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島田秀平 with 雲切目薬 [雲切目薬のこと]

皆さまは善光寺七名物をご存じだろうか。

八幡屋磯五郎の七味唐辛子、鐘鋳川岸の酒まんじゅう、善光寺境内茶屋の甘酒、川島屋の黒膏薬、豆腐のみそ田楽、和ロウソク、そして我が笠原十兵衛薬局の雲切目薬、

となる。創業1543年の雲切目薬は中ではたぶん一番古い。


今回この善光寺七名物を回る旅ということで、地元SBCテレビの情報番組「ずくだせテレビ!」がリポーターに地元長野市出身の手相芸人島田秀平さんを起用してロケを行った。

我が家にももちろん来てくれた。

ちなみに「ずく」とは地元長野県の方言で、やる気、根気、頑張りなどと訳せる言葉である。


この話に最初に色めき立ったのは娘だった。「えっ?島田秀平さんが来るの?今までで一番の大物じゃん!」

「前に林家三平さんも柴田理恵さんも来てるよ。そっちの方が凄くない?」


「いやいやいやいや、島田さんは「ヒルナンデス」で和田アキ子の手相も見たんだよ。

凄いよ、ママ!ママも手相見てもらえばいいのに・・。いや、絶対に見てもらいなさい!」

娘はそれだけ言い残すと、日課の散歩に出て行った。


収録の前は必ず坐禅をするのが九子の日課だ。

坐禅をすると、上がらず、怖気ず、自然体で落ち着いてテレビに出られる。


さて、これで大丈夫!あとはテレビ局の人と島田秀平さんが来るのを待つのみだ。


何やら外で声がする。そういえば店の外には「蘇った善光寺七名物」の幟がはためいていた。それを撮っているらしい。


思えばこれも運よく九子が新しいものに取り換えたばかりだった。今日のこの日のため・・なんてことはまったく忘れ去り、破れていたし、4月の年度初めだからと軽い気持ちで取り替えた。


島田秀平さんは背の高いイケメンさんだった。芸人さんという風にはまったく見えない真面目な感じの人だった。


坐禅のせいか、九子は結構ノリノリだったらしい。普通の人より勝手気ままにカメラの前でふるまっていたらしく、秀平さんはそれを面白がってくれたみたいだ。


例によって古い店で元祖雲切目薬などの資料を見て頂き、ひとあたり解説させていただいたところで、次はもうこの世に存在しない「川島屋の黒膏薬」の話になる。


今回幸運だったのは、今まで全く資料が無くて幻だった「川島屋の黒膏薬」を作って卸していたという家の人が偶然見つかったことだ。あろうことか、М氏が区長会で一緒になった人が「うちで作ってた薬を雲切目薬さんとこにも卸していたんですよ。」と話しかけてきて、その人のおじいさんが黒膏薬を作っていらしたことが判明した。それをうちだけじゃなく、特に川島屋さんに納めていたというのは確かな話らしい。



カメラマンさんたちが古い店の資料を撮っている間、九子は秀平さんとお話しする時間が出来た。


秀平さんが佐久長聖高校出身というのはなんとなく知っていたが、今でこそ志願して行く人も多い佐久長聖に、秀平さんは第一志望を落ちて失意のうちに入られたそうだ。


「人生最初の挫折でしたね。まあ、いろんなことは学びましたけど・・。」


ここで九子は、第一志望に落ちて長野日大高校に行った次男の話をする。そして次男はいろいろ回り道をして、寿司屋の修行して、オーストラリアで暮らすことを夢見ていますと話したのを、とても興味を持って聞いて下さる。


なんといっても秀平さんの話で一番ぐっと来たのは、占いの姿勢みたいなものだった。


「僕は辛い人、困ってる人が占いで元気になって欲しいんです。だから、悪いことは言わない。いいことだけ言ってあげたい。悪いこともたまに言うけど、最終的には占ってもらってよかったなと思ってもらえて、頑張ろうと思ってもらえるようにしたいんです。」


ああ、なんて良い人なんだろう!!この一言で、九子も島田秀平のファンの一人だ!



「雲切目薬をずっと使ってるんですよ~。いや、ほんとに。」と言われた時は絶対ネタだと思った。こういう時、芸人さんは分が悪い。



そんなこんなで打ち解けてきたところで、すかさず手相を見てもらうお願いをする。(^^;;


考えてみたら秀平さんが手相を見るのは、ふだんテレビで見る有名人たちばかり。誰もが島田秀平に見てもらいたくて長い列を作っているらしい。その上秀平さんは手相を見るのに夜の新宿の街角に立ったりしない。考えてみたら見てもらえるなんて余程のことなのだ。

それなのにこんな一般人の私が頼んでも、嫌な顔一つせずに見てくれる。


言ってもらったことは3つ。

 
1.「しぶとく生きますよ~。(^-^)」 実はその前に二人の娘を薬剤師にしたのに、二人ともお嫁に行って薬局をつぐ人間が決まらない。私が長く頑張らないといけなくなったという話をした。たぶん秀平さんは、応援するつもりでそう言って下さったものと思われる。(そこまでして長生きしたくないけど・・。(^^;;)


2.「大勢の人が強い力で守ってくれていますよ~。」
 実は昔から九子の手相には生命線や運命線を横切るしわがたくさんあって、何十年も前にこれらは「物事が続かない気まぐれな相」だと言われた。だから以来あまり手相を見てもらうのも気が進まなかった。
ところが今回島田秀平さんは、こういうしわを「十字の形」と見てくれて、「十兵衛だけに(^^;;このたくさんの十字があなたを強い力で守っていてくれるのですよ。」と言ってくれた!これは本当に嬉しかった!解釈の仕方もそうだけど、言い方一つでこんなに変わるんだ!


3.「不思議ちゃんですね!」 不思議ちゃんという言葉、もちろん知ってはいても自分に対して使うことは無かった。でも言われてみたら、まさしくぴったりだった!「天邪鬼(あまのじゃく)」も、「友達いない子」も、「ドジ」も、「天然」も、みんな合わせて「不思議ちゃん」
今日からは自分のことを不思議ちゃんと呼ぼう!(^-^)



占ってもらったら本当に勇気が湧いた。占ってもらって本当に良かった。秀平さんに占ってもらうとみんなきっとこういう気持ちになれるのだと思う。強く薦めてくれた娘に感謝!


