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運命の糸 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

若い女の子の結婚願望は果てしなく広がる。

やれ、イケメンがいいの。やれ、背が高いのがいいの、大企業に勤めてるのがいいの・・・。


だけど結局は昔から言われるように一番は「相性」だと思う。

一緒にいても疲れない。相手の嫌なところが気にならない。一緒にいると落ち着く。


そういう相手に一度で出会えた人は幸せだと思う。


この間亡くなったショーケンこと萩原健一は四度結婚をしたそうだ。

最初の頃のいしだあゆみさんなんかはすごく大変だったと思う。


若かりし頃のショーケンは相当ヤンチャだった。

次々と問題を起こしては、離婚する頃はいしだあゆみも精魂尽き果てた状態だったのだと思う。


ところが二番目、三番目と進んで4番めのモデルの彼女とはとてもうまくやっていたらしい。


これなんかは4番目の彼女の操縦が良かったというよりも、単純に運が良かったのかもしれない。

人間は年を取るとみんな丸くなる。

だからとがり放題とがっていた若い人も年を取ることで、奥さんにとってとても扱いやすくなるのではないのかな?


ショーケンみたいにたいていはご主人の方が手に余る場合がほとんどだけど、その逆もあった。

野村監督と野村沙知代夫人だ。


学歴詐称などで沙知代夫人が大バッシング受けていた時、野村監督は一人夫人をかばった。


「こういう女はねえ、俺みたいな男じゃないとだめなの。」という言葉も野村監督をとても大きく見せたけれど、「妻の言ってる学歴なんて、みんな嘘ですよ。嘘をついてでも当時俺と結婚したかったんじゃないの?」というのも事実はどうあれ、沙知代さんをほっとさせる一言だったと思う。


彼はまたこうも言っている。「俺は内心気の小さい男でねえ。妻みたいに動じない人間が隣にいると安心だった。」


日本人全員に嫌われて悪口を言われようとも、その妻を一人の夫が支える。その夫は、一億の民が知りえない妻の長所によって日々支えられている。


夫婦の機微とはよく言われるが、本当に不思議なものだと思う。


こういう風に出会った夫婦は、いろんな障碍をいともたやすく乗り越える。

いともたやすくは無くても、あれよあれよという間に障碍はどんどん小さくなっていく。


お互いが支えあい、補い合って、1プラス1以上の力が出るのだろうか。


九子の周りの若い仲良しカップルにも大きな不安が影を落としている。

でも彼らは、見事に覚悟を決め、力強く歩みだそうとしている。


彼らに捧げる一曲。月並みだけど・・。(^^;;



 



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クリスチャン・ツィメルマン in Nagano [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

この人のピアノを聴きたい。いや、正確にはこの人を一目見てみたいと思い始めてから、すでに十数年の時が流れた。


彼は律義に十数年間毎年の様に長野市でコンサートを積み重ね、他の多くのプレーヤーのごとく、より多くの聴衆を見込めるであろう松本市や上田市に逃げることはなかった。


彼はもしかしたら長野市に縁がある人なのでは?たとえば長野オリンピックの時に仲良くなった友達がいるとか・・・。


この日、十数年来の夢を叶えて「行こう!」と思い立たせたのは、長女の子供の胎教のためと言うまたとない言い訳と、いつの間にか真っ白くなってしまったツイメルマンの髪だった。


あの九子を魅了し続けた端正な美男子のツイメルマンがおじいちゃんになってしまう!

急がねば!

と、例によって不純な動機から(^^;;、娘と二人長野市市民芸術館に向かった。


妊婦と二人ちんたら行く道すがら、ずいぶん大勢の人に追い抜かれた。それになんだかおびただしい人々の群れがこぞって市民芸術館を目指していた。



「あれ?クラシックのコンサートなのに、ずいぶんな人出ねえ。どうしちゃったのかしら?

結構有名な人だとは聞いてたけど長野でこんなに人が集まるなんて。」という九子に、「変ねえ。」とうなずく長女。

知る人ぞ知るツィメルマンもまるで素人の九子と娘にとってはそんなもんですよ。(^^;;


客席もほぼ9割が埋まっている。中学生から高齢者まで年齢層が幅広いのも特徴だ。


開演時間が来て幕が上がっても、なかなか登場してくれないツィメルマン氏。

気持を整えているのか、はたまた気力が満ちてくるのを待っているんだろうか。


いよいよ登場したツィメルマンは、笑顔の素敵な、豊かな白髪の紳士だった。

ああ、もっとよくお顔が見たい。なのにこんな日に限ってオペラグラスを忘れて来ちゃった!


ツィメルマンの音には度肝を抜かれた。

天空を駆けるペガサスさながら、力強さと軽やかさが共存する。

こんな演奏、はじめて聴いたと思った。


本日の演奏はブラームスのピアノソナタ第三番とショパンのスケルツォばかり四曲。

一番有名なショパンの一曲以外は九子にはなじみのない曲ばかりだったが、ツイメルマンの世界に魅了されて、「いいわよ、あなたの行くところにどこまでもついていくわ!」という、あたら若い女の子に戻ったような心境になってくる。


聴衆もまた見事だった。クラッシック音楽を聴き慣れているようで、大きな拍手はきっかりとピアノの音が止んでから次の曲が始まるまでの数十秒間に計算されたように収まる。


たまにかかるブラボーの声は、低くて男性たちのようだ。(まあ、女性はもともと言わないけどね。)彼らがこの日の聴衆たちをリードしていたのかもしれない。


ツィメルマンも大喜びだ。

何しろアンコールを4曲もしてくれた。

そして最後に「いくらなんでももうこれでおしまい!」とでも言うようにピアノの蓋を自分でパタンと閉めた。


いやあ、普通じゃないでしょ、ツイメルマン!アンコールが4曲だよ。

自分の音が聴衆に完ぺきに伝わったことが嬉しかったんだね。


やるじゃないの!長野の聴衆!世界のツイメルマンを小躍りさせたんだよ。これが文化未開の地と言われた長野市のクラシック音楽元年になるかもしれないよ!


終わってから娘に聞いた。「あの、木漏れ日が水面に当たってきらきら輝いてる・・みたいなところ、凄くなかった?」

娘も言った。「私もそう思った。あそこ凄いよね!」


この会話が成り立ったこと自体が奇跡だった。

何しろクラシック音楽初心者の九子と、ピアノコンサートに来るのは中学校以来初めての長女との会話である。言ってみればまあ文化度未開の原始人の二人である。(^^;;


その二人が、ツィメルマンが奏でた演奏にたびたび出てきた音のつながりを捉え、その音を素晴らしいと思い、二人同じく一つの情景として捉えられたのだ!


