So-net無料ブログ作成

母を亡くす・・・・母の死とうつ病・・・ [<父を亡くす、母を亡くす>]


母が亡くなって一ヶ月と少し。

最初の衝撃は大分薄まったものの、まだ元気と言うには程遠い。





ずっと書いてきた九子のドジ日記だが、しばらくの間 母の死 を中心にして暗い色合いになることをお許し願いたい。





まずは自分が一歩歩みを進めるため。

そしてもしかしたら大切な人を亡くされて悲しみの淵にいらっしゃるどなたかのよすがよすがになればと思って、独り言を書き進めることにする。





そんな訳でしばらくコメントはお休みさせてください。





ウツは手強い。したたかで、侮り(あなどり)難い。

数十年間ウツとつき合って来た人間の感想だ。





「内因性」の、つまりあんまりウツになるほどの理由が無いのにウツを繰り返してきた私が、今回たぶんはじめてひどい「反応性」のウツになった。





反応性のウツと言うのは、誰が考えても悲しいと思う状況でウツになることだ。

親しい誰かを亡くした時、万人誰もがきっと経験するであろううつ状態である。





私は、半年ばかりの間に父と母を亡くした。



父は87歳、母は79歳だった。





そう。たぶん年に不足はなかった。

少なくとも昨年までの私なら、誰かれ構わずそういう心ない言葉を投げかけていたはずだった。



「まあまあそのお年なら、天寿をまっとうされた訳ですからねえ・・・。」





親を亡くすと言うことは、思いのほかずっしりと重たいものだった。

特に一人っ子で、父母のかけてくれた愛情の大きさなどしっかりと受け止めた事のなかった私にとっては・・・。





息子や娘にとって親を亡くすと言うことは、いくつになっても悲しい事だ。





もちろん年若いうちに親を亡くされた方の衝撃の大きさと言ったらいかばかりかと思うし、その苦しみの程は私などには計り知れない。





いつか読もうと思っていたらこんな事になってますます生々しくて読み難くなってしまった リリーフランキー の「 東京タワー」でも、彼がその軽妙な文体に辿り着くまでに流した涙の量たるや、一人っ子という共通点はあるにせよとてもとても私なんかの比ではなかろう。





