって読んで頂けましたら幸いです。 

尚、薬局は普通どおり営業していますし、注文のお電話はいつでも出来ますので、躊躇せずにお電話ください。

( ^-^)

 

考えてみると、自分では割と好きだった「犬の話」をトップに置いた時、もしかしたらウツの来るのを予感していたのかもしれないと思う。

一度くらいはすっきりと、ウツの言い訳もせずに1ヶ月間、ずっと見て頂いていても恥ずかしくない出来栄えのやつを最新記事に置いといて、また復帰するときも唐突に、何事も無かったかのように皆様の輪に加わりたい・・・と思っていた。


でも今回もたかだか一ヶ月ちょっとで済むだろうという短いウツにもかかわらず、いろいろな思いをどこにもぶつけられずに溜め込んでいると、当然のように「腹膨れるわざ」が満ちてくる。

今回どうしても言っておきたかったのは、このタイミングでウツが来た事の無念さだった。

九子はご承知のとおり坐禅の本を書きたいと思っている。

そうしたら、つい最近、yahooニュースのトップに小池龍之助氏と坐禅のことが載ったと教えて下さる方があった。「坐禅はもしかしたら「脳トレ」という文脈でブレーク寸前では!」というありがたいお言葉まで添えられていた。


九子が坐禅を薦めたい筆頭は、「傷つきやすい人々」だった。
性格が温厚で、他人を責められずに、自分ばかりを傷つけてしまう人々だ。

温和な日本人は、大なり小なりそうかもしれない。

小池龍之介氏が坐禅によって生まれ変わったと知ってから、もしも彼が九子と似たような体験談を書かれたのだとしたら、九子はきっぱりと本を出すのは諦めようと思った。

ところが彼が書いたのは「自分も傷つくかもしれないが、より他人を傷つけやすい人」についてだった。彼自身がそういう人であったということだ。

坊主失格

坊主失格

  • 作者: 小池 龍之介
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2010/12/22
  • メディア: 単行本

九子の出る幕はまだあると思った。


上司から叱られて気に病む人、誰かに言われた一言が棘のように心に突き刺さっている人、受験や就職の失敗から立ち直れない人、失恋の痛みを乗り越えられない人・・などなど。

そういう人たちが坐禅をすることによって、少しでも自分を責める悪循環から脱出して、そのことばっかりを考えてしまう悪癖から脱して、ほかの事に集中できる環境が、次の一歩を踏み出す準備が整えば・・と思った。

そういう人たちが、考えても考えても仕方の無い事を考えずにはいられない蟻地獄からなんとか脱け出すには、坐禅が必ず助けになると確認出来たと思った。

その矢先にウツが来た。
ウツに負けたような気がした。

九子のウツはご存知のように内因性だから、理由も無いのに来る事が多い。心理的なストレスよりもむしろ、肉体的な疲労が引き金になることが多い。そして、一年のうちの決まった時期、具体的に言うと木の芽時の6月と秋口の9月から冬にかけてが多い。

つまりいつものウツが、来るべき時に来たに過ぎないのであるが、それでも今回ばかりは来て欲しくなかった。

一ヶ月で収まる九子のウツは、長いと年単位にも及ぶ本来のウツ病に比べると信じられないくらい短い。(もちろん薬のお陰だが。)
だけど毎年来るのだから、生涯罹患(りかん)期間で言ったら、一生に一度か二度かかる人と匹敵するくらいの長さだと思う。

どちらにしてもウツが来ては、せっかくの坐禅の呼吸法も役に立たない。

もちろん「ウツの時には坐禅は効かない」ということは、何度も何度も繰り返し言って来た。
ウツの時には禅寺なんかに行くような馬鹿なことは決してしてはいけないと戒めてきた。
ウツに効くのは薬と休息だけである。お医者さまに任せるのが一番だ。


今回のように「ウツが来て無念だ。」という気持ちになったのははじめてだった。
こういう一見ウツに対して積極的というか、対立的というか、そういう前向きな気持ちになると、もしかしたらウツを早く退治することが出来るのかもしれないと最初は思った。

ところがなかなかそうではなかった。
「ウツが来て悔しい」気持ちと引き換えにやってきたのは、普段よりも強いイライラ感だった。

ウツになるとイライラする。あまり知られてはいないが、落ち込みと並立してウツ病患者を苦しめる症状だ。

九子のウツは一番くらいに軽いので、普通に薬局にも立つし、電話にも出る。たぶん誰にもわからないと思う。

それであっても普段と違って、人に会いたくない思いを、辛さを、こらえている。耐えている。
そういう屈折した思いが突然、イライラ感として噴き出すことがある。


血圧の高い人は血圧の薬を、コレステロールが高い人は高脂血症の薬を、糖尿病にかかった人は血糖降下薬を毎日飲むけれど、そういう薬を飲んでいるからといって「弱い人間」だとは決して言われない。

ウツになる人間だけが「弱い人間」と言われる。

九子自身は自分が弱いと思っているから別にかまわないのだが、今までウツに負けて自らの命を絶ってしまった方々がすべて「弱い人間」であったと思われるのは納得がいかない。

実はこれは本末転倒ではないかと思う。

ウツになる人が「弱い人間」なのではなくて、ウツになるとどんなに強い人間であってもウツに負けて「弱い人間」になってしまうのだ。

筋骨隆々としたスポーツ選手だって、ウツになると自ら命を絶つ。
あれだけの鉄壁のような筋肉を鍛え上げた精神力が、ウツの餌食になってしまうのだ。

たぶん強い人間を襲うのは「強いウツ」だ。
九子が手をこまねいているような軟弱なウツではなくて、最強のウツだ。

誰にも負けない強靭な精神力に、憂鬱さと、不眠と、不安と、イライラと死への誘惑が牙をむく。
彼らに襲い掛かったであろうウツの強さを思う時、彼らが一人耐え忍んでいたであろう苦しみの数々を思う時、彼らは決してウツと戦う戦士として力不足であったとは思えない。

