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メイドインアメリカ [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

Amazon prime は便利だからずっと前から使っていたけれど、prime videoの良さがわかったのは最近のことだ。

そもそもビデオを見る習慣はあんまりなかった。テレビの画面を見られないところの仕事、すなわち、掃除、洗濯、皿洗いなどをする時は、音楽がかかっていればそれで良しとしていた。


ところが一回禁断のprime videoを見てしまった!息子に勧められたからだ。

何!こうやっていろんなビデオがタダで見られるの?


以来、テレビに背を向ける時にはprime videoが九子のお決まりになったわけなのだ。


最初の頃に見た””メイドインアメリカ ”は不思議な映画だった。

これから書くことにもしかしたら不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれない。

でもそれは現在の九子の意識によって書かれている。嘘のない一日本人の意識である。


主役のサラ役ウーピー・ゴールドバークという女優さんは、非常に有名なスターだけれども、言ってみればどこにでもいる押しの強い黒人のおばちゃんをただ連れてきたみたいな感じで、どう贔屓目に見ても美人とは言えない。


一方の白人の自動車ディーラー、ハル役のテッド・ダンソンは見るからにチャラチャラした軽薄男。

でもまあ平均的以上の顔立ちのホワイトアメリカン。

普通なら恋に落ちる要素など何一つないと思われる二人だ。


ところがサラの娘ゾーラが自分の父親たる精子移植者の名簿を盗み見てしまう。

ゾーラはハルが生物学上の自分の父親だと確信してハルに近づき始める。

彼女はなるほど、白人とのハーフと言っても通るほど可愛らしい。


びっくりしたのは、ゾーラがサラに、自分の父親は白人だった!と打ち明ける場面だ。


サラは言う。「そんなこと、あり得ない!私は人工授精の相手はアフリカンアメリカン(黒人男性)とあれほど頼んだのよ。白人だなんて冗談じゃないわ!」


この言葉の中には、サラの黒人女性としての誇りが表れている。


ひるがえってわが日本女性はどうだろう。子供が白人男性とのハーフみたいな顔だったら間違いなく狂喜乱舞すると思う。そして海外留学に行けばまず外国人(多くは白人)のボーイフレンド探しに夢中とか。


まあ気持ちはわかるけどね。背は低いより高い方がいいし、足は短いより長い方がいいし、ブサイクよりはイケメンだよね。そういう日本人の美意識にドンピシャ合致するのが白人男性だものね。(^^;;


その挙句憂き目を見るのはわが日本人男性。日本人女性はモテルが日本人男性はモテナイと長い間そしりを受けてきたが、どうやらここへ来て日本人男性の優しさが評価されつつあるらしい。(これも息子が情報源だから、信ぴょう性の如何はわからない。)


現在でも警察官による罪もない黒人男性への銃の発射事件が多発する中、20数年前のこの映画はおとぎ話なのか?


もちろん残念ながらこれはおとぎ話だと思う。


それを表すかのように、出て来る病院の患者もスタッフもほとんどすべてが黒人で、わずか居る白人スタッフはいかにもおあつらえ向きの「いい人たち」だ。

つまり、白人と黒人は差別されていて、黒人の病院には基本的には黒人ばかり。白人患者も白人スタッフもほとんどおらず、一握りのたぶんキリスト教関係者なんかの奉仕の心に長けた白人たちが働いているだけ。


どの世の中にもある差別を簡単に潜り抜けるものがあるとすれば、それは見た目の美しさだ。

トランプ大統領が安倍首相を気に入ってる(振り?)なのは安倍首相が日本人としてはイケメンで背が高く、家柄もいいからなんじゃないのかな?


これが石破さんだったらどうだったかな?ちょっと微妙だったかも。

(ごめんなさい、石破さん。応援してます。(^^;;)


日本人でも白人に近い見かけだと差別されないという話も聞く。

ハーフの子や、平井堅みたいな顔の人だったら安心して海外に出てみよう。(^-^)


古くは岸恵子や後藤久美子、最近の話題では中谷美紀さんなど。みな女優さんで人並み外れた美しさと強さをあわせもっている大和なでしこたちだが、彼らは皆白人男性に見染められ、彼らと結婚しそれぞれの人生を謳歌している。


まあそういう一握りの恵まれた人々のことは置いといて・・。


日本人は自分に自信がなくて、自分たちや自分たちの文化に対する誇りが持てないと思うことはありません?


一体それはどこから来るのかと考えた時、それはやっぱり、四方海に囲まれて敵というものの侵入を防いでくれる天然の城塞に恵まれ、何をしなくても平和にぬくぬく生きて来られて、敵と一戦交えた経験がないからじゃないのかと思う。


つまり、自分の権利をつかみ取る必要がなかった訳だ。国境が地続きの国々のように権利を主張し続けなくても、自分たちの安全は海で保障されていたからだ。


与えられた環境の中で生きることは容易いが、自分で勝ち取っでいない分、強さがない。

言ってみれば親の敷いたレールの上を走り続けて来ただけの九子みたいなもんだ。


そういう国に生きる私たちは、おのずと主張しない人間になってしまう。だって喧々諤々と議論する必要も、大声張り上げて自分の立場を弁明する必要もないのだから。


それでもですよ、日本の周りの国々は揃いも揃ってしたたかで好戦的な国々ばかりじゃないですか!そんな国々と渡り合うのだから、日本も少しは強くならないと!


瞑想や呼吸法が流行っているそうだけれど、一番やって欲しいのは最前線で外国と戦う外務省のお役人や政治家たちだよ。


呼吸法も瞑想も坐禅も要はみな同じ。ゆっくりとした呼吸が全身の、特に脳に行く血液の流れを良くしてくれる。そこにセロトニンだとかドパミンだとかの脳内化学物質も分泌されて、要するに脳が活発に動き出すわけだ。


だから普段以上の力が出る。頭の働きが良くなる。良い判断が出来る。自信が持てる。


そして更にいろいろなことが好転する。


坐禅にお守されてここまでやってきた九子だけれど、九子はあまりにもいい加減にしか坐禅をして来なかったから、今でも人様より自分に自信がないよ。

まあそれでも、毎日を生きて行くにはなんも問題は無い。特別な事のある特別な日だけはしっかり坐禅をして最上の気分で臨めばよいだけの話だ。


だけどこれが、総理大臣であったなら、政府のお役人であったなら、その一言のおかげで領土を失ってしまうかもしれないし、多くの日本人が不幸になるかもしれない。


そう考えたら、ねえ。

九子の言いたい事、もうお分かりですよね。(^^;;


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魔法の鏡 [<九子の万華鏡>]

今回の直木賞は、なんとユーミンこと松任谷由実氏だったそうな。


なるほどなあ。その手があったか!