音が言葉になった一瞬だったのではないだろうか。


音が言葉になるというのは言うほど易しくはない。

言葉とは、受けたすべての人が同じものを想像するのでなければ成立しない。

「川」という言葉を聞いた人は、全員が「川」を思い浮かべなければ意味がない。


音が表現である間は、演奏者の音が受け手にまったく違うものとして受けとられても

全然構わない。


そもそも音楽や美術には基本的に言葉は無い。

だからこそ言葉に縛られない舞台で、自由に表現された作品を受け手側も自由に鑑賞するのが醍醐味だ。作者の意図と違っていても全然構わないし、むしろそれが普通だ。


ツィメルマンの表現は、何の知識も先入観もない人間に「木漏れ日が水面に当たってきらきら輝いてるところ」を連想させた。たぶん百人が百人、ほぼ同じような答えをするだろうと思う。


こういうことって凄くない?ツィメルマン恐るべし!


すっかりツィメルマンに魅了され、九子は係の人にあの質問をぶつけてみた。

「ツィメルマンさんは長野に何かつながりのある方なのですか?毎年の様にコンサートされてますが・・。」

「いや、そんな事は無いはずですよ。ただ、日本のことはとてもお好きで、一年のうち半分くらい住んでいらっしゃるというウワサも聞きますよ。」


日本をそんなに愛して下さるのは嬉しいが、長野とは特別関係は無かったようだ。


そうか。関係ないのか。

となると、また例の疑問、というかもはや確信が頭を占める。


あの一群は、やはり長野市に降り立った松本や上田から毎年ツィメルマンを聴きに来た人々であったか。道理で礼儀をわきまえながら音を最高に楽しむことが出来る最上級の聴衆だった。

長野市民は、あの会場の何割を占めていたのか。聞くのが怖いこの問いを、来年のツィメルマンの公演時には聞いてみることにしよう。


wikipediaで調べたら、おじいちゃんだと思ったツィメルマンは九子より一っこ下だった。

あらまあ。


ツイメルマンが白髪のおじいちゃんになる心配するより先に、あなたか足腰立たないおばあちゃんになることを

心配するべきなんじやないの?(^^;;


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兼高かおる世界の旅 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]


兼高かおるさんが亡くなった。ああ、またしてもまたしても、本当の意味で昭和を生きた誇り高き女性が一人居なくなってしまった。


彼女は私の中でまさに自由自在に空を飛び、地球を駆け回り、誰にも物怖じしない堂々とした日本女性。手の届かない理想のお姉さまだった。


年齢を見て愕然とした。お姉さまどころか、彼女は九子の出来すぎ母と同じ年だったのだ!

彼女が母と同時代を生きた人だったとはとても思えない。


母は学徒動員で名古屋の工場で働き、戦時下だから鬼畜米英の言葉など学校で習うはずもなく、死ぬまで外国人を毛嫌いしていた。というよりも、英語が出来ないことが誇り高き彼女の唯一のコンプレックスとなり、彼女のプライドと負けず嫌いが外国人を遠ざけていたという方が正しかったかもしれない。


そんな時代に生まれた兼高かおるは、神戸というおしゃれな街に、インド人の父と日本人の母の愛情を浴びてすくすくと育った。田舎町の長野と神戸では、人々の心ののびやかさがまず違うのだろう。英語を話す一家に対する風当たりも、少しは弱かったのかもしれない。


彼女の母校は香蘭女学院だそうだ。黒柳徹子さんも卒業されたところだ。


徹子さんのお母さまは自由奔放過ぎるわが娘を「トモエ学園」に送り、動き回って落ち着きのない彼女の魅力を思う存分引き出すことに成功した。その賢母が次にえらんだのが香蘭女学院だったと考えるととても感慨深い。


ここでも九子は、コンピューター時代の恩恵を感ずる。


「兼高かおる世界の旅」を毎週楽しみにして見ながら、この美しいけれど、純粋な日本人には見えないこの人は、いったい何者なのだろう?半分は日本人。だけどあと半分は?というのをいつも気にしていた。だけどそういう情報を当時得る手立ては無かった。


図書館に行けばいろいろな本は手に入るが、偉人と呼ばれる過去の人以外で、テレビに出てちょっと有名な人の情報などどこにも書いてなかった。


だけど今ならウイキペディアで一発だ。

そう。インド人なのねえ。言われてみたらそうだわ。和服を着るとおしとやかな日本人だけれど、ドレスになれば、華奢な細長い手足と、豊満な胸。

いつも見開いた大きな瞳と笑うとえくぼが覗くチャーミングな顔立ち。


そう。チャーミングという言葉がこんなに似合う人はいなかった。


チャーミングなその人は、チャールズ皇太子(この人、まだ皇太子なんだ!)にもケネディー大統領にも、背筋をぴんと伸ばしたままで、怖気ることなくお話しされた。まだまだ日本が二流国、三流国と見られていたその時代に。


そのたびに、こういう自信はどこから来るのだろうかといつも思ったものだ。

当時は例外的に美しく賢く生まれついた人だから、そういう自分に対する自信から当たり前に身に付いたのだろうと解釈していたが、聞けば南極大陸に到達したり、世界一周最短時間の記録を作ったりされたらしいので、それプラス、一人で様々なことを経験した強さだったのかもしれない。

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芥川隆行さんという当世一流のアナウンサーとの掛け合いナレーションも面白かった。

芥川隆行氏は九子が当時お熱を上げていた「木枯し紋次郎」シリーズのナレーションも手掛けていた。

 

彼女の「あたくしはね・・」とか「存じませんのよ・・」とか、今はほとんど聞くこともなくなった山の手言葉は彼女ならではのもので、こういう美しい日本語の使い手が、同時に完ぺきな英語も話すというのが不思議な気もした。(彼女は神戸生まれだから、山の手言葉も異文化だったろうが。)


山の手言葉も小津安二郎映画とともに潰えてしまったと思っていたが、考えてみたら最後の生き残りはこの人だった。

今テレビに出てきてそれらしい言葉を使ってる人のは本物じゃないと思う。


30年の中でいろんなことが起こった。ずっとこの番組を陰で支えていたはずのアメリカのフラッグキャリヤーパンアメリカン航空、通称パンナムも倒産してなくなってしまった。

でも一人兼高かおるは一回も休まずに、番組のすべてを、企画から放映まで一人で背負ったという。


そして「私は理想が高すぎて、見合う男がいないのよ。」と言い放ち、生涯を独身で通された。


今頃、老いぼれた肉体から解き放たれ、若い時よりもさらに自由になった魂で、パンナムに乗って宇宙の旅にでも出発された頃だろうか?


兼高かおるさんに乾杯!


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メイドインアメリカ [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

Amazon prime は便利だからずっと前から使っていたけれど、prime videoの良さがわかったのは最近のことだ。

そもそもビデオを見る習慣はあんまりなかった。テレビの画面を見られないところの仕事、すなわち、掃除、洗濯、皿洗いなどをする時は、音楽がかかっていればそれで良しとしていた。


ところが一回禁断のprime videoを見てしまった!息子に勧められたからだ。

何!こうやっていろんなビデオがタダで見られるの?