残念なことに意志の力だけでは、ウツには絶対に勝てない。
適切な薬と、医師の指導が不可欠であり、それにたどり着けた人のみがウツに勝つことが出来る。


ガンは戦うべし!よくそう言われる。 たぶんそれは正しい!
末期がん患者が登山をしたりして、それなりの効果が上がっているらしい。

ウツは戦うな! 乗り越えろ!  たぶんそれが正解だ!
ウツはしたたかなので、叩いたと思ってももぐら叩きみたいに別のほうに症状が出る。

だからのらりくらりとやりすごして、過ぎていくのをひたすら待つのが正しい対処方法なのだ。
また心の底から思いっきり笑える日が戻って来るのを待ちわびて、何の楽しみも、何の面白さも感じられない一日一日を耐え忍ぶしかない。

「ウツの辛さに耐えていられるのだから、今ウツと戦ってるあなたは、決して弱虫じゃない!」
自分も元気付けるつもりで、九子はこう言っておきたい。

nice!を頂きっぱなしの方。ごめんなさい。元気になったらまた読みに伺います。

コメントはしばらく出来ません。元気になったら必ずします。
本当のことを言うとコメントが出来ないほどの重症ではないのですが、病気の時は正しい判断が出来ない状態にありますので、うかつなことを書いてあとで後悔したりしたくありませんので・・。


つまんないウツの話なんかですみません。ではもうしばらく、お休みさせて頂きます。
皆様、お元気で。


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鬼門 [<番外 うつ病編>]

☆少し前からコメントを停止させて頂いています。それと、皆様方のブログにもお立ち寄り出来ずにおります。
 もうしばらくの間この状態が続きますがお許し下さい。m(_ _)m


六月と言う月は九子にとって本当に鬼門だと思う。以前の日記を読み返してみると、たいていこの時期に体調を崩していることがわかる。

ごく普通に過ごしていると思っていても、ささいな事でウツが来る。
何度も言うけれど九子のウツは典型的なうつ病のウツと違って、軽症躁鬱病のウツなので「動きやすい」のが特徴だ。ちょっとした事でウツが来る。その代わり治るのも早い。一日で階段を駆け上るように治ることも多い。
いつも言うように躁病にはなった事が無いので、抗うつ薬で躁転する心配も無く、安心して薬を増やせる。

薬を飲みだす前はそれでも4ヶ月5ヶ月ウツが続く事が普通だったのでそれなりに大変な思いもしたが、毎日リーマス600mgとルボックス0~100mgという生活を続けだしてからは、ウツになっても軽くすむし一ヶ月と少しで普通に戻れる。有り難い事だ。

一般的にウツが軽いというのは他人にわからないくらいという事。それでも本人にとってはかなり辛いことも多いのだが、今の九子の場合はさらに軽くて、普通に笑えるし、テレビも本も普段どおり楽しめる。
笠原十兵衛薬局に電話をかけてくれた人や、雲切目薬を買いに薬局に来て下さった方は九子がウツ状態にあるなどとは決して思われないと思う。

何が違うかといえば、身体が重くて寝てばかりいる事。まあこれは、お昼寝大好き九子さんにとっては辛い事でも何でもない。(^^;;

この寝てばかり・・と言う状態は、割と躁鬱病のウツ状態に特異的らしくて、kyupin先生はこれを称して「眠り姫状態」という可愛らしい言葉で形容して下さっている。( ^-^)

あとは、出来るならば人前に出たくない、人に会いたくないという気持ち。
これは病気がわからずにウツを重ねていた頃から、症状の真ん中に芯みたいにある。
本なら読めるのに皆様のブログを巡回するのがおっくうという気持ちは、きっとこの延長線上にあるのだと思う。

仕事だって処方箋はいつも決まったものでそんなに頭を抱えるような難しいのは来ないので何とかなる。一番めんどうくさい処方料の計算は調剤ソフトがやってくれる。( ^-^)

とにかくウツになると判断力だとか決断力だとかは鈍るのだが、さしあたってそういうものがひどく要求される仕事が九子の回りにあるわけではない。

そんな訳で24時間のうち16時間眠っているような毎日を送りながら(^^;;、ほとんど毎年それなりに鬼門をやり過ごす事が出来るのは、何と言っても我が薬局の特殊性。
普通の調剤薬局だったら、こんな状態の薬剤師ではとても働けない。(そもそも九子の場合、病気じゃなくても調剤薬局には雇ってもらえないだろうが・・。(^^;;)

今回のウツがどうして始まったかと言えば、それは突然の一本の電話。
笠原十兵衛薬局の、そして雲切目薬の恩人でもある大切なお客様が今仕事で上田まで来ているから、明日薬局を訪ねてみようかと思っているとの事。

ただでお帰しするわけにはいかないので、家に上がって頂いてお昼でもごいっしょに・・という事で、仕出屋にお弁当を頼む。今日の明日でもなんとかなるという返事にほっとする。

さてそれから、一番大変なのが日頃怠け放題怠けていた家の掃除。(^^;;

とりあえず目に付くところだけでもと取り掛かってみるが、結局優に1時間は越える大仕事。
でもまあ普通の主婦にとっては、それしきりの事、日常茶飯事だとは思うのだ。

ところが普通の主婦にすらなれない九子にとっては、そしてこれが一番大事なことなのだが、6月という時期の九子にとっては、たったこれだけの事が結構な負担だったらしい。負担と言うのは、肉体的な負担なおかつ精神的な負担ということだ。

さて次の日、大切なお客様は予定通りいらっしゃり、お弁当も美味しかったし、M氏も加わって楽しく歓談させていただいた。九子も大役を終えてほっとした。

そして不調は翌日の朝に始まったのだ。
例によって目覚めの悪い嫌な夢を見たと思ったら、なんとなく気分が重くて、何より身体が重くて一刻も早く横になりたかった。

それを知ったM氏は「そういえば昨日、九子はちょっとハイだったかもなあ。」と言った。
さすがM氏!長年九子を見て来ただけある。(^^;;
自分では気が付かないでいるが、もしかしたらウツが来る前の短時間、気分が高揚する時期があるのかもしれない。