九子はどっぷりのユーミン、中島みゆき世代!


大学時代の一人ぼっちの部屋を思い出せば、ユーミンの「翳りゆく部屋」が頭の中で勝手に流れ出し、好きだった先輩に彼女が居たとわかった日には、中島みゆきの「時代」を無理やり歌おうとして、歌えなかった苦い思い出が、あの頃よりは甘酸っぱく心にしみる。


ユーミンが直木賞というのは言い得て妙だ。


彼女の歌は大衆的・・かどうかはわからないけれど、深刻な事を明るいメロディーでさらっと歌ってしまう。彼女は良く都会的と評されたが、八王子の大きな呉服やさんの娘で、お金の苦労などしたことがなさそうなところが、明るさに満ちた軽いリズムと中性的な歌声の新鮮さも相まって、新しいスターを心待ちにしていた若い世代の心をつかんだのだと思う。


何しろ当時はかぐや姫の「神田川」に代表されるビンボーな学生の歌が多かったから・・。


彼女の実家は例の「はれのひ」事件で、晴れ着が着れずに悲しんでいた娘さんたちに急きょ晴れ着を貸し出して話題になった。


それに比べて中島みゆきは、北海道のお医者さんの娘さん。

同じようにお金の苦労はしたことがなさそうだけれど、こちらは暗い情念を歌わせたらピカイチで、明るいものの中に存在する陰の部分を際立たせる歌詞と曲が特徴。

勢い、歌そのものも暗くなりがちだけれど、その中にある明るい部分の美しさとやさしい希望に心躍らされる。とても繊細で複雑。だから純文学!


もしも次回の芥川賞が該当者なしであったら、中島みゆきが受賞する!!


と、九子は勝手に予想している。

どうでもいいことは置いといて・・・・。(^^;;


当時は「荒井由美」だった彼女のヒット曲の一つが「魔法の鏡」だ。

あれ?うまく貼り付けられないのでURLのみ。

https://youtu.be/oTKUTv1rXbo

九子も買ったアルバムMISSLYMが全曲聴ける。7曲目にある。

 

魔法の鏡を持ってたら、あなたのくらし映してみたい。

 

もしもブルーにして居たなら、偶然そうに電話をするわ。


の歌詞で始まるこの曲は、今考えてみたら彼女が作り石川ひとみが歌ってヒットした「まちぶせ」と同じ怖い女路線の始まりだったのかもしれない。

 

こちらの方がまだまだうぶで、好きだった人を思うだけ。

人の恋人を絡めとったりはしないのだけれど・・。


ところで皆さま、あなたにとっての魔法の鏡ってどんな鏡?


九子の場合はご多聞に漏れず、ずっと長いこと「きれいに見える鏡」を欲していた。

うまい具合に、洗面台の鏡がそれに当たった。


他の鏡で見るよりも九子が美人に見えるのだ。(^-^)


だから九子は、その鏡に映る自分の顔を見るのが好きだった。

そう、もう何十年もの間。



ところがこの頃気がついた。

その鏡で見るとパーフェクトに映るのに、なぜか他の鏡では白髪が目立ったり、肌色が良くなかったり、しわが深かったりすることに・・・。


どちらの顔が正しいのかは言うまでもない。


そして九子は遅まきながら気づくのだ。

今現在の九子にとって、「魔法の鏡」とは現実をありのままに映してくれる普通の鏡のこと。

それを見ながら、白い髪を黒くし、さえない肌色にファンデーションを塗り、しわにマッサージクリームを施す。よりよく見せるための悪あがき。


人間年を取ると、ごくごく普通だったはずのものが、実は「魔法の・・」だったことに気が付くものらしい。

動いて当たり前だったはずの身体も動かなくなり、無理に動かすと痛みが生ずる。

若いころは当たり前に出来たことが出来なくなる。


ああ、身体が動くってことは、当たり前なことじゃなかったんだなあ。


そうやって「みんな」に、身の回りのいろんなものに「感謝」しながら死んでいくのが、日本人の幸せなのかしらん。


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栢木寛照(かやきかんしょう)さん [<坐禅、仏教、お寺の話>]

最初に漢字を見せられた時、なんて読むのかな?と思った。

大阪の人はたぶんお名前をご存じなのではないだろうか?

昔ずいぶん長い間、桂文枝(当時の桂三枝)師匠と一緒にテレビ番組を持っていらして、たいそうな有名人だそうな。


その人を薬局に最初に連れてきたのは隣の八百屋のおじさんだった。

隣のおじさんは栢木寛照さんが40年来続けている激戦地サイパンに子供たちを連れて行く会の助っ人をしている。


寛照さんは30人にも上る子供たちを自腹でサイパンに連れて行って、夏休みに海に灯篭を浮かべて慰霊の祈りを捧げるのだという。


偉いお坊さんと聞いてはいたけど、おじさんに言われて薬局に置いてあった色紙にさらさらと書を書いてくれるとても気さくな人だった。


「花は根に鳥は古巣に帰れども 人は若きに帰ることなき 天台沙門 三宝 寛照」とある。


さすが!いい書だと思った。華奢で優しい文字だ。若いころに戻りたいと無駄な努力を重ねている九子にはぴったりな書だ。(^^;;


ところがこれは色紙に即興で書いたものだから、花押がなかった。九子は全然気にしなかったのだがそれでは悪いと思われたのか、二枚目が届いた。


「経日 如病 得医薬  比叡山延暦寺 一山 慈光院 寛照」

こちらはがらっと字体が変わって、力強い男文字だった。


時を重ねるということは、病が医薬を得た如くである。 

(時がたてば、病は医薬を用いると同様に癒えていく。)


うちが薬局だということを考慮して書いて下さったに違いない。

二枚の色紙は今、薬局のお客様から一番見えるところに飾られている。



なぜ九子は栢木寛照さんの話をし始めたのか?