島田秀平さん!手相占いと芸でみんなを元気にして下さいね!応援しています。(^-^)


そしてもしも雲切目薬買いに来て下さるなら、是非人に頼まずにお顔出して下さいねえ。(^-^)


★長野県のみなさま、4月10日(水)午後1時55分からのSBC信越放送「ずくだせテレビ」の中のどこかのコーナーに雲切目薬と九子が出ます。もちろん島田秀平さんも長いこと見られます。良かったら是非ご覧ください!



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運命の糸 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

若い女の子の結婚願望は果てしなく広がる。

やれ、イケメンがいいの。やれ、背が高いのがいいの、大企業に勤めてるのがいいの・・・。


だけど結局は昔から言われるように一番は「相性」だと思う。

一緒にいても疲れない。相手の嫌なところが気にならない。一緒にいると落ち着く。


そういう相手に一度で出会えた人は幸せだと思う。


この間亡くなったショーケンこと萩原健一は四度結婚をしたそうだ。

最初の頃のいしだあゆみさんなんかはすごく大変だったと思う。


若かりし頃のショーケンは相当ヤンチャだった。

次々と問題を起こしては、離婚する頃はいしだあゆみも精魂尽き果てた状態だったのだと思う。


ところが二番目、三番目と進んで4番めのモデルの彼女とはとてもうまくやっていたらしい。


これなんかは4番目の彼女の操縦が良かったというよりも、単純に運が良かったのかもしれない。

人間は年を取るとみんな丸くなる。

だからとがり放題とがっていた若い人も年を取ることで、奥さんにとってとても扱いやすくなるのではないのかな?


ショーケンみたいにたいていはご主人の方が手に余る場合がほとんどだけど、その逆もあった。

野村監督と野村沙知代夫人だ。


学歴詐称などで沙知代夫人が大バッシング受けていた時、野村監督は一人夫人をかばった。


「こういう女はねえ、俺みたいな男じゃないとだめなの。」という言葉も野村監督をとても大きく見せたけれど、「妻の言ってる学歴なんて、みんな嘘ですよ。嘘をついてでも当時俺と結婚したかったんじゃないの?」というのも事実はどうあれ、沙知代さんをほっとさせる一言だったと思う。


彼はまたこうも言っている。「俺は内心気の小さい男でねえ。妻みたいに動じない人間が隣にいると安心だった。」


日本人全員に嫌われて悪口を言われようとも、その妻を一人の夫が支える。その夫は、一億の民が知りえない妻の長所によって日々支えられている。


夫婦の機微とはよく言われるが、本当に不思議なものだと思う。


こういう風に出会った夫婦は、いろんな障碍をいともたやすく乗り越える。

いともたやすくは無くても、あれよあれよという間に障碍はどんどん小さくなっていく。


お互いが支えあい、補い合って、1プラス1以上の力が出るのだろうか。


九子の周りの若い仲良しカップルにも大きな不安が影を落としている。

でも彼らは、見事に覚悟を決め、力強く歩みだそうとしている。


彼らに捧げる一曲。月並みだけど・・。(^^;;



 



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クリスチャン・ツィメルマン in Nagano [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

この人のピアノを聴きたい。いや、正確にはこの人を一目見てみたいと思い始めてから、すでに十数年の時が流れた。


彼は律義に十数年間毎年の様に長野市でコンサートを積み重ね、他の多くのプレーヤーのごとく、より多くの聴衆を見込めるであろう松本市や上田市に逃げることはなかった。


彼はもしかしたら長野市に縁がある人なのでは?たとえば長野オリンピックの時に仲良くなった友達がいるとか・・・。


この日、十数年来の夢を叶えて「行こう!」と思い立たせたのは、長女の子供の胎教のためと言うまたとない言い訳と、いつの間にか真っ白くなってしまったツイメルマンの髪だった。


あの九子を魅了し続けた端正な美男子のツイメルマンがおじいちゃんになってしまう!

急がねば!

と、例によって不純な動機から(^^;;、娘と二人長野市市民芸術館に向かった。


妊婦と二人ちんたら行く道すがら、ずいぶん大勢の人に追い抜かれた。それになんだかおびただしい人々の群れがこぞって市民芸術館を目指していた。



「あれ?クラシックのコンサートなのに、ずいぶんな人出ねえ。どうしちゃったのかしら?

結構有名な人だとは聞いてたけど長野でこんなに人が集まるなんて。」という九子に、「変ねえ。」とうなずく長女。

知る人ぞ知るツィメルマンもまるで素人の九子と娘にとってはそんなもんですよ。(^^;;


客席もほぼ9割が埋まっている。中学生から高齢者まで年齢層が幅広いのも特徴だ。


開演時間が来て幕が上がっても、なかなか登場してくれないツィメルマン氏。

気持を整えているのか、はたまた気力が満ちてくるのを待っているんだろうか。


いよいよ登場したツィメルマンは、笑顔の素敵な、豊かな白髪の紳士だった。

ああ、もっとよくお顔が見たい。なのにこんな日に限ってオペラグラスを忘れて来ちゃった!


ツィメルマンの音には度肝を抜かれた。

天空を駆けるペガサスさながら、力強さと軽やかさが共存する。

こんな演奏、はじめて聴いたと思った。


本日の演奏はブラームスのピアノソナタ第三番とショパンのスケルツォばかり四曲。

一番有名なショパンの一曲以外は九子にはなじみのない曲ばかりだったが、ツイメルマンの世界に魅了されて、「いいわよ、あなたの行くところにどこまでもついていくわ!」という、あたら若い女の子に戻ったような心境になってくる。


聴衆もまた見事だった。クラッシック音楽を聴き慣れているようで、大きな拍手はきっかりとピアノの音が止んでから次の曲が始まるまでの数十秒間に計算されたように収まる。


たまにかかるブラボーの声は、低くて男性たちのようだ。(まあ、女性はもともと言わないけどね。)彼らがこの日の聴衆たちをリードしていたのかもしれない。


ツィメルマンも大喜びだ。

何しろアンコールを4曲もしてくれた。

そして最後に「いくらなんでももうこれでおしまい!」とでも言うようにピアノの蓋を自分でパタンと閉めた。


いやあ、普通じゃないでしょ、ツイメルマン!アンコールが4曲だよ。

自分の音が聴衆に完ぺきに伝わったことが嬉しかったんだね。


やるじゃないの!長野の聴衆!世界のツイメルマンを小躍りさせたんだよ。これが文化未開の地と言われた長野市のクラシック音楽元年になるかもしれないよ!