えっ?そんなことで・・・と皆さんお思いの事だろう。九子だってそう思う。
九子のウツは精神的疲労よりもむしろ肉体的な疲労に伴ってやってくる事が多いのだが、あくまでもこれは、たまたま鬼門の6月という時期だったからだ。
もしも例えば一度もウツが来た事の無い7月や8月の夏の盛りの時期だったとしたら、九子だってもっと頑張れる。
2時間やそこら掃除したってどうってことない!(・・かな?まあ、ぶーぶー不平は言うだろうが・・。(^^;;)

リーマス600mgをたぶん死ぬまでウツの予防のために飲み続けるはずの九子の頭の中では、鬼門の時期にはまるでアラーム装置みたいに、もうちょっとでウツになるぎりぎりのところまでウツの準備ができているのかもしれない。
そしてたぶん最後の一押しを待っているというところなのかも・・・。

ご存知の通りいったん来てしまったウツを回避する手立ては無い。どんなに良い事が起こっても、たぶん


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松平健の悲劇 [<番外 うつ病編>]

その日のスポーツ新聞の一面を自殺とか首吊りとかいう文字が躍った。松平健さんの愛妻が4歳の長男を残してわずか42歳で逝ってしまった日の事だ。

最初の一報を見て、九子は申し訳ないことに、夫人が万事頼り切っていた母親を亡くして一人ぼっちで育児をしなければならない不安から死を選んだのかと思ってしまった。自分だったらきっとそうなって居たかもしれないと思った。子育てをすべて親に頼りきっていた。坐禅がなんとか命をつなぎ止めてくれていただろうとは思うけれど・・・。

その後松平健さんのコメントがマスコミに流れて、どうやら事実は違っていたようだ。むしろ夫人は完璧にいろいろな事をこなそうとする性格で、お母さまの介護もきっちりされた後、愛するお母さまの元へ旅立って行かれたようである。

「心通じ合える医者に恵まれず」の文字が悲しい。100%うつ病に違いなかった訳だから、薬で楽になれるはずだった。よしんばそれが出来なくても相性のいい医者に出会えさえすれば、言葉で気持ちを楽にしてもらう事だって出来たのに・・。

心が通じ合える医者とは何か?辛さを心から共感してくれる医者だ。
辛くて辛くてたまらない時「どんなにかお辛かったでしょう。」と親身になって言ってくれる人が居たら、それはお医者さんだろうがカウンセラーさんだろうが、あなたの力強い味方だ。


彼女の境遇は、世間的に見れば皆が羨むお姫様だった。そうなるとついつい「あなたよりもっと辛い人はたくさん居るんだから・・。」という言葉が出そうになる。

事実は確かにそうかもしれないけれど、それを病人に言ってはいけない。
一人一人が見えない穴の中に入り込んでもがいている時に、隣の穴の大きさなどわかろうはずもないのだから・・。

コメントを見る限り松平健という人はなかなか出来た男だ。
大きなマスクに帽子を目深にかぶって公演先の福岡から急遽戻ってきた時も、その鼻先にマイクを向けるマスコミとはなんとむごいものだと思ったが、「勘弁してください。」と小さく言って立ち去った。声を荒げても良い場面だった。

役者というのは昔から「親の死に目に会えないもの」という暗黙の了解があるようだ。もしかしたら現代の価値基準で言ったら時代錯誤なのかもしれない。少なくとも妻の危急の時なのだから、舞台など早く切り上げて家に戻るべきだったという論調もあろう。

松平健は古い役者を貫いた。涙も見せずに最後まで気丈に演技をし、歌も踊りもいつもと同じく、最後に

「家に帰れば現実に戻ります。皆さんにもいろいろなことがあるでしょう。そんなときには、この舞台を思い出して、明るく生きていってください」と締めくくったと言う。

こういう時、男って凄いなあと思う。
公私の引き出しっていうのが、ちゃんと出来ている。
私事はちゃんと「公」の陰にひた隠す事が出来る。
女性はどうしても「私」に引きずられる。
どんなに出来る女性だとしても、家族の大事が何より優先されるのじゃないだろうか?

「五年という短い結婚生活ではありましたが、その間、懸命に家庭を守ってくれた良き妻でございました。」

「出産後、その一途な性格で子育て、母の介護など、日々完璧にこなそうと取り組んだ結果、友里子はしだいに体調を壊すこととなりました。」

「私が居りながら亡き母の穴を埋めきれず、愛する母のもとへ旅立たせてしまったこと、今はただただ残念な気持ちでいっぱいでございます。」

コメントには、お葬式に言われたら泣いちゃうなと思う文言が続く。


だけど冷静に考えた時、5年間の結婚生活のうち3年も前から夫人が体調を崩していたのだとしたら、正直大変だったのではないかなと思う。家の中に精神を病んだ人間が一人居るというのは他の家族にとってはかなりの負担なはずだ。夫婦揃ってウツになってしまう人だって居るくらいだ。

松平健さんの家庭が少なくとも外見上そうならなかったのは、きっと一つには6月に亡くなられたという夫人のお母さんの影響が大きかったのだと思う。

夫人のご家族についての情報は少ない。果たしてご兄弟がいらっしゃったのだろうか? 九子と同じ一人っ子のようにもお見受けするのだが・・。

とにかくお母さんとの関係がそんなにも深いものであったのだ。何につけてもお母さん一人を頼りにしていらしたのだろう。

この気持ちは九子が一番理解できる。(^^;;
極端に言えば母一人居てくれたら、あとは誰も要らなかった。
友人が居なかろうが、子供が多かろうが、困る事は何も無かった。

何も言わずとも「ママ~!」の一言で、母は瞬時に九子の状況を理解して手を貸してくれた。

九子は幸運だった。母が亡くなった時、5人の子供はもうほとんど育ち上がっていた。

友里子さんがお母さまを亡くされたのは42歳の時で、息子さんはたった4歳だった。

それほどまでに母親に頼りきっていると、きっと友人との付き合いも疎遠になってしまう。友人に頼る必要が何も無いからだ。

その母親が突然亡くなる。気が付いてみたら相談すべき友人も見つからない。母が姉妹の役割も友人の役割も家政婦さんの役割もベビーシッターの役割も、すべて一人でこなしてくれていた事に今更ながら気づく。