実は寛照さんは、次の善光寺貫主に決まっている方だからだ。そのために今、半分長野で半分故郷の関西(比叡山のある滋賀県を中心に)という生活をしていらっしゃる。



善光寺をスキャンダルまみれにした例の困ったお貫主は、この春やっと善光寺を退いた。

これで本当に一件落着かどうかはわからない。訴訟を起こしたり、まあいろんなことをしでかしてくれる人だからだ。


彼をここまでのさばらせていたのは、善光寺の甘さだった。寛容さと言ってもいい。

貫主になる人は聖人だから、よもや悪いことなどするまいという前提で、自分で辞めるまで、他人が辞めさせる規則を作ってなかったのだ。


でもまあ、やっと火種は無くなった。次はすぐ「栢木寛照貫主」でも良かったのだけれど、困った貫主の代わりにずっと陰で善光寺を支え続けてくれていた瀧口宥誠(たきぐちうじょう)副貫主が後を継ぎ、春に晋山式(しんざんしき)があった。


栢木寛照さんは今は悠々自適の身だ。長野と関西を行き来して、KSBラジオ京都で木曜日18時から持っている一時間の冠番組「栢木寛照熱血説法 こころのラジオ」に出たりして、子供たちをまた来年サイパンに連れて行く資金を稼いでいらっしゃる。



知らなかったが寛照さんはあの比叡山の荒行「千日回峰」をやってのけた凄い行者さんの直弟子なのだそうだ。



「叡南覚照大行満大阿闍梨」は寛照さんの直々の師匠で、名前からわかるように長い間途絶えていたこの壮絶な修行を戦後復活させた「叡南祖賢大行満大阿闍梨」にもつながる人だ。


100日の行を10年かけてする。断食、断水業を含め、不眠不休で何万巻ものお経を読む、山道を毎日30kmづつ歩くなど、到底常人が成し遂げられるはずのない辛い修行を完遂する。

その上、途中で棄権したら、その時点で自害して果てなければならない。そのための短刀と自分の死体を埋葬するための10万円をずっと持ち歩くと言うから凄い!


生きて帰る可能性の方がずっと低いこの大行を師匠が満願するのをつぶさに見ておられたであろう若き寛照さんは何を思われたのだろう?


作務衣姿の栢木寛照さんを長野の街中でお見かけできるのもあと何年かの間だろう。お貫主になってしまわれたら、いつも大勧進の塀の中だ。


それとも長年の慣習を打ち破って、自由に外を闊歩するお貫主さんになられるのだろうか?


栢木寛照さんが、善光寺を、長野市を変えて下さるのを心待ちにしている。(^-^)


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ぴったんこカン☆カン [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]


九子はテレビをよく見るが、芸人さんが出てる番組はあんまり見ない。ネタ勝負の番組は言わずもがな、いわゆる芸人さんが体を張って挑戦したり、コメンテーターとしてひな壇に並ぶ番組も、さしてみたいと思わない。


九子がよく見るのは相棒だとかの刑事ものが多いが、たまたまその番組がついていたらなんとなくやめられずにずるずると見入ってしまうという番組がある。それがぴったんこカン☆カンだ。


先日新シリーズが始まる「下町ロケット」の出演者らが安住紳一郎アナウンサーとともに農業体験やご飯炊き、おにぎり作りなどに挑戦していた。


この番組の魅力の一つは役者さんの素顔が見られることだと思う。

誰一人とっても仲間づくりが上手で、愛されキャラ、さすがテレビの世界に長いこと生きてきた人たちだけあって、場を盛り上げる力に長けている。

そして話術がとても巧みだ。


この話術の巧みさだが、その一端を担っているのはやはりアナウンサーである安住紳一郎氏の相手の話を上手に引き出す力だと思う。


この人は本当に天才だ。羽鳥慎一アナと双璧だが、安住さんの方がよりくだけてる感じかな?


安住さんがそれ以前のアナウンサーと一番違うのは、自分自身が率先して爆笑してしまうことだ。


昔アナウンサーと言えば、生まじめに原稿を読んでるばかりだった。笑うなんてとんでもない!


番組に一緒に出てきた古館伊知郎氏も普通のアナウンサーとしては充分変わり種だったけれど、安住さんほど弾け切れなかった気がする。(安住さんと古館さんは20歳年が違うそうだから時代の変遷かもしれないが。)


安住さんの笑いに気をよくして、出演者は自分が持ってる笑いのネタを紹介し始める。それがさらに場の空気を和まして、大きな笑いにつながっていく。


後半ではムロツヨシという役者さんが出た。彼は東京理科大数学科に合格したが、自分がこの学校にふさわしくないと痛感し、たった3週間で退学してしまった。親御さん、さぞや辛かっただろうなあ。3週間で入学金と半期分の授業料がパーだ。


その後横浜の市場でアルバイトをしながら俳優養成学校に通い、10年以上の下積みを経て成長し、次の番組の「番宣」のために出てきたのだ。おお、やっと親孝行だ!


彼が立ち寄ったのは苦労してた頃よく食べた食堂だった。カレーライスと天ぷらそばを頼んで一口食べたのだが、明らかに動揺しているのがわかる。


「味はどうですか?懐かしいでしょう?」と安住アナに聞かれて、ついに堪え切れずに「味、うまいです。うまくなってる!ただ、昔と全然違う味!」と答えてしまう。


安住アナがすかさず「ねえ、ムロさん俳優さんですよねえ?なんかもう少し演技できなかったもんでしょうか?」

九子爆笑!


日本人は「素」の顔をさらしてくれる人間が好きなのだなあと感じるのはこういう時だ。

一つ一つの話を取れば芸人さんのネタほどは面白くないかもしれない。それでも彼らが仮面を外して披露してくれる小さなエピソードが、彼らの人間性の豊かさや、思いやりの深さや、友情の温かさなどを想像させ、見たことはあっても誰か知らなかった役者さんの名前を覚えさせ、その役者さんを好きにさせてくれる。


好きになるだけではない。もしかしたら「素」を見せられて初めてその人を信用するってことも多いような気がする。


だけどこういうのも、その人の「素」が善であるというほとんどの日本人の間でこそ通用するのかもしれない。


「素」を装うことだって出来る。ことさらにそうして人をだます悪人だっている。


海に守られて正直に生きてきた日本人が、もしかしたら変わろうとしている?