終わってから娘に聞いた。「あの、木漏れ日が水面に当たってきらきら輝いてる・・みたいなところ、凄くなかった?」

娘も言った。「私もそう思った。あそこ凄いよね!」


この会話が成り立ったこと自体が奇跡だった。

何しろクラシック音楽初心者の九子と、ピアノコンサートに来るのは中学校以来初めての長女との会話である。言ってみればまあ文化度未開の原始人の二人である。(^^;;


その二人が、ツィメルマンが奏でた演奏にたびたび出てきた音のつながりを捉え、その音を素晴らしいと思い、二人同じく一つの情景として捉えられたのだ!


音が言葉になった一瞬だったのではないだろうか。


音が言葉になるというのは言うほど易しくはない。

言葉とは、受けたすべての人が同じものを想像するのでなければ成立しない。

「川」という言葉を聞いた人は、全員が「川」を思い浮かべなければ意味がない。


音が表現である間は、演奏者の音が受け手にまったく違うものとして受けとられても

全然構わない。


そもそも音楽や美術には基本的に言葉は無い。

だからこそ言葉に縛られない舞台で、自由に表現された作品を受け手側も自由に鑑賞するのが醍醐味だ。作者の意図と違っていても全然構わないし、むしろそれが普通だ。


ツィメルマンの表現は、何の知識も先入観もない人間に「木漏れ日が水面に当たってきらきら輝いてるところ」を連想させた。たぶん百人が百人、ほぼ同じような答えをするだろうと思う。


こういうことって凄くない?ツィメルマン恐るべし!


すっかりツィメルマンに魅了され、九子は係の人にあの質問をぶつけてみた。

「ツィメルマンさんは長野に何かつながりのある方なのですか?毎年の様にコンサートされてますが・・。」

「いや、そんな事は無いはずですよ。ただ、日本のことはとてもお好きで、一年のうち半分くらい住んでいらっしゃるというウワサも聞きますよ。」


日本をそんなに愛して下さるのは嬉しいが、長野とは特別関係は無かったようだ。


そうか。関係ないのか。

となると、また例の疑問、というかもはや確信が頭を占める。


あの一群は、やはり長野市に降り立った松本や上田から毎年ツィメルマンを聴きに来た人々であったか。道理で礼儀をわきまえながら音を最高に楽しむことが出来る最上級の聴衆だった。

長野市民は、あの会場の何割を占めていたのか。聞くのが怖いこの問いを、来年のツィメルマンの公演時には聞いてみることにしよう。


wikipediaで調べたら、おじいちゃんだと思ったツィメルマンは九子より一っこ下だった。

あらまあ。


ツイメルマンが白髪のおじいちゃんになる心配するより先に、あなたか足腰立たないおばあちゃんになることを

心配するべきなんじやないの?(^^;;


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Acronis True Image とAosBox cool [<その他>]

Acronis True Image 2019 | 3台版

Acronis True Image 2019 | 3台版

  • 出版社/メーカー: Acronis
  • メディア: DVD
九子は嫌になるほど二つのことが同時に出来ない人間だ。

一番感ずるのは、おしゃべりしながら食事をする時。

おしゃべりする分、食事が遅くなって食べきれない。

そんな簡単なことからしてそうなのだから、それ以外のことも推して知るべしだ。


ブログの更新が少々遅れたのは、一年間使ったAcronis True Imageというバックアップソフトの契約を更新しようかどうかで迷っていたからだ。結局選んだのはAOSBOXcool という初めて聞くものだった。


いつも言うように、九子の最後の決め手は安さである!

一か月500円で、無制限にクラウドストレージが使えるという殺し文句にしてやられた。(^^;;


まあ、でも「してやられた」って訳でもない。使ってみたら、なかなか良い!


実は九子にはこの二つのソフトを論じる資格は無いのだ。

なぜって、九子がAcronis True Imageの全体像をつかみかけたのは、もう更新まで数週間という頃になってからだった。ほとんど訳わからずに一年が経ってしまった訳だ。


このソフト、なんとなくそっけないのだ。

なるほど説明はホームページを見れば事細やかに出ていた。でもなかなかそこまでたどり着けなかった。

すぐに目に見えるところに書いてあるのは、購入後3か月を過ぎてからは電話でのサポートは有料、それも一回3000円也!

フォーラムもあるが、英語だからう~んという感じ。


九子は3台のコンピュータ向けクラウド250ギガプランを買ったが、とにかく外付けドライブの中でキノコのように増殖して、すぐにドライブの空き容量をいっぱいにしつくしてしまうバックアップファイルの中で、どれが削除できて、どれが出来ないのかを知るすべがない。


結局外付けドライブがいっぱいになったところで、それ以上のバックアップは中止となった。


じゃあ、クラウドバックアップの方はどうか?

3台プランだったが実質は2台のコンピュータ。それで250ギガを分け合うのだ。やっぱり厳しい!


クラウドの容量に縛られずに、好きなファイルを好きなだけ放り込めるプランが欲しかった!


それで行き着いたのがAosBox cool だった。


一か月500円で容量無制限!本当に無制限なの?

びっくりした! 制限はあるにはあった。16EBだそうだ。

これは1600万TBに相当するんだそうだ!

東京の人間一人一人に1TBづつ貸しても、まだおつりが来るってか?


それならもう、なんでもかんでも放り込むしかない!


ところがそう簡単には問屋はおろさない。


バックアップしてくれるのはCドライブのみという制限があった。


じゃあ、外付けドライブをCドライブに張り付けちゃえばいいんじゃない?


皆さんも考えそうなことを九子も考えた。それをそのままサポートに伝えたら、

「どうぞどうぞそのやり方でおやりください!お勧めします!」という答え。


それなら、家族中の重要ファイルをCドライブに集めてバックアップさせちゃってもいいのだろうか?