これは決して友里子夫人がそうだったという訳ではない。九子の母親がもう10年早く死んでしまっていたならばきっと我が家にも、そして「一卵性母娘」「双子母娘」と言われるどこの仲良し母娘にも起こり得ることだったのではないかという事だ。


友里子さんのような完ぺき主義の頑張りやさんはうつ病になり易い性格と言われる。そしてひとたびうつ病という診断が下ると、うつ病患者の守るべき生活態度はよく知られた「頑張らないこと」の他に、「世間に不義理をする」というのが重要だと言われる。
九子の病気を電話一本で言い当てた名医、沼津の横山医院の横山慧吾先生がそうおっしゃった。

芸能界という華やかな世界に生きる夫を盛り立てなければならない立場に居て、「世間に不義理をする」というのは難しかろうと思う。その点、友里子さんは病人としては数倍不利な立場に立たされて居た訳だ。

その上、金銭的にも物質的にもこれ以上の幸せは無いと思われる境遇だ。なかなか同情を得難い立場だったかもしれない。

「それはそうだろうけれども、4歳の息子を置いてどうして?」と言うのは、うつ病を知らない人の考えだ。
彼女の頭の中にはきっと母親の介護中にこうすればよかった、ああすればよかったという後悔(現実的にはたぶんどうしようもなかった事ばかり)が渦巻いていて、息子の事も、夫の事も思いやる余裕がなかったのだろうと思う。

簡単に治すべき手段があったはずの病気を、治してくれる医者が居なかった。そういうお医者さんはこの世にたくさん居て下さるはずなのに、その誰にもたどり着けなかった。本当に不幸な事だ。


松平健さんという人はど派手な世界に住んで居ながら、実は大変苦労された人らしい。
「鈴木末七」という本名からもわかるように、七人兄弟の末っ子なのだそうだ。。
昭和20年代の後半生まれとは言え、当時でも7人の子沢山は珍しいし、生活の余裕は無かったに違いない。

その上あの勝新太郎の付き人だったと聞けば、我慢のいい人じゃなければとてもじゃないが勤まるまい。
今回の事件のいろいろな対応を見ても、それはうかがい知る事が出来る。

九子はこの頃、忍耐強い人間に再び美徳を感じている。怒りを爆発させないでじっと耐える徒弟制度のお弟子さんのような昔の日本人がこの頃どんどん減っているように思うからだ。

一時は、と言うかつい最近まで、九子も激情に駆られて胸の中の思いを吐き出した。その方が良いとすら思った。
でもやはりそれで自分の気持ちは楽になっても、傷つく相手が居る。
誰かに嫌な思いをさせられて、その傷を長いこと引きずって何十年も生きて来ながら、同じことを目の前の相手にするのはちょっと違うんではないか?
年をとってみてやっと判ってきたことだ。

辛抱強くて昔気質(かたぎ)の松平健さんは、どんな時でもまず役者としての自分を頑なに貫く。悲しみも苦しみも全てを押し殺して役に成り切る。だから彼の舞台は、華やかに映るのかもしれない。

そんな彼であっても、奥さまの運に恵まれているとは決して言い難い。
あと30年も一人身ではお気の毒だから、今度は余り年の違わない、息子一人を可愛がってくれるような優しい奥さまに恵まれて欲しいと思う。


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春めくと嫌になる [<番外 うつ病編>]


地球温暖化の影響なのか、長野市でも大寒中だというのに雪ではなくて雨が降るような異常な状態が続いている。

今日などもぽかぽかとした小春日和で、ストーブを入れた土蔵作りの家の中より外の気温の方が高いという奇妙さだ。



すこうし前までは同じように晴れてはいても、外に出ると頬をさすような風の冷たさを感じたものだ。

それが長野の冬の証でもあった。

それが今はまったく感じられない。



なまめくような風の温かさを春の到来と皆有難がるけれど、九子にとってはちっとも嬉しくない。

その温かさに触れると、いつもウツが始まるような気がするからだ。



内因性うつ病と言われようが躁鬱病と言われようが、あんまりストレスに関係なく起こることには間違いない。

体がうんと疲れた時、ちょっと風邪をひいた後、ウツが起こりやすい季節には体力の低下が引き金になってとりたてて理由も無いのにウツは起きる。



まるで体の中にウツのタイマーがセットされているかのようだ。そしてそのタイマーは、冬の寒さに凍えた土が春の陽気に解きほぐされて放つ匂いと、体が緩む15度前後の温かさに反応するように出来ているらしい。



ウツの治療を受けていなかった頃はなんの対抗手段も無かった。しいて言えば一生懸命ウツにならないように坐禅をしていただけ。それがある程度は功を奏していたのだが、起きてしまったウツを沈める力までは無いので、自分の中のタイマーに翻弄されるばかりだった。



でも薬を飲み出してからもうかれこれ10年。すっかり薬の飲み方に精通した・・と思う。



九子のウツには前触れがあって、それを感じた時にあんまり無理せず(なるべく外へ出ず、人と交わることを極力避け、体力を使わず、寝て暮らす。(^^;;)、抗うつ薬をいつもの倍量位に増やす。

そのやり方を覚えてから、何度か来るはずのウツをやり過ごすのに成功した。



今年は娘や息子たちの卒業式や入学式、その後は善光寺御開帳が待っている。やり過ごせるものであれば、ウツなどに来て欲しいはずがない。



今回も、前触れはふだんなら楽しいはずの買い物が億劫だった事から始まった。今回は怖い夢を見てドキッとして起きる事は無かった。



異変を感じてからというもの、やるべき事を先延ばしにし、出なければならない場所に出ず、気を使う用件や頭を使うような難しい仕事を極力減らして、数日間外界と接触することを避けた。