変わりたくはないが、変わらざるを得ない状況になるかもしれない。


どうやって美しい日本と日本人を守るのか?


日本ってもう一度鎖国に戻れないの?鎖国をしたらこの国は経済的に成り立たないの?


後ろ向きにこんなことをたまに考えることがある。


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情報の力 [<九子の万華鏡>]

 ZOZOTOWNの社長前澤友作さんという人は、このところ何かとお騒がせだ。

ダルビッシュ有の前の奥さんと付き合っていたというニュースを聞いた頃からお金持ちなんだろうとは思っていたが、ここへ来て剛力彩芽と浮名を流す・・というところまではまあ別に驚くようなことではないが、月に行くロケットの座席を8席ほど各々100億円で買ったというニュースには驚いた。


驚いたというのは実はオブラートにくるんだいい方で、実のところ九子はこう吐き捨てたものだった。「ばっかじゃないの?」


これが誰かさんの有名ブログなら今頃大炎上かもしれないが、そうではない九子のブログなのでお許しいただきたい。それに九子はこれから前澤さんを誉めるつもりなのだ。


ZOZOTOWNってそもそも洋服のネット販売のサイトでしょ?たまたま時代の潮流に乗ってお金儲けただけのことでしょう? それがそんなお金の使い方するなんて、成金趣味にもほどがあるわ!


そう思ってた九子だが、何度も流れるニュースやテレビ報道を見るたびに彼を見る目が変わってきた。


まず彼の会社は千葉県にあって、彼自身も、イメージするような六本木ヒルズ族ではないらしいこと。なんでも彼は東京一極主義に反対していて、会社のある千葉に住む社員を金銭的に優遇しているらしい。


そのうえ従業員は悪口を言い合わせないために給料も一律にしてあるという。


へえ~、ユニークなこと考える人なんだ!



知らなかったがZOZOTOWNに注文すると「ZOZOスーツ」なるものがタダで送られて来て、自分の身体のサイズがすぐにわかるのだという。


黒い伸縮性のある全身タイツに水玉模様がついていて、それを着ると水玉が目盛の役目をして自分のサイズが正確にわかるらしい。そして前、横、後ろ、斜め、全身をスマホで撮って送ることにより、客のあなたは600種類もあるブランドの品揃えの中から最適な一着を探し出すことが出来るし、ここからが重要なのだが、ZOZOTOWN側には究極のプライバシーである顧客のサイズ情報が残るのだ!


個人情報はGoogleやアップルやアマゾン、Facebookなどのアメリカ企業が独り占めしている。その一角を日本企業が担い、この情報を、たとえば病気治療などに応用することが出来たら、素晴らしい未来が開けるかもしれない、と彼は言う。


なんか凄いねえ。



そのうえ彼が投資した800億?円はロケットの座席以上の効果を彼にもたらしたらしい。

一面識もないレオナルド・ディカプリオからメールをもらったのがその好例で、世界中にニュースが流れて顔と名前が売れたということは、彼と彼のビジネスにとって大きなチャンスになるらしい。


情報というのはすごい力を持っている。

最新ニュースでは、facebookがトランプ大統領の得票アップに貢献したと報道された。

クリントン氏支持のはずの子供を持つ女性層から影響されやすいタイプの女性を抜き出して、クリントン氏に不利なニュースを流す。また同じく優柔不断な男性に対して、トランプ氏のいいニュースを流す。結果トランプ大統領が誕生した。

情報操作が大統領まで決めてしまうのだ!


情報を盗まれる。その怖さにどうも九子は鈍感だ。

GPSで位置情報知られたって、どこにいるかわかっていれば家族はかえって安心でいいんじゃないの?

IDやパスワード、暗証番号盗まれるのは困るよ。だけどそれ以外の情報だったらどうってことないんじゃないの?


先日もあるネット証券会社から通知が来て、こちらの責任でネットを通じてお金が盗まれた場合には、証券会社側としてはお金の補償を致しかねますと言われた。

「こちらの責任」の中には、ID、パスワード、暗証番号を外付けHDDやUSBメモリー、クラウドサービスなどに保存することも含まれていた。


えっ?そんなら一体どうすりゃいいの?

何度も変えて訳わかんなくなっちゃったものを年とともに鈍る頭に記憶させなさいってか?


早速問い合わせてみた結果はこうだった。


「お客さまが当社口座を利用されている端末へ、他人が容易にアクセス可能な環境で、
そちらから当該パスワード管理サービスを利用して不正取引が行われる状況である場合は、
お客さまの過失に相当いたします。

なお、インターネットバンキングにおける不正出金に対する補てんについては、お客さまの
パスワード保管状況、通信状況等さまざまな面を勘案した上での判断となります。
当社サイトでもご案内しておりますセキュリティ対策等をご確認のうえ、当社口座利用を
行っていただきますようお願いいたします。」


証券会社って一番安全だと思っていた。カードで引きおろしなどほとんどしないから、

そこへ預けたものはほぼ永久に安眠し続けるものと思っていた。

それなのに・・・・!!


そうだ!九子の頭にひらめきが!


他人が容易にアクセス可能な環境じゃなくすればいいってこと!

調剤室に鍵かければいいんじゃないの?


それを思いついてから、ようやく枕を高くして眠れる九子だった。

(いつでもよく眠ってますが(^^;;)


でも、そもそもそういう問題???


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It's hard to teach a new trick to an old dog(年老いた犬に新しい芸当を教えるのは困難だ) [<学校の話、子供たちの話>]

本当にそうだ。この言葉を教えて下さった九子の英語の先生は当時80歳を超えておられ、しみじみと何度もつぶやかれていた。


ところがこの私と来たら当時まだ40代で、何しろ病老死苦の四苦のうち、他のものはわかっても、老いの苦しみってのがなんなのか、さっぱりわからなかった時代だ。


それが55歳を越えた頃から、いわゆる更年期障害というものには無縁だったのだが、甲状腺

機能障害なんかで突然10キロも痩せて、髪もずいぶん薄くなった。残念ながら体重は、薬飲んだら瞬く間に元に戻った。(^^;;