ところがやってみると、なかなかそうそう簡単じゃなかった。


そもそもCドライブの空き容量は限られている。空き容量いっぱいにファイルが増えると、PCの動きが重く遅くなる。

 

このソフトにはもう一つのメリットがあって、普通のバックアップソフトは、Cドライブからあるファイルを消してしまうと、バックアップソフト上でもそのファイルは消えてしまうのだそうだが、このソフトではCドライブから消してしまったファイルも、いつまでも残す構造になっているのだそうだ。


だから安心して、バックアップが済んだらファイルを消してしまって構わないんですよという事らしい。


まあそう言われても、本当にしっかりと保存されているかの確証がいまいち無いので、九子は現在ファイルの中身やファイルのサイズをしっかりと確認している最中であります。


あともう一つこのソフトを選ぶ決め手になったのは、安全性というか、機密性だ。


Acronisは堅牢を誇るドイツのソフトだし、いかにも安全そうな気がしたが、こっちはどうだろう?

 

バックアップソフトの中には、自前のクラウドを持たずに、onedrive dropbpx,  google driveなど外部大手のバックアップ先を使わせてることろもあるみたいだが、ちょっとそれだと心配だ。


AosBox cool にはビジネスプランもあるのだが、サポートさん曰く、機密性に関しては本質的に同じらしい。(ビジネスはプラス一段階の保護が出来るらしいが)

両方ともしっかりしていますよと言われたので、とりあえず安心した。


それにしても最高峰と謳われるAcronis True Imageにしても、AosBox coolにしても、ネット上の酷評はなぜなんだろう?

 

もちろんプロの方には辛口の批評があってしかるべきだけれど、そこまで言われるほどダメソフトだとは思わない。多くを望まない九子にはとても有難いソフトだと思う。


何がいいかって、ファイルを無くさないでため込んでてくれる。


九子はすぐに大切なファイルを無くす。あっと思った時には削除されてたというのは、それでもごみ箱から出てくる確率は高い。

でも上書きの場合はどうしようもない。


現在の標準設定では、機械が勝手に2時間おきにバックアップ作業をしてくれている。

だから、上書きしてしまっても、一個前のファイルが保存されている限り安心だ。


確かにこういう方式だと、ファイルが溜まりすぎてどのファイルを見ればいいのかわかり難いかもしれない。だけど、探せば必ずどこかにあるのだ!


coolという命名のもとになったのはコールドストレージ、つまり冷凍保存だ。

冷凍したものは解凍に時間がかかる。同様に良いことづくめのこのソフトだが、難点は復元に最低3~5時間。ことによると何日もかかることだ。


それにさっきも言った理由で、似たようなファイルが複数あった場合、4時間かかってやっと復元したと思ったら別のファイルだったというのではダメージが大きい。


そういう時には似たようなのを全部探して全部復元すればいいんじゃないのかな?


ただ、外付けドライブに同時にバックアップもできるから、頻繁に使う重要ファイルはそちらにも保存しておけば、すぐに使いたいときに使えると思う。


最後に、イメージバックアップの機能は無いので、必要な方は別に取っておくべし。


九子みたいに片付けるの大嫌いなずぼら人間には、「片付けなくて済む、探すの面倒でもどこかには必ずある」という状態は、我が家のありさまに限りなく似て、実に心地よいのである。(^^;;


AOSBOXcool、どうしても無くしたくない人生の思い出の大切な保管場所ですよ~。(^-^)


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兼高かおる世界の旅 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]


兼高かおるさんが亡くなった。ああ、またしてもまたしても、本当の意味で昭和を生きた誇り高き女性が一人居なくなってしまった。


彼女は私の中でまさに自由自在に空を飛び、地球を駆け回り、誰にも物怖じしない堂々とした日本女性。手の届かない理想のお姉さまだった。


年齢を見て愕然とした。お姉さまどころか、彼女は九子の出来すぎ母と同じ年だったのだ!

彼女が母と同時代を生きた人だったとはとても思えない。


母は学徒動員で名古屋の工場で働き、戦時下だから鬼畜米英の言葉など学校で習うはずもなく、死ぬまで外国人を毛嫌いしていた。というよりも、英語が出来ないことが誇り高き彼女の唯一のコンプレックスとなり、彼女のプライドと負けず嫌いが外国人を遠ざけていたという方が正しかったかもしれない。


そんな時代に生まれた兼高かおるは、神戸というおしゃれな街に、インド人の父と日本人の母の愛情を浴びてすくすくと育った。田舎町の長野と神戸では、人々の心ののびやかさがまず違うのだろう。英語を話す一家に対する風当たりも、少しは弱かったのかもしれない。


彼女の母校は香蘭女学院だそうだ。黒柳徹子さんも卒業されたところだ。


徹子さんのお母さまは自由奔放過ぎるわが娘を「トモエ学園」に送り、動き回って落ち着きのない彼女の魅力を思う存分引き出すことに成功した。その賢母が次にえらんだのが香蘭女学院だったと考えるととても感慨深い。


ここでも九子は、コンピューター時代の恩恵を感ずる。


「兼高かおる世界の旅」を毎週楽しみにして見ながら、この美しいけれど、純粋な日本人には見えないこの人は、いったい何者なのだろう?半分は日本人。だけどあと半分は?というのをいつも気にしていた。だけどそういう情報を当時得る手立ては無かった。


図書館に行けばいろいろな本は手に入るが、偉人と呼ばれる過去の人以外で、テレビに出てちょっと有名な人の情報などどこにも書いてなかった。


だけど今ならウイキペディアで一発だ。

そう。インド人なのねえ。言われてみたらそうだわ。和服を着るとおしとやかな日本人だけれど、ドレスになれば、華奢な細長い手足と、豊満な胸。

いつも見開いた大きな瞳と笑うとえくぼが覗くチャーミングな顔立ち。


そう。チャーミングという言葉がこんなに似合う人はいなかった。


チャーミングなその人は、チャールズ皇太子(この人、まだ皇太子なんだ!)にもケネディー大統領にも、背筋をぴんと伸ばしたままで、怖気ることなくお話しされた。まだまだ日本が二流国、三流国と見られていたその時代に。


そのたびに、こういう自信はどこから来るのだろうかといつも思ったものだ。

当時は例外的に美しく賢く生まれついた人だから、そういう自分に対する自信から当たり前に身に付いたのだろうと解釈していたが、聞けば南極大陸に到達したり、世界一周最短時間の記録を作ったりされたらしいので、それプラス、一人で様々なことを経験した強さだったのかもしれない。

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芥川隆行さんという当世一流のアナウンサーとの掛け合いナレーションも面白かった。