しかし息子や娘が成人して父親母親になり、時には祖父や祖母になっていたとしても、たぶん親との別れはひどく悲しい事に違いない。





特にそれが、まさか亡くなるはずがないと思っていた人との思いがけない永遠の別れだったとすればなおさらである。







父を看取った時、涙は余り出なかった。





父との別れより、母との別れの方が悲しいと言う人も居るが、それはそんなに簡単に言ってしまって良いものではないと思う。





私の場合、父の時はどこかで覚悟があった。

父の方が8つも年上だったから、一応母よりは先にい逝くものと思って看病した。





だから自分の看病にある程度満足出来た。





でも、母の場合は違った。

虚を突かれたとはこの事だ。





父と母が並んで寝ていた時、父の事を優先する余り、母に何か言われるとうるさいなあとすら思った。





父が亡くなって、それではすぐにこんどは母の番だとばかりに看病出来たかといえば、それはNOだ。



父と違い、内臓のどこにも異常のなかった母であった。だから元気で当たり前と思っていた。



まさかこんなに早く死なれるとは思いもよらなかった。



あんなにあんなにいつも頼ってばかりいた母だったのに、亡くなる前の何ヶ月、母のことはいつも二の次だった。



世話ばかりかけた母だったのに、何も出来ずに逝かれてしまった。



後悔の思いは、私の心を閉じ込めて、どこへ向かせる事も許さない。







心とは不思議なものである。

どこにあるかすらわからないあやふやなものでありながら、肉体を支配し、行動を制約する。



心は、いつも流れ続けていなければならないもののようだ。

どこか一点に留まって動かなくなると、心は萎えて、肉体にまで影響を及ぼす。





大切な家族を亡くした時大事なことは、自分がうつ状態にあるか否かの把握であると思う。





大切な人を亡くしたら、皆同様に切なく、悲しい。





しかし、それが果たして病的な状態であるかどうかは最終的に精神科医の判断を仰ぐわけであるが、

もしそれが反応性のうつ状態、つまり うつ病 であるとしたら、苦しい症状のいくつかは薬で楽になる可能性がある。







たとえば毎日眠れない、眠りが浅い、特に朝方早く目覚める。





たとえば、いつもなら楽しめる事が楽しめない。





たとえば、人に会うのがおっくうだ。





たとえば、一日中気分が滅入って気持ちが重苦しい。





たとえば仕事に手がつかない。





たとえば亡くなった家族に申し訳なくすまない気持ちで胸が痛む。





たとえば自分は弱い人間だからこんな状態からすぐに抜け出すのは無理だと思う。





たとえば、家族の死によって金銭的に不安で不安でたまらなくなる。





たとえば、自分がいつまでもこんな風だから家族がばらばらになり、せっかく今まで築いてきた生活ががらがらと音を立てて崩れそうで怖い。





たとえば、自分がバカになってしまったようにいつもは簡単に出来る事をするのに時間がかかる。





たとえば自分と家族の将来に対して、悲観的にしか考えられない。





たとえば食欲がない、食事が美味しくない。性欲も衰えている。





たとえば反対にいらいらしてつい食べてしまう。



たとえば身の回りをきれいにするのもおっくうで、風呂にも入らない事がある。





たとえば何もする気が起きず、ただ一日中ふとんをかぶって寝て居たい。





そしてこれらの症状が、もう2週間以上続いている。





もしそうならば、あなたは家族の死をきっかけにしてウツ状態に陥っている可能性が高い。



そうであれば、あなたは医者の薬を飲むことによって少しは楽になれるのだ。







うつ病では、毎日、いや一日のうちにすら波がある。

朝方から午前中が症状が強く、夕方から夜になると楽になるというのが一日の傾向のようだ。





毎日の波、つまり良かったり悪かったりは予測不可能だが確実にある。





良い日と悪い日の差は私の場合驚くほどである。



良い日はほとんど普通と変わらない。人に会うことも難なく出来る。人と普通に話が出来る。





ところが悪い日となると、朝から何をする気もなくて、ただただふとんをかぶって寝てばかりいる。





人間健康な時には、いくらなんでもそう寝てばかりいられないと思う。

ところが ウツ になると、一日中でもただふとんにくるまってじっとしている事が出来るのだ。いや、じっとしていたいのだ。





自分の心と身体のエネルギーを最小限に抑えるにはそれが一番と身体が知っているようだ。





大事なことは、かなり状態が良いように思えてもうすぐ治りそうな日があったとしても決して油断してはいけないという事。





あわてて会社に出勤すると痛い目に会う。





良さそうに見えて、ある日ぐっと落ちる。これは辛い。





反対に辛かった日の翌日は、かなり楽な日という事も多い。

もちろん治るわけではない。





でも、確実にあるこの波のお陰で、少し良くなればこういうことも出来るようになるのかな、こういう考え方も出来るようになるのだなと前向きになることは出来る。





たとえば幸運にもあなたを苦しめていた原因が取り払われたとする。

もちろん亡くなった家族が返って来てくれるはずはないが、あなたの亡くなった家族への後悔の思いが、何らかの原因で取り払われたとしよう。



亡くなった人があなたを心から許してくれると信じられたとしよう。





それならあなたはすぐに元気になれるか?



答えは否である。





うつ病のいやらしさはここにある。





もしもうつ病になった原因の不安や後悔が取り去られても、いったん症状として出てしまったうつ病は時間が来ないと治らない。





もちろん薬で楽にはなれる。でも、治る事はない。





うつ病という症状が何週間、何ヶ月、もしかしたら何年続くかは、医者であっても予測は不可能だ。





あなたが若いよりも、もしかしたら老年期に近い方が、もしかしたら更年期と言われる年齢にあたっていた方が、うつ病の治りは悪いかもしれない。





精神科医は誰でも言う事だろうが、うつ状態の時に無理は禁物だ。

動ける日は動いて、動けない日は一日寝ていればよい。





比較的楽に動ける時間はきっとあるから、その間にしなければならない事をやっておく。

まあ、そんなに言うほど簡単なことではないのだが・・。





私の場合、一番気が進まないのは大勢の知人の中に入ることだ。



だからそう言う場所へは極力行かないようにする。





悪い日はちょっと無理すると自分のエネルギーが急激にしぼむのがわかる。



だからエネルギーが減る事は極力避ける。





うつ病の時は身体が疲れるのも事実だが、人前に出ないですむ身体を使う家事、たとえば冬の長野には欠かせない雪かきなんかは、身体が温まって却って気持ちが良かったりする。





もちろんこれは比較的調子の良い日の場合だ。





辛い日には、不眠、将来に対する獏とした不安、自分がこつこつと積み上げて来たものが突然崩れてしまうという妄想、いつも自分自身を叱責し続ける声、そして笑いさざめく周囲に対するいら立ち。