以来、テレビに背を向ける時にはprime videoが九子のお決まりになったわけなのだ。


最初の頃に見た””メイドインアメリカ ”は不思議な映画だった。

これから書くことにもしかしたら不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれない。

でもそれは現在の九子の意識によって書かれている。嘘のない一日本人の意識である。


主役のサラ役ウーピー・ゴールドバークという女優さんは、非常に有名なスターだけれども、言ってみればどこにでもいる押しの強い黒人のおばちゃんをただ連れてきたみたいな感じで、どう贔屓目に見ても美人とは言えない。


一方の白人の自動車ディーラー、ハル役のテッド・ダンソンは見るからにチャラチャラした軽薄男。

でもまあ平均的以上の顔立ちのホワイトアメリカン。

普通なら恋に落ちる要素など何一つないと思われる二人だ。


ところがサラの娘ゾーラが自分の父親たる精子移植者の名簿を盗み見てしまう。

ゾーラはハルが生物学上の自分の父親だと確信してハルに近づき始める。

彼女はなるほど、白人とのハーフと言っても通るほど可愛らしい。


びっくりしたのは、ゾーラがサラに、自分の父親は白人だった!と打ち明ける場面だ。


サラは言う。「そんなこと、あり得ない!私は人工授精の相手はアフリカンアメリカン(黒人男性)とあれほど頼んだのよ。白人だなんて冗談じゃないわ!」


この言葉の中には、サラの黒人女性としての誇りが表れている。


ひるがえってわが日本女性はどうだろう。子供が白人男性とのハーフみたいな顔だったら間違いなく狂喜乱舞すると思う。そして海外留学に行けばまず外国人(多くは白人)のボーイフレンド探しに夢中とか。


まあ気持ちはわかるけどね。背は低いより高い方がいいし、足は短いより長い方がいいし、ブサイクよりはイケメンだよね。そういう日本人の美意識にドンピシャ合致するのが白人男性だものね。(^^;;


その挙句憂き目を見るのはわが日本人男性。日本人女性はモテルが日本人男性はモテナイと長い間そしりを受けてきたが、どうやらここへ来て日本人男性の優しさが評価されつつあるらしい。(これも息子が情報源だから、信ぴょう性の如何はわからない。)


現在でも警察官による罪もない黒人男性への銃の発射事件が多発する中、20数年前のこの映画はおとぎ話なのか?


もちろん残念ながらこれはおとぎ話だと思う。


それを表すかのように、出て来る病院の患者もスタッフもほとんどすべてが黒人で、わずか居る白人スタッフはいかにもおあつらえ向きの「いい人たち」だ。

つまり、白人と黒人は差別されていて、黒人の病院には基本的には黒人ばかり。白人患者も白人スタッフもほとんどおらず、一握りのたぶんキリスト教関係者なんかの奉仕の心に長けた白人たちが働いているだけ。


どの世の中にもある差別を簡単に潜り抜けるものがあるとすれば、それは見た目の美しさだ。

トランプ大統領が安倍首相を気に入ってる(振り?)なのは安倍首相が日本人としてはイケメンで背が高く、家柄もいいからなんじゃないのかな?


これが石破さんだったらどうだったかな?ちょっと微妙だったかも。

(ごめんなさい、石破さん。応援してます。(^^;;)


日本人でも白人に近い見かけだと差別されないという話も聞く。

ハーフの子や、平井堅みたいな顔の人だったら安心して海外に出てみよう。(^-^)


古くは岸恵子や後藤久美子、最近の話題では中谷美紀さんなど。みな女優さんで人並み外れた美しさと強さをあわせもっている大和なでしこたちだが、彼らは皆白人男性に見染められ、彼らと結婚しそれぞれの人生を謳歌している。


まあそういう一握りの恵まれた人々のことは置いといて・・。


日本人は自分に自信がなくて、自分たちや自分たちの文化に対する誇りが持てないと思うことはありません?


一体それはどこから来るのかと考えた時、それはやっぱり、四方海に囲まれて敵というものの侵入を防いでくれる天然の城塞に恵まれ、何をしなくても平和にぬくぬく生きて来られて、敵と一戦交えた経験がないからじゃないのかと思う。


つまり、自分の権利をつかみ取る必要がなかった訳だ。国境が地続きの国々のように権利を主張し続けなくても、自分たちの安全は海で保障されていたからだ。


与えられた環境の中で生きることは容易いが、自分で勝ち取っでいない分、強さがない。

言ってみれば親の敷いたレールの上を走り続けて来ただけの九子みたいなもんだ。


そういう国に生きる私たちは、おのずと主張しない人間になってしまう。だって喧々諤々と議論する必要も、大声張り上げて自分の立場を弁明する必要もないのだから。


それでもですよ、日本の周りの国々は揃いも揃ってしたたかで好戦的な国々ばかりじゃないですか!そんな国々と渡り合うのだから、日本も少しは強くならないと!


瞑想や呼吸法が流行っているそうだけれど、一番やって欲しいのは最前線で外国と戦う外務省のお役人や政治家たちだよ。


呼吸法も瞑想も坐禅も要はみな同じ。ゆっくりとした呼吸が全身の、特に脳に行く血液の流れを良くしてくれる。そこにセロトニンだとかドパミンだとかの脳内化学物質も分泌されて、要するに脳が活発に動き出すわけだ。


だから普段以上の力が出る。頭の働きが良くなる。良い判断が出来る。自信が持てる。


そして更にいろいろなことが好転する。


坐禅にお守されてここまでやってきた九子だけれど、九子はあまりにもいい加減にしか坐禅をして来なかったから、今でも人様より自分に自信がないよ。

まあそれでも、毎日を生きて行くにはなんも問題は無い。特別な事のある特別な日だけはしっかり坐禅をして最上の気分で臨めばよいだけの話だ。


だけどこれが、総理大臣であったなら、政府のお役人であったなら、その一言のおかげで領土を失ってしまうかもしれないし、多くの日本人が不幸になるかもしれない。


そう考えたら、ねえ。

九子の言いたい事、もうお分かりですよね。(^^;;


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ぴったんこカン☆カン [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]


九子はテレビをよく見るが、芸人さんが出てる番組はあんまり見ない。ネタ勝負の番組は言わずもがな、いわゆる芸人さんが体を張って挑戦したり、コメンテーターとしてひな壇に並ぶ番組も、さしてみたいと思わない。


九子がよく見るのは相棒だとかの刑事ものが多いが、たまたまその番組がついていたらなんとなくやめられずにずるずると見入ってしまうという番組がある。それがぴったんこカン☆カンだ。


先日新シリーズが始まる「下町ロケット」の出演者らが安住紳一郎アナウンサーとともに農業体験やご飯炊き、おにぎり作りなどに挑戦していた。


この番組の魅力の一つは役者さんの素顔が見られることだと思う。

誰一人とっても仲間づくりが上手で、愛されキャラ、さすがテレビの世界に長いこと生きてきた人たちだけあって、場を盛り上げる力に長けている。

そして話術がとても巧みだ。


この話術の巧みさだが、その一端を担っているのはやはりアナウンサーである安住紳一郎氏の相手の話を上手に引き出す力だと思う。


この人は本当に天才だ。羽鳥慎一アナと双璧だが、安住さんの方がよりくだけてる感じかな?