芥川隆行氏は九子が当時お熱を上げていた「木枯し紋次郎」シリーズのナレーションも手掛けていた。

 

彼女の「あたくしはね・・」とか「存じませんのよ・・」とか、今はほとんど聞くこともなくなった山の手言葉は彼女ならではのもので、こういう美しい日本語の使い手が、同時に完ぺきな英語も話すというのが不思議な気もした。(彼女は神戸生まれだから、山の手言葉も異文化だったろうが。)


山の手言葉も小津安二郎映画とともに潰えてしまったと思っていたが、考えてみたら最後の生き残りはこの人だった。

今テレビに出てきてそれらしい言葉を使ってる人のは本物じゃないと思う。


30年の中でいろんなことが起こった。ずっとこの番組を陰で支えていたはずのアメリカのフラッグキャリヤーパンアメリカン航空、通称パンナムも倒産してなくなってしまった。

でも一人兼高かおるは一回も休まずに、番組のすべてを、企画から放映まで一人で背負ったという。


そして「私は理想が高すぎて、見合う男がいないのよ。」と言い放ち、生涯を独身で通された。


今頃、老いぼれた肉体から解き放たれ、若い時よりもさらに自由になった魂で、パンナムに乗って宇宙の旅にでも出発された頃だろうか?


兼高かおるさんに乾杯!


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九子家の年賀状2019 [<正統、明るいダメ母編>]

  

  謹賀新年

長女N子が大学のあった街神戸北野ホテルで結婚式を挙げました。4月には第一子が誕生予定です。
指折り数えないで下さい。(笑)結婚式は平成29年夏。昨年お出し出来なかったのでお披露目致しました。
振袖を着ている次女も嫁ぎ先が決まり、あとは薬局19代目を継いでくれるのは誰か?由々しき問題です。
良い一年をお過ごしください。

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作った後から気が付きました。おっと、夫君が写ってない!(^^;;

夫君は次の年に赤ちゃんと一緒に登場してもらいましょう。

 

さて、次女がイブ入籍を果たして娘二人が九子家姓ではなくなってしまった暗雲立ち込める我が家です。


もともと九子は男の子三人ではなくて、女の子のどちらかに19代を継いでもらうつもりでした。もちろん理由の一つは、女の子二人が薬剤師になってくれているから。


でももう一つ、大事な理由があります。そしてそれは我が家の家訓に関係してきます。


一番大事な我が家の家訓は「信用第一」

もちろん目薬を売る際もそうですが、16代と17代、つまり九子の祖父と九子の父は二人で40年づつ、合計80年も長野市の市会議員をやっていたので、これは彼らにとってもとても大切な家訓でした。


お金は無くとも信用があれば、人々は味方になってくれる。困ったときにも助けてもらえる。

我が家はそうやって18代470年を生きて来ました。


「最悪のことを想定して事にあたれ」というもうひとつ大切な家訓があるのに、騙されて保証人になって監獄へ行き、その後も今のお金で一か月に100万円づつ十年間も、大陸へ逃げてしまった本人の代わりに返済し続けていた人の良い16代は、もう一つ家訓を遺しました。

「保証人には絶対になるな!」


そして19代を継ぐのは娘が良いと九子が考えている訳が次の家訓です。

「細く長く!」


とても優秀で、東京に出て事業を大きくしようなどと考える先祖が居なかったからこそ、雲切目薬は18代まで続いた。父母も九子もそう思いますし、その思いは先祖たちも同じだったのでしょう。


事業を拡大するとリスクも生じます。大きな工場を建てて手広くやっていたとしても、もっと大きな製薬会社に目をつけられて、パクンと飲み込まれてしまうかもしれません。


だから、「細く長く」なのです。

そういう風にしてくれるのは、真面目に今の路線を引き継いでくれて、大きなことを考えない女の子が向きます。


その上雲切目薬に残っているのは今やブランドのみです。内藤了さんの小説「藤堂比奈子シリーズ」に取り上げられた30年前のしみるユニークな目薬は、もう法律上作れなくなってしまったのです。


今でもいろんな人が「雲切目薬、こうすればもっとたくさん売れるのに!」と言ってくれます。我が家の男たちもそうですし、赤の他人で口をはさんでくる人もいます。そういう意見はとても有難いと思いますが、私の目の黒いうちは、今まで通りにしたいと思います。


もちろん私にも雲切目薬をもっとたくさんの人に知ってほしいという気持ちはあります。

そのために私が選んだのは「坐禅の本」の出版でした。


もちろん自分が坐禅で幸せになった体験を、あの頃みたいに毎日が不幸で不幸でたまらない人たちに届けたいというのは真っ先に考えた夢でした。


そして「九子」という著者名のまま出版社に持っていこうとしたら、編集者でもあるハトコがこうアドバイスしてくれたのです。


「九子ちゃん、ただの何も持たないずぶの素人の主婦が本を出すなんて、まず無理!いったい誰が買ってくれると思う?絶対に売れっこない!あなたは雲切目薬を背負ってるんだから、本名で、雲切目薬の名前も出して本を書くべき!」


そして初めて、九子は雲切目薬、薬局名、本名を出すことにしたのです。


その時初めて思いました。ああ、人助けになるばかりじゃなくてこれで雲切目薬も少しは売れるようになるかもしれないな。


そういう有名になり方だったら、ご先祖様も喜んでくれそうな気がしました。

「信用第一」の我が家の家訓に恥じない売り方だと思いました。



どちらにせよ、坐禅の本の出版はなかなか厳しいです。毎年毎年「今年こそ!」と事情を知っている方々には添え書きをして、もうたぶん10年の月日が経ち、本を持って行って真っ先に見せたかった何人もの恩人たちにも先立たれてしまいました。


そして、また同じことを申しましょう。


今年こそ、坐禅の本が出版出来ますように!(笑)


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恐るべし!中国人! [<坐禅、仏教、お寺の話>]

今日の話は前回の話の後ろの方にも通ずる。


この頃中国の勢いが凄いね!