そういうさまざまな事が一度に押し寄せてきて何もする気力がない。いや、何も出来ない。



だから、ふとんをかぶって一日中寝て居たい。





でも毎日の生活がある。



だから少しでも楽になるために薬を飲む。

それが現在の私だ。





飲んでいる量は 抗うつ薬の目一杯。普通量を超えて処方してもらった。





この量でも、落ちる時は落ちる。





当たり前だ。毎日気分はころころ変わるのに、薬の量はいつも同じ。

明日の気分を予想して薬を飲める訳ではない。





母を亡くす事で辛いことは多々あるが、一番情けないことが自分の処方箋を自分で調剤出来ないことだ。





母が居たときは母の処方箋は私が、私の処方箋は母が調剤した事にして保険請求出来た。





それが一人薬剤師となった今、自分の処方箋は自分で調剤できない決まりなので他の薬局へ持って行って調剤してもらわなければならない。







私の病気は軽症躁うつ病だ。躁うつ病と言っても、幸運な事に躁病にはなった事はない。うつ病だけを繰り返すタイプだ。





躁うつ病では、躁病がある方が病気が重いし、強い抗うつ剤を使うと躁転してコントロールし難い分、薬の選択も難しい。





私のウツは繰り返しやすいので死ぬまで気分調整薬を飲むが、躁病がないので抗うつ薬もたくさん飲めるし何より薬が効きやすいのでとても有難い。





しかしこれからは毎月一回は自分の処方箋を調剤してもらうために他薬局へ出かけて行かねばならない。



しかも薬をもらうのに四千円もの大枚をはたかねばならないのもはじめての経験だった。

みんな母が生きてさえいてくれたら、要らないお金だった。







こうなったのは誰のせいか?





母の体重は22~3キロをピークに徐々に落ちていった。





人間は物を食べないと死んでしまう。

幼稚園児すら知っているこの事実に、見事に無頓着だった私。





毎日見ている家族は病状の変化に却って気がつかないと言われるが、母の食欲が落ちて来た時、なぜもっと母の事に気を遣って積極的に栄養のあるものを食べさせなかったのか?





拒食症の女の子と同じ体重と言うことはわかっていた。

それなら、拒食症の女の子と同じだけの生命の危険にさらされているのだという現実に、なぜ目が向かなかったのか?





危機感がなかったと言えばそれまでだが、母の事をおざなりにして私は一体何をやっていたのだろう?





すべてはみんな、今となってはもう遅すぎる。

どうやっても母を生き返らす術はないのだ。



母を殺したのは、毎日看ていたこの私だ!





因果応報、いや、自業自得という仏教の言葉が、切なく苦しく私にのしかかる・・・。





☆何度も申し上げる通りうつ病と言う病気はいったんかかってしまうと時期が来るまで治りません。その代わり、必ず治る病気です。

心優しい皆様、九子の事はどうかご心配なく。




☆現在進行中の「母を亡くす」シリーズはしばらくの間カテゴリー<父を亡くす 母を亡くす>で継続して行く予定です。

 

中で「母を亡くす・・千の風になって・・」は少し気持ちが張り詰めている時に書いたものですが是非読んで頂きたいと存じます。



うつ病については、<番外うつ病編>もご覧下さい。




についてのブログを表示する.


nice!(1)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 6

ゆう

拝見しました

貴方のでいではありません

絶対にありません

私は大事な人が亡くなった訳でもないのに 喪失感から立ち直れず 買い物 ご飯も作れず お風呂もしんどいです

気持ちが上がりません

おかしいです 大したことではありません 

時期が来たら治っていきますでしょうか

それまでは努力しても治らないでしょうか

何のやる気がなく 冷蔵庫のものを出すのもしんどいです

でも寝てるのも頭がおかしくなり 出来ません

パソコンをして時間をつぶすしか分かりません

死にたいですが死んだら大事な人を泣かせます 

脳がまた意欲を出せる時まで待つしかないのでしょうか?
by ゆう (2015-06-03 11:53) 

九子

ゆうさん、たまたまコメントを早く見つけることが出来ました。
私の事、元気付けて頂いて有難うございます。
でも早急に元気にならなければいけないのはあなたの方です。

勘違いしないで下さいね。元気になるというのはまだまだ先の話でいいのです。
とりあえずは元気になるために行動を起こさなければいけないという意味です。

>時期が来たら治っていきますでしょうか
確かに何もしないでも何ヶ月か、もしかしたら何年かしたら治っていく病気でしょう。

でもそんなに長い間に何百回も来るかもしれない死んでしまいたい誘惑に勝つことが出来ますか?