安住さんがそれ以前のアナウンサーと一番違うのは、自分自身が率先して爆笑してしまうことだ。


昔アナウンサーと言えば、生まじめに原稿を読んでるばかりだった。笑うなんてとんでもない!


番組に一緒に出てきた古館伊知郎氏も普通のアナウンサーとしては充分変わり種だったけれど、安住さんほど弾け切れなかった気がする。(安住さんと古館さんは20歳年が違うそうだから時代の変遷かもしれないが。)


安住さんの笑いに気をよくして、出演者は自分が持ってる笑いのネタを紹介し始める。それがさらに場の空気を和まして、大きな笑いにつながっていく。


後半ではムロツヨシという役者さんが出た。彼は東京理科大数学科に合格したが、自分がこの学校にふさわしくないと痛感し、たった3週間で退学してしまった。親御さん、さぞや辛かっただろうなあ。3週間で入学金と半期分の授業料がパーだ。


その後横浜の市場でアルバイトをしながら俳優養成学校に通い、10年以上の下積みを経て成長し、次の番組の「番宣」のために出てきたのだ。おお、やっと親孝行だ!


彼が立ち寄ったのは苦労してた頃よく食べた食堂だった。カレーライスと天ぷらそばを頼んで一口食べたのだが、明らかに動揺しているのがわかる。


「味はどうですか?懐かしいでしょう?」と安住アナに聞かれて、ついに堪え切れずに「味、うまいです。うまくなってる!ただ、昔と全然違う味!」と答えてしまう。


安住アナがすかさず「ねえ、ムロさん俳優さんですよねえ?なんかもう少し演技できなかったもんでしょうか?」

九子爆笑!


日本人は「素」の顔をさらしてくれる人間が好きなのだなあと感じるのはこういう時だ。

一つ一つの話を取れば芸人さんのネタほどは面白くないかもしれない。それでも彼らが仮面を外して披露してくれる小さなエピソードが、彼らの人間性の豊かさや、思いやりの深さや、友情の温かさなどを想像させ、見たことはあっても誰か知らなかった役者さんの名前を覚えさせ、その役者さんを好きにさせてくれる。


好きになるだけではない。もしかしたら「素」を見せられて初めてその人を信用するってことも多いような気がする。


だけどこういうのも、その人の「素」が善であるというほとんどの日本人の間でこそ通用するのかもしれない。


「素」を装うことだって出来る。ことさらにそうして人をだます悪人だっている。


海に守られて正直に生きてきた日本人が、もしかしたら変わろうとしている?

変わりたくはないが、変わらざるを得ない状況になるかもしれない。


どうやって美しい日本と日本人を守るのか?


日本ってもう一度鎖国に戻れないの?鎖国をしたらこの国は経済的に成り立たないの?


後ろ向きにこんなことをたまに考えることがある。


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さだまさしと中島みゆきと [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

親戚にアフリカ大好き夫婦がいる。もう4回もJALやANAで行っていて、今まではサファリのでこぼこ道をジープで何時間も移動するような旅ばかりだったから、こんどは喜望峰とかビクトリア湖とかきれいなところを回ってみたいそうだ。


そして声高に言う。

「アフリカは本当にいいわよ~。人生観変わるから・・。絶対一度は行ってみるべし!」


言われるとなんだか行ってみたい気になるけど、何しろ我が家の懐具合ではLow cost carrier (LCC)がせいぜいで、ドイツやオーストラリアで散財しちゃっているからまあしばらくは無理だわねえ・・。(^^;;


っていう訳で、九子の中の映像のアフリカ!百万羽のフラメンコが空を暗くして飛び立つイメージの根源になっているあの歌・・を久しぶりに聴いてみた。

さだまさし  風に立つライオン


 

この曲聴くの何年ぶりだろう?

歌や文章、つまり言葉のあるものは、年を経てから再読する楽しみがある。

単純に忘れていたことばかりではなく、「こんなことが書いてあったんだ!」と新しく発見する楽しみがある。


以前しっかり聴いたのは何年どころか何十年も前だった。

その当時は最後に単独で現れる副主題歌がアメージンググレースという有名な讃美歌であることも知らずに聴いていた。


アメージンググレース(Amazing Grace)に代表される神がかった優しさは、日本を、都会を捨て、恋人と離れてまでアフリカの無医村での診療を選ぶ医者である彼の魂のことか、きれいな瞳を持つ彼の患者たちのことなのか、それとも千鳥ヶ淵の桜並木を彼と一緒に歩いた「君」のことなのか・・・。


実は彼女からの手紙は、彼と別れて3年、別の人と結婚することを告げる手紙だったことがわかる。

彼女が恨んでいないと知って本当に良かったと言い、だけど感動的なアフリカの風景を見るたびに、君と一緒に見ることが出来たなら・・と思いを吐露し、最後はきっぱりと「おめでとう!さよなら。」と結ぶ


こういう時の「さよなら」は哀しいね。「おめでとう!有難う。」にして欲しかったよね、女性にとっては・・。だって女はいつも男を引き留めておきたいじゃん!(^^;;



久しぶりに聴くさだまさしは、「さすが!」と思わせた。


ところで彼はある人の才能に嫉妬しているのだという。この頃ネットでも話題になってるからみなさんご存知と思うけど、中島みゆきさんだ。


確かに彼女は今でも現役でヒットを飛ばし続けているし、女心の複雑さを歌わせたら彼女の右に出るものはない。


知らなかったが二人は同じ年なのだそうだ。私生活でも仲良くされているらしいので、さだまさしが本気で言ったのかどうかは定かではない。

そういう気もする。いや、シャレだろうという気もする。


彼らの描く世界は質が違う。


さだの歌は長い。最初はとぼけた調子で始まって、最後の頃は皆泣かされる。

長いのは、彼が人生丸ごとを題材にしているからだ。


たとえば「親父の一番長い日」は、あんまり器量よしではない妹が生まれてからお嫁に行くまで。だから妹の歌かと思いきや、実は父親への鎮魂歌なのだ。


さだは父が営む大きな会社の息子として生まれたが、ある日会社が倒産して貧乏になった。

その父がいかに娘を可愛がり、愛情深く育てたか。それがあの独特の調子で語られると、ついつい涙腺が緩む。


「風に立つライオン」に歌い込まれているのは、壮大なアフリカの風景のほかに、3年という現地での年月だ。小さな村にも来るサンタクロースの逸話なんか秀逸だ。

わずかな歌詞の中にこういうからくりを盛り込むというのは並大抵のことではない。

さだまさし、恐るべし!と言いたい。


さだまさしは嫉妬を感じる対象として中島みゆきの「時代」と「悪女」を取り上げているらしい。


「時代」と「悪女」かあ! まあ九子でも知ってる中島みゆきの初期のヒット曲だね。


確かに「時代」は新しかった。ただ「あの頃この頃」という言い方に馴染んでいた九子には

時代という言い方は、それこそ時代がかって大げさすぎるような気がしていた。


だから九子には同じLPレコード(古い!)にあった「あぶな坂」や「アザミ嬢のララバイ」やの方が凄いと思った。

((本当は「あぶな坂」を載せたかったが、本人歌唱が見当たらなかった。)