初めの頃こそ人真似して外国のいいとこばかり盗んで、失敬な国だなと思っていたけれど、盗んだ技術をさらに発展させてわずか20年、30年の間に13億のうちの3億の人々を中流にさせた手腕は大したものだと思う。


そのうえこの国の人々は、自分の国に大いなる誇りを持っている。中華思想というものらしいが、これは日本人の私たちにも見習うべきものがあると思う。


13億のこれからまだまだ力をつけつつある人々。その上彼らは男も女も力強い。女性が男性と平等に働く社会を彼らは作ってきたから、成人のすべてが生産性を持ち、富を得ることが出来る。


中国女性って強そうじゃありません?

先日のファーウェイ副社長の孟さんだって、逮捕された身にも関わらず端正な顔をキッと持ち上げ、たじろぎもせず、微笑みすら浮かべて前を見据えた。


そして、「私は祖国とわが会社を誇りに思う。」とのたまった。


こういう顔を日本人はなかなか出来ない。万が一自分が無実であっても、カメラを向けられれば下を向き、皆さまにご迷惑おかけしましたみたいな気持ちで卑屈になってしまう。



ああ、きっとこれは中国共産党の教育のせいだ。いつか見たもの。何年も前。

中国がまだこんなに発展する前に、小学校の子供たちが目をキラキラ輝かせて、私はこの国を愛します。この国に生まれたことを誇りに思いますと異口同音に語っていたことを・・。


共産党の思想教育恐るべし!というよりも、これが中華思想の神髄?


こんな人たちがごまんといるんだよ。一対一でも勝てそうにないのに、人口は10倍だよ。いったいどうするの?


その上彼らは朝4時から起きて太極拳をするという。


太極拳も坐禅と同じ素晴らしい呼吸法だと思う。

私みたいな弱虫が坐禅をするのはまあ良しとして、もとより強くたくましい中国人に太極拳されたら、一体どうなっちゃうんだろう?


一つホッとするのは、太極拳しているのはたいてい高齢者だ。若者たちがしているのは見たことがない。


私が坐禅を薦める別ブログまで作って、何とか今の瞑想ブームというか、マインドフルネスに端を発した呼吸法に関する社会の関心が薄まらないうちに、何とか多くの日本人に坐禅をしてほしいと願う気持ちとは裏腹に、なかなか坐禅の本の出版は難しい。


中国がこれだけ大きな力をもって来た時に、日本の政府も安倍さんも、ずいぶん私たちの思いとはかけ離れたことをやってくれる。


水道を民営化して、中国企業が買ってしまったら、特に北海道なんかただでさえ中国に買い上げられた土地がばかにならない面積を占めると聞くのに、水まで持っていかれたら、日本の国土にありながら中国のものになっちゃう危険だってあるんじゃないの?


安倍さんって、どうして大事なことを国民に諮らないで即決しちゃうんだろう?


まあ、とにかくいろんなことが不安になってくるときに、九子は坐禅をする。


いつも言ってるように、九子みたいに仕事出来ない人間というのは世の中生き辛い。

その上、暗い顔して誰かを羨ましがったり、ストレス貯めてイライラしてたら、これは誰も人が近づいて来ないと思う。


仕事出来ない人が仕事出来るようになるのは難しい。何年も努力しなければならないだろう。

ところがそういう人、もちろん九子がその筆頭なのだが(^^;;、努力するのが苦手なんですよねえ。


だから今頃、九子も暗い顔してストレス貯めてイライラしていたはず。

坐禅に出会わなければ・・・。


ところが幸運なことに29歳の時九子は坐禅に出会えた。


だから仕事出来なくても、出来ないことだらけでも、九子は幸せに暮らしている。

(一緒に暮らしてるM氏の忍耐のおかげでもある。(^^;;)


結局ね、日本人の一人一人が逞しくならなくちゃいけないって話。

1億3000万の一人一人が自分の持ってる力を坐禅で2割増し3割増しにしようって話!


もちろんどうやっても、それじゃあまだまだ中国には太刀打ちできないのはわかっているけどさあ。


でも不安を消して、やる気を出して、坐禅でもっと元気になろうよ、ニッポン!




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メイドインアメリカ [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

Amazon prime は便利だからずっと前から使っていたけれど、prime videoの良さがわかったのは最近のことだ。

そもそもビデオを見る習慣はあんまりなかった。テレビの画面を見られないところの仕事、すなわち、掃除、洗濯、皿洗いなどをする時は、音楽がかかっていればそれで良しとしていた。


ところが一回禁断のprime videoを見てしまった!息子に勧められたからだ。

何!こうやっていろんなビデオがタダで見られるの?


以来、テレビに背を向ける時にはprime videoが九子のお決まりになったわけなのだ。


最初の頃に見た””メイドインアメリカ ”は不思議な映画だった。

これから書くことにもしかしたら不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれない。

でもそれは現在の九子の意識によって書かれている。嘘のない一日本人の意識である。


主役のサラ役ウーピー・ゴールドバークという女優さんは、非常に有名なスターだけれども、言ってみればどこにでもいる押しの強い黒人のおばちゃんをただ連れてきたみたいな感じで、どう贔屓目に見ても美人とは言えない。


一方の白人の自動車ディーラー、ハル役のテッド・ダンソンは見るからにチャラチャラした軽薄男。

でもまあ平均的以上の顔立ちのホワイトアメリカン。

普通なら恋に落ちる要素など何一つないと思われる二人だ。


ところがサラの娘ゾーラが自分の父親たる精子移植者の名簿を盗み見てしまう。

ゾーラはハルが生物学上の自分の父親だと確信してハルに近づき始める。

彼女はなるほど、白人とのハーフと言っても通るほど可愛らしい。


びっくりしたのは、ゾーラがサラに、自分の父親は白人だった!と打ち明ける場面だ。


サラは言う。「そんなこと、あり得ない!私は人工授精の相手はアフリカンアメリカン(黒人男性)とあれほど頼んだのよ。白人だなんて冗談じゃないわ!」


この言葉の中には、サラの黒人女性としての誇りが表れている。


ひるがえってわが日本女性はどうだろう。子供が白人男性とのハーフみたいな顔だったら間違いなく狂喜乱舞すると思う。そして海外留学に行けばまず外国人(多くは白人)のボーイフレンド探しに夢中とか。


まあ気持ちはわかるけどね。背は低いより高い方がいいし、足は短いより長い方がいいし、ブサイクよりはイケメンだよね。そういう日本人の美意識にドンピシャ合致するのが白人男性だものね。(^^;;


その挙句憂き目を見るのはわが日本人男性。日本人女性はモテルが日本人男性はモテナイと長い間そしりを受けてきたが、どうやらここへ来て日本人男性の優しさが評価されつつあるらしい。(これも息子が情報源だから、信ぴょう性の如何はわからない。)


現在でも警察官による罪もない黒人男性への銃の発射事件が多発する中、20数年前のこの映画はおとぎ話なのか?