どんなに意志の強い人にとっても、それは大変難しいことです。

では、何をするか?
お医者さんにかかって、良い薬をもらうことです。

ゆうさんは今お一人でお住いですか?
もしもそうなら、ご家族やお友達にお願いしてしばらくの間いっしょに居ていただいたらどうでしょう?

メンタルクリニックに電話しても、すぐに予約が取れないこともありますから、電話だけはすぐにしてみて下さい。

死にたい気持ちに負けてはいけません。それはあなたの心からの願いでは無いからです。病気の心が、あるいは病気の脳が、あなたの意識に働きかけて、そういう思いがあたかもあなた自身の意志であるかのように思わせているだけです。

絶対に死んではいけません。絶対に死なないと約束してください。

もう一度言います。あなたの症状は私にも経験があります。
精神科の診断を待つまでも無く、それはうつ病だと思います。
うつ病には薬が一番です。それも、市販の薬では絶対に治りません。
お医者さんへ行くこと。そして、薬をもらって服用すること。
それが全てです。

私、明日から3日ほど家を離れます。でもコメント欄に書いて下さる事にはなるべくお返事差し上げるつもりです。(すぐには難しいかもしれませんが)

勇気を出して、是非お医者さんへ電話してみて下さい。
by 九子 (2015-06-03 12:26) 

はな

9年前に母を亡くし先月父が急死しました。私は一人っ子。結婚をして2人の娘を持つ者です。30代で両親を亡くしてしまいました。何ともいえない脱力感…食欲不振…この辛さは亡くしたものにしか分かりませんね。
by はな (2015-10-09 09:53) 

九子

はなさん、コメント有難うございました。お返事遅れてすみません。
一人っ子でいらっしゃるのですね。そして、まだまだお若いのに、ご両親様を亡くされて・・・。
こういう時に兄弟がいたらよかったのにと思われませんでしたか?
私もつくづくそう思いました。
でもまあ、そればかりは言ってもどうしようもないことですから・・。

お嬢さんでよかったですね。なんとなくそう思います。うちでも男の子よりも頼りに出来るのは女の子ですから・・。きっと今はそうでもなくても、もう少しすればきっと味方になってくれますよ。助けてくれますよ。

はなさん、よかったら   kasahara@mx1.avis.ne.jp
へメール頂戴できませんか?
お待ちしています。
by 九子 (2015-10-10 21:12) 

ケイ

最近母を亡くしました。突然死でした。今、当時の筆者さんとほとんど同じ心持ちです。ここ数ヶ月で明らかに急激に老けていった母を見ていたのに、それを死と結びつけるような発想は少しも持てなかった。そこにいて当然すぎる存在だと、こうも鈍感になってしまうものか。葬儀の時は泣きましたが、今は悲しいのに涙が出てきません。眠りは浅く、毎日夜中に目覚めてしまいます。
by ケイ (2019-03-03 07:04) 

九子

ケイさん、コメント有難うございました。
>数ヶ月で明らかに急激に老けていった母を見ていたのに、それを死と結びつけるような発想は少しも持てなかった。そこにいて当然すぎる存在だと、こうも鈍感になってしまうものか。

本当にその通りでした。近しければ近しいほど理解できていると思ってしまうのは幻想なのですね。近くで見てい過ぎると大きな象の全体像が見えないみたいなものなのでしょうか。

お母さま、きっとケイさんをとても愛して下さったのでしょう。母と娘という関係は本当に居心地の良いものだと思います。

私は最後に母が言ってくれた「あんたと出会えて良かった!」という言葉に救われました。ケイさんもきっとお母さまとの日常から救われる一言をお持ちだと思います。

きっとお母さまはケイさんが娘でとても幸せだったと思われています。その証拠に、今からだんだん年月が経ってケイさんが思い出されるお母さまの顔はいつもいつも笑顔だからです。私の時がそうだから、きっとあなたも同じだと思いますよ。

今の悲しみは時しか癒してくれません。こうしなければならないなどと考えずに、お気持ちのままに自然にされたらいいと思います。
必要があればメンタルクリニックに通って下さい。

ケイさん、もしよければ kasahara@mx1.avis.ne.jpまでメール下さい。
お待ちしています。<(_ _)>
by 九子 (2019-03-03 23:23) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0