それでも自分は同世代より少しは若く見えるんじゃないかといううぬぼれも、鏡に映る顔を見つめ続けて暮らすうち、「年には勝てないや。」に変わって来た。


昭和生まれはもう年寄りだ。もちろん50年代60年代は抜かしておくが・・。

平成だってもうすぐ次の時代にとって変わられる。


ロシア民謡の赤いサラファンじゃないけれど、「緋色のサラファン縫うてみたとて 楽しいあの日はもどりゃせぬ たとえ若い娘だとて なんでその日が長かろう」だ。


Facebookだってよくわからない九子が、突然Instagramや、もしかしたらTwitterもやらかそうなんて思って、「始めます!」と勢いよく宣言したまではよかったが、いざ最初の投稿が完成するまでに数週間も費やした。


理由はinstagramに肝心の写真を上げるやり方がよくわからなかったからだ。


自分で撮った写真ならばもう少しわかりやすかった。

ところが不器用な九子が頑張って撮っても大した写真にならないのは目に見えているから、

写真をネットから借りてこようと思った。それにてこづった。



今の若い子たちは生まれた時からPCやテレビゲームに囲まれていた世代だ。


思えば長男、次男のころは、親たちの間でゲーム論争が盛んな時代だった。


まずはゲーム機を子供に持たせるか持たせないか。持たせてしまったらどこまで許容するか。

そもそもゲーム機は持たせていないと友達から仲間外れにされるという忠告もあった。


我が家は割に遅くまで許可しなかった。まあ長男はそんなにやりたがりもしなかった。

ところが次男に押し切られた。もののはずみで買わせてしまった。(^^;;

たぶん小学校5年生頃だ。


今になればどうなんだろう。長男も次男もさほどパソコンに強い感じはしない。

ゲーム機にほとんど興味を示さなかった三男は、高校生の時に「パソコンコース」を取り、

ブラインドタッチで早打ちするのも覚えたし、何よりマニュアルを隅から隅まで読みつくすことを覚えた。だから三男がパソコンは一番強い。

こうしてみるとゲームを早くからさせた方がITに強いというのは当たらないようだ。



三男みたいにマニュアルを読む派か、そんなものは読まずにとりあえず動かしてみる派か?

これは性格の違いとも言えると思う。


かつていつも話に出てた三男と次女。顔を合わせれば口喧嘩ばかりしていた。

マニュアル派の三男に対し、次女はとりあえず動かしてみる派。

もしかしたら彼女、英語漬幼稚園に行ってたせいで小学生から国語の読み書きがあまりうまくなかったせいがあるかもしれない。


もちろんどっちがいいとも言えないが、最終的には問題が解決してくれさえすれば良いわけで、どちら派でも一応の解決は見るようだ。


ただし一番の違いは、それを人に教える段になると、やっぱりマニュアル派の方が分がいいのかなと思う。


そう言ってもこれは日本の中でであって、アメリカ人なんかはとりあえず動かしてみる派が多いのかもしれない。




昭和生まれ代表の九子は、とりあえずやってみるのが怖い。マニュアルがないと、あるいはサポートに聞かないと、先に進めることによって、後戻りできなくなり、大事なファイルがなくなってしまうなんてことを恐れて、先に進めない。


ところが時代は勝手に動いていて、とりあえず終了ボタンを押してみるとうまくいく、いや、終了ボタンを押さないと先に進めないなんてのがある。

そんなら「終了」ボタンなんて安易に作らないでほしい!まだ次があるんでしょ?



・・・と思った九子は、はたと考え直した。

「終了」の先に次がある。いいじゃん、それ!

老い先短い自分の身を思えば、そりゃあ希望の道だよ。(^^;;(^^;;


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自分の中の掟(おきて)と顔のないお化け [<九子の万華鏡>]

日本には見えない縛りが多くある。


 

たとえばこうだ。


 

しばらくぶりで見かけた人が明らかに昔より自分に冷たくなったように思えた。態度がよそよそしい。私に何か怒っているのかな?何が原因だろう?


 

その人と話してた人も既知である。


そんな時、「あの方どうされたのかしら?私を怒っていらっしゃるのかしら?あなたどう思われて?」


と、こんな小津安二郎の映画の世界風で無くてもいいけど(^^;;


そういう質問ってなかなか出来ない。


 

一番は自分とその人の関係性にその既知の人を巻き込むことを恐れるからだ。


 

それでなくても自分の中に掟があまた出来ていて、そんなことを聞くのは不躾だとか、自分も聞かれたくないことを聞くもんじゃないとか、あの人とはそんな仲じゃないでしょうとか、そんな気持ちが勝ってしまって聞くことが出来ない。


 

こういうこともある。


 

電話というのは昔からある双方向の通信手段で、その場でけりが付く事が多い。


それに引き換え、昔は手紙だけだった一方通行のやりとりが、現代社会は時間的には素早くなったとはいえ、メール、ライン、SNSの書き込みなど、多彩になっていくつも選択肢が増えた結果、私のような小心者が悶々とする機会が多くなった気がする。


 

あの人からまだ返事が来ないけれど、メルアド間違えて届いてないのかしら?何か不都合なこと書いて怒らせてしまったのかな?具合でも悪いのかな? 単にお忙しいなら良いのだけれど・・。


 

悶々とするくらいなら、もう一度メールを書く、いっその事電話をする・・。


という選択肢はなかなか取れないのよねえ、九子の場合。


気を悪くされるのが怖くて(^^;;


 

こういうのを総称して「遠慮」と呼ぶ。


 

遠慮は良くも悪くも私たち日本人を特徴づけるものだ。


 

慎ましく恥ずかしがりな日本人のこの特性は、大変美しいとされるし、この国に住んでいる限り誠に居心地がいい。


 

だけどそこに重大な欠点があることにお気づきだろうか?                                                        


遠慮ということは自分の考えを閉じ込めて、人にゆだねてしまうことだ。


自分の考えは表現してなんぼだ。いくら自分でずっと考えていましたと言ってみても、言葉にして表現するか、文字にしてあらわさなければ他人には伝わらない。


 

そもそも遠慮ばかりしていると、本来の自分の欲求というものがだんだん希薄になって、人の考えにとって変わられていく。


 

最初のうちこそ自分の考えが通らなかったことに残念な思いをするかもしれないが、それがたび重なるごとに次第に慣れていき、人が考えてくれる意見に乗っかるならその方がずっと楽だと、自分の考えを持つことすら拒絶してしまう。


 

それがある人=誰かの考えに同化することであれば、まだ選択の自由がある。


少なくても数人分の意見はいつでも出るからだ。


 

ところが日本には「みんな」という顔のないお化けがいる。


「みんなそう言ってたよ。」「みんなこういう意見だよ。」


「みんな」の意見に取り込まれたが最後、あなたに思考の自由はもはや無くなる。


 

日本の未来は安倍首相が言うほど明るくない・・・と思う。


中国にしてやられて、すべてを無くしてしまうのではないだろうか?