もちろん残念ながらこれはおとぎ話だと思う。


それを表すかのように、出て来る病院の患者もスタッフもほとんどすべてが黒人で、わずか居る白人スタッフはいかにもおあつらえ向きの「いい人たち」だ。

つまり、白人と黒人は差別されていて、黒人の病院には基本的には黒人ばかり。白人患者も白人スタッフもほとんどおらず、一握りのたぶんキリスト教関係者なんかの奉仕の心に長けた白人たちが働いているだけ。


どの世の中にもある差別を簡単に潜り抜けるものがあるとすれば、それは見た目の美しさだ。

トランプ大統領が安倍首相を気に入ってる(振り?)なのは安倍首相が日本人としてはイケメンで背が高く、家柄もいいからなんじゃないのかな?


これが石破さんだったらどうだったかな?ちょっと微妙だったかも。

(ごめんなさい、石破さん。応援してます。(^^;;)


日本人でも白人に近い見かけだと差別されないという話も聞く。

ハーフの子や、平井堅みたいな顔の人だったら安心して海外に出てみよう。(^-^)


古くは岸恵子や後藤久美子、最近の話題では中谷美紀さんなど。みな女優さんで人並み外れた美しさと強さをあわせもっている大和なでしこたちだが、彼らは皆白人男性に見染められ、彼らと結婚しそれぞれの人生を謳歌している。


まあそういう一握りの恵まれた人々のことは置いといて・・。


日本人は自分に自信がなくて、自分たちや自分たちの文化に対する誇りが持てないと思うことはありません?


一体それはどこから来るのかと考えた時、それはやっぱり、四方海に囲まれて敵というものの侵入を防いでくれる天然の城塞に恵まれ、何をしなくても平和にぬくぬく生きて来られて、敵と一戦交えた経験がないからじゃないのかと思う。


つまり、自分の権利をつかみ取る必要がなかった訳だ。国境が地続きの国々のように権利を主張し続けなくても、自分たちの安全は海で保障されていたからだ。


与えられた環境の中で生きることは容易いが、自分で勝ち取っでいない分、強さがない。

言ってみれば親の敷いたレールの上を走り続けて来ただけの九子みたいなもんだ。


そういう国に生きる私たちは、おのずと主張しない人間になってしまう。だって喧々諤々と議論する必要も、大声張り上げて自分の立場を弁明する必要もないのだから。


それでもですよ、日本の周りの国々は揃いも揃ってしたたかで好戦的な国々ばかりじゃないですか!そんな国々と渡り合うのだから、日本も少しは強くならないと!


瞑想や呼吸法が流行っているそうだけれど、一番やって欲しいのは最前線で外国と戦う外務省のお役人や政治家たちだよ。


呼吸法も瞑想も坐禅も要はみな同じ。ゆっくりとした呼吸が全身の、特に脳に行く血液の流れを良くしてくれる。そこにセロトニンだとかドパミンだとかの脳内化学物質も分泌されて、要するに脳が活発に動き出すわけだ。


だから普段以上の力が出る。頭の働きが良くなる。良い判断が出来る。自信が持てる。


そして更にいろいろなことが好転する。


坐禅にお守されてここまでやってきた九子だけれど、九子はあまりにもいい加減にしか坐禅をして来なかったから、今でも人様より自分に自信がないよ。

まあそれでも、毎日を生きて行くにはなんも問題は無い。特別な事のある特別な日だけはしっかり坐禅をして最上の気分で臨めばよいだけの話だ。


だけどこれが、総理大臣であったなら、政府のお役人であったなら、その一言のおかげで領土を失ってしまうかもしれないし、多くの日本人が不幸になるかもしれない。


そう考えたら、ねえ。

九子の言いたい事、もうお分かりですよね。(^^;;


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魔法の鏡 [<九子の万華鏡>]

今回の直木賞は、なんとユーミンこと松任谷由実氏だったそうな。


なるほどなあ。その手があったか!


九子はどっぷりのユーミン、中島みゆき世代!


大学時代の一人ぼっちの部屋を思い出せば、ユーミンの「翳りゆく部屋」が頭の中で勝手に流れ出し、好きだった先輩に彼女が居たとわかった日には、中島みゆきの「時代」を無理やり歌おうとして、歌えなかった苦い思い出が、あの頃よりは甘酸っぱく心にしみる。


ユーミンが直木賞というのは言い得て妙だ。


彼女の歌は大衆的・・かどうかはわからないけれど、深刻な事を明るいメロディーでさらっと歌ってしまう。彼女は良く都会的と評されたが、八王子の大きな呉服やさんの娘で、お金の苦労などしたことがなさそうなところが、明るさに満ちた軽いリズムと中性的な歌声の新鮮さも相まって、新しいスターを心待ちにしていた若い世代の心をつかんだのだと思う。


何しろ当時はかぐや姫の「神田川」に代表されるビンボーな学生の歌が多かったから・・。


彼女の実家は例の「はれのひ」事件で、晴れ着が着れずに悲しんでいた娘さんたちに急きょ晴れ着を貸し出して話題になった。


それに比べて中島みゆきは、北海道のお医者さんの娘さん。

同じようにお金の苦労はしたことがなさそうだけれど、こちらは暗い情念を歌わせたらピカイチで、明るいものの中に存在する陰の部分を際立たせる歌詞と曲が特徴。

勢い、歌そのものも暗くなりがちだけれど、その中にある明るい部分の美しさとやさしい希望に心躍らされる。とても繊細で複雑。だから純文学!


もしも次回の芥川賞が該当者なしであったら、中島みゆきが受賞する!!