もちろん薬局は開店している訳だから、接客や電話は普通どおりだ。逆に言えば、それらが普通に出来なくなってしまったら、本格的なウツの始まりなのだ。



今九子が飲んでる薬は至ってシンプルだ。

軽症そううつ病と診断されてから、一日も欠かさずに飲んでいるのがリーマス200。これを毎日3錠飲む。

この薬はウツの波が頻繁に来るのを抑える働きがあるので、たぶん死ぬまで飲む。



リーマスを飲み始めてからの最初の4年半、一度もウツが来なかった。これは九子にとって偉大な記録だ。



そして抗ウツ薬。ふだんは日本で最初に認可されたSSRIルボックス50mgが一錠出ているが、これは気分によって飲んだり飲まなかったりする。

もちろんウツの症状が出た時は2錠、3錠と増えるし、ウツが終ってからも一定期間は減らさず飲む。



九子はご存知の通り眠るのは大変得意な人であるので、催眠剤は飲んだことが無い。ウツでも眠れるのは有難い事なのだ。( ^-^)



ところで気分調整薬と言われるリーマスはとても面白い薬だ。

成分は炭酸リチウム。何のことは無い。リチウム電池のリチウムだ。



相田くひを氏によると、昔、精神異常者の尿には健常者と違う原因物質が含まれているのではないかという仮説を立て、躁鬱病患者の尿をマウスに注射するというとんでもない研究をして居た学者が居て、ある日患者の尿でマウスが早く死ぬ事に気付き、それでは尿素ではどうか、尿酸ではどうかと試すうち、尿酸は水に溶けないので近くにあったリチウム塩に溶かして打ってみたらマウスは生きていた。ついでにリチウム塩だけ注射してみたら、マウスはおとなしくなった。それならと言うんで躁鬱病患者に注射してみたら劇的に効いたというのがそもそも薬が出来た始まりなのだと言う。



昔、どこかのとんでもない研究のお陰で、九子はこうして幸せに生きているんである。( ^-^)



九子のように軽症で、しかも躁病と言う症状はほとんど経験が無く軽いウツばかりをくり返すタイプにとって、まさにリチウムは辛いウツの頻度を少なくして波を軽くしてくれる魔法の薬なのだが、もう少し重い躁鬱病患者さんにとって、リチウムは両刃の刃であるらしい。



もちろんウツが軽く済むのはありがたい。ただ、躁状態の時の独特の高揚感や頭の回転のよさなどを愛する人々にとっては、感情が平坦になって面白味が無くなるのが辛い事らしいのだ。



だからウツの辛さを我慢しても躁状態の高揚感の方が好ましいと言って、リチウムを飲まないという選択をする人もいるらしい。九子にとってはちょっと信じがたい選択なのだが・・。



以前リチウムを勝手に4錠に増やしてウツをやり過ごそうとしていたら、先生に注意された。

リチウム800mgはどうやら人によっては危ない量らしい。



リチウムは常用量と中毒量の差が少なく、しかも解毒薬が無いので中毒にならないように注意が必要だ。



リーマスのお陰で、起こってしまったウツも軽く済ませられるのも心底有難い。

たぶんウツの時でも店に立った九子が普通に見えるのは、リーマスのせいなのだ。



魔法の薬みたいに見えるリーマスも、効くのは躁鬱病か躁病に限られている。特に理由も無いのにウツが来る人(内因性うつ病)の中でウツを毎年くり返す人にならたぶん有効だ。(そういう人はうつ病と診断されていても、実は躁鬱病であることが多い。)その代わり何年も長引いているウツにはあまり効果が無いかもしれない。(リーマスはあくまでウツの波が来る事を抑える薬であり、ウツを抑える薬とは言えないからだ。)



異変を感じてからもう1週間余り。あちらの(異常の)世界からこちらの(正常の)世界にかろうじて舞い戻った実感はあるものの、いつ何時また足を掬われかねない不気味さがある。こわごわ手探りで歩くような毎日は続く。



飲んだリチウムの量では今までとっくに乾電池何キロ分かは積んだはずなのに、いつまでたっても手も足も口も人様よりもてきぱきと一丁前に動かないのは一体どういうわけなんだろう。(^^;;





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POINT OF NO RETURN [<番外 うつ病編>]

☆まづ最初に、九子日記がもうすぐ10万アクセスに達します。
10万という数字はユニークアクセス数ということで、一日になんども開いて下さった皆様 のは一回にしか数えられませんから、それよりもずっと多い回数、皆様に読んで頂いたことになります。

特にこのところ一か月数度の更新にも関わらず、読んで頂いた皆様方に心より御礼申し上げます。
ろくに更新もしないのに一日に百人以上の方々が読んでいて下さるという事実は、書いていて良かった、これからも書き続けたいという何よりの励みになります。感謝です。
本当にありがとうございました。m(_ _)m


ちょうど10万アクセスにあたった方は、ぜひとも御連絡下さい。
(トップページ上の赤い九子という記者名をクリックするとメールが出来ます。)


POINT OF NO RETURN と言うと、chemistryのデビューアルバムの曲名を思い出す方も多いと思う。当時CHEMISTRYと言えば我が家でも末娘のM子が騒ぎ出した頃で、好きなアーティストのは絶対に新しいCDを買う(レンタルではなく)彼女がさっそく買っていたので、そしてもっと言えば、彼女が学校に行ってる留守にこっそり九子も聞いたので(^^;;記憶している。

堂珍くんと川畑くん二人の声の織りなす化学反応という意味だと聞いて「そりゃまた大仰な・・。」とも思ったが、良く考えると九子ごときダメ薬剤師も英国に行けばCHEMIST(化学者、薬剤師)と呼ばれることを考えれば、そっちの方がよっぽど嘘っぽい。(^^;;



POINT OF NO RETURN ・・・・もう引き返せない場所。
若い二人の歌の世界では、もうのっぴきならない状態になっているのは彼らの恋の進展状況のことだろうが、もう若くない九子が言うのは、残念ながら面白くも無い現在の体調の話だ。


うつ病は、発症してしまうと原因となった状況が改善されたとしても治らないというのは良く知られている。


たとえば会社の人間関係が原因でうつ病になったとしたら、別の部署に配置変えになった時点で病気は治まりそうに思えるかもしれないが、そうはいかない。
どんなに服薬し、休息をとったとしても、いったん発症してしまうと治る時期にならないと治らないのだ。
たぶん最低でも数ヶ月はかかる。