 

中国はとんでもない国だと思うが、中国人一人一人は自分が好きなように生きている。


彼らのエネルギーが底なしに思えるのは、自分のやりたい事に貪欲で、誰がなんと言おうとまず自分を貫いて突き進む強さがあるからだ。


 

日本人で「私はこれがしたい。」とはっきり言う人、そんなに居ないんじゃないかな?


その一番の原因はこの国の教育のせいだと思う。


 

恥をかく。世間体が悪い。失礼だ。みっともない。


何度となく言われ続けてきた言葉たちが、あなたの自由な思考力を損い、奪っていく。


 

少なくとも小学校低学年まで、この国でも子供たちはまだ生き生きとしている。


何ものをも恐れない目をして、自由に動き回り、好き勝手にしゃべり続ける。


それが急に小学校高学年あたりから物言わぬ子らになり、気持ちを閉じ込めようとする。


 

私たちは「みんな」から自由にならなくては。


「他人の目」から自由にならなくては。


そうでないと、いつまでたっても自分の頭で考える習慣がつかない。


自分は本当は何がやりたいのか、突き詰めることが出来ない。


 

この頃「みんな」が集団で作り上げて来た日本方式が、世界の中ではそううまく機能していないように見える。


「みんなの総意」を探っているうちに、世界ではずっと素早く物事が進んでいってしまう。


日本の企業が負けているのは、決断のスピードなのだと思う。(expedia)






偉そうなこと言いながら、九子は子供時代ずっと自分の夢も、将来の希望も、まったく考えることは無かった。考えなくても決められていたからだ。


親がすべて決めてくれ、ただそのレールに乗っかっていたからだ。そしてずっと乗っかり続けていたほうがはるかに安全で楽だった。


 

楽に甘んじた結果、自分でするべき経験も、自分で選び取る力もひ弱な、すべての人を怖れる未熟人間になった。


 

自分に自信が戻ってきたのは、坐禅(座禅)に出会ったからだ。


坐禅(座禅)が自信も幸せも 希望も笑いも・・すべてを与えてくれた。


 

自分に足りない力に気付いた時、誰かが怖くなった時、不安に取り込まれた時。


あなたも坐禅(座禅)をしてみて欲しい。



坐禅(座禅)はこれからの日本の不安な未来に、きっと灯をともしてくれるはずだから・・。

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それでも日本の英語教育を何とかしてほしい! [<英語の話>]

例によって引きこもりの6月と夏バテの7月を過ごしていて、それでも今年のウツはごく軽かったため、テレビを見ながら多々妄想の翼を広げることは出来た。

したがって若干古びてしまったニュースだけれど、しばしお付き合い願います。<(_ _)>



日本人の英語のあまりのお粗末さに、絶対に教育が間違っている!と思う人は多いと思う。

東大に留学する中国人留学生に、(東大生ですら)日本人の英語は幼稚園並みと言われて、悔しい思いはしても返す言葉が見当たらない。


数学者の藤原正彦氏や同時通訳者の鳥飼玖美子氏などから、「英語教育は大人になってからでも十分間に合うし(実際彼らはそうしてきたし)一番大事な英語で何を伝えるかという中身の問題は小さいころに日本語を十分に叩き込まれなければ育まれないのだから、英語の早期教育は時期尚早」と言われれば、専門家が言うならそんなものかと今までずっと思ってきた。

だけどもう限界だ!

ここへ来て憂慮すべき問題が持ち上がった。


下記の記事(すみません、もう見られなくなってます。)によると、例の世界的にも注目を集めた米朝首脳会談の記者会見において、トランプさんは「拉致問題をちゃんと伝えたよ。」と安倍さんに言ったそうだが、本当にはどんな言葉でどんなふうに伝えてくれたのかがよくわからない。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180629-00056322-gendaibiz-int&p=2


そういう時こそ記者の出番だ。

せっかくの記者会見の場なのだからたくさん(NHKだけでも100人!だそうだ)行っていた記者の中から英語で(当たり前だ!)質問する人間が最低一人や二人居てもよかったはずだ。


ところが彼らはみんな押し黙っていた。

なんで?だってここがトランプさんに、彼の言葉で答えを聞ける最後のチャンスの場だよ!


記事を見て分かった。出席した記者たちは英語が話せなかったのだ!!

要するに幹部クラスが、米朝記者会見というビッグイベントの場に居合わせたというそのことが自分の出世の勲章になるっていうんで、我も我もと手を挙げた。結果英語など全然出来ない幹部の記者ばかりが世紀の記者会見の場に陣取った。その挙句英語の得意な階級が下の、たぶん女性記者が多いと思うが、出番はなくなる。


大枚はたいてシンガポールまで行って、一言も質問しなかった挙句に、真実がまったく伝わらなかった。


これって日本にとって大きな損失でしょう。

そりゃあ何日か遅れでアメリカから情報は来るかもしれないけど、あくまでも人を介した情報であって、トランプさんから直々に聞くのとは情報の価値が違う!


もしも、いつも間違い英語で堂々と渡り合ってる恥を知らない九子なら、きっとあの場で手を挙げていたと思う。

いや、ホント。こう見えて大勢の中で発言するのは割かし得意なのだ。何しろ市会議員の娘だから(^^;;


相手が答える英語がわからなかったなんてことも往々にしてある。そんなこと気にしちゃいられない。答えを引き出せた時点でなんぼだと思う。

答えは理解できませんとすごすご引き上げて、あとは専門家にお任せしますと言っとけばよい。(^^;;


ところで記者会見の場には大手の放送局の他にも小さい新聞社の特派員とかも出ることが出来たのだろうか?そういう人たちなら、望むべきはそれが女性であったなら、大会社のような階級社会の影響は少なめだと思うから、すくっと手を挙げて英語で質問するのは可能だったのではないだろうか?