演歌というものが今でもあまり好きではない九子は、もしかしたらこの歌で、知らないうちに中島みゆき流斬新な演歌を聴かされていたのかもしれなかった。


「悪女」は押しも押されもしない名曲だと思う。愛しい人を彼の大好きな女性に渡すために悪女を演じる哀しい詞だ。


凄いことは間違いないけど、映像にしたらせいぜいが30分番組だ。

ところがさだまさしの方は、大河ドラマにだってなってしまうような内容だ。


今の時代これを言ったら「男尊女卑!」と言われるだろうが、やっぱり男女の持つエネルギーの違いのようなものを感じてしまう。


さだまさしと中島みゆき。二人とも凄いのは、こんなに素晴らしい歌詞が書けるうえに、作曲までして歌まで歌ってしまうところだ。せめて詞の方だけでも彼らくらいに書ける才能が欲しい!


ところでアフリカに渡った青年医師と彼女はどんな関係?

九子が思うに、彼女は教授の娘なんかで、青年医師の優秀さを認めた教授が娘と結婚させようとして付き合い始めた。娘さんはきっと世間知らずだが気持ちの優しいお嬢さんで、彼と話がよく合った。彼女はもしかしたらアフリカへ渡ってもいいと思ったかもしれないが、教授が大反対して別れさせた。


そして3年たって、彼女は新しいお相手と結婚する。もちろん彼も医師に違いない。

アフリカの彼に少しだけ未練を残しながら・・・。


な~んちゃって!!

そんなありがちなストーリーしか思い浮かばないようじゃ、あなたに歌詞など書けませんわ。(^^;;


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天才YoshikiとX-Japan [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

金スマでX-JapanのYoshikiの特集をやっていた。

ほとんどテレビで自分のことを話さない彼が、中居正広の前で包み隠さず全部話すということだったので見始めたらやめられなくなった。


九子もX-Japanに熱い視線を注いだ一人だった。ビジュアル系って結局は、化粧しただけの目立ちたがり屋かと思っていたら、ドラムとピアノをこなすリーダーYoshikiが作詞作曲した楽曲があまりにも美しいので、ほほう!と思いながら聴いていた。


当時珍しかったレンタルCD屋で、おどろおどろしいジャケット?のCDを恥ずかしい気がして目を伏せながら借りた思い出もある。(^-^)


見てよかったと思った!Yoshikiのこと、当時の葛藤、去っていった仲間たちへの思い。

ずいぶん視聴率も高かったのだそうだ。


Yoshikiが10歳の時に自死した最愛の父親。彼の原点はすべて父親にあった。

何不自由ない大きな呉服屋の長男として父親に最大限の愛情を注がれて育ったこと。

クラシック音楽やタップダンス、ドラムが大好きだった父がピアノやドラムを買ってくれ、先生に褒められてのめりこんだこと。小学校のクラスでただ一人、ロックに興味を持つToshiと巡り会ってその後バンドを組んだこと。


その一方でわがままな金持ちの息子で、思い通りにならないとすぐキレル不良少年でもあったこと。バイクを乗り回しても、「あいつは不良だから成績が悪い。」と言われるのが悔しくて勉強したから、成績だけはよかったこと。そういうyoshikiの扱いを先生方も手をこまねいていたこと。


決まっていた音大を蹴ってロックバンド「X」一本で行くべく、退路を断ったこと。


良いプロデューサーに恵まれて、その才能を買われ、大ヒットを飛ばしたこと。


あと、ネットを探したら面白いエピソードも出てきた。

彼は中学の時、給食の食パンを焼いて食べたくなってトースターを学校へ持って行ったそうだ。わあ、凄い行動力!

でも案の定先生にこっぴどく叱られた。


でもその次だ。彼の本当に凄いところは!

昨日自分が怒られたのは、自分ばかりがトーストを食べようと思ったのがわがままだったからだ。だから今日はほかの人も食べられるように2台持って行こう!

その結果どうなったのか? まざまざと目に見えるようだ。(^^;;


昔の先生は理不尽だった。理由など何も言わずに叱られた。


でも次の日、2台のトースターを学校へ持ち込んだYoshikiには、先生の理不尽さなどまったく見えていない。むしろ、先生のモラルを信じ切っている幼稚園児のようにすら思える。


単純で人の好いお坊ちゃん育ちのYoshikiは、先生に裏切られる体験を何度も積み重ねて、不良と呼ばれる問題児になっていく。誰か一人でも生のyoshikiの純粋な心をすくい取ってくれていたら、彼はもっと生き易かったに違いない。

でもそうしたらX-JapanのYoshikiは生まれなかったのか?

悩ましいところだ。


彼と仲間内では、殴り合うことはごく普通のことだったという。

Toshiが洗脳されて脱退する最後のコンサートでも、抱き合ってお互いを讃えあっていた二人だが、本当はToshiを殴るつもりだったとYoshikiが番組で答えていた。


あまりにもショッキングな出来事で後追い自殺するファンが何人も出たという有名なHideの自殺事件。でもほかにももう一人、解雇されたTaijiも自死していた。


殴り合うことが普通のことだったグループの関係と、自死に何か関連があるのか、無いのか。

頂点に立つどころか底辺の(^^;;、しかも男ですらない九子にはよくわからない。


アメリカでただ一人現在も音楽活動を続けるYoshikiはなるほど天才だと思った。

九子が今まで何人かの才能ある人たちに直接、間接に聞いたある法則を、彼もまた守っていたからだ。


どんなに疲れていようが、どんなに忙しかろうが、自分で決めたことは絶対に毎日やる。

例外は一切認めない。


不良少年だった彼の場合は、母親が口を酸っぱくして言ったそうだ。

「どんなにやんちゃしてもいいから、勉強だけはしっかりやりなさい。」


それを守ったYoshikiは、常に学年最上位の成績だった。


ロックをするのにそれが役に立ったのか?