ところが九子のような内因性、つまりこれと言った原因がないのに毎年ウツを繰り返す場合、予防的に薬をずっと(たぶん一生)飲み続けるわけであるが、実は今までに2度ほど、「あれ、おかしいな。」と思った時点で薬を予防量から治療量に増やして、なんとかしのいだ経験が有る。


しのいだというのは具体的には来そうなウツを来なくした・・というのか、来たのだけれどとても軽く治めたというのか、とにかく一ヶ月くらいの間には普通の調子に戻ることが出来たのだ。


とにもかくにもそういう経験を一度ならずしてしまうと、なんとか今回もウツをそうやって一ヶ月たらずで封じ込めることはできないものかとあれこれ考える。


つまりウツのPOINT OF NO RETURNを探ろうとする訳だ。


いくら軽症とはいえ、ウツなんかに関わりあうのは一年の間に数ヶ月でたくさんだ。


結果現在の九子の生活はと言えば、極力エネルギーを使わない生活!この一語に尽きる。


朝からごろごろする。考え込むのは禁物だから、軽い本を読む。いやだと思う事はなるべくやらない。
つまり、掃除はしない。極力外へ出ない。


・・・・・・・・って、日頃の生活とあんまり変わらないんですけど・・・。(^^;;


パソコンをあまり開かないのが、唯一の違いかなあ?その分早く寝ている。


これに関しては、自分はなんと肝っ玉の小さな人間なんだといつも思う訳だが、お仲間のみんなが普通にブログを更新しているのに自分だけが日記を書いていないという肩身の狭さが、いつも読むおなじみさんのブログを開く足かせとなっている。


もっと言ってみれば、自分だけが社会から置いてきぼりを食っているという後ろめたさなのかもしれない。


今回のウツの軽さを象徴するのが、人と普通に話が出来る事と、英語を聞いてもうるさくない事だ。


普通に話が出来ると言っても無理してまで話し込みたくはない訳だし、ただ、一刻でも早く切りあげて一人になりりたいといういつもの切迫した感じが少ないというだけの話だ。


それでもこれでもウツなのだから、考えはじめるとマイナス思考の堂々巡りにしかならない。
だから極力、何も考えないようにする。


そのために英語を耳から流しっぱなしにするのは今回に限るととても良い方法だ。


ふだんはこれが出来ない。なぜだか耳から入るものがすべて、大変うるさくと言うか、耳障りに感じてしまうからだ。
ウツがひどいほど、不思議な事に音楽なんか聞く気にもならない。


このところ、九子はいつにはない程の勢いで、本を読んでいる。


それも読みやすい本を・・。


これも同じ理由。考え込むことを極力避けているわけだ。


いつもだと村上春樹さんなども読み易い部類に入るはずなのだが、今回大変読みやすかったのは宮部みゆきさんだった。「とり残されて」」が面白かった。


何しろストーリー展開があざやかな上に無駄なうんちくがない。


うんちくというのも普段だと興味をそそられるのだが、今はまったくうるさい以外のなにものでもない。


長ったらしい外国人の名前やら、日常に使う言葉以外が出て来ない彼女の本は、自分がウツ状態にあって読書する能力が低下している事すら忘れさせてくれるほど容易な表現で、しかも現在の自分と遠くかけはなれた非日常の世界にいともたやすく誘(いざな)ってくれる。


宮部みゆきが良いのなら・・と言う訳で、東野圭吾「秘密」も綾辻行人「殺人方程式」も読んでみた。
すべて面白かったが、この順番で読み難い気がした。
ウツの時、理詰めの文章はだめなのかもしれない。



ところでウツのPOINT OF NO RETURNの話であるが、たぶんその一点というほどはっきりしてはいないのだと思う。POINT=一点ではなく、ある程度の幅で、まだまだ引き返せる場所というのがある。


そこのところを無理せず、良く休息し、薬を多目に飲む事で、なんとか最悪のところにまで至らずに引き返せる。
・・・・・・・・・・・と、九子は信じている。


ただし、何度ウツをやっても、何をする事が病気に悪くて何をする事がよいのかというのがはっきりしない。


人前に出る事は自分では避けたい事の筆頭ではあるのだけれども、店をやってる以上接客で店に立つのは避けられない事であり、かと言ってその事がすぐにでもウツの症状に悪影響を及ぼしているという自覚はない。


しかしながら、無理してたくさんの知人が集まる場所に行って帰ってきた時に感じる疲労感は一言では言い表せないものがある。


そんな時、人の視線にエネルギーをかすめ取られるのかなと思ったりする。
一人の視線なら大丈夫でも、大勢の視線が集まるときついのかな・・・などと。


風邪の時なら、身体をあっためて、あたたかく消化の良い食事をして、風呂に入るのは禁物・・というみんなが知ってる大原則があるが、心の風邪と言われるうつ病では、「休め休め」と言われるばかりで、何をやったらよくて、何をやってはいけないという基本的な事がまだよくわからない。


もしかしたら人によって、していい事、してはいけない事は違うのかもしれないし、もしかしたら同じ人間でもそのウツごとに違うことだってありえる。


だからついついこのくらいならまだ引き返せるつもりで踏み込んで、いつの間にかのっぴきならないウツの泥沼 POINT OF NO RETURNに陥っているという訳なのではないだろうか。


こうやって好きな日記を書く事がウツのためにいいのか悪いのか、いまださっぱりわからない。


たとえウツに悪いと言われても、書きたい事がある限り、末長く書いて行きたいと思う九子である。


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不定期更新のお知らせ [<番外 うつ病編>]

九子日記をいつも読んで下さっている皆様、そして、たまに覗いて見て下さっている皆様、検索してたらなんだか着いちゃったわという皆様、お読み頂き本当に有り難うございます。


春の木の芽時、秋の台風の頃、季節の変わり目は良くないと言われるとおり、少々気分が落ちている感じの九子です。


考えてみると病気仲間のるるさんも昨今調子を落としていらっしゃるみたいですし、他にこれと言って考えられる要因はないので、やはり今はあまりうつ病のために良くない季節なのかもしれません。