いや、結局誰も質問しなかったという結果がすべてを物語っている。


要するに核心は 「トランプ大統領が金正恩委員長に日本人拉致問題をどう伝えたのか?」 という一言なのだ。この簡単な一文を英語で言えないような記者を何百人も連れて行って、一体なんのための記者会見か!

一体日本はお金の使い方がそもそも間違っている!




そこ行くと記者会見の先陣を切ったアメリカの女性記者はカッコよかった!

「あなたは金正恩を優秀な大統領だと持ち上げたが、肉親を殺し、民を飢えさせている金正恩になぜそんなことが言えるのか?」


自国の大統領相手に良くそこまで言えるものだと感心した。

もちろんこの記者にとって英語は母国語なのだから、言語の壁ではなくて、ハートの問題だ。


この瞬間、日本人の行動を縛り付けている呪縛のようなものも感じた。


まず「上の人が最初」の序列意識。

誰かが先に口火を切るまでは黙っていようという意識。

真っ先に意見を言うと目立つから、目立ちたくない意識。

つまりはこれすべて「遠慮のかたまり!」


英語うんぬんの前に、こんな様々な圧力で縛り付けられているのが日本人だ。

その上、英語も完ぺきに話さなければいけないというプレッシャー。


さあ、そこで女性の出番だ!女性は一般に語学が強い!だからこういう公の場で英語で発言出来る女性記者を育むべきなのだ!


いや、育む必要はないのかもしれない。かれらはもうそれなりの力を持って、英語出来ない上司にかしずいて待機しているのかもしれない。



女性の社会進出が遅れていると言われて日本はよく叩かれる。

これに関して九子もいつか何か物申したいと思っている。


まずは得意な分野から、女性の能力を示していこう。英語なんか最適分野だ。

そしてその場合、英語できない上司は積極的に英語できる部下に席を譲るべき!


世紀の米朝会談の記者会見に居合わせたというそのことが偉いんじゃない!

その場で何を発言したのかが一番大切なのだという、そんな簡単なこと一つ分からない

いい大学出ただけのエリート上司には、顔を洗って出直してもらいたい!


そして、日本人の英語教育。

本当になんとかできないものだろうか?-



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金のなる木とガジュマル [<正統、明るいダメ母編>]

★ 金のなる木とガジュマル


金のなる木については以前長々と書いた。要するに金のまったくならないМ氏のところからやって来て、少しはましかもしれぬ薬局に居ついたのだが、九子が邪険にするのと(^^;;、冬の間ガラス戸が締め切りにならない環境に10年?も耐え続けた結果、誰が見てもいよいよ貧相で貧乏臭くなってしまったものだから、さすがのМ氏が「別のに代えよう!」と言い出した。


「俺がこの木をまた元通り元気にしといてやるからさあ。」

どこへもっていくのかと思えば、両親が元気だった頃私たちが住んでいた家。

少しくらい日当たりのいいところへ持っていっても、貧乏菌はそうやすやすとは離れないと思うよ。(^^;;


例によってホームセンターを数か所回って代わりになる割安なのを買う。

金のなる木はもういいや!

青々として威勢のよさそうなのないかしら?


ガジュマルって名前の葉っぱの艶のいい木が九子の眼に留まった。


うん。葉っぱも木の幹の感じも面白い。何より値段が安いのが最高だ!これにしよう!


帰ってきてからググって見たら、いろんなことがわかった。

今日買ってきたガジュマルはかなりの安さだぞ!(^^;;

えっ?絞め殺しの木?ずいぶんな名前がついている。

宿主に巻き付いて栄養を吸い取って生きるらしい。

我が家も吸い取られそう。(^^;;


その日は気づかなかったのだが、翌朝になって一番上の新芽にシミみたいな黒い点があることが判明。可哀そうだがむしってやる。


次の日もまた次の日も、別のところにシミを発見。

悪いところは早めに摘まねば病気みたいに広がるとまずいからね。


その他はとりあえず見えるところに病気は無さそうだ、やれやれ。


ああ、こういうことなんだな、手をかけてやるということは・・。

まずは気にしてやる。ただおざなりに水をかけるだけじゃなくて、日々の様子を観察する。

問題があったら手当てする。


九子はご存知の通り植物など育てるのは大の苦手だ。

犬猫の世話だってようやらんのに、よくぞ五人も子供を育てたな!?

もちろん偉大な出来すぎ母が居てくれたお陰だ。(^-^)


毎日水をやる。毎日散歩に行く。毎日えさをやる。

毎日・・・するというのに九子はめっぽう弱い。


一番の原因は忘れてしまうから。

やるぞ!とは思うのだ。朝のうちは・・・。(^^;;

それが、その時間帯になると頭の中からさっぱりと抜け落ちる。

さっきまで覚えていたとしてもだ。

生協の仕分け当番の時のように、他の人に持ってきてもらって始めて気が付くのだ。


最初のうちは計画的かと疑われる。当番さぼりたいんじゃないかと・・。

ところがあまりにも頻繁にそれが起こるものだから、だんだん周りも気づいてくれる。

あの人は単純に忘れっぽいのだ。仕方がない。


もちろん面倒くさがりだから、体を動かしたくないというのもある。

「毎日散歩に行く」は、この理由により始める前に速攻却下だ。


高校の時から飼ってた犬に毎日餌をやっていたのは出来すぎ母だった。

当時のことを考えると少々胸が痛む。

九子は最初のうちこそ愛くるしい顔をした縫いぐるみのような愛玩犬に愛情を示したが、餌をやり、散歩をし・・という日常が重なってくると、だんだんに煩わしくなった。

餌やりはどんどんぞんざいになって、残りご飯の上に残りご飯を積み上げる始末。


このあいだ末娘と話していたら、なんと彼女はしっかりと見てこれを覚えていた!「ママってさあ、犬にひどいご飯やってたよねえ。」

幼児の記憶、恐るべし!(^^;;


まあとにかく、これを見てお分かりの通り、よく言われる「愛情の反対は憎しみではなく無関心」というのはまったくもって当たっている。


九子の場合はどう見ても愛情が薄い。

って、これ、五児の母にして言うべき言葉じゃないんだけど。(^^;;


なんだかさあ、人間の愛情深さって生まれつき決まっているんじゃないのかな?