ちゃんと役に立った。


21歳でアメリカ進出する際に、「アメリカ人のロックが日本人にわかるわけがない。言葉もうまく出来ないのに。」と言われた際、流ちょうな英語で「ロックの魂を伝えるのに、言葉.なんか関係ない。」と言い放った。



天才になるには、一つのことを毎日継続する、継続できる忍耐力が必要だ。

九子みたいに続かない人間は、すぐ言い訳を作って今日もやらない、明日もやらない。

そのうち結局何もできなかったということになる。(^^;;



この頃思う。天才は決して生まれつきではない!と。もちろん要素として何割かはDNAが重要になるのだろうが、結局本人がどれだけのめり込んだか。努力を努力と思わず、嬉々として人のやれない量の練習を積めるかが勝負になる。


昨今野球の世界で二刀流を操る若き天才がもてはやされている。太谷翔平23才。そしてまたしても彼が受けた家庭教育が騒がれている。


そんな時いつも九子は思う。

騒いだって無駄! だって毎日地味な努力を続けられる忍耐力がないと天才にはなれないんだよ。

努力の片鱗もない九子の子供たちが親の背中みて育ったら、どう考えても平々凡々で上等ってとこなのよ。(^^;


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佐渡裕が長野にやってきた! [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

う〜ん、これを書こうか少々迷った。

だって「指揮者村中大祐氏いのち!」のブログを書いてから間が無いからだ。


Mu-ranさん! 例によって音楽のことはまったく良くわからない九子のことゆえ、中身に音楽的要素はさっぱり・・のブログですからどうかご安心を!(^^;;


佐渡裕が長野に来るのは十数年ぶり。そして、かつて高校の管弦楽部でトランペット奏者だったM氏が珍しく行きたがった。


タクシーの運転手さんがふるっていた。


「お客さん、どちらまで?」と聞かれて、文化会館までと答えると「今日は誰が来るんです〜?」


「あっ、佐渡裕です。」と答える九子に、微妙な間が待っていた。

中高年の夫婦連れが二人そろって一体何見に行くの?みたいな、いぶかしげな感じ。

だから九子は重ねていった。「佐渡裕。指揮者の佐渡裕と彼のオーケストラです。」


運転手さんはほっとしたような、あっ、そうか!とも思えるような答え方をした。

「あっ、佐渡裕!ああ、あの指揮者のね!」


もしかしたら佐渡裕と言う名前を聞いて、一瞬運転手さんは演歌歌手でも想像したのかしらん。

そうだよね。演歌歌手にはどんぴしゃりな名前だ。(^^;;


「それで演目は何です?」


「えっ?演目?」なんだっけ?佐渡裕、佐渡裕ばっかりで、演目なんか良く見なかった。(^^;;

あわてて広げたリーフレットにもクリスマススペシャルと書いてある他はようわからん。


運転手さんは続けてこんなことを言った。「日本のオーケストラの切符は高すぎるよね。二人分で一万4千円?ヨーロッパじゃあ2、3000円だってね。そのくらいじゃなきゃ行けないよね、庶民は。みんなで楽しめなきゃつまんないよね。」


良くご存知ですね、という九子に、彼はこう言った。


「僕はそんなに詳しいわけじゃないんだけど、テレビでね、BS見てると良く出てくるのよ、そんな話が。」


「BSですか?ずいぶんしぶい番組を見ていらっしゃるんですね?」と言うと、


「僕んとこ山の方なの。地上波の電波がうまく来ないから、地域によっちゃあ、BSしか映らないの。だからNHK受信料払わなくていいんだよ。」 あらまあ!


運転手さんの話を聞いていると、BSも今度見てみようかと言う気分にさせられた。



何度も書きたくないが、長野市は文化が不毛であると良く言われる。


そんな長野でも地元生まれ地元育ちのピアニスト山本貴志氏の世界的活躍や、隣の中野市出身だが、ジブリ映画の音楽監督として有名になり、今や世界的活躍の長野市民芸術館総監督・久石譲氏などの出現は、長野市民に希望を与えてくれる。


それでも佐渡裕ともなるとどこからともなく人が現れ、満席とは言わないまでも9割がた席は一杯になった。


佐渡裕氏もかつてブラスバンドをやっていたらしい。そのせいでか、彼のオーケストラ「シエナ」にはバイオリンが無くて、弦楽器はコントラバスひとつ。よりブラスバンドに近い構成になっている・・ということを、九子はM氏から教わった。


佐渡裕氏は長身で、ルパン三世と見間違うほどの細くて長い足を持っている。

あの細さで、時には1万人の合唱団の第九を指揮するのは荷が勝ちすぎないかと思うほどだ。


今日の演目はクリスマス特集で大曲は少なく軽めだったと思う。しかし韓国人歌手のキュウ・ウオン・ハンの歌は秀逸だった。佐渡氏と、彼がキュウちゃんと呼ぶキュウ氏は、パリ時代に同じ釜の飯を食った仲なのだそうだ。まあキュウコのキュウつながりでもあるし、彼の歌には★★★かな?(^-^)


さて、そろそろあの時間の到来だ。


そう。佐渡裕の真骨頂?

会場に集まった観客たちがそれぞれもち寄った楽器をかかえてステージに登る。


九子はちょっと心配になった。ここは恥ずかしながら文化不毛の長野市である。

クラシックコンサートにこれだけの人数が集まったことだけでも驚きなのに、

楽器を持ってステージに上がる人なんて、何人居るんだろう?

ちょぼちょぼとしか集まらずに佐渡さん困るんじゃないだろうか?


ところがそんな心配は無用だった。

まあ一体彼らはどこにあんな楽器を隠し持っていたんだろう。

中には巨大なチューバを持ってる人もいる。


来るわ、来るわ。九子の心配をよそに、ステージは立錐の余地もないほどに。   

その上なんと!中学生くらいの男の子と女の子は、指揮棒を持って佐渡裕に迫る。

「あっ、指揮者もいるのかあ。オレここに居たらじゃまね。」と、すごすごと指揮台を降りる佐渡裕氏。


演奏が始まった。「星条旗よ永遠なれ」。急ごしらえの素人合奏団が奏でる誰もが知ってる佐渡とシエナの代表曲。もちろん指揮者は中学生カップルた。 


演奏だって大したものだ。何より彼らの熱気が凄い。夢の舞台で一世一代の瞬間だ。

この音を記憶に残して欲しいと、一人一人の上気した顔が輝く。


わあ、すごいよ~。長野市だってやるもんだねえ。あんなにたくさんのクラシック人口が育っていたとはねえ・・。


九子とM氏も熱い思いで聴き入る。



うん?その考えは突然稲妻の如く去来した。

ああ、思いつかなきゃ良かった!そうしたらもっと幸せでいられたのに・・。

でも一度気づいてしまったことを気づかなかったことにはもはや出来ない。


果たして、このステージ上の人々は長野市民ばかりであろうか?

もしかしたら、上田!いや、松本!!


クラシックの、いや文化の先進地として鳴り響く松本や上田。

佐渡裕のためならどこへでも足を運ぶ面々がたくさん居るはずだ。


そういう人がほとんどなら、わかる!この熱気!この活気!