誤解しないで頂きたい事は、今現在はっきりと症状が出ている訳ではありません。


ただ今年は、母の亡くなったことを引きずっていた冬の頃と木の芽時の5月にもう2度もウツをしていますので、いくら軽いと言っても一年に3度は勘弁して欲しいと思っているのでかなり慎重になっているという訳です。


ふだんよりいくらか、いろいろな事をするのが億劫で、出来たらうちの中にこもっていたいと思っていることと、日記の更新がしんどいなあと感じ始めています。


九子日記を読んで下さる方の中に「エネルギーがある。」と評して下さる方が少なからずいらっしゃって、本人はご承知の通りお昼寝大好きのエネルギーのかけらも持ち合わせていない人間なのでそれが不思議でたまらなかったのですが、考えてみると自分では気付かないうちに好きで書いている日記の中に、九子自身のエネルギーを吸い取られてしまっているのかもしれません。


どちらにしてもしばらくの間、しばらくがどのくらいになるかはわかりませんが、少なくとも九子自身のエネルギーが回復してくるまでの間、日記の更新は不定期にさせて頂きます。


また、他の方の日記を読みに行くのも途ぎれがちになるかもしれません。すみません。
m(_ _)m



そんな訳で、遊びに来て頂くお約束をしておいた方、遊びに行くお約束をしていた方、どうかもう少々お待ちください。



くれぐれも申し上げますが、まだはっきりとしたうつ症状は出ておりませんし、薬局も普通に開いてますし電話にも普通に出ています。


(とにかく九子のは軽症ですので、うつ病まっさかりでも仕事に差し支えるほどではありません。)


え~、いつもの事でまたかあとお思いでしょうが、(全く年に何度もというのは余りなかったので)本人が一番くさっております。皆様はどうぞご心配なく。


っていうか、数日間静かにしていれば元に戻る可能性もありますから、どうぞお見舞いコメントはなさらないように・・。
かっこ悪いので・・。(^^;;

メールを頂いたり書いたりするのは楽しみにしています。( ^-^)

うつ病については<番外うつ病編>をご覧下さい。


<父を亡くす、母を亡くす> も参考になるかもしれません。


ご迷惑おかけいたしますが、そんな訳でよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m


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タグ:うつ病
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再び、うつ病について [<番外 うつ病編>]

長い日記を書いていながら今更なんだと思われる方もたくさんおいでだろうけれど、実は九子の今回のウツが治ったという自覚は、つい最近出て来たばかりだ。


うつ病って、全くわけのわからない病気だ。


すぐにでも治りそうなほど調子が良かったのに、何がきっかけだったのかちょっと良くない日々 が続き、その後まだずっとぐずぐずしていた。


いつも親切にしてくれる隣の八百屋さんに行き難い。
前を通るのも苦痛だ。
とにかく家の外には出たくない。


だけどせめて一週間に一度位は買い物に行かないと変に思われるかも・・。
そんな計算をして、重い気持ちを奮い立たせて、荷物を出しに行ったついでに店に入る。
「ああ、九子ちゃんいらっしゃい。」


いつもと同じ笑顔の主が忙しく手を動かしているのを見ていると、自分でも信じられない程明るい声が出る。「このバナナ美味しそう。もらおうかな。」


ああ、身体はいくらでも嘘をつく。


思えばこういう日、よく代わりに母に買い物を頼んだ。


身体が悪いのをおして母は行ってくれて、「なんで隣に行くのが嫌なのかねえ。」と呆れ顔でそう言ったものだ。


そうだろうなあ。
なった人しかわからないどうにも説明の付かない抵抗感なのだ。


親しい人ほど会いたくない。
自分がいつもと違うことを見透かされたくないからだろうか。


サンバイザーやらつば広帽子が手放せないのもそう。
これがあるとやっと安心して外を歩ける。
ひさし全体がサングラスになってるサンバイザーが特に有難い。
自分がカプセルの中に居られる感じがするわけだ。


そうかと思えば、言うに言えないひどい疲れで死んだように寝てしまった日。
次の日になると忘れたようにシャンとしたが、あの疲れは嘘だったのか。
ウツの症状ではなかったのか。


いやあれは、身体の方が正直だった証拠だ。
今日は調子がいいなんて思っていても、心がいつも本音を語っているとは限らない。


うつ病というと気分が沈む病気と認識されているが、不眠のほかにもこのどうしようもない疲労感や訳の分からないイラツキ感などの症状もご理解願えたらと思う。


今回九子はウツであるにも関わらず、こうして日記を更新している。
こういうことは今までには考えられない事だった。


本くらいは読めても、日記を書く事は困難だったのに、今回は本も読める。日記も書ける。もちろんテレビを見て笑えるし、英語を読むのもいつもの時ほど面倒には思わない。
共同購入の注文書だってちゃんと出せるのだ。
今回のウツは総じて軽く来ているのだろうとは思う。


だけれども、人には会いたくない。身体が疲れる。気が重い。
他の症状はどんなに軽くても、根っこの根っこが治らない。


身体が疲れる原因は心にもある。


電話は容赦なく向こうからかかってくる。
こちらからどうしてもかけなければならないこともある。


判断力が落ちているので、さまざまな事で判断ミスをする。(ような気がする。)
その度ごとに自己嫌悪に陥って、ひどく疲れる。


でも後から考えてみると、そのどれもがのっぴきならない判断ミスという訳ではない。
優柔不断になっているから、どう判断しようともどっちみち後悔しているに過ぎないのだろう。


でもその後悔の思いがぬんめりと全身を覆い尽くして、水から上がった直後のように疲労困憊させるのだ。


あれほど頑張っていた草取りも、しばらくする気がない。


やる気がない時無理してやるのは禁物だ。
やはりウツの過ごし方の基本は、無理せずに出来る事だけをして過ごすということに尽きるようだ。


ウツの症状は本当に千差万別だ。
本に書いてある典型的な症状にはむしろこだわらない方がいいかもしれない。


ひとつひとつの症状にこだわって、「自分はこの症状は無いからウツではないのかもしれない。怠け病かな?」と無理して自分を追い込むと大変なことになる。


いつも引用するDR.林の心と脳の相談室でも、本当のうつ病の人からは「私は怠け心から『擬態うつ病』になっているのでしょうか?」という相談が多く、擬態うつ病と思われる人は「自分はうつ病だ!」と周囲に吹聴して仕事を休み、周りを困らせている場合が多い。 擬態うつ病 (宝島社新書)の画像



なるたけ身体は動かしたくないから、昼間はごろごろ横になって本を読む。
本なら読める。だから、出来る事だけをする。
お陰で「つんどいた本」の半分以上が「読んだ本」棚に移動出来た。


夜になると比較的楽になるので、片づけものなんかをする。


「夜になるとごそごそ始めて、まったくゴキブリ生活だな。」と言ってM氏が笑うが、まさしくその通りかもしれない。



今回のウツが始まる頃、一人になるのが無性に怖かった。
何十年間父母といつも一緒だったこの家に、昼間いるのは自分一人と思うと、不安で不安でしかたなかった。


それが今になると、自由を謳歌し、お昼寝付きの優雅な生活!(^^;;
あれはなんだったのと言うくらい不安は無い。
してみると、あれはウツの前兆症状だったのかもしれない。


うつ病の時の九子は、家族にどんな風に映っているのだろうか。


と言っても、自分の病気を意識することなく、医者にもかからず、薬も飲まずの本当にひどかった10年前位の事は、まだ小さかったN子もM子も覚えていないだろう。


薬ですっかり楽になった今の症状を、彼女たちはきっと、「ああ、ママのうつ病?なんとなく元気なくてうちでぐうたら寝ていて・・。ああ、ぐうたらはいつものことか・・。(^^;; なんか食 べに行こうって言っても、買い物に行こうって言っても外へ出たがらなくて・・・。それとなんとなく毎日同じ黒っぽいものばかり着てるよね。そういえばいつも春の学校の参観日の頃だよね 。いつも体調悪いって欠席通知出すもんね。」くらいに思ってるだけだろう。


買い物に行っても献立が決まらずに何も買えずに帰ってきたり、電気を消した暗い部屋の中で将来を悲観して泣いていたり・・という、もう一段階悪い状態の頃を彼女たちが覚えていないのは幸運なことだ。



ウツ、ウツと言いながら、診断名は軽症躁鬱病であることは以前どこかで書いたと思うが、自分の症状が病的なものだとは夢にも思わず、医者にかかる事など考えもしなかった頃、すなわち抗うつ薬を飲む前のウツの治り方は、診断名を裏づけるものだった。


ある日突然ピタリと治るのだ。まるで躁転するかのように・・・。
生まれてはじめて当時発売したての抗うつ剤(SSRI)を飲んだ時、10分するかしないかで突然CDを借りに出かけたくなった。(ついさっきまで外に出る事すら嫌で嫌でたまらなかったのに ・・。)


軽症で病気の勢いが弱いから躁病になるまでは至らずに、うまいこと普通の状態に持ちあがった辺りで治ってくれるのだろう。


事実、一度も躁病にはなっていない。
躁的だと感じることは何度もあったが、いつもそれを意識していたし、過剰に何かを買い求めた り、ひどく活動的になったりした経験もない。


考えてみると、ウツになる直前は軽躁状態を経験することが多かった。


ふだんはエネルギーなど普通の人の二分の一、三分の一しかない人間であるのに、ウツの前は妙にはしゃいでいたり、どことなくふつう以上に頑張って居たような気がする。
(まあ九子の「頑張る」なんて、普通の人の「お気楽」程度のものだろうが・・。(^^;;)


中にはうらやましい人が居て、この調子絶好調の軽躁状態が長く続き、しかもウツもあるにはあるが、辛いというレベルまで落ちないらしい。


仕事のアイデアがどんどん湧いて、睡眠時間が少なくても疲れる事もないが、かといって、躁病のように周りが迷惑をこうむることもない。
こんな病気なら、一億みんながかかってもいい。( ^-^)



これもあんまり知られていない事だと思うが、実はウツになる引きがねというのは、精神的な事 柄よりもむしろ、肉体的な疲労の方が直接的なのだ。


精神的な原因は思い当たらないのに、ひどく体を疲れさせた事が原因でウツになったと言う経験 のある人が内因性のうつ病の人には意外に多いと思う。


九子の場合の躁のエネルギーは、、毎年似たような時期に本人に自覚がある程度の軽躁状態を引き起こし、柄にもなくいつもより頑張って何かをすることにより、肉体を疲弊させてうつ病を引き起こすが、九子と似て飽きっぽい性格なのか(^^;;、せいぜい二ヶ月後くらいにはウツに飽きて 、また躁転して普通にもどる・・みたいな事を毎年一度繰り返しているんだろう。
(病気のやつも自分とおんなじいいかげんなやつだったのは、九子にとって誠にめでたいことであった。(^^;;)


単純なうつ病だった場合、たぶんこう簡単な治り方はしないのだろう。


薄紙を剥ぐように良くなる、とか、三寒四温とか言われるように、ゆり動きながら少しずつ少しずつ何ヶ月も、時には何年もかかって良くなるもののようだ。


抗うつ薬を飲みはじめてから、以前のような階段をかけのぼるような治り方は少なくなった。
良くなってきたという自覚が出てから数週間を経て、やっと正常になったのを確認するという感じだ。


と、言ってもたかだか数週間だ。何ヶ月もぐずぐずというのに比べたら、本当に有り難い。
毎年一度の恒例行事のせいか、なるのも治るのもそんなに時間をかけてはいられないのだろう。



突然何を言い出すかと叱られそうだが、自分はやはり、人との接点をさほど持ちたくない人間のようだと、ふと、そう思う。


人嫌いと思われても困るが、いつも一人で全然困らないのは、一人っ子で一人の世界で遊ぶことに慣れているせいだろうか。


いっそのこと家族以外の誰の目にもとまらない透明人間になれたらどんなに良いだろう・・・と 、病気の時にはいつもそう思った。


いつもと変わらずに接していてくれる近所の人々にとってみたら、全然ふだんと変わるところのない九子に映っているはずなのに・・・。



うつ病というのは、本当におかしな病気である。
そして九子は、来年の今頃も、さ来年の今頃も、また性懲りもなく、うつ病とつきあっていることだろう。


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