と、九子は勝手に予想している。

どうでもいいことは置いといて・・・・。(^^;;


当時は「荒井由美」だった彼女のヒット曲の一つが「魔法の鏡」だ。

あれ?うまく貼り付けられないのでURLのみ。

https://youtu.be/oTKUTv1rXbo

九子も買ったアルバムMISSLYMが全曲聴ける。7曲目にある。

 

魔法の鏡を持ってたら、あなたのくらし映してみたい。

 

もしもブルーにして居たなら、偶然そうに電話をするわ。


の歌詞で始まるこの曲は、今考えてみたら彼女が作り石川ひとみが歌ってヒットした「まちぶせ」と同じ怖い女路線の始まりだったのかもしれない。

 

こちらの方がまだまだうぶで、好きだった人を思うだけ。

人の恋人を絡めとったりはしないのだけれど・・。


ところで皆さま、あなたにとっての魔法の鏡ってどんな鏡?


九子の場合はご多聞に漏れず、ずっと長いこと「きれいに見える鏡」を欲していた。

うまい具合に、洗面台の鏡がそれに当たった。


他の鏡で見るよりも九子が美人に見えるのだ。(^-^)


だから九子は、その鏡に映る自分の顔を見るのが好きだった。

そう、もう何十年もの間。



ところがこの頃気がついた。

その鏡で見るとパーフェクトに映るのに、なぜか他の鏡では白髪が目立ったり、肌色が良くなかったり、しわが深かったりすることに・・・。


どちらの顔が正しいのかは言うまでもない。


そして九子は遅まきながら気づくのだ。

今現在の九子にとって、「魔法の鏡」とは現実をありのままに映してくれる普通の鏡のこと。

それを見ながら、白い髪を黒くし、さえない肌色にファンデーションを塗り、しわにマッサージクリームを施す。よりよく見せるための悪あがき。


人間年を取ると、ごくごく普通だったはずのものが、実は「魔法の・・」だったことに気が付くものらしい。

動いて当たり前だったはずの身体も動かなくなり、無理に動かすと痛みが生ずる。

若いころは当たり前に出来たことが出来なくなる。


ああ、身体が動くってことは、当たり前なことじゃなかったんだなあ。


そうやって「みんな」に、身の回りのいろんなものに「感謝」しながら死んでいくのが、日本人の幸せなのかしらん。


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栢木寛照(かやきかんしょう)さん [<坐禅、仏教、お寺の話>]

最初に漢字を見せられた時、なんて読むのかな?と思った。

大阪の人はたぶんお名前をご存じなのではないだろうか?

昔ずいぶん長い間、桂文枝(当時の桂三枝)師匠と一緒にテレビ番組を持っていらして、たいそうな有名人だそうな。


その人を薬局に最初に連れてきたのは隣の八百屋のおじさんだった。

隣のおじさんは栢木寛照さんが40年来続けている激戦地サイパンに子供たちを連れて行く会の助っ人をしている。


寛照さんは30人にも上る子供たちを自腹でサイパンに連れて行って、夏休みに海に灯篭を浮かべて慰霊の祈りを捧げるのだという。


偉いお坊さんと聞いてはいたけど、おじさんに言われて薬局に置いてあった色紙にさらさらと書を書いてくれるとても気さくな人だった。


「花は根に鳥は古巣に帰れども 人は若きに帰ることなき 天台沙門 三宝 寛照」とある。


さすが!いい書だと思った。華奢で優しい文字だ。若いころに戻りたいと無駄な努力を重ねている九子にはぴったりな書だ。(^^;;


ところがこれは色紙に即興で書いたものだから、花押がなかった。九子は全然気にしなかったのだがそれでは悪いと思われたのか、二枚目が届いた。


「経日 如病 得医薬  比叡山延暦寺 一山 慈光院 寛照」

こちらはがらっと字体が変わって、力強い男文字だった。


時を重ねるということは、病が医薬を得た如くである。 

(時がたてば、病は医薬を用いると同様に癒えていく。)


うちが薬局だということを考慮して書いて下さったに違いない。

二枚の色紙は今、薬局のお客様から一番見えるところに飾られている。



なぜ九子は栢木寛照さんの話をし始めたのか?

実は寛照さんは、次の善光寺貫主に決まっている方だからだ。そのために今、半分長野で半分故郷の関西(比叡山のある滋賀県を中心に)という生活をしていらっしゃる。



善光寺をスキャンダルまみれにした例の困ったお貫主は、この春やっと善光寺を退いた。

これで本当に一件落着かどうかはわからない。訴訟を起こしたり、まあいろんなことをしでかしてくれる人だからだ。


彼をここまでのさばらせていたのは、善光寺の甘さだった。寛容さと言ってもいい。

貫主になる人は聖人だから、よもや悪いことなどするまいという前提で、自分で辞めるまで、他人が辞めさせる規則を作ってなかったのだ。


でもまあ、やっと火種は無くなった。次はすぐ「栢木寛照貫主」でも良かったのだけれど、困った貫主の代わりにずっと陰で善光寺を支え続けてくれていた瀧口宥誠(たきぐちうじょう)副貫主が後を継ぎ、春に晋山式(しんざんしき)があった。


栢木寛照さんは今は悠々自適の身だ。長野と関西を行き来して、KSBラジオ京都で木曜日18時から持っている一時間の冠番組「栢木寛照熱血説法 こころのラジオ」に出たりして、子供たちをまた来年サイパンに連れて行く資金を稼いでいらっしゃる。



知らなかったが寛照さんはあの比叡山の荒行「千日回峰」をやってのけた凄い行者さんの直弟子なのだそうだ。



「叡南覚照大行満大阿闍梨」は寛照さんの直々の師匠で、名前からわかるように長い間途絶えていたこの壮絶な修行を戦後復活させた「叡南祖賢大行満大阿闍梨」にもつながる人だ。


100日の行を10年かけてする。断食、断水業を含め、不眠不休で何万巻ものお経を読む、山道を毎日30kmづつ歩くなど、到底常人が成し遂げられるはずのない辛い修行を完遂する。

その上、途中で棄権したら、その時点で自害して果てなければならない。そのための短刀と自分の死体を埋葬するための10万円をずっと持ち歩くと言うから凄い!


生きて帰る可能性の方がずっと低いこの大行を師匠が満願するのをつぶさに見ておられたであろう若き寛照さんは何を思われたのだろう?


作務衣姿の栢木寛照さんを長野の街中でお見かけできるのもあと何年かの間だろう。お貫主になってしまわれたら、いつも大勧進の塀の中だ。


それとも長年の慣習を打ち破って、自由に外を闊歩するお貫主さんになられるのだろうか?


栢木寛照さんが、善光寺を、長野市を変えて下さるのを心待ちにしている。(^-^)


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