九子は係りの人に聞きたかった。今日来た人たちは、いったいどこから来てますか?

長野市の人は何割ですか?もちろんそんなことに答えてくれる人は居ない。


長野市民よ。せめて半分、いや、三分の一、いや四分の一でいい。

満員の客席を埋め、楽器を持ってステージに立っていて欲しかった!


いや、せめて祈ろう!

佐渡裕を聴き、ステージに上る人々にあこがれて、音楽の海に漕ぎ出す人々が僅かずつでも

増えることを!


Mu-ranさんこと、指揮者の村中大祐氏は言った。


「響きを愉しむ」いうのは誰にでもできるようだが

これが日本人にとっては意外に難しいのではないのか?

 

愉しむためには

「自分に合った」言葉の響きを

選び取る作業が必要になる。

 

多分この辺りで差が出るのだろうが

日本人は自分だけの選択をすることが

異常なくらい下手くそ。

 

他人のフリを見てから動く体質は

こういうところにも表れると思うのだが

やはり「自分だけの価値を選び取る」ための教育が

そもそもできていないようなのだ。

 

じゃあ、自分に正直になるにはどうすりゃいいか、って?

 

そりゃあ、音楽を聴くことさ。


これなら出来る!これから始めよう、長野市民よ


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ブログがもたらす不思議な出会い [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

 

ブログをはじめてもう15年近くなる。訳もわからず始めたが、「ブログを書いてて本当に良かったな!!」と思う瞬間は少なからずある。

 

先日mu-ranさんこと指揮者の村中大祐氏がご家族と善光寺を訪ねられたとき、お行き会いする機会を得た。

mu-ranさんとは最初書いていた「マイぷれす」というブログサイトが無くなって、so-netに移ってすぐからのお付き合いだ。

 

思えばブログというものが存在しなければ、絶対に!mu-ranさんと九子の接点は無かったはずだ。

片や、世界を股にかけて大活躍の指揮者さん。九子は一生のほとんどを長野で暮らす、雲切目薬の売り子としてしか生きていけない落第薬剤師。

 

こういう出会いは今の時代そんなに珍しいものではないのかもしれないが、Facebook Twitter Instagram と言った言葉以外のものを重視する種々のSNSとブログには違いがあるように思う。

 

九子のブログも割合文章が長いが(^^;;、せいぜい10000字でしかも更新は月に2回ほどだ。

ところがmu-ranさんは、この頃、主にメルマガで書いておられるようだが、ほぼ毎日、最低10000字、時には

20000字近いのを書かれる。まずはそのエネルギーに脱帽!

 

そしてそれを可能にするmu-ranさんの多彩な人々との交流と、異国でのめざましい活躍!

 

指揮者村中大祐氏をご存知ない方には、彼の公式ホームページから、プロフィールをご覧ください。

 

日本で出光賞その他、ヨーロッパで数々の賞を総なめにしても、日本の音大を出ていない(東京外語大でドイツ語を学ばれ、ウイーン国立音楽大学で音楽を学ばれた)のがネックになって、学閥の壁に阻まれ、いや、そればかりではなく、きっと古い体質の業界の中で才能を妬まれたりもされたんだろう、村中氏は日本ではなく、20年にもわたり、ヨーロッパに拠点を置かれて活躍される。だから残念ながら、日本での知名度はそこまで高くない。

 

村中氏は5ヶ国語を操る語学の天才でもあるが、彼のブログを見てまず驚かされるのは、その記憶力の確かさともの凄さだ!

人の名前、場所の名前、曲の名前を正確に記憶する!しかも忘れない!

当たり前に思われる方もおいでかもしれないが、ああ、あの人!ここまで出てるんだけど誰だっけ?の九子(^^;;にとっては、それだけでもう羨望の的だ!

 

村中氏の20年間におよぶヨーロッパ諸国でのさまざまな人々との交流がいかに実り豊かなものであったかは、メルマガに詳しい。どうぞ皆様も読者になって、本物のヨーロッパが薫り立つような.楽しさを満喫してほしい。

 

 

たとえばビリージョエルの弟が指揮者になってウイーンに居るそうなのだが、彼とお昼を一緒に食べながら「実はこれから兄貴の伴奏でアメリカに行くところなんだ。」なんて話がさらっと出てきたりする。

あれっ?これはニュースレターに出てくる話だったかな?

 

もちろん村中大祐氏がチャールズ皇太子の前で、皇太子の英国室内管弦楽団の指揮をして「イギリス室内管弦楽団 国際招聘指揮者」に認定されている話はつとに有名だ。

 

 

そんな村中大祐氏と彼のオーケストラAfiAの演奏会(いつも東京の紀尾井町ホールで開かれる)に九子とM氏は何度か伺っている。

 

村中氏の素晴らしさは、九子のようなまったくこれまでクラシック音楽と程遠い生活をしてきた門外漢でも、むしろそういう人たちを大事にしてくれるということだ。

 

村中氏は言う。

「だから音楽を聴くあなたにも、あなたにとって「どう感じられるか」や「つまらない」「おもしろい」を語ってもらいたい。自分なりの感覚で「感じて」もらいたい。」

それだから、九子のような何もわからないずぶの素人が大威張りで聴けるのだ。

 

「自分の判断の軸を作る前に

他人の意見を頼りにしすぎると
必ずコンプレックスが生まれます。
 
多数派が正しいことを前提に
ものを考えると
必ず「あなたが間違い」になります。
 
あなたは違う人間だから
違う答えが見つかるはずなんです。
あなたが見つけた答えがホンモノなんです。」

 

何もわからないこともさることながら、いつも言ってるように九子は普通の人が普通に出来るいろいろなことが出来ない困った人間なのだけれど、村中氏はそういう人々にも優しい。

 

実際の村中氏の言葉となるが、

 

「僕の周りには不器用な人、出来ない人が多いんですよ。そういう人は出来ないことを補って余りある他人と

 

違う特殊な才能を持っているものなのですよ。」

 

これは次のメルマガの言葉からも伺える。

 
 
「1.強いアタマを持つこと。器用にたちまわらないこと。
  ? 不器用こそ真なり。
 
2.人のやり方を真似ないこと。つまり「自分のやり方」を作ること。
  ? 自分の弱みこそ強みとする
 
3.3.常に「自分のやり方」を信じること。(これは後になって必要と感じました。

 自分の方法論を持たないと、オリジナルではいられないからです。)
  ? 人の言うことに惑わされない。決定は自分でする。
 
私はこの3つだけを守ってきました。」


「不器用こそ真なり。」なんて言われると、なんだか九子が凄い人になったような気がして、とても嬉しい。

こんな風に、村中大祐氏のブログには彼の生き様が色濃く現れている。

 
ヨーロッパで長く暮らした村中大祐氏だからこそ言える、これからの日本に対する提言も多い。

「まずシガラミから、自由にならないと。
 
  シガラミとは「思い込み」です。
  ひとから与えられた価値観です。」
 
「響きを愉しむ」いうのは誰にでもできるようだが
 これが日本人にとっては意外に難しいのではないのか?
 