もちろん愛情深い人ならその方がいいに決まってるけど、九子みたいに薄けりゃあ薄いで、それがいつもおんなじで、そんなに分け隔てないなら理解してもらえそうな気がする。



ガジュマルは大きくなると20mにまで育つんだって!どうしよう!

大丈夫、大丈夫!その手のかけ方じゃあ、あと10センチだっておぼつかないから・・。(^^;;


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さだまさしと中島みゆきと [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

親戚にアフリカ大好き夫婦がいる。もう4回もJALやANAで行っていて、今まではサファリのでこぼこ道をジープで何時間も移動するような旅ばかりだったから、こんどは喜望峰とかビクトリア湖とかきれいなところを回ってみたいそうだ。


そして声高に言う。

「アフリカは本当にいいわよ~。人生観変わるから・・。絶対一度は行ってみるべし!」


言われるとなんだか行ってみたい気になるけど、何しろ我が家の懐具合ではLow cost carrier (LCC)がせいぜいで、ドイツやオーストラリアで散財しちゃっているからまあしばらくは無理だわねえ・・。(^^;;


っていう訳で、九子の中の映像のアフリカ!百万羽のフラメンコが空を暗くして飛び立つイメージの根源になっているあの歌・・を久しぶりに聴いてみた。

さだまさし  風に立つライオン


 

この曲聴くの何年ぶりだろう?

歌や文章、つまり言葉のあるものは、年を経てから再読する楽しみがある。

単純に忘れていたことばかりではなく、「こんなことが書いてあったんだ!」と新しく発見する楽しみがある。


以前しっかり聴いたのは何年どころか何十年も前だった。

その当時は最後に単独で現れる副主題歌がアメージンググレースという有名な讃美歌であることも知らずに聴いていた。


アメージンググレース(Amazing Grace)に代表される神がかった優しさは、日本を、都会を捨て、恋人と離れてまでアフリカの無医村での診療を選ぶ医者である彼の魂のことか、きれいな瞳を持つ彼の患者たちのことなのか、それとも千鳥ヶ淵の桜並木を彼と一緒に歩いた「君」のことなのか・・・。


実は彼女からの手紙は、彼と別れて3年、別の人と結婚することを告げる手紙だったことがわかる。

彼女が恨んでいないと知って本当に良かったと言い、だけど感動的なアフリカの風景を見るたびに、君と一緒に見ることが出来たなら・・と思いを吐露し、最後はきっぱりと「おめでとう!さよなら。」と結ぶ


こういう時の「さよなら」は哀しいね。「おめでとう!有難う。」にして欲しかったよね、女性にとっては・・。だって女はいつも男を引き留めておきたいじゃん!(^^;;



久しぶりに聴くさだまさしは、「さすが!」と思わせた。


ところで彼はある人の才能に嫉妬しているのだという。この頃ネットでも話題になってるからみなさんご存知と思うけど、中島みゆきさんだ。


確かに彼女は今でも現役でヒットを飛ばし続けているし、女心の複雑さを歌わせたら彼女の右に出るものはない。


知らなかったが二人は同じ年なのだそうだ。私生活でも仲良くされているらしいので、さだまさしが本気で言ったのかどうかは定かではない。

そういう気もする。いや、シャレだろうという気もする。


彼らの描く世界は質が違う。


さだの歌は長い。最初はとぼけた調子で始まって、最後の頃は皆泣かされる。

長いのは、彼が人生丸ごとを題材にしているからだ。


たとえば「親父の一番長い日」は、あんまり器量よしではない妹が生まれてからお嫁に行くまで。だから妹の歌かと思いきや、実は父親への鎮魂歌なのだ。


さだは父が営む大きな会社の息子として生まれたが、ある日会社が倒産して貧乏になった。

その父がいかに娘を可愛がり、愛情深く育てたか。それがあの独特の調子で語られると、ついつい涙腺が緩む。


「風に立つライオン」に歌い込まれているのは、壮大なアフリカの風景のほかに、3年という現地での年月だ。小さな村にも来るサンタクロースの逸話なんか秀逸だ。

わずかな歌詞の中にこういうからくりを盛り込むというのは並大抵のことではない。

さだまさし、恐るべし!と言いたい。


さだまさしは嫉妬を感じる対象として中島みゆきの「時代」と「悪女」を取り上げているらしい。


「時代」と「悪女」かあ! まあ九子でも知ってる中島みゆきの初期のヒット曲だね。


確かに「時代」は新しかった。ただ「あの頃この頃」という言い方に馴染んでいた九子には

時代という言い方は、それこそ時代がかって大げさすぎるような気がしていた。


だから九子には同じLPレコード(古い!)にあった「あぶな坂」や「アザミ嬢のララバイ」やの方が凄いと思った。

((本当は「あぶな坂」を載せたかったが、本人歌唱が見当たらなかった。)


演歌というものが今でもあまり好きではない九子は、もしかしたらこの歌で、知らないうちに中島みゆき流斬新な演歌を聴かされていたのかもしれなかった。


「悪女」は押しも押されもしない名曲だと思う。愛しい人を彼の大好きな女性に渡すために悪女を演じる哀しい詞だ。


凄いことは間違いないけど、映像にしたらせいぜいが30分番組だ。

ところがさだまさしの方は、大河ドラマにだってなってしまうような内容だ。


今の時代これを言ったら「男尊女卑!」と言われるだろうが、やっぱり男女の持つエネルギーの違いのようなものを感じてしまう。


さだまさしと中島みゆき。二人とも凄いのは、こんなに素晴らしい歌詞が書けるうえに、作曲までして歌まで歌ってしまうところだ。せめて詞の方だけでも彼らくらいに書ける才能が欲しい!


ところでアフリカに渡った青年医師と彼女はどんな関係?

九子が思うに、彼女は教授の娘なんかで、青年医師の優秀さを認めた教授が娘と結婚させようとして付き合い始めた。娘さんはきっと世間知らずだが気持ちの優しいお嬢さんで、彼と話がよく合った。彼女はもしかしたらアフリカへ渡ってもいいと思ったかもしれないが、教授が大反対して別れさせた。


そして3年たって、彼女は新しいお相手と結婚する。もちろん彼も医師に違いない。

アフリカの彼に少しだけ未練を残しながら・・・。


な~んちゃって!!

そんなありがちなストーリーしか思い浮かばないようじゃ、あなたに歌詞など書けませんわ。(^^;;


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