 愉しむためには
「自分に合った」言葉の響きを
 選び取る作業が必要になる。
 
 多分この辺りで差が出るのだろうが
 日本人は自分だけの選択をすることが
 異常なくらい下手くそ。
 
 他人のフリを見てから動く体質は
 こういうところにも表れると思うのだが
 やはり「自分だけの価値を選び取る」ための教育が
 そもそもできていないようなのだ。
 
 じゃあ、自分に正直になるにはどうすりゃいいか、って?
 
 そりゃあ、音楽を聴くことさ。
 
 自分に気持ちいいものを選び取ることが
 きっとできるようになる。
 
 私たち音楽家は
 きっとそういう仕事をすべきなんだ。
 音楽はそういうことのためにもきっと役に立つのだから。」
 
 いかがでしょうか。ずしっと何か響きませんか?
 
最後に大事なことを言い忘れました。

指揮者村中大祐氏のブログは、音楽家のブログです。だから九子のように、この作曲家、
名前だけ知ってるけどどんな曲なのかはわからないという初心者の人にも、この作曲家の
音楽のことをもう少し掘り下げて知りたいという人にも、とても楽しく読み進むうちに、
いつの間にかうん蓄が増えて行き、音楽を好きになるきっかけになること請け合いです!!!

まずはメルマガで、ほとんど毎日のように配信される村中大祐氏の元気になる言葉たちの

数々を読んでみましょう!

次にはあなたの「お気に入り」に、村中大祐とオーケストラAfiA、加えてみませんか?(^-^)
 


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五輪真弓 45周年記念コンサート in 松本 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

たいてい大物アーティストは松本に来る。
郷ひろみや、このあいだの五島みどりは、松本から長野にまた戻ってきてくれたが、まあ松本でいったんコンサートをやってみたアーティストは、きっと次も松本で・・と思うだろう。

何しろサイトウキネン改めセイジオザワフェスティバルを長年支えてきた土地柄だ。松田選手が最後に属した松本山雅の熱狂的なファンがたくさんいるところだ。

それだけのエネルギーを爆発させ、一致団結し持続させていく力!残念ながら、敵わないなあと思う。こういうところが長野の人間はあっさりしすぎているのだ。

まあそれはともかく、五輪真弓。さすがだった!
思えば絶頂期の彼女のコンサートに行ったことは無かった。
出来すぎ母が晩年、彼女のCDを良く聴いていた。

「恋人よ」が中国でも評価されて、かの国でもカリスマのごとき人気だったことも承知していた。
でもわざわざ上京までしては行かなかったと思うが、松本だ。
松本に来てくれる!アッシー君M氏の同意も得た!(^^;;

オペラグラスに映った五輪真弓は、まるで小さな女の子のようだった。
最初の一、二曲は声の出もあまり良くなくて、本当にこれが五輪真弓?と正直思った。
なぜだろう?なぜこんなに違和感があるのか?

理由はすぐにわかった。
おかっぱに切った髪と、人のよさそうな笑顔がその原因だった。
思っていたより彼女は、とても小柄な人だったのだ。

絶頂期の彼女は笑わなかった。
背中まで伸びた長い髪と、背筋をまっすぐにして歌う贅肉のない骨張った身体が彼女をとても大きく見せ、「笑わない」という印象も、もしかしたら彼女の全身から発せられていた「堅い」「動じない」「揺らがない」意志のようなものが、勝手にそう思わせていただけなのなのかもしれない。

彼女のコンサートのすべてをアレンジするのが、彼女のご主人なのだそうだ。そのご主人の話をされる時はなおさら大きな笑顔になられた。

そうか。彼女は45年間の間に、恋をして、家庭を持ち、魂の安らぎを得て、いい意味で丸くなられたのだなと思った。

そんな穏やかな五輪真弓を堪能しながら今日のコンサートは終了するのだなと思っていたところへ、驚きのクライマックスが訪れた。

「少女」「恋人よ」「Born again」「花のように」と続く大団円だ。

「少女」は若き日の五輪を代表する曲と言われていたが、その歌詞をよくよく噛み締めて聴くことは無かった。彼女いわく、20歳で作った曲だという。

聴き始めてびっくりした。
たいてい20歳の女の子が「少女」という歌を作ったと聞けば、きっとそれは自分を題材にして書いたのだろうと思う。

その前に彼女は、自分には兄と姉がいて、三人兄妹の一番下だったと語っていた。エピソードも温かい家庭を想像させられた。

ところが「少女」には兄姉の影は無い。それどころか、家族団らんもない。
一人ぼっちの、言ってみれば九子の小さい頃のような、ここだけは絶対に違うが、鋭い感性を持って人生を達観した少女が、あたたかい陽のあたる真冬の縁側でぼんやりと坐っている。

少女の達観は、最初はつもった白い雪がだんだんと解けていくのを眺めながら、夢がこわれていくように感じている。
その次は仔犬たちが年老いていく姿を悲しみながら、夢が風の中で褪せて消えてしまったと捉えている。
そればかりか少女は、あたたかい陽のあたる真冬の縁側というありふれた日常に身をおきながら、自分もいつか木枯らしが通り過ぎる垣根の向こう側に行くことを、つまり自分自身もいづれ老いて死んでいく身であることをしっかりと見据えているのだ。

正直鳥肌が立つのを覚えた。

20歳でこの歌詞を書いた老成した女の子はそれからどう生きていくのか?果たして幸せに生きられるのだろうか?

「少女」「恋人よ」「Born again」「花のように」
クライマックスがこの順番であったことが大いなる救いだった。

誰もが知る五輪真弓の代表曲「恋人よ」は、「少女」が結ばれない恋をして苦しんだことを教えてくれた。
苦しんだけれども、「あの日の二人は宵の流れ星、光っては消える無情の夢」であったと、かけがえのない大切な思いを彼女は胸に刻み込んだはずだ。

「Born again」も「花のように」も、命と希望の歌だ。
「命はどこに旅立つのか、この身が風に散っても愛した心は永遠に」
「たとえ短い命でも愛する人を思えばその時を捧げたいすべて」

やわらかく優しい最後の二曲のおかげで、聴衆の心は安堵と喜びにあふれる。
ああ、あの感受性の強い、生きていくのが辛そうだった20歳の女の子も、温かい家庭と穏やかな日々に恵まれたのだな。
五輪真弓の人生は、才能や成功による喜びは無論だが、なんていうことの無い日常生活の平凡な喜びにも溢れたものだったんだな。

笑わなかった五輪真弓の現在の満面の笑みは、今まで見たどのステージに立っていたアーティストの誰の笑みとも違う穏やかさで、幸せのありかを見せてくれていた。